8章78話 大同盟への足掛かり
「魔物を弔うなんて、随分変わっているんだな。」
ゴーヴィンダ王子や近衛兵がそう言うが、グローたちは聞く耳を持たず、しばらく祈った。それは港町を過ぎた今でも、ずっと心に引っ掛かっていた。
王子率いるグローたち一同は南へ進むと、関所を通り、パーンドゥ朝に入る。そして、新たな港町が見えてきた。その港に近づくように、生い茂った草木を脇目に道を歩いていると、風がこちらに吹いてくる。その風は草木を靡かせ、さらに向こうの港町へと向かっていった。風は海にまで伝染し、波紋が広がり、海上の船の白い帆を引っ張っていく。
船上にいる人たちは、今だと言わんばかりに、帆の向きを調整し、舵を取る。
この港町はパーンドゥ朝のネルールという街だ。
南方の地域の中でもかなり南の地域では、季節風がしばしば吹く。その季節風を利用した海洋貿易でパーンドゥ朝は栄えている。さらに、この国では香辛料や綿などがよく採れ、その上、真珠の養殖にも成功しているため、それらの輸出で儲かっている。
それゆえに、この街の港や市場には多くの人で賑わっている。リザードマンやジン種族のエルバ人などが見受けられる。売っている商品の中には、香辛料や真珠など高価なものが多いが、それらは需要が高いため、わざわざこの地に買いに来る商人も多いようだ。
「この国も随分栄えているな。見ていて飽きないや。」
グローがそう言うと、ヴォルティモは何やら浮かない顔で、
「うん…。」
と頷く。
―どうしたんだろうか。後で聞いてみるか。それにしても、同じ南方でもラーシュトラクータ朝とは全然違うな。
複数の種族や民族がいる中で、街ではある民族が多くの割合を占めている。人間種族だが、今までの民族と違って、肌や目の色がかなり黒い民族だ。以前ドヴァーラハーラ朝などで見かけた低い身分の人たちに似ている。この人たちは、バーラト系民族とは違い、トラミラ民族という別の民族だ。この南方の地では、肌の色が白い方が高い地位にあることが多い中で、黒めの肌の人が統治している。
それもあってか、このパーンドゥ朝は他の南方の王朝と違って、身分への格差がそこまでは見られない。だが、あくまでそこまでだ。
グローは馬車の中から、暗い路地裏の乞食や娼婦に目を向ける。
他の南方の王朝のように、人種及び肌の色と身分が直結しているわけではないが、貴族や富める商人から貧民へと身分格差はある。人はどこまでいっても区別できる、いや区別したがるのかもしれない。
こうして、彼らは王子の目的を遂行するため、首都のマドゥライまで速足で道を進める。その中継地点のガンガイコンダチョーラプラムという街を経由する。ガンガイコンダチョーラプラムには写実的な彫刻が施された寺院や大きな市場がある。やはりこの南方の地では、彫刻の技術が凄い。まるで本物の人間や神様に見えて、圧倒されてしまう。
彼らはガンガイコンダチョーラプラムで食糧などを調達すると、すぐに街を出る。そして、森林や草原を抜けると、マドゥライの街が見えてくる。
前方にマドゥライの街が見えてきたところで、王子たちの馬車が止まる。
「どうしたんですか?」
グローたちは急な停止に心配になり、尋ねる。ヴォルティモは何かを察しているようだった。
兵士や王子が馬車から降り、グローたちに話しかける。
「いや、君たちを雇ったのは、この目的地までの護衛としてだからな。ここまでで大丈夫だ。ありがとう。」
王子はお礼を言い、報酬の硬貨を渡す。
「ありがとうございます。」
グローたちは報酬のお礼を言う。一人を除いて。
突然、ヴォルティモが王子の前に跪く。
「失礼を承知で、お願いがあります。」
「なんだ、言うてみろ。」
王子がヴォルティモが進言するのを許可する。
「帰りの道中の護衛も雇っていただけないでしょうか?」
「なぜだ。」
王子はヴォルティモの要求の真意を尋ねる。
「その、…。」
ヴォルティモは聞こえが良さそうな言葉を思い浮かべようとしたが、出てこず、もう覚悟を決めて取り繕うのを止めた。
「実は私の祖先は、この南方出身でして、この南方の行く末が見てみたいのです。」
ヴォルティモがそう言うと、
「なんだ、そんなことか。どんな要求が来るのかと思ったぞ。別にいいぞ。」
と王子はあっけらかんとしている。
ヴォルティモは私事の理由だったため、却下されることも想定していたが、あまりのあっけらかんさに拍子抜けしてしまう。
「あ、ありがとうございます。」
こうして、グローたちはまだしばらく王子たちに付き従うことになった。
彼らはマドゥライに入る。
マドゥライは首都だけあって、街の規模も大きく、人口密度もとても高い。街は人と物で溢れかえっており、喧騒としている。あまりの多さに街に飲み込まれ、溺れてしまいそうだ。
マドゥライにはブラフマン教の神々の彫刻が施された聖なる塔がある。だが、違う民族であるためか、同じ宗教の寺院でも全然違った色をしている。文字通り、今までの寺院とは違って、こちらの寺院は大分カラフルだ。赤や青、緑など様々な色で覆いつくされ、多くの彫刻が施されている。
