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8章81話 溝

 マジャ帝国にて、パーンドゥ朝とマジャ帝国との二国間の同盟が締結された一方で、グローたちの方はというと…。



―二、三週間前―

 グローたちはゴーヴィンダ王子に付き従い、南方内の他国に同盟を結びに行くために、北上していった。パーンドゥ朝を出て、一旦アクランダ朝に戻る。

 彼らはアクランダ朝の首都マニヤケタに着くと、王宮へと向かう。

 馬車が王宮の直前まで着くと、

 「一応君たちとの契約はここまでだが、君たちはどうする?」

と王子がグローたちに尋ねる。

 グローたちは帰りまでの護衛という契約なので、契約は満了していた。だが、王子はわざわざグローたちに尋ねてきた。というのも、先日のヴォルティモの想いを聞いたため、グローたちもまだ残るのではないかと思っているようだ。

 そして、王子の予想通り、

 「恐れながら、私たちもこの人狼の討伐に参加してもよろしいでしょうか。この南方は仲間のヴォルティモの故郷なので、自分たちも守りたいのです。」

とグローが曇りの無い顔で言うと、ゴーヴィンダ王子は何度も頷き、感心する。

 「君たちは随分と仲間思いなんだな。羨ましいな。私が言うまでもないと思うが、そのかけがえのない仲間を大切にするといい。」

 「はい!」

 王子は笑顔を見せ、グローたちを微笑ましく見つめる。

 だが、突然、王子はグローたちの後方を見て、ビクッと体を飛び上がらせる。

 グローたちは何事かと思い、後ろを振り向くと、廊下の向こう側から背が高く、体格のいい男性が近づいてきた。格好はゴーヴィンダ王子と同様に、綺麗に装飾された服や首飾りなどを身に付けている。

 向こう側から来た男性は、ゴーヴィンダ王子に近づき、

 「あれ、ゴーヴィンダじゃないか。今までどこ行っていたんだ?」

とにこやかな笑顔で尋ねてくる。

 「…兄上。」

 ゴーヴィンダ王子はバツが悪そうな顔をする。

 ゴーヴィンダ王子が「兄上」と呟くあたり、第一王子のカンバラサ王子か、第二王子のどちらかだろう。しかし、体格や風格などからして、多分カンバラサ王子に違いない。

 「しばらく見かけなくて心配したぞ。最近では、盗賊団も活発化しているようじゃないか。突然、寝首を搔かれないように気を付けるんだぞ。」

 カンバラサ王子は心配そうな顔を作っているが、声のトーンなどから本当に心配していないのだと分かる。そのカンバラサ王子の一言で、先日の馬車を襲った盗賊の黒幕が誰なのか分かった。

  ―クソ、狸め。

 「…気を付けます。兄上もお気を付けください。」

 ゴーヴィンダ王子は取り乱さないよう、平然とした態度を取り繕い、本音は心にしまっておく。

 「では、私は用事があるので。」

とゴーヴィンダ王子はその場を去ろうとすると、カンバラサ王子はゴーヴィンダ王子の耳元まで顔を近づけ、コソコソと何かを伝える。

 「…お前の最近の行動は目に余る。何やら、コソコソと動き回っているようじゃないか。」

 ゴーヴィンダ王子は耳元でそう囁かれ、二重の意味でぞわっと鳥肌が立つ。

 「嫌だな、兄上。私は別に何も変なことはしていませんよ。今、人狼の襲来への対策の準備で忙しいので、ではこれで。」

 ゴーヴィンダ王子はパーンドゥ朝との同盟がバレないように、笑顔で取り繕う。そして、そのままカンバラサ王子の許を素早く去る。

 二人の王子は、お互いに社交辞令として、笑顔で別れる。だが、カンバラサ王子は周りに人がいなくなると、途端に眉を顰め、舌打ちをする。

 「…チッ。悪運の強いガキだ。偶然、盗賊に襲われるという不慮の事故を装うのに、人(づて)に高位の身分の人が馬車でこの道を進む、と盗賊に情報を垂れ流したが、失敗だったようだ。」

