8章76話 将来を見据える
「君たち、俺に雇われないか?」
ゴーヴィンダ王子がグローたちにそう提案する。
だが、グローたちは当然何のことだが理解できず、聞き返す。
「や、雇われるとは?」
「あー、説明不足だったね。俺はある野暮用があって、ここから南のパーンディヤ朝に向かっているんだが、ここら辺は大きな盗賊団がいてね。君たちに護衛を頼みたいのさ。」
―なるほど。そういうことか。
グローたちは王子の提案を受けようか迷っていると、
「王子、ちょっとよろしいでしょうか。」
とそばにいた近衛兵がこそっと王子に耳打ちをする。
「何だ?」
「さすがに、素性の分からぬ彼らを雇うのはどうかと…。」
と兵士はこそっと奏す。
だが、グローたちには普通に聞こえていた。
―聞こえているから。
彼らは若干イラッとする。
だが、近衛兵の進言に、王子は、
「何か不満でも?」
と圧をかけるように言うと、近衛兵は怖気づく。
「も、申し訳ありません。出来過ぎた真似を致しました。」
すぐに近衛兵は頭を下げ、謝る。
「ああ。二度は言わせるな。」
「ハッ!」
そのやり取りを見て、グローたちは王子としての気迫に押される。
「で、どうなんだ?」
王子は彼らに改めて尋ねると、彼らは今一度熟考する。
「少々お時間ください。」
彼らはそう言い、皆で円になって相談する。
「どうする?」
「でも、いずれにせよ、ここから南に行くんだから、丁度いいんじゃない?」
とマリアがそう言うと、皆、確かにと思い、王子の提案を受けることにした。
「この提案受けさせて頂きたいと思います。」
ヴォルティモがそう言うと、
「助かる。報酬は弾もう。」
と王子は望んだ返答を聞き、笑顔になる。
グローたちは王子の複数の馬車と共にパーンドゥ朝へと向かう。その道中で日が沈み、野営をする。兵士は簡易的なテントを設置する。外には、一人の兵士が野生動物対策に焚火をしている。彼が一人なのを見て、ヴォルティモをそろーと兵士に近づく。
「なんだ。」
兵士は徐々に近づいてくるヴォルティモに気づき、不審に思う。
「少し聞きたいことがありまして。パーンドゥ朝での野暮用って何ですか?」
ヴォルティモはふと気になり、兵士に王子たちの目的を尋ねる。
兵士はキョロキョロと周りを見渡し、
「ここだけの話だぞ。王子は将来を見据えて、パーンドゥ朝との同盟を望んでおられる。」
とこそっと教えてくれる。
「同盟ですか!ちなみに、何のためにですか?」
ヴォルティモがしつこく聞いてきたため、兵士は分かりやすく嫌な顔をする。だが、はぁと深い溜息をついた後、説明してくれた。
「まあ、理由は二つある。一つ目に、アクランダ朝の将来を案じて。二つ目に、王位継承権のためだ。」
「将来を案じて?でも、アクランダ朝は南方の中では、かなり栄えているじゃないですか。」
とヴォルティモは純粋な疑問を投げかける。
「ああ、南方の中ではな。西にはアラッバス朝、東には華夏帝国やマジャ帝国がある。それに、この南方は未だに統一せず、お互いに王朝同士で争っている。その上、厳しい身分制度など古い制度や慣習もはびこっている。このままでは、この南方に未来はない。しかも、北西から人狼の襲来があるらしいではないか。だから、王子は将来を見据えて、同盟を結びたいんだ。パーンドゥ朝は物資も豊かで、栄えているからな。」
兵士はヴォルティモの疑問にも丁寧に答えてくれた。
―すごいな。多分見た目から王子は俺とほぼ同い年だ。なのに、しっかり国のことについて考えている。それは慣習などの過去ではなく、未来について考えている。
ヴォルティモはそう感心する。
「それにだ。現在、アクランダ朝には王子が3人いて、後継者争いできな臭いんだ。第一王子のカンバラサ王子、第三王子のゴーヴィンダ王子の二つの派閥で分かれているという。第二王子は病弱であるため、候補から外されている。第一王子のカンバラサ王子は武力において勝っており、他国に強く出ることを主張している。それに対して、ゴーヴィンダ王子は市民に優しい政策を陛下に進言したり、内政面を重視している。さらに、トラミラ民族にも強い偏見は無い。つまり、トラミラ民族への偏見が無いゴーヴィンダ王子は、パーンドゥ朝を敵対視している兄のカンバラサ王子を王位に就かせない代わりに、自身の王位継承を手伝えとのことだ。さらに、その同盟への対価として、アクランダ朝の豊かな農作物を他国より安く提供することを条件にな。その上、人狼の襲来もあって、ゴーヴィンダ王子は南方全体でのマハーラージャ大同盟を結成したいのだが、カンバラサ王子は自分たちで十分だと仰せられる。何もかもが真逆なのだ。だから、我々は思慮深い王子に付いていくまでさ。」
