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8章74話 ヴォルティモの両親

 グローたちはアンドラスとゴンゴーンを埋葬し、次の街まで向かう。

 しばらく進むと、また違う気候と自然(バイオーム)が現れる。ツタや樹木が生い茂っており、久しぶりの森林に再会する。鳥や猿の鳴き声が鳴り響き、カサカサと草木を掻き分ける音が聞こえてくる。今にも何かと遭遇しそうだ。魔物でなくても、この森林で大きな野生動物と遭遇したら、危険だ。

 彼らは野生動物や魔物に注意しながら、森林を進む。

 一応馬車が通るほどの道幅があるが、ツタや草木が無造作に生い茂っており、こちらに当たってくる。その上、道もそこまで整備されていないので、ボコボコしており、馬車がガタガタと揺れる。しばらくは馬車で進むが、途中からぬかるみが酷くなり、馬車を降りて一度徒歩で向かう。

 しばらく徒歩で歩き、ふと仲間に目線をやると、マリアの袖から腕の大きなコブが顔を覗かせる。

 「マリア、それ、どこかぶつけたのか。」

 「ん?」

 グローがマリアの腕を指さしてそう言うと、マリアは袖を(めく)り、自身の腕を見てみる。

 すると、マリアの腕にコブではなく、ヒルがくっついて、吸血していた。

 「うわ!気持ち悪い!」

 マリアは腕を振り、ヒルを引き離そうとするが、ヒルは吸盤でしっかりくっついており、中々離れない。

 「ちょっと待って。」

 ヴォルティモがそう言い、即席で作った塩水をマリアの腕にかける。ヒルは塩水に反応し、引き離れる。マリアの腕にはヒルがいなくなったが、ヒルの歯型が残ってしまった。マリアは小さな布切れで噛まれた部分を押さえる。

 彼らはそんなこんなで森林をしばらく進んでいると、大きめの洞窟が見えてきた。洞窟は盗賊が住んでいる可能性もあるので、入らない方が吉だ。

 だが、オームが洞窟を指さし、こんなことを言ってきた。

 「あそこは遥か昔の壁画が描かれているから、せっかくだから見てみるといいよ。」

 そのことを聞き、グローは少しだけ洞窟が気になる。

 ―せっかくだから、見てみようかな。

 グローは皆に頼み、洞窟を軽く見ることにした。

 彼らは洞窟に入り、松明を点ける。松明を岩壁に近づけると、ボロボロな壁画が露わになる。あまりに古すぎて苔が生えており、絵が霞んできている。

 グローはその壁画をジーっと見ていると、その壁画には、服を着ていない黒めの肌の人々が動物を狩る絵が描かれているのが分かる。この壁画は1万年以上前に描かれたらしい。その絵は遥か昔に描かれているため、簡単なシルエットで描かれており、体の構造がおかしくなっている。だが、岩壁の凸凹が、絵の立体感を妙に生み出している。絵の立体性に感心し、まじまじと壁画を見ていると、岩壁に文字も書かれていることに気づく。文字というより、絵文字のような文字だ。彼は絵文字を読んでみようと見ているが、案の定読めなかった。

 彼らはある程度壁画を見終わると、洞窟から出る。そして、森林の中を掻き分けながら進むと、木々の隙間から、開けた景色が垣間見える。そのまま開けた景色に向かって進むと、再び草原地帯に入る。

 しばらく草原を進むと、鼻に良い香りが流れ込んでくる。先ほどまで雑草だらけだった地面に、美しい花が咲き誇っている。特に、ピンク色の薔薇(バラ)がとても綺麗だ。その花畑の横の道を通ると、ドヴァーラハーラ朝の首都カナウジの街が見えてきた。

 街に入り、人の雑踏を掻き分けながら、大きい市場を見ていると、市場付近で女の子が大量のピンク色の何かを運んだりしている。よく目を凝らすと、先ほどのバラの花びらだ。

 市場の人にあの花びらをどうするのか聞くと、香水にするようだ。このカナウジの街は香水で有名のようで、バラの香水を多く売っているという。その話ついでに、彼らにも香水を買うことを勧められた。マリアは興味津々にバラの香水を見つめている。マリアの祖国である神聖エストライヒ帝国の上流階級では、香水が人気だったので、マリアも以前はよく使用していたという。マリアは自分の財布の中身と香水を交互に見つめる。店主は少しだけ安くすると言ってくれたので、マリアはすかさず買うことを宣言する。

