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9章88話 真理の探求

 グローたちとフェンリルはお互いに間合いを取り、相手の隙を探る。

 そして、ジリジリと少しずつ近づいていく。先手を切ったのは、グローだった。

 グローは走って、フェンリルの許へ近づく。フェンリルは近づかれるのを恐れて、

 「狼爪」

とグローに攻撃しようとするが、彼は頭を屈めてサッと避けていく。

 そして、フェンリルの目と鼻の先まで近づくと、

 「妖精の飛行」

 グローは体を回転させながらフェンリルの肩を斬りつける。

 「ぐあああああ!!」

 フェンリルはあまりの痛みに悲痛な叫びが漏れ出てしまう。奴の右肩付近は肉が裂け、その切り口から骨が垣間見える。血も切り口からドクドクと流れ出ている。

 フェンリルは斬られた直後、グローをキッと睨み、

 「狼爪」

と彼を切り裂こうとするが、勿論グローは半身をずらせて避ける。

 だが、グローは近づいてくるもう片方の手の存在に気づいていなかった。

 フェンリルは片方の手で注意を逸らせ、もう片方の手で近くにいたグローを地面に叩きつける。

 「ぐはっ!」

 グローは地面に思いっきり叩きつけられ、肋骨に痛みが走る。そこに、フェンリルはグローの右腕に足を載せ、思いっきり踏みつける。

 「ああああああああ!!!」

 グローの体からミシミシという音とともに、彼の悲痛な叫びがここ一帯に響き渡る。

 「お前らみたいなのは早く死んだ方が世の中のためになるんだよ!」

 フェンリルは憎しみを込めて、グローの左腕に体重をどんどん掛けていく。

 「ぐあああああああああ!!!」

 グローは左腕をかなり圧迫され、顔が真っ赤になっていた。

 だが、次の瞬間、一本の矢がフェンリルの左目に突き刺さる。

 「ぐあ!!!誰だ!!」

 フェンリルは矢が飛んできた方向に視線をやると、イトゲルがフラフラになりながらも一本の矢を()てくれていた。

 イトゲルはヴォルティモに回復してもらったとはいえ、まだ全回復したわけではないので、矢を射た瞬間に、バタリとまた倒れる。彼はかろうじて残っていた力をふり絞って、グローを助けてくれたようだ。