と彼は小声で呟いていた。



 ゴーヴィンダ王子たちはカンバラサ王子の許から離れると、

 「いつもあんな感じなんですか?」

とグローは尋ねる。先ほどの二人のひりついた空気のことだろう。

 「ああ、兄上は傲慢だが、同時に臆病なんだ。だから、私を恐れて、隙あらば命を狙って来ようとする。」

と王子は呆れ、同時に悲しそうな表情で呟く。

 グローたちはゴーヴィンダ王子の心中を想い、若干落ち込む。

 彼らのそんな様子を見て、

「まあ、こんな暗い話を君たちにしても仕方ないな。そうだ!君たちには何から何まで世話になるから、よければ、剣などの武具を貰って欲しい。」

と王子は話題を変える。

 「ありがとうございます。喜んで頂きます。」

 彼らは王子にお礼を言い、お言葉に甘えて武具を貰うことにした。

だが、突然、ゴーヴィンダ王子の許に家臣が近寄り、

 「ゴーヴィンダ殿下、お忙しい中すみません。陛下がお呼びです。」

と伝える。

 「わかった。今すぐ向かおう。君たちは少しの間、客間にいてくれ。」

 王子はグローたちにそう伝えると、

 「おい、彼らを武器庫に案内してやれ。」

と使用人に命令する。

 「承知しました。では、どうぞこちらへ。」

 使用人はグローたちを武器庫へと案内する。



 王子は家臣に謁見の間へと誘導される。彼が謁見の間へと着くと、玉座に彼の父である陛下とカンバラサ王子がいた。彼は先にいたカンバラサ王子と同様に、陛下の前に跪く。

 「何用でしょうか?陛下。」

 ゴーヴィンダ王子が陛下に尋ねると、

 「うむ。実はな、先ほどカンバラサにも言ったのだが、人狼の集団がどんどん南下してきていて、あともう数日でガール朝に突入してしまうようだ。その対策にどうすればいいか、お前たちに尋ねようと思ってな。」

と陛下が答える。

 その陛下の言葉に続くように、

 「父上、私は先ほど申し上げたように、今の倍ほど軍事費を増やすために、増税をするべきだと考えています。人狼の大群とはいえ、所詮魔物でしょう。増強した我が軍ならば、討伐も難しくないかと思われます。さらに、北から南下していくため、ガール朝、パール朝、ドヴァーラハーラ朝などとの戦いで消耗するに違いありません。」

とカンバラサ王子が陛下にそう進言すると、

 「私は、我が国が孤立して戦うことを望ましいとは思いません。」

とゴーヴィンダ王子が堂々と反論する。

 ゴーヴィンダ王子の言葉にカンバラサ王子は口を大きく開けて、呆れる。

 「は?お前は、誇り高き我が国が卑しき他国と手を取れ、と言うのか?」

 「ええ、そう言いましたが?」

 カンバラサ王子が喧嘩腰に言ってくるので、ゴーヴィンダ王子も強気に出る。カンバラサ王子はその口調も気に喰わないのか、生意気な、と言わんばかりに歯を強く食いしばる。

 今にも兄弟で戦争が起きそうな勢いだった。だが、その両者の間に割り込むように、陛下が発言し、二人を制止させる。

 「ほう、ちなみに、その理由を教えてはくれんか。」

 陛下がそう言うと、彼らは一旦喧嘩腰なのを止め、礼儀を正す。

 「はい。兄上のいう大幅な増税は民衆や貴族の反発を招くでしょう。普段はそうでもなくても、人狼との戦いで疲弊した兵士にとってはかなり打撃となり、反乱が起きれば平定するのにかなり労力を要します。さらに、最悪の場合、人狼を討伐したとしても、消耗した南方の国々の隙を見て、南方内での戦争、華夏帝国からの介入を許す危険性もあります。ですが、もし他国と同盟を組めば、消耗も少なく、費用も大幅に上がることは無いかもしれません。」