 彼らは市場で食糧なども調達する。ここら辺は特にヨーグルトなど乳製品が売ってあるので、それらも買った。

 彼らはカナウジの街で用事を済ませ、街を出て、草原地帯を進む。

 「次はどんな場所なんですか?」

とヴォルティモはオームに尋ねる。

 「次は、パーラ朝という仏教が栄えている国だな。」

 ヴォルティモは仏教という言葉を聞き、過去を思い出す。



 「お母さん、またお話聞かせて。」

 俺は母さんに、いつものようにお話をねだる。俺には娯楽といえるものは無く、このお話が唯一の娯楽だった。

 「いいわよ。昨日はどこまで話したかしら。」

と母さんが昨日どこまで話したかを思い出そうとする。

 「旅人が故郷から追われたところだよ。」

と俺が昨日の内容を補足する。

 「あー、そうだったわね。それでね、旅人は、…。」

 母さんは痩せ細っている腕で身振り手振りしながら、お話を語り始める。

 俺の両親はいつも食べ物に困っていた。それにも関わらず、ロマニ民族のほとんどがしているように盗みは断固としてしなかった。吟遊詩人や占いなどで稼ぎ、足りない分は乞食として食べ物を恵んで貰っていた。そんな数少ない食糧を、両親は俺にお腹が空かないように十分に与えてくれた。

 でも、ある日、両親が痩せていくのを見かねて、俺は盗みを働いた。俺は街の市場で人混みに紛れて、棚に並んでいたいくつかのパンを素早く盗った。だが、案の定、店主にバレ、

 「おい、待てー!クソガキ!」

と執拗に追いかけられた。俺は全速力で人混みを搔い潜り、店主の追跡を逃れた。

 そして、母さんと父さんの許に戻り、

 「お母さん、お父さん、ほらパンとってきたよ。」

と盗ってきたパンを見せる。

 すると、父さんはすごい剣幕で、俺の頬をぶっ叩いた。

 「お前、何してるんだ!」

 俺はなぜ怒られているのか、見当もつかず、キョトンとしていた。

 父さんはもう一度殴ろうと拳を振り上げる。

 俺は殴られるのが怖くて、目をギュッと瞑る。だが、数秒経っても、頬に痛みは来なかった。俺は不思議に思い、目を開けると、母さんが俺を庇うように父さんの前に立ち塞いでいた。

 「お父さん、殴っても何にもならないわよ。ここは私に任せて。」

と父さんに向かって語り掛ける。

 父さんは母さんの言葉を聞き、不服そうながらも、

 「…わかった。」

と了承する。

 そして、母さんは俺の小さい手を両手でギュッと掴み、

 「あのね、ヴォルティモ、盗みは絶対にいけないわ。どんなにお腹空いていても、それだけは絶対ダメよ。人のすることじゃないわ。」

と真剣な眼差しで俺を諭す。

 俺はその真剣な眼差しの圧に押され、

 「わかった。ごめんなさい。」

と謝る。だが、当時は、謝ったとはいえ、なぜダメなことなのか分かっていなかった。盗みは、別に失うものなどないわけだし、逆に得るものがあるとさえ思っていたんだ。

 でも、今ならわかる。失うものは確かにあったんだ。人としての誇りと倫理観だった。今回だけ、今回だけと盗みが続くと、盗みが当たり前になってしまう。そこには、もう他者への迷惑など全く考えなくなってしまう。父さんと母さんは、このことを小さい俺に教えたかったのだ。たとえ周りのロマニ民族が盗みをしようとも、自分たちは真っ当な姿を背中で示したかったのだ。

 さらに、両親は仏教を強く信じていたため、現世で悪行をしないように心掛けていた。

 俺は確かに仏教を信仰している。だが、以前は両親が信仰していたから、という理由が大きかった。でも、今は自分の信仰が正しいのだと確信している。でも、まだ研究中の身だ。だから、他の仏教徒と話してみたいという気持ちが、俺の中にずっとあった。