 ―…イトゲル、ありがとう。

 グローはイトゲルのおかげで助かったので、ぼんやりとした意識の中でイトゲルに礼を言う。

 だが、邪魔され、片目をやられたフェンリルは勿論、イトゲルにご立腹だった。

 「てめえ!今度こそ殺す!!」

 フェンリルは殺意を露わにし、イトゲルの許へと走っていく。

 マリアはイトゲルを守るため、

 「閃光の槍」

と彼女はフェンリルに向かって槍を高速で突き刺そうとするが、

 「狼爪」

とフェンリルの攻撃に弾かれてしまう。

 「二度も同じ手は喰わん。」

 フェンリルは再び

 「狼爪」

を繰り出す。

 「くっ!」

 マリアは攻撃をもろに喰らわないように、咄嗟に槍を前に出す。だが、奇しくも衝撃を防ぎきれず、マリアはフェンリルによって吹っ飛ばされてしまう。

 マリアは吹っ飛ばされ、地面に強く強打してしまう。頭から流血し、彼女は気絶をしていた。

 グローやマリア、イトゲルはフェンリルにやられ、戦闘不能となっていた。

 ヴォルティモがその絶対的な危機にどうしようかと焦っていると、

 「総員、敵はたった一匹の狼だ。大したことは無い。」

という声が聞こえてきた。

 グローたちに付いてきていた南方兵のうちの、特に貫禄がある人がそう言うと、皆、槍や剣を手にし、フェンリルへと向かっていく。

 「うおぉぉぉぉぉ!!」

 兵士は皆、雄叫びを上げながら、フェンリルの許へ走っていく。

 「無茶だ!!」

 ヴォルティモは南方兵の身を案じて言うが、彼らは気にも留めず、フェンリルに向かっていく。

 「ぐぎゃ!!」

 「ぐあっ!!」

 南方兵は案の定、フェンリルに容赦なくやられ、短い悲鳴を上げる。だが、仲間がやられようと、彼らは立ち向かっていく。

 「うおおおおおお!!」

 彼らは今にも逃げ出したい、そんな本心を誤魔化すかのように、雄叫びをあげてフェンリルに向かっていく。

 全身は冷や汗を掻き、手足はガクガクと震えている。それでも、闘志を燃やし、手に持っていた槍や剣をギュッと強く握る。

 「俺たちの国は俺たちで守るんだ!!」

 南方兵はそう自分たちに言い聞かせるように叫び、立ち向かっていく。

 「…鬱陶しい。」

 フェンリルは虫けらを見るように、南方兵の攻撃を鬱陶しく思う。

 だが、それが奴にとっての(おご)りだった。

 「痛っ!」

 フェンリルの足の付け根にズキンと痛みが走る。

 フェンリルはふと足元を見ると、南方兵が槍を足の付け根に突き刺していた。

 勿論、フェンリルにとって彼らの攻撃は致命傷とはならないが、ジワジワと追い詰められていく。

 小さい攻撃ながらも、南方兵は徐々にフェンリルにジワジワと喰らわしていった。

 小さく弱い蟻でも、時には目の前の強大な敵を凌駕するときもある。これぞまさに、蟻の思いも天に届くと言えるだろう。

 だが、それで黙っているフェンリルではない。

 「餓狼の口」

 フェンリルは目の前の南方兵の体をまとめて食いちぎる。喰われた南方兵の上半身はぽっかりと空いており、残った下半身はバタリと地面に倒れる。

 「…く、くそーーー!!」

 仲間の無残な死を見て恐怖するも、それでも南方兵は必死に立ち向かっていく。

 そうして、南方兵とフェンリルの攻防が続く中、フェンリルが目の前の南方兵に気を取られている隙に、ヴォルティモは奴の後ろに回る。そして、奴の後ろを錫杖で突こうとすると、

 「…バレバレだ。」

と奴は呟く。そして、尻尾でヴォルティモをはたき、吹っ飛ばす。

 「ぐはっ!!」

 ヴォルティモは吹っ飛ばされ、木の幹に思いっきり打ち付けられる。全身に痛みが走り、意識も朦朧としかける。

 ―まずい。意識が飛びそうだ。

 ヴォルティモは飛びそうな意識を、必死に保とうとするも、体は言うことを聞かず、視界も朧気になっていく。

 その時、ヴォルティモの腹からぐぅーと音が鳴る。その音でヴォルティモは再度意識を取り戻す。

 ―そういえば、バタバタしてて、ろくに食えなかったな。腹減ったな。


 俺はこんな危機的状況で、呑気なことを思う。自分の呑気さに笑えてきた。

 でも、そうか、死ぬ前ってこんな感じなのかと、ふと思う。いざ人は死に直面したとき、あれやれば良かっただとか、後悔しないのかもしれない。案外、思い出を振り返ったり、呑気なことを思うのかもしれない。

 俺は腹が減っていると、大体両親のことを思い出す。



 俺の両親はいつも腹を空かせていた。そして、二人は最期の最期でも、飢えて死んでいった。

 あれだけ正義や仏法を説いておきながら、最期はあっけなく飢えて死んでいった。そんな両親を俺は内心小馬鹿にしていた。

 母は死ぬ間際、細く窶れた手で俺の手を握る。その腕はあまりにも細く、ちょっとでも力が加われば、ポキっと折れてしまいそうだった。

 俺はその弱々しい母の手を優しく握り返す。

 すると、母は途切れ途切れになりつつも、俺に遺言を残してきた。

 「ヴォルティモ、あなたにはこの世界の真理を探し出してほしい。今、この世界は混沌に満ちていて、何が正しいのか分からなくなっている。生きる目的を失う者、罪を犯す者も増えてきている。だから、あなたが変わりゆくことのない真理を見つけて、この混沌とした世界を、人を導いて…。

だから、私達はその願いを込めて、あなたをヴォルティモと名付けたのよ。」

 母はそう言い終えると、まるで伝えたいことを全て出しきったかのように、息を引き取る。

 その日から、俺は仏教を研究するようになったんだ。

 俺は別に仏教を熱心に信仰してたから、追究しているわけではなかった。ただ、両親が最期にそう言うもんだから、自分自身で調べて、確かめてみたかったのだ。

 俺は半信半疑で仏教を調べるも、大きな学びになることもあった。

 ある時、俺がブレダペシュトにいた時、東方から仏教徒が布教をしにやって来ていた。勿論、神聖エストライヒ帝国の国民はルークス教徒であるため、全く関心を抱かなかったが、唯一俺だけ興味を持って、話しかけに行った。

