9章87話 餓狼
フェンリルは再び、グローたちに向かって走ってきたので、グローたちは攻撃を避けようとする。
だが、
「拘束」
とフェンリルが呟くと、奴の足に巻き付いていた鎖が少し解け、鎖がグローの方へと向かっていく。そして、鎖はまるで生きているかのように、グローの左足に巻き付く。
「うわ、なんだこれ。」
グローは足から鎖を解こうとするが、中々解けない。そうしているうちに、フェンリルはグローに向かって突進してきていた。
フェンリルに体当たりされれば軽傷で済まないため、グローは避けようと走り出すが、鎖がそれを許さなかった。鎖はグローの左足を固定し、フェンリルから離れることを許可しない。
「くそ!!」
グローは避けようがなく、せめて剣を前に出して、衝撃を軽減しようとする。
だが、次の瞬間、フェンリルに向かって一本の矢が飛んでくる。
フェンリルはすぐに気づき、矢を足で弾くが、攻撃を阻害されてしまった。
「お前の相手はグローだけじゃないぜ。」
イトゲルが軽く笑みを浮かべながら、そう言う。
フェンリルはまるで獲物を狩るのを邪魔されたかのように、グルルと唸り声を上げる。
そして、奴はターゲットを変えたかのように、視線がグローからイトゲルへと移る。彼を邪魔だというように、眉間に皺を立て、ギロリと睨む。
そして、奴は近くにあった大きめの岩に口を寄せる。
「餓狼之口」
フェンリルは地面の上にある岩を喰うと、ゴリゴリと口内にある岩を噛み砕く。フェンリルの鋭い歯は、どうやら硬い岩でも噛み砕いてしまうようだ。
そんな様子を見て、ヴォルティモは、
「岩まで喰うのか。まさに、餓鬼ならぬ餓狼だな。奴の飢えは満たされることは無いのかもしれない。」
と驚きながら呟く。
仏教の考えでは、餓鬼界という世界が存在する。その世界は、亡者が常に飢えと渇きに苦しんでいる、という非常に惨い世界だ。ヴォルティモは、フェンリルの何でも喰う、その姿からそう思ったのだろう。
フェンリルは唇を前に突き出し、先程口に含んだ岩を遠くへ飛ばすように吐き出す。
プッと吐き出された岩は、イトゲルの方へ真っ直ぐ向かっていく。
イトゲルは馬に合図をし、ジグザグに走らせる。フェンリルによって吐き出された岩は見事に避けられ、イトゲルが段々と奴に近づいていく。
イトゲルは弓を引き、矢をフェンリルの目に当てようと狙いを定める。
その時、
「狼爪」
フェンリルはそう呟き、イトゲルに向かってブンと腕を振る。
すると、その爪は空気を斬り、まるで鎌鼬のようにイトゲルの体をも切り裂いていく。
イトゲルはフェンリルの長い爪によって、胸部や腹部を切り裂かれてしまう。彼の皮膚や服はズタズタに裂かれ、赤黒く爛れてしまう。
「イトゲル!!」
グローたちはイトゲルが切り裂かれるのを目の当たりにし、彼の名前を叫ぶ。
イトゲルはそのままドサリと地面に崩れ落ちる。彼の体からは血がドクドクと流れ、まさに瀕死の状態だった。
イトゲルの愛馬は主人が倒れ、ヒヒーンと鳴きながら、逃げていく。
ヴォルティモはイトゲルの許にすぐに駆けつけ、彼を抱きかかえ、法術で怪我を癒やす。
「大丈夫だ。すぐ治るから、安心しろ。」
大怪我を負って、意識が朦朧としているイトゲルに、ヴォルティモは意識を失わないよう、勇気づけていく。
イトゲルは元々根性があるからか、意識こそ保っているが、冷や汗をダラダラ流し、あまりの痛みに悶えていた。
グローとマリアはイトゲルを庇うように、フェンリルに対峙する。
「お前の相手はこっちだ!」
「そ、そうよ。こっちよ!」
と彼らはフェンリルを挑発し、ターゲットを自分たちにするよう仕向ける。
だが、彼らの足は恐怖でガクガクと震えていた。