 ヴォルティモは進みを早めるように、馬を手綱で急かす。そして、彼らはしばらく草原地帯を進むと、パール朝に入る。

 パール朝に入ってからは岩山が増えてきた。足元に気を付けながら、山なりの地形を進むと、ナーランダの街が見えてきた。

 ナーランダの街に入ると、仏塔らしきものに目が行く。

 このパール朝は仏教を国教としており、仏教徒のバーラト系民族が多くいる。

 特にこの街は仏教が盛んで、ナーランダ僧院という仏教を研究する学院がある。だが、仏教だけでなく、数学や天文学なども研究されている。

 このナーランダ僧院は他国から来た人も訪れることができるため、せっかくなので中に入った。ヴォルティモは仏教徒なので、このナーランダ僧院の仏教関連の書物を読んだり、向こうで他の仏教徒と翻訳を通して語り合っている。

 ヴォルティモ除いた彼らは、ナーランダ僧院の敷地内の庭を散歩していた。このナーランダ僧院の敷地内には、大きめの池があり、その池は泥で水の色が黒く濁っている。だが、その泥の上には、大きな丸い葉と綺麗な薄紫色の花が咲いている。大きな葉の上には、数滴の水滴が浮かんでいる。花は薄紫色の花びらが開かれたように咲いている。この濁っている池の中でも、こんなに綺麗な花が咲いている。その景色は幻想的で、まるであの世に来てしまったかのように錯覚してしまう。

 その花は(パドマ)というらしい。蓮はその環境と花の綺麗さから、周囲の穢れに染まらず美しさを保っているという意味の“泥中の蓮”という言葉があるくらいだ。この南方の地域では、この蓮は神聖な花として、祀られている。

 グローはその非現実的な景色をしばらく眺め、ヴォルティモの方に視線を移すが、一瞬どこにいるのか分からなかった。ヴォルティモはこの周囲の風景に見事溶け込んでいた。パール朝の、特にこの僧院の人々は、仏教徒の上、民族もバーラト系と、ヴォルティモと類似点が多い。服装が右肩だけ出ていて、肌も褐色だ。まるでヴォルティモの同族を見ているようだった。改めてここがヴォルティモの故郷なのだと知る。

 ヴォルティモはパール人と語り合って満足したように、にこやかな笑顔でこちらに戻ってくる。

 「十分に話せたか?」

 グローはヴォルティモに尋ねる。

 「ああ。俺の知っている文化がまだ残っていて良かったよ。過去に仏教はこの南方の地域から薄れていってしまったが、またこのパール朝などが再興させたらしい。」

 すると、ヴォルティモは明るい声色で、そう答える。

 ―ヴォルティモが満足そうで良かった。

 やはり本人は最初迷っていたが、彼の故郷に来てみて良かったと、グローは改めて安堵する。

 そして、ナーランダ僧院を出て、街を見回った後、彼らはナーランダの街を出て、湿地帯がある草原をしばらく進む。すると、リザードマンの行商人が向こうからやってきた。彼らは三角錐型の笠を被っており、荷物を載せた馬を引き連れながら歩いている。

 彼らリザードマンは環境への適応能力が高く、砂漠などの乾燥地帯や海などの水辺にも強い。

 あちらのリザードマンの行商人とお互いに会釈をし、通り過ぎる。

 彼らはそのまま草原地帯を進むと、パハルプールの街が見えてきた。

 パハルプールには大きな仏教寺院があり、山のような形をしている。中央には尖塔があり、そこを中心に下へと段差がある。この建物は周壁に囲まれ、レンガでできている。建物には、動物や仏の立体感のある彫刻が施されている。

 その仏教寺院の周辺には、坊主頭の仏教徒が多く、中で祈りを捧げたり、経本を読んだりしている。

 それをヴォルティモは目を輝かせて、まじまじと見ている。

 この国はヴォルティモにとって、色んな意味で懐かしみがあり、天国だろう。

 だが、ヴォルティモの浮き立つ心をへし折るような噂が流れる。

 人狼が南東に侵攻していく中、ゾンビやスケルトンなどの大群が首都アッ=サラームに向かって侵攻していると。

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