 「…あのー、ちょっとお話いいですか?」

 俺がそう尋ねると、仏教徒は誰も興味を抱かない中、話しかけてきた俺に少しびっくりしていた。

 「え、ええ。なんなりと。」

 東方から来たゆえ、ぎこちないエストライヒ語で彼は答える。

 「仏教において、何が最も重要なんですか?」

 俺は彼に核心というか、仏教の本題をいきなり尋ねた。

 彼は顎に手を付け、少し考えるそぶりをするも、

 「そうですねー。一言で言えば、悟りを開き、輪廻から解脱することでしょうか。」

と質問に答える。

 「輪廻からの解脱…。」

 輪廻からの解脱、これは俺もよく親から口うるさく聞かされていた。だが、自分がどこまで正しく理解しているかまでは定かではなかった。

 そこに、

 「あなたはどこまで仏教をご存知で?」

と彼が尋ねる。

 俺は仏教徒に胸を張って言えるほど、仏教に詳しくはなかったので、申し訳無さそうに、背を丸め、頬をポリポリと掻く。

 「えと、それがお恥ずかしい限りで、あまり知らないのです。…仏教徒にも関わらず。」

 俺は仏教徒と言うことさえも恥ずかしくて、最後の言葉は情けないほどに小さい声になってしまった。

 だが、次の瞬間、彼が不思議なことを言い始める。

 「なるほど、では、我々と一緒ですね。」

 彼がそう言うと、俺は不思議に思い、眉を(ひそ)める。俺は嫌味か謙遜なのかと思い、彼の言葉を否定する。

 「いや、一緒では無いと思います。貴方たちと自分では知識の量も何もかも違います。」

 「いえ、全く一緒です。確かに、知識という意味では私たちの方が(まさ)っているかもしれません。しかし、どれだけ修業し、どれだけ学んでいる我々でも、悟りを開くことも、真理を知ることも、未だ叶わないのです。」

 俺が否定するが、彼はそれでも意見を曲げなかった。むしろ、自分が未熟だとはっきり宣言する。

 「あなた方のように学んでいる者でも真理は分からないのですか?」

 俺は、高僧であるはずの彼がなぜ真理に到達していないのか、不思議に思い、尋ねる。

 「ええ。無知は別に恥ずかしいことではありません。むしろ、分かった気でいることの方が恥ずべきことです。自分が正しいと思い込み、他者の言葉に耳を傾けない。大事なのは、分かることではなく、分かろうとすることです。」

 仏教徒はそう言うと、俺はまるで心の奥にまで()み渡るように、その仏教徒の言葉がすんなりと納得いった。

 確かに、全てのことにおいて大事なのは、分かろうとすることかもしれない。普通は知らないことを恥ずかしく思いがちだが、全知全能な人間なんていない。それこそ神だ。この仏教徒だって、最初は仏教について全く知らなかっただろう。しかし、分かろうと努力したからこそ、知識が身についてきたのだ。

 今思えば、俺は両親が仏教について必死に語っていたのを、右から左へと受け流していた。へえ、そうなんだ、と一応聞く姿勢は見せるが、全く聴いてはいなかった。これもいわゆる、分かろうとしていなかったと言えるだろう。

 「すみません、仏教についてもっと教えてもらっていいですか?」

 俺の中でもっと仏教について知りたいという気持ちが湧き出て、その仏教徒に恐る恐る頼んでみる。

 すると、その仏教徒は優しく微笑み、

 「勿論です。」

と答えた。

 そこから、俺はその仏教徒に色々教えてもらった。輪廻や解脱など基礎的なものから様々な教えも教えてもらった。

 この世は時代や地域、人種などによって正しさが移ろいやすい。だから、ある宗教で正しいと思われる教えがあっても、場所や宗教によっては間違いとされることもある。

 だが、俺は旅をする中で、それらを超えた善に遭遇することもあった。感謝や愛などは人種などの障壁も超えた。それらは言わば、どんな壁も関係ない善の一種だろう。

 でも、西方では、仏教は浸透しておらず、学ぶにも文献も人も全然足りなかった。

 そして、俺の中で、徐々に故郷や他国へ行ってみたいという気持ちが、次第に増していった。でも、俺の中で勇気が出ず、故郷は行くには遠すぎると自身に言い聞かせていた。

 そんな時に、グローという変わったやつに声を掛けられた。

 「じゃあ、俺と一緒に行きませんか。俺は世界中を旅するつもりだから、途中まで行きましょう。」

 俺は最初こそ躊躇ったが、魔物と戦ってから、何も為せずに死ぬんだったら、何かを目指して死にたいなと思うようになった。そこから、俺はグローと旅を共にするようになった。命の危機も感じたし、絶望した時もあった。でも、それ以上に楽しさも学びもあったんだ。



 俺はそこで、ようやく目が覚める。

 そうだ。俺は大事なことを色んな人から学んできた。だが、俺はまだ真理を見つけてない。こんなとこでやられてる場合じゃない。俺は真理を知る必要がある。この世界を、人を導く真理を。


 「天眼」

 ヴォルティモはそう呟き、ジッとフェンリルの方を見つめ始める。

 「なんだぁ?」

 フェンリルはヴォルティモの奇怪な行動を不思議に思い、首を傾げる。

 そして、次の瞬間、激しい頭痛がフェンリルを襲う。

 「う…ああ…なんだこの痛みは。頭が割れそうだ。」

 フェンリルは激しい頭痛で、体がフラフラになる。

 だが、それはヴォルティモも同じなようで、

 「頭痛はこっちも同じだ。」

と彼も頭を押さえて、フラフラになっている。

 しかし、そんな状況で、ヴォルティモはニヤリとほくそ笑む。

 「だが、おかげで、お前のことが少しわかった。なあ、アンナ。」

 ヴォルティモがいきなり知らぬ名を呟くと、フェンリルは明らかに戸惑いを見せる。

 「お、お前、どこでその名を知った!?」

 特段慌てふためくことのなかったフェンリルが、ようやく初めて焦り始めた。


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