その様子を見て、フェンリルが、
「善人ぶるのも止めろ。」
と呟く。
「何?」
その奴の言葉に反応して、グローがイラッとする。
「お前ら人間はいつも自分のことしか考えていない。他者のためだとか、そんな善人ぶるのは止めろ。見ていて腹立たしい。」
フェルリルは声を低めてそう言うと、
「そんなことお前に決められる筋合いはない!!」
とグローは声を荒げる。
グローはフェンリルに勝手に自分たちのことを決められ、腹が立ってくる。そして、彼はムキになって、フェンリルの許へと走っていく。
だが、フェンリルはニヤリとほくそ笑み、
「拘束」
と、向かってきているグローを鎖で拘束する。
グローは拘束され、そこでようやくやってしまったと自身の短慮さを自覚する。
フェンリルはそのまま鎖で拘束したグローに向かって、直進していく。
だが、そのまま彼がやられるのを見過ごせない人物がいた。マリアは踵を上げ、前に体重をグッと掛ける。そして、
「閃光の槍」
と彼女は呟くと、フェンリルの腕に一本の槍がグサリと刺さる。
「グアッ!!」
フェンリルは短い悲鳴を上げ、グローを拘束していた鎖が解ける。
グローは鎖から脱出すると、マリアに、
「冷静になって。」
と戒める。
「ごめん、カッとなっていた。」
グローは彼女に謝り、改めてフェンリルから間合いを取る。
グローは思慮に欠けた行動だったとはいえ、グローたちがフェンリルに攻撃を中々加えられないのも事実だった。先ほどのマリアの攻撃も、フェンリルがグローに注目していた上で、ようやく通った攻撃だった。
フェンリルに攻撃しようと近づけば、「餓狼之口」や「狼爪」が襲いかかる。逆に遠ざかれば、鎖で拘束され、体当たりされる。
「…クソ。これじゃ、攻撃されままならない。」
― 何か有効な手立ては無いのか。せめて弱点があれば…。
グローは脳内にある狼の情報を必死に探る。
―狼、狼…、狼といえば、嗅覚や聴覚が優れている。いや、違う。これは逆に優れている部分だ。うーん、弱いということは、神経が多く通っていたり、柔い部分。
彼はそうやって連想ゲームのように、しばらく狼の弱点を考えていると、ハッと何かを思い出す。
―そうだ。狼の弱点といえば、腹だ。狼の腹部の皮は他に比べて薄く、刃物で斬れやすい。
グローは一か八かで、フェンリルの腹部を狙いに、奴に向かって走っていく。その途中で、フェンリルは爪を立てて、彼を引っ搔こうとする。
グローは身を屈めて、奴の攻撃を避ける。そして、地面を滑るように移動し、奴の懐に入ることに成功する。
グローはそのまま足で地面を蹴り、
「妖精の飛行」
とそう呟き、空中で回転斬りをしようとする。
だが、フェンリルは早く勘づいてしまい、グローに向かって、
「狼爪」
と対抗して攻撃を繰り出す。
グローは咄嗟に体一個分左にずらす。グローの真横に、フェンリルの長い爪が横切る。奴の爪は、グローの頬を掠め、彼の頬に切り傷ができる。
「…っつ!」
グローは「狼爪」を避けることができたが、「妖精の飛行」の軌道がずれ、軽いかすり傷で済んでしまった。
グローは攻撃が上手く入らず、チッと舌打ちをする。
だが、フェンリルも危険を感じたようで、グローたちから距離を取る。
そして、
「拘束」
と呟き、腹部を攻撃されないよう、鎖を腹部に巻き付ける。
これにより、狼の弱点である腹部を攻撃できなくなった。だが、それは、フェンリルが鎖を自由に使えなくなったことを意味した。
一方、カーズィムはというと、例の人狼に攻撃を何度も仕掛けていた。
彼はお得意の変色をして、周りの風景に溶け込んでいく。そして、彼に致命傷を負わせるよう、鎧に隠れていない首や脇を狙うが、どうも当たらない。
