9章86話 フェンリル
援軍が来たことにより、南方連合軍は勢いを増していく。
南方連合軍は人狼を後退させ、囲うように陣形を外側から内側へと徐々に展開していく。
人狼は勢いを失い、どんどん後退していく。
「フェンリル様、戦況といたしましては、我が軍が徐々に後退しており、我々人狼の強みである機動力、兵力が活かせなていない状況です。いくら力が強い人狼でさえ、この兵数の差では押されてしまいます。このままでは、我が軍が崩壊するのも時間の問題でしょう。」
大きい人狼は冷静に戦況を報告しているが、冷や汗を流し、確実に焦っていた。フェンリルにこの状況を打破する指令を求めているのだろう。
「ああ、わかった。ここからは任せろ。」
フェンリルはそう言うと、徐々に戦いの最前線へと歩みを進める。
その様子に気づき、大きい人狼は、
「まさか、御身自ら前線に出向くのですか?危険ですよ!」
と心配する。
だが、フェンリルは、
「誰に言っている?」
と声を低くし、圧をかける。
大きい人狼はフェンリルの圧に屈し、
「も、申し訳ありませんでした!」
と謝罪する。
フェンリルは人狼の謝罪を聞くと、そのまま戦いの最前線へと進む。
そして、
「フェンリル様だ…。」
人狼たちはフェンリルの存在に気づくと、道を空けるように横に避けていく。
そして、人狼が避けることによって、フェンリルが明るみになり、南方兵もその存在に気づき始める。
「誰だ?あれ。」
「人狼じゃなさそうだぞ。」
「まさか人間か。」
などと南方兵は不審にフェンリルをジッと見ている。
確かに、フェンリルは黒いローブを深く被っていたが、それでも隙間から覗かせる肌色などは到底人狼とは思えなかった。白めの肌色で、人狼のように鼻や口も長くなかった。
だが、フェンリルが、
「羊の 皮を 着た 狼」
と呟くと、奴の体がいきなりボコボコと膨らみ始める。腕や足など部分、部分が膨らんでいき、次第に本性を現し始める。
灰色の四足歩行の狼が現れた。だが、ただの狼ではない。あまりにも体が大きく、まるで月を飲み込みそうだった。
大きな体、鋭い牙と爪、これだけで南方兵を圧倒させるには、あまりに容易かった。
ただ、不思議な部分があった。奴の体には鎖が巻き付いており、左腕には赤い小さい布が巻かれていた。
だが、そんなことなど南方兵にはどうでもよかった。気づきすらしなかっただろう。だって、いきなり目の前に巨大な狼の化け物が現れたのだから。
南方兵はいきなり巨大な狼が現れ、体が震える。足がガクガクと震え、立っていられるのがやっとだった。
そんな恐怖に打ちひしがれている南方兵を、フェンリルはまとめて殺戮していく。
フェンリルの目の前にいた南方兵を足でぐしゃりと踏み潰す。踏み潰された南方兵は悲鳴をあげる間もなく、骨などが折れ、ぺしゃんこに潰れていた。
「う、うわぁぁぁぁぁぁ!!」
南方兵は味方の惨い死に方を見て、悲鳴を上げるが、それもすぐに打ち消されてしまう。ある者はフェンリルに踏み潰され、ある者は鋭い爪で切り裂かれてしまう。
フェンリルによって殺された南方兵だったものは、ただの肉塊となり、最前線は肉塊で覆いつくされる。
その光景を見て、南方兵の心は恐怖で体がすくんでしまった。味方である人狼さえも怯んでしまったくらいだ。
「…まずいわね。」
前線の様子を見て、マリアはこのままではまずいと危機感を感じる。
そして、
「アジット将軍、私たちがあの狼を食い止めるので、あなた方は人狼の討伐をお願いいたします。」
とマリアは南方連合軍のアジット将軍に頼む。
アジット将軍は彼女に何か策があるのかと思い、
「了解した。こちらの人狼は任せてくれ。」
と彼女の頼みを承諾する。
その言葉を聞くと、マリアはうんと頷き、
「それじゃ、私たちはフェンリルの許へと向かうわよ。」
とグローたちに言い、フェンリルの許へと向かおうとする。
「何か策はあるのか?」
とイトゲルが気になり、彼女に尋ねると、
「無いわ。」
とあっけなく彼女は答える。
「え、な、無いのか?」
あまりのあっけなさにイトゲルは聞き直してしまう。
「ええ、無いわ。」
あまりの彼女の無計画さに、皆、呆然としてしまう。
そこに、
「命が掛かっているんだぞ。」
とヴォルティモは声を低めて忠告する。
だが、
「でも、やってみなきゃ分からないじゃない。」
とやはりあっけらかんと彼女は答える。
その彼女の言葉に、ヴォルティモとは対称に、グローやイトゲルはフフッとほくそ笑む。
「…確かに、マリアの言う通りかもな。」
と二人も彼女の意見に同意する。
「それはあまりにも命を軽んじていないか?」
ヴォルティモは皆の軽率な言動を見過ごせず、そう聞くと、
「でも、やってみなきゃ分からない。やってみなきゃ成功も失敗すらも無い。だから、前に進むしかないんだ。現に、俺たちは今までそうやって乗り越えてきたんだから。命を大切にするのは大事だ。でも、大切にしすぎても、鉄と同じで錆びていくだけだ。」