 ゴーヴィンダ王子がそう言うと、

 「ふむ。一理ある。」

と陛下も納得する。

 その陛下の納得した態度が、余計にカンバラサ王子のゴーヴィンダ王子に対する怒りを助長させる。

 「では、この人狼を討伐するまでは、他国と同盟を組み、協力しよう。その後は、また別に考えよう。」

と陛下が締めるように、とりあえずの方針を伝えると、

 「陛下、恐れながら、独断で申し訳ないのですが、パーンディヤ朝とは既に同盟を締結してあります。さらに、今、使者を上のドヴァーラハーラ朝に向かわせています。」

とゴーヴィンダ王子が申す。

 「ほう、さすが行動が早いな。だが、私に許可なく同盟を結ぶのは感心しない。次からは処罰を考えるから、気を付けるように。」

 陛下はゴーヴィンダ王子に感心を示すと同時に、注意勧告をする。

 「申し訳ありませんでした。以後気を付けたいと思います。」

 ゴーヴィンダ王子の反省の言葉も聞けたとこで、陛下は、

 「では、引き続き、ドヴァーラハーラ朝などの他国と同盟を結ぶ手続きを進めるように。カンバラサ、それでいいな?」

とカンバラサ王子に尋ねると、彼は不服そうながらも、

 「…承知しました。」

と受け入れる。

 「では、私からは以上だ。」

 陛下がそう言うと、二人の王子は謁見の間から追い出される。

そして、陛下がいない空間ができると、カンバラサ王子はゴーヴィンダ王子の胸倉を掴み、

 「お前がそういう態度を取ってくるなら、こっちも考えるからな。」

と脅すように伝えてきた。

 「それは父上の意にも反するのでは?」

とゴーヴィンダ王子も彼を煽るように強気に出る。

 「チッ!」

 カンバラサ王子は舌打ちをし、ゴーヴィンダ王子の胸倉を力強く突き放す。

 そうして、二人の王子の間にあった溝は、今回で決定的に浮き彫りになった。



 一方、グローたちは武器庫で自分たちに合った武器を物色していた。

 この南方の地は、食糧や衣料関係の資源だけでなく、鉱物資源にも恵まれている。その良質な鉄鉱石で鍛錬した武具であれば、今まで以上に力が発揮できるかもしれない。だが、マリアの槍やイトゲルの弓は替えがきかない。そこで、グローの剣やカーズィムの短剣を新調することにした。

 彼らは多くの武具がある倉庫に連れてってもらうと、タルワールという曲剣やカンダという直剣が多く売られている。これらの剣には柄の造形が特徴的で、クロスガード()ナックルガード(護拳)が付いている。

 だが、これらの剣は不思議と既視感がある。どこで見たのだろうか。グローは記憶を辿るように、自分の脳内を駆け巡る。すると、過去に対峙した敵の無数の手の中に、タルワールやカンダが握られた光景を思い出す。あれは、ラーヴァナの持っていた剣だ。そういえば、ラーヴァナの顔立ちは、この南方の人たちと似ていた。

 ―いや、まさかな。

 彼は一瞬頭によぎった妄想を止めるように、目の前の現実の剣に目を向ける。

 ―このカンダは直剣で使いやすそうだな。曲剣は確かに斬れやすいが、長らく使ってきた剣が直剣なので、俺はこっちの方が馴染み深くていい。

 彼はカンダを手に取り、軽く素振りをしてみた。剣の振り心地は良さそうだった。

 カーズィムの方はどうかと目線を彼に向けると、カーズィムは現在持っているものと同じような短剣を凝視している。刀身が湾曲した形になっているジャンビーヤという短剣だ。

 だが、カーズィムはもう一つの短剣も興味深そうに見ている。L字型のように内側に湾曲した短剣だ。その短剣とジャンビーヤを見比べるように交互に凝視している。

 すると、彼の背後から、

 「別にどっちかじゃなくてもいいぞ。」

と王子いきなり現れる。

 カーズィムはいきなり背後から声が聞こえ、ビクッと驚き、体が跳びあがる。

 「あ、驚かせてすまない。別に両方持ってっても構わないぞ。」

 王子がせっかくそう言ってくれたので、カーズィムは両方の短剣を貰うことにした。

 その後、グローたちは、ドヴァーラハーラ朝へ向かった使者が帰ってくるまで、人狼との来る戦いに向けて王宮の鍛練場で訓練することにした。

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