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7章70話 御伽話と多面性

 グローはそのラシードという研究者に興味を持ち、少しの銅貨をその人たちに渡して、そのラシードについて話を聞く。そして、その人の家の場所についても教えてもらった。

 「え、その人の家に行くの?」

 マリアがそう尋ねる。

 「ダメか?」

 グローはちょっと甘えるような顔をして彼女に聞くと、彼女はフフッと小さく笑う。

 「全く、仕方ないわね。」

と彼のいつもの好奇心ゆえの行動だと納得している。

 そして、その教えてもらった通りに行くと、少し大きめの小綺麗な家に着いた。家には庭や門もあり、その近くに使用人らしき人を見かける。彼らはその使用人に近づき、ラシードの家で合っているか確認する。

 「ラシードさんのご自宅で合っていますか。」

 グローの急な問いかけに、使用人は驚いた表情をする。

 「ええ…。何の御用でしょうか。」

 怪しまれているようだ。そりゃ面識もないので、当然だった。

 グローは怪しまれないように、しっかりと目的を伝える。

 「少し御伽話についてお話をお聞きしたくて。」

 使用人はそれを聞いても尚、少し驚いた表情をする。だが、非礼にならないように、すぐに表情を整え、彼らの訪問にもしっかりと丁寧に応対する。

 「承知しました。少々お待ちください。御主人に聞いてきますので。」

 使用人はそう言い、家の中に入る。しばらく家の外で返事を待っていると、慌てた様子で中年の男性が家から出てきた。

 「君たちか?僕の研究について聞きたいっていうのは。」

 男性は息を切らしながら、そう尋ねてきたので、変なことをしたのかと心配になってしまう。

 「え、ええ…。そうです。」

 彼らの少し引き気味の態度を見て、男性は自身の様子が怪しかったことに気づく。そして、コホンと一度息を整える。

 「あ、ここで立ち話もなんだし。どうぞ入って。」

 ラシードはどうぞと自宅内を手のひらで指し示し、彼らを案内する。そして、客室へと案内され、来客用の椅子に座らせてもらう。

 「いや、失礼。僕の研究に興味を持つ人なんて珍しいもんだから、慌ててしまって。見苦しい姿をお見せした。」

 ラシードは軽く彼らに頭を下げ、怪しげな態度について非礼を詫びる。

 彼らは首を横に素早く振り、大丈夫と伝える。

 「いえ、そんな全然!」

 ラシードは彼らの言葉を聞き、安心し、本題に入る。

 「で、なんで僕の研究に興味あるのかな?」

 ラシードはこちらを窺うように、尋ねてくる。

 「えっと、自分はある御伽話に憧れて冒険を始めたので。」

 グローの答えに目を大きく開け、うんうんと嬉しそうに首を縦に振る。

 「そうなんだ!」

 そして、ラシードは続けて軽い自己紹介をする。

 「僕はね、元々商人で各地を回っていたんだ。その中で、いくつかの御伽話や民話に触れ、御伽話などの面白さを知ったんだ。そこから、御伽話などを個人的に研究するようになったんだ。」

 ―なるほどな。だから、大きめの家に住み、使用人もいたんだな。

 グローは御伽話についてお話を聞きたくて、質問をしようと思ったが、手始めにどんな質問から始めればいいのか分からず、フワッとした曖昧な質問になってしまう。

 「ラシードさんが研究している御伽話には、どういったものがあるんですか。」

 彼のフワッとした質問にも、ラシードは嫌な顔をせず、答えてくれる。

 「僕は西方や東方、南方、北方のも取り扱っているよ。」

 思ったより幅広く扱っていて、グローは驚いた。彼は続けて質問を投げかける。

 「例えば、どういう物語があるんですか。」

 彼の質問にラシードは答える。

 「西方の『狼少年』や『狼と子羊』、東方の『梁山伯と祝英台』などがある。」

 ラシードはそのまま例に挙げた物語に補足説明をする。その説明する姿はウキウキと楽しそうだ。まさに、学者らしい。

 「西方の御伽話では、狼は度々悪者扱いされているんだ。狼が羊や豚、人間などを襲う悪役として登場することが多い。色んな物語があるけど、これが興味深いな。」

 そういって、ラシードはある本を手に取り、グローたちに見せるように置く。その本には、『赤頭巾の少女』というタイトルが書かれている。

 「この物語は、あくまでフィクションだけど、実際に赤頭巾を被った少女が大きな狼に喰いつくされてしまうという過去の事件を基に作られている。大まかなあらすじとしては、北方の赤頭巾の少女が狼に騙されて食べられてしまうが、猟師に助けられるという話だ。この話だけ聞くと、狼が確実に悪く、狼に気を付けなければならないと注意喚起として聞こえてしまうだろう。だが、実際に事件のあった北方の地を訪れると、一部では少し伝承が違うんだ。聞くところによると、その狼と少女は仲良く暮らしていたが、大きくなっていく狼を恐れた大人が、狼を無理やり連れだし、寒い雪山に捨て去ったという。さらに、復讐しに来ないように鎖の重しを付けたという。そのことに憤慨した狼は、鎖を必死に噛み砕き、大人や少女が住む村に復讐しに行ったという。伝承だからどれが本当の話なのか分からない。だが、この本では狼と裏切りの恐ろしさを大人の視点で物語っている。こんな感じで、物語を色んな方向から解釈ができる。これが、御伽話の面白さなんだ。」

 「なるほど。そう考えると、確かに御伽話は面白いですね。」

 御伽話はあくまでフィクションだが、現実の伝承などを参照することで、違う見方が浮き出てくる。そういった研究視点で見るのも面白いなとグローは思った。

 この人なら『奴隷物語』についても、詳しく知っているかもしれない。彼はそう思い、

 「ラシードさんは『奴隷物語』という物語を知っていますか。」

と尋ねる。

 ラシードはやはり知っているのか何度か首を縦に振る。

 「あー、アトマン帝国で作られた物語だよね。確か、奴隷による冒険譚だったような。」

 「そうです。その『奴隷物語』について知っていることありますか。」

 グローがそう尋ねるが、ラシードは手を顎に当て、うーんと少し唸る。

 「うーん、そもそもどこら辺まであらすじ知っているのかな。」

 ラシードはこちらを窺うように、見てくる。

 「自分が知っているのは、主人公が奴隷から反乱に乗じて解放され、他の街で運よく巡り合った優しい人に助けてもらい、世界を旅していく。そこまでしか知りません。原作を読んだことはまだないので。」

 「なるほどね。一応ほんの少しまだ先はあるんだけど、実は、アトマン帝国に住んでいる人でも大体そこら辺までしか知らないんだ。それには理由があって、この『奴隷物語』は途中までしか書かれていなくて、作者も分からないものだから、途中までしか皆知らないんだ。」

 「そうなんですか。『奴隷物語』について少し知れると思いましたけど、残念です。」

 グローが少し残念そうな顔をしていると、ラシードは訂正するように、慌てて付け足す。

 「まあ