とグローは答える。
彼の言葉を聞くと、ヴォルティモは今までの旅を振り返り、確かにそうだったなと痛感する。
「わかった。でも、どうしても無理だと感じたら、諦めよう。」
とヴォルティモも譲歩しつつも、マリアの提案を承諾する。
「よし、じゃ、早速向かいましょう。」
彼女がそう言うと、
「待て。俺たちも連れてけ。どうせ老いぼれだ。時間稼ぎにはなるだろうよ。」
と彼女らの近くにいた年配の兵士が、彼女らに向かって言う。
「助かります。では行きましょう。」
グローたちは年配の南方兵を連れて、フェンリルの許へ向かう。
だが、それを立ち塞ぐ者がいた。
「見たところ、お前らは骨がありそうだな。ここからは通させん。」
グローたちがフェンリルを食い止めようと、奴の許へ向かおうとすると、体格の大きい人狼が彼らの前に立ち塞いだ。
その人狼は鎧を着ており、筋骨隆々としていた。明らかに今までの人狼と違って、確実に手こずりそうだった。
グローたちが前に進めず困っていると、カーズィムが彼らの前に立つ。
「え、どうした、カーズィム?」
グローがそう尋ねると、
「…ここは俺に任せろ。」
と小声でカーズィムは伝える。
「え、いや、お前を置いていけねえよ。」
とグローたちが心配して言うと、
「いいから早く!」
とカーズィムが珍しく声を上げる。
グローたちはカーズィムの荒げた声に驚いてしまい、
「わ、わかった。」
と勢いに押され、頷いてしまう。
「で、でも、無理するなよ。」
と彼らはカーズィムに念を押す。
「…。」
カーズィムはこくりと頷く。
グローたちは心配そうに彼を見つめながらも、フェンリルの許へと向かう。
その大きい人狼は彼らの進行を邪魔するかと思ったが、そいつは何もしてこなかった。
カーズィムは怪訝そうに人狼を見ていると、
「なんだ。」
と人狼が尋ねてくる。
「…いいのか?…その、そのまま通して。」
とカーズィムは疑問に思い、つい尋ねてしまう。
「ああ、お前の男気が気に入った。お前の男気に免じて、彼らを見逃そう。それに、フェンリル様が負けるわけないからな。」
と自信満々に堂々と言う。
奴のあまりの自信にカーズィムは苦笑いが出る。
「それより、もう話は終わりだ。剣を構えろ。少しは楽しませろよな。」
と言い、人狼は拳を前に出す。
カーズィムも対抗し、短剣を構える。
一方、グローたちはというと、フェンリルの許へと着き、各々の武器を構える。
フェンリルは彼らを上からジロリと見下ろす。まるで小物を見るかのように。
「なるほど、お前らか。」
フェンリルはまるでグローたちを知っているかのような口ぶりだった。
「まるで俺らを知っているかのようだな。」
グローは不審に思い、恐る恐る聞いてみる。
「ああ。お前らだろ。ラーヴァナや酒呑童子たちを倒したのは。」
その魔物らの名前が出てきて、グローたちはビクッと軽く飛び跳ねる。
―なぜ、そこで、ラーヴァナたちの名前が出てくるんだ…。やはり、今回のも前回のも、何か裏で繋がっているのかもしれない。とりあえず分かることは、ただの魔物の襲来ではないということだろう。
グローは裏で動いている人物が気になり、少し踏み込んだ質問をしてみる。
「お前らのリーダーは誰だ?」
だが、その質問をすると、フェンリルはピタッと喋らなくなってしまう。そして、
「それはお前らが知る必要の無いことだ。」
とこちらを睨んでくる。
もうこうなってしまえば、話ができる空気ではなかった。フェンリルはいつでも走れるように臨戦態勢を取り、グローたちも同様に臨戦態勢を取る。
そして、フェンリルはそのままグローたちの方に全速力で走っていく。さすが狼だ。すごい勢いで向かってきている。そして、フェンリルは走っている途中で、
「餓 狼之 口」
とフェンリルは呟きながら、まるで彼らを喰うかのように口を大きく開ける。
その動作を見て、
「危ない!!」
とイトゲルが誰よりも危険を察知し、グローたちの服を引っ張って、無理やり彼らをその場から引き離す。
すると、次の瞬間、真横でガキンと歯が擦れる音とともに、血飛沫が飛んできた。
「え?」
グローたちの後ろにいた兵士は突如、何が起きたのか分からず、一瞬だけキョトンとする。だが、彼は自身の腕を見ると、顔が真っ青になる。彼の左腕がフェンリルに噛み千切られていた。
「あ…ぎゃああああああーーーーーーーー!!!」
遅れてくる痛みが彼を襲い、出血しすぎたからか、顔から血の気が引き、顔色が悪くなっていく。そして、とうとう口から泡を吐き、そのままバタリと倒れてしまった。
「…不味いな。」
フェンリルがそうポツリと呟き、ペッと何かを吐き出す。その唾液に塗れたものは、紛れもない兵士の腕だった。グローたちはそのままフェンリルの方に視線を向けると、奴の口と牙で血塗られていた。
彼らは恐怖で体が震えて仕方なかった。
大きい人狼のイラストを消しました。あと、カーズィムのセリフがずっと違和感あったので、編集しました。




