8章75話 「皆の」問題
アラッバス朝は人狼だけでなく、ゾンビやスケルトンなどのアンデッドの大群に襲来されてしまう。そうなってしまうと、アラッバス朝の立場からすれば、南方に向かう人狼を相手する余裕は無い。南方はアラッバス朝の助け無しで、人狼を討伐しなければならなくなった。
「面倒なことになった。なんでちょうど同時期に、魔物の出現が重なるんだよ。」
オームは分かりやすく頭を抱える。
「で、でも、南方も多くの国があるわけだし、南方全体で協力すれば討伐できるのでは?」
ヴォルティモがそう尋ねるが、
「いやー、どうだろう。国内でも、他国と協力していくべきという路線と他国を侵略するべきという路線で分裂しているという話も聞く。ただでさえ国内でもいがみ合っているのに、南方全体で協力など到底無理だろう。」
とオームは一縷の望みを切り捨てる。
「とにかく俺はこんな道半ばで死ぬのは御免だ。どんどん南下して、船で逃げるに限る。だから、早くさらに南へと向かってくれ。」
とオームは言い、一同の進みを速めるよう急かす。
彼らは速足でパール朝を出て草原地帯を進むと、向こうまで長く続いている川が見えてくる。ガンガー川という川らしい。川の水を手で少し掬うが、若干濁っている。その川に沿って道を進めると、下流付近に街が見えてきた。アクランダ朝のエローラの街に着く。街の近くの川では、大勢の人が沐浴している。このガンガー川はブラフマン教で神聖なものとされ、ここで大勢の人が沐浴したり、遺灰を川に流している。
この大勢の人がガンガー川で沐浴している光景から分かる通り、このアクランダ朝はブラフマン教を信仰している。見た目からもドヴァーラハーラ朝の人々と似ている。だが、民族は同じでも、家系を異にしているため、対立しているという。ドヴァーラハーラ朝は、ブラフマン教の聖職者の血筋を引いており、対してアクランダ朝は、戦士の血筋を引いているため、氏族で分裂、対立している。同じ民族だからといって仲良くできるわけではない。元奴隷のグローと貴族階級の人が、お互いの気持ちを完全には理解できないように、階級や思想が違うだけで簡単に対立してしまう。
だが、民族の系統が同じで、文化が似ていようと、国が違うように、街の色が少しだけ違っている。
ドヴァーラハーラ朝にはいなかったが、このアクランダ朝では白い衣服に口にマスクを着けている人々がちらほら見える。この人たちは、ジナ教というまた別の宗教の信仰者だという。ジナ教は禁欲、不殺生、苦行を根本に置いている宗教だ。この地だけで宗教がポンポンと出てくる。
このエローラの街にはドヴァーラハーラ朝同様、石窟寺院もある。このエローラ石窟寺院にも、ブラフマン教の象や神様の石像が祀られている。だが、ドヴァーラハーラ朝とは違って、ジャイナ教の影響を受けているらしい。
ガンガー川でもそうだったが、人々は真剣に祈りを捧げていた。きっと人狼との来る戦いに向けて、祈りを捧げているのだろう。
グローたちはめぼしいものを買い、街を出ると、途中で広い高原地帯を通る。その高原地帯には、田畑が広がっている。綿花や麻、米や小麦など色んな農作物が育てられている。農作物は青々しく、生気が宿っている。もし、この地が戦地になってしまえば、この緑の大地も荒れ果ててしまうだろう。彼らは複雑な思いを抱きつつも、その田畑が広がる高原地帯をしばらく進むと、南のアクランダ朝の首都マニヤケタに着く。
マニヤケタには文学や数学、哲学を研究する学校がある。アクランダ朝は文学などの学問を重視し、保護しているのだという。他にも、さすが首都と言わんばかりの神殿や要塞、大きな市場、そして王宮などがある。
だが、その栄えている街にしては、活気が少なかった。人通りは少なく、街の住民は家に籠っているようだった。さらに、王国兵士のような人物が、いくつかの家を訪問している。
グローは少しだけ聞き耳を立てると、
「…この度、人狼の討伐に協力してもらうため、徴兵の報告を知らせに来た。」
兵士はそう言い、家の住民は、
「了解致しました…。」
と不安そうな顔をしている。
どうやら人狼の討伐に向けて、徴兵しているようだ。アラッバス朝を困らせたほどの人狼の集団だ。そりゃ、不安になるのは仕方ないだろう。
その様子を見て、ヴォルティモはこのまま南方を離れることに躊躇う。
「オームさん。やっぱり南方に残って、人狼を皆で討伐できないですかね?」
とヴォルティモが提案する。やはり彼の故郷だけあって、見過ごせないのだろう。