兵士はさらに補足説明をし、その説明の中で王子を絶賛する。余程尊敬しているのだろう。だが、それほど尊敬されている王子は、それ以上にすごいのかもしれない。
「なるほど。そういった事情があったんですね。」
ヴォルティモは気になっていたことを聞けて、兵士に礼を言う。
「ありがとうございました。」
「ああ、いいってことよ。その代わり、王子をしっかりと護衛してくれ。」
と兵士はヴォルティモに頼む。
「はい。勿論です。」
そうして、ヴォルティモは兵士の許を離れ、グローたちの許に戻る。
グローたちはしばらく草原地帯を進むと、太く長い川が見えてきた。シントゥ川という川らしい。
遥か昔このシントゥ川付近では、古代文明が誕生したらしい。その名残とでもいうのか、向こうに大きな遺跡が残っている。
そのシントゥ川に沿って上流から下流へと進むと、草木の背丈が高くなっていき、徐々に彼らは森林へと誘われる。
森林の中へと入ると、つる植物や川の近くのマングローブ林が見られる。野生動物も木の枝や茂みに潜んでいる。
イトゲルは愛馬に跨りながら馬車と並走し、彼らは馬車の中で軽く話しながら進んでいると、馬車の外から急にイトゲルの呻き声が聞こえる。
「ぐあっ!」
何事かと思い、馬車から顔を出す。イトゲルの方を見ると、イトゲルの首に何者かが牙を突き立て、噛みついている。その歯が突き刺さった傷口からは血が流れ、その魔物はジュルジュルとイトゲルの血を吸い取っている。イトゲルは力を振り絞って、肘で退かすように魔物の吸血を止めさせる。魔物は後ろへ下がり、口元に付いたイトゲルの血と涎を手で拭う。
そして、魔物の全貌が明らかになる。ササボンサムだ。ササボンサムは体全体が真っ赤で、翼が生えており、蝙蝠のような姿をしている。口内には鋭い歯が顔を覗かせる。ササボンサムは普段樹上に潜み、獲物が近づくと、牙を突き立てて吸血をしてくる。厄介な魔物だ。
「どうした!」
前方の馬車に乗っている兵士たちは、イトゲルの呻き声を聞き、安否を確認する。
「大丈夫です!ただの魔物です。ただ、少々待ってください。」
とヴォルティモは兵士たちに伝える。
前方の馬車は、ヴォルティモの言葉に反応し、歩みを止めてくれた。
イトゲルは傷口を布で押さえるも、血の流れが中々止まらない。ササボンサムの唾液には血の凝固を妨げる作用があるため、吸血されたら中々血が止まらない。イトゲルは次第に顔色が青白くなる。
ヴォルティモはすぐさま法術で癒し、イトゲルの傷口を塞ぐ。血の流れは止まったが、イトゲルは多めの出血で、弱っている。
グローたちはイトゲルを庇うように、イトゲルを後ろにササボンサムと対峙する。
ササボンサムは羽をばたつかせ、こちらに吸血してくるタイミングを見計らっている。
彼らはササボンサムに向けて攻撃を仕掛けようとするが、空中で距離を取られる。ササボンサムのように飛ぶ敵と戦う場合、攻撃が中々通らない。こんな時、弓矢を扱えるイトゲルが戦えるといいのだが、今は戦える気力が無い。
だが、突然、
「…任せて。」
と彼らに小さな声が聞こえてきた。その声に従い、彼らはその声の主に任せる。彼らはふとササボンサムに目線を移すと、ササボンサムの後ろの高い木の枝が僅かに揺れ動いているのに気づく。若干砂色の布が樹上にある。それで彼らはカーズィムがそこにいるのだと気づいた。
彼らはササボンサムがカーズィムの存在に気づかないよう、気を引くため、正面から攻撃を仕掛けようとする。ササボンサムはグローの攻撃を避けようと、後ろに退く。そして、そのとき、カーズィムが木の枝から跳び、ササボンサムに後ろから抱きつき、喉元を短剣で斬る。ササボンサムの喉から血飛沫が飛び、カーズィム共々ササボンサムは地面に落下する。カーズィムは衝撃を受けないように着地するが、ササボンサムはぐしゃっと肉塊へと変貌してしまう。ササボンサムの死体から血が大量にドバドバと流れ、その大量の血にグローたちはギョッとしてしまう。ササボンサム自体の血もあるだろうが、余程人の血を吸ってきたのだろう。
ササボンサムの死体も黒い塵にはならず、死体がそのまま残っている。もうこの黒い塵にならない死体にも見慣れてきた。彼らは変わらず、ササボンサムの死体を埋葬する。ササボンサムを埋めた地面は、赤く滲んでくる。
そして、彼らは再び歩みを進め、木々を掻き分けながら森林を抜けると、風がフワッとこちらに押し寄せる。ただ、その風は少し塩気を帯びており、潮の匂いがする。海が近いようだ。