彼らは本題のパーンドゥ朝の王子に会いに、王宮へと向かった。王宮に着くと、マドゥライの中央に、門番が見張っている広い建物がそびえ立っている。
彼らはその王宮らしき建物の門に近づくと、門番は、王子の豪華な馬車を見て、
「アクランダ朝のゴーヴィンダ王子でしょうか?」
と尋ねる。
「ああ、そうだ。」
「お待ちしておりました。」
門番は門を開け、王宮内へと案内する。
彼らは王宮内に入り、馬車から降りると、使用人らしき人物が近づいてくる。
「お待ちしておりました、ゴーヴィンダ王子。ところで、そちらのお連れ様は?」
使用人は手のひらをグローたちに向けて尋ねる。
「あー、彼らは私が雇った兵士だ。連れていきたいのだが、構わないかね?」
ゴーヴィンダ王子がそう尋ねると、使用人は失礼の無いように笑みを作る。
「はい、勿論でございます。では、どうぞ、こちらへ。」
グローたちは使用人に宮殿内の応接間へと案内される。
彼らは応接間まで長い長い廊下を進むと、左右の脇に獅子や象の彫刻が設置してある。まるでグローたちを見張っているように。それらはただの彫刻のため、現実的に動くことはありえないが、そのあまりに写実的な彫刻であるため、今にも動きそうだ。さらに、彫刻が列をなして、ズラーっと並んでいるため、より迫力が増している。
グローたちは緊張感もあり、怯える必要の無いところで、挙動不審に廊下を進む。一方のゴーヴィンダ王子と近衛兵は堂々としている。その姿を見て、彼らは王子たちを見習わねばと思い、胸を無理にでも張る。
彼らは廊下を出ると、大きな扉がある部屋に辿り着く。使用人はその扉にノックをしてから開け、グローたちは部屋に入る。部屋に入ると、中央に長いテーブルと多くの椅子があり、向こうの席にマラバルマン王子が座っていた。
「どうぞ、そちらに。」
ゴーヴィンダ王子はマラバルマン王子との対極の椅子に案内される。
「ああ。」
王子は堂々と椅子に座る。
グローたちはさすがに王子たちと同じ椅子に座るわけにいかないので、彼らはゴーヴィンダ王子の後ろの空間に立つ。
彼らは静かでひりついた空気に飲まれ、まるで人形のようにガクガクと動いてしまう。
―失礼の無いようにしないと…。
「で、用件とは何ですか?」
マラバルマン王子がそう尋ねると、ゴーヴィンダ王子は今回の本題について切り出していく。
「実は、貴国と同盟を結びたいのです。」
ゴーヴィンダ王子がそう提案すると、マラバルマン王子は驚きからか、口角が少し上がる。
「ほう。それは随分と突然ですね。」
実は、この国同士の同盟は革命的なことだった。今までアクランダ朝とパーンドゥ朝は民族が違うがゆえに、お互いに相容れず、同盟を結んだことは無かった。
「ええ、まあ。マラバルマン王子は、昨今の人狼の襲来をご存じで?」
ゴーヴィンダ王子がそう尋ねると、マラバルマン王子は頷く。
「ああ。人狼の集団がアラッバス朝を襲来し、南方に向かって侵攻しているそうですね。」
「ええ。私としましては、この人狼の襲来に向けて、南方全体でマハーラージャ大同盟を結成したいのです。それに、人狼の件だけでなく、周りの大国に囲まれている南方の将来を案じて、結成したいのです。」
マラバルマン王子はゴーヴィンダ王子の意図を知るが、まだ完全には納得できていないようだ。
「なるほど。しかし、貴国の特にカンバラサ王子が、我が国と同盟をすることを許すとは到底思えないのですが。」
この南方では、長男が王位を継承すべきという考えが強く、基本的には第一王子のカンバラサ王子が王位を継承することになっている。だが、カンバラサ王子はかなり好戦的、排他的であるため、パーンドゥ朝としてはカンバラサ王子の就任を好ましく思っていない。
「ええ。そこが重要になってくるのです。私が王位を継承すれば、その問題も解決します。」
ゴーヴィンダ王子は先ほどより一層胸と声を張り、堂々と宣言する。
グローたちはその威勢に圧倒される。
「なるほど。そのために協力しろということですね。」
マラバルマン王子は、ゴーヴィンダ王子の言葉の真意を解釈する。
「ええ。我が国の豊かな農作物を貴国に安く譲渡いたします。」
ゴーヴィンダ王子がそう言うと、マラバルマン王子は少し考える。
「うーむ。確かに、それも魅力的だが、それでは我が国の産業が衰える可能性がある。貴国の農業技術者を派遣していただくのはどうでしょうか?」
農作物を安く譲渡してもらうのは、一見魅力的に思えるかもしれない。しかし、他国の安い農作物が自国に流入すれば、国内の農作物は売れなくなり、国内の農業が衰える可能性がある。その上、パーンドゥ朝は海運業や水産業、林業などで栄えているため、あまり発達していない農業にはかなり大打撃だろう。そうなれば、パーンドゥ朝は食糧生産を他国に依存することになり、経済的に支配されることもある。それを考慮し、マラバルマン王子は技術のみを流入させようと提案したのだ。
「ええ、構いません。」
「では、貴国と同盟を結ぶ手続きをしよう。」
ゴーヴィンダ王子がマラバルマン王子の提案を了承し、二人は握手を交わす。こうして、アクランダ朝とパーンドゥ朝は同盟を結んだ。