「…なぜ、当たらない。」
というのも、彼が短剣で急所を斬ろうとするが、人狼がそれに気づき、剣で受け止めてしまうのだ。
彼が困惑していると、人狼が何かを語りだす。
「いいことを教えてやろう。なぜ、擬態術を持っているジン種族が、我ら人狼に負けたのか。いいか、我ら人狼は嗅覚がとても優れている。つまり、他の者に比べて、視覚よりも嗅覚からの情報が多く入る。この意味わかるかな?」
カーズィムはその言葉を聞き、ようやく2つの謎の答えが判明する。そして、同時に、その答えは彼に絶望を与えるのだった。
「…そうか、姿を消しても無意味ということだな。」
彼がボソリとそう呟くと、
「そうだ。」
と人狼が答える。
―…そういうことだったのか。それじゃ、こいつには俺の擬態は通じないわけだ。ならば、こいつがフェンリルの許に行かないように、時間稼ぎをするのみ。
カーズィムはそう決意をし、人狼の方へ走っていく。人狼に擬態は効果が無いと知った今、カーズィムは擬態せず、そのまま人狼に向かっていく。
―こいつに擬態が効かないなら、もう避けるのと攻撃だけに集中しよう。
そして、人狼の目と鼻の先まで近づくと、人狼は近づいてくるカーズィムに向かって、剣を横薙ぎに振りかざす。
カーズィムはそれを見切り、身を屈め、人狼の懐に入る。そして、短剣で脇を斬ることに成功する。人狼の脇からは血が流れる。
―よし、このまま攻撃を続けて、出血させ続ければ、さすがの人狼でもまともに戦えなくなるだろう。
カーズィムはそう前向きに臨むが、人狼は何とも無いようにあっけらかんとしている。
「フン、こんなもんか。本当はもっとやり合いたいが、…」
人狼はそう言いかけ、戦いの最前線の方に視線を移す。
先程、フェンリルによって戦局が人狼側に有利になったが、その主役のフェンリルがグローたちに足止めされているため、再び巻き返されることとなった。
人狼はそれを見て、
「のんびりしてる余裕は無さそうだ。」
と呟く。
そして、いきなり身につけていた鎧を外していく。さらには、手に持っていた剣も地面に突き刺す。
カーズィムはいきなり何をしているのかと困惑していると、
「勘違いするな。降参ではない。俺にはこの鎧やら剣やらは性に合わんのだ。」
と人狼は鎧を脱ぎ捨て、身軽だがペラペラの服のみを身につける。そして、剣を再度握ることなく、拳を前に出す。
「さあ、来い。」
人狼は挑発するように、手をクイッと揺らす。
カーズィムはその奴の挑発にあえて乗り、人狼に向かって走っていく。そして、再び目と鼻の先まで近づくと、人狼が先に攻撃を仕掛けてくる。
人狼は片手の指を手刀のように伸ばして密着させる。そして、その手を剣のように横薙ぎに振る。
カーズィムはすかさず身を屈めて避ける。
だが、人狼はそれを狙ったかのように、もう片方の手で握り拳を作り、その拳をカーズィムの顔面に直撃させる。人狼は拳を顔面に捩じ込ませるように、腕と拳を捻りながら殴る。
「…ッ!!」
人狼の拳が直撃したカーズィムの顔面はぐしゃりという音とともに凹む。そして、そのまま吹っ飛ばされる。
カーズィムの顔は赤く腫れ、ジンジンと激痛が走る。さらに、鼻の骨が折れ、鼻血が出ている。
「…ぅあ…。」
暗殺者の訓練で痛みに慣れているカーズィムでも、痛みで悶えるほどだった。
「俺は痛めつけるのは趣味じゃない。すぐに終わらせてやる。」
人狼はそう言うと、カーズィムの方へジリジリと近づいてくる。
カーズィムは今まで感じたことのない、恐怖を味わった。
レビューやブクマ本当にありがとうございます!
励みになります。これからもよろしくお願いします。