そのことを聞き、オームは、
「とんでもない!アラッバス朝でも苦戦したんだぞ!死にたいのか?」
と声を荒げる。
「で、でも、故郷が無くなってもいいんですか?」
ヴォルティモはオームにそう尋ねるが、
「別にいい!」
と彼は答える。多分、彼は各地を旅する商人なだけあって、そこまで故郷への執着が無いのかもしれない。
そして、彼は、
「もういい!俺はここで降りる!後は自分で南へと向かう!」
と言い、ヴォルティモの馬車を降りて、南へと向かう。
「というわけだ。俺は故郷のために残りたい。お前らはこの南方に縁もゆかりもないわけだから、オームさん同様、逃げて大丈夫だ。」
ヴォルティモはグローたちにそう言う。
だが、
「何言ってんだ。お前の故郷なら、俺らにも関係しているってもんだ。」
とグローがヴォルティモの肩を掴んで、そう言う。
「そうよ。水臭いこと言わないの。」
「そうだぜ。」
とマリアやイトゲルも同調する。
カーズィムですら無言ながらも、コクリと頷く。
その仲間の若干クサい台詞を聞き、ヴォルティモは、
「…ありがとう。」
と一言だけ言い、そっぽを向いてしまう。
「あ、泣いてるだろー。」
とイトゲルがヴォルティモを囃し立てる。
「うるせえ。泣いてないわ。」
ヴォルティモはそう言うが、相変わらずこっちを向かなかった。
少しほっこりした雰囲気に、マリアが現実的な問題を突きつける。
「でも、翻訳や案内はどうするの?」
とマリアは今後を憂い、心配する。
だが、ヴォルティモはニヤリと笑い、
「実は夜な夜な、オームさんに南方の言葉を教えてもらったんだ。簡単な言葉なら話せるかもしれない。それと少し先までの進路なら若干教えてもらったから、多分大丈夫だ。とりあえずもう少し南の国だけを見させてくれ。そしたら、人狼の討伐に加勢しよう。」
と言う。
グローたちはそのことを聞き、ホッと安心する。
―さすが、ヴォルティモ!
誰もがそう思った。
そして、グローたちは街を出て、草原を進んでいると、前方に二、三台の馬車が走っていた。それらの馬車は装飾が施され、縁が金色で煌めいている。ここまで豪華な馬車では、有力貴族以上の身分だろう。
「すごい豪華な馬車だな。」
グローが自分たちの乗っている馬車をチラッと見た後に、その豪華な馬車を褒めるもんだから、ヴォルティモは皮肉のように受け取ってしまう。
「おい。今どこを見て、そう言った。」
ヴォルティモはムッとした表情で、グローを問い詰める。
「言っとくがな。この馬車には歴史と愛情が染み込んでいるんだ。金に物を言わせたような馬車と比較するんじゃない。」
ヴォルティモは本気で怒ってはいないが、熱のこもる説教が始まる。
「大体な、…」
「わ、悪かったって。」
グローは面倒で長い説教を食らいたくないと思い、すぐに謝る。
「いいや、謝ればいいってもんじゃないぞ。」
グローはすぐに謝るが、ヴォルティモは簡単に引き下がってくれなかった。そのしつこさに、グローは苦笑いが出てくる。そして、ふと前方の豪華な馬車を見ると、何やら様子がおかしかった。
一番先頭を走っている馬車の前に、馬に乗った何者かが馬車の前を立ち塞ぐ。さらに、馬車の周りには複数の剣を携えた者たちが、馬車を囲っていた。顔や体に傷跡があり、立ち振る舞いからして、到底兵士とは思えなかった。盗賊だ。
この南方では、根強いカースト制度から格差が激しい。それゆえに、犯罪なども横行し、大きな規模の盗賊団を形成している。この盗賊が社会問題となっており、南方の王族たちを困らせていた。
「おい、ヴォルティモ、あれ!」
とグローが言うが、
「そうやって誤魔化そうとするな。」
とヴォルティモは注意を向けない。
「いやいや、見ろって!」
とグローが真剣な顔でそう言うと、ヴォルティモはようやく前方の馬車をチラッと見た。そこで、ようやく盗賊の存在に気づいた。
「盗賊じゃないか!そういうの早く言え!助けに行くぞ!」
とヴォルティモは言い、皆で前方の馬車を助けに行く。
―さっき言ったんだけどな…。
グローはそう思うが、今はそんなことを言っている場合じゃないので、その出かかった言葉を飲み込んだ。
勿論、その豪華な馬車だけあって、兵士や従者を連れていたようだ。だが、盗賊の数が多いため、少々分が悪い。
グローたちは兵士たちに加勢するために、彼らに近づく。だが、兵士は素性の知れぬグローたちを警戒する。
「それ以上近づくな!」
兵士は剣を彼らにも向ける。
「一旦落ち着いてください。俺らは敵じゃない。加勢しに来ました。」
とグローたちは待ってくれというように、手のひらを彼らに向ける。
「敵じゃないだと?ふざけるな!お前らも賊だろ!それに、お前らの手なんか必要ねえよ!」
兵士は疑心暗鬼になっているのか、それとも高いプライドに傷をつけられて怒っているのか、分からないが、とにかくグローたちの加勢を快くは受け入れなかった。
「…これ以上関わらない方がいいのかもしれないわね。」
とマリアがグローの肩を後ろから掴み、こそっと話す。
彼らは、無関係の自分たちは一旦離れた方が良さそうだと思い、離れようとすると、
「ちょっと待て。」
と馬車の中から声が響く。そして、声の主が馬車の扉を開け、姿を晒す。
その姿は、まさに豪華な馬車に相応しいと言えるほどの身なりだった。首にはネックレスをし、服も美しい装飾がなされ、明らかに身分の高い人だった。
「よく見ろ。その者たちと目の前の賊では、身なりなどが全然違うだろう。」
と身分の高い人が兵士に注意する。
「ハ、ハッ!申し訳ありません。」
その一喝だけで、兵士はグローたちを受け入れ、共に賊と戦った。
「ハッ、そんな素人の手を借りるたぁ、騎士も随分落ちぶれたもんだ。」
と賊は兵士たちを嘲笑する。
「黙れ!この下劣な奴らめ。」
兵士は賊の挑発に乗ってしまい、売り言葉に買い言葉で喧嘩腰になってしまう。
「いやいや、俺らを下劣なものにしたのは、どこの誰ですかね?」
賊は皮肉がこもったような言い方をするため、余計に兵士の気が立っている。対して、賊は余裕そうにヘラヘラとニヤついている。
賊の皮肉を聞き、グローたちは兵士と賊を見比べる。確かに、肌の色の濃さが違った。賊の方は肌の色が黒めだった。多分、賊は肌の色などで決まる身分制度のことを揶揄しているのだろう。
そして、その舐め腐った態度が気に喰わず、兵士は賊に攻撃を仕掛ける。しかし、冷静さに欠いているからか、兵士は大振りの攻撃で隙だらけだった。
賊は、計画通りと言わんばかりに、ニヤリとほくそ笑む。そして、その隙だらけの兵士に攻撃しようとする。だが、突然、右手首の感覚を失う。思ったように右手が動かない。チラッと右手首を見ると、姿を消していたカーズィムによって右手首を斬り落とされていた。賊は一瞬の出来事で何が起きたか分からず、固まってしまう。
そして、その停止した彼に向かって、先ほどの兵士の攻撃が入る。剣が頭に入り、頭蓋骨を割る。そして、一人の賊はバタンとそのまま倒れる。
その仲間がやられた姿を見て、先ほどまで余裕を見せていた賊に緊張感が走る。
「クソッ!一人やられた!あいつら、ただの素人集団じゃねえぞ!」
賊はようやく真剣な表情をし、剣で間合いを取る。
だが、そう気づいたときには遅く、賊に二本の矢が飛んでくる。
「グアッ!」
矢は賊に刺さり、また別の賊が倒れる。
「気づくのがおせえよ。」
イトゲルはそう言い、再び矢を放とうとする。
しかし、矢を撃たせまいと賊がイトゲルの許へ向かうが、マリアやグロー、ヴォルティモがそれを許さない。
そうするうちに、兵士も賊を攻撃し、どんどん賊がやられていった。その状況を悪く思い、
「チッ!もう行くぞ!」
と残った数人の賊は逃げていく。
その賊が逃げていく様子を見て、兵士はホッと安心する。
「先ほどは失礼した。」
兵士はグローたちに先ほどの非礼を詫びる。
「俺からも詫びよう。」
高貴な人も頭を下げ、詫びようとすると、
「お止めください!王子!」
―お、王子!?
兵士たちから思わぬ言葉が出て、グローたちは驚く。確かに、身なりや馬車から高貴な人だとは思っていたが、貴族以上の身分の王子で彼らは意表を突かれる。
彼らが目を丸くしている様子を見て、王子は何かを察し、自己紹介をする。
「そうだな。自己紹介もまだだったな。俺はアクランダ朝のゴーヴィンダ第三王子だ。」
改めて本人から王子という言葉を聞き、グローたちは跪く。
「挨拶が遅れ、申し訳ありません。自分はグローで、左隣から順にマリア、ヴォルティモ、イトゲル、カーズィムと申します。」
王子は気さくそうに、
「ああ、いいよ。畏まらなくて。」
と言う。
だが、
「いえ、さすがにそういう訳にはいきません。」
と彼らはさすがに王子に礼節を欠くわけにはいかなかった。
「まあ、いいか。ところで、君たちを見込んで頼みたいことがある。」
ゴーヴィンダ王子が彼らに何かを頼もうとする。
「何でございましょう。」
王子は彼らにある一つの提案をする。
「君たち、俺に雇われないか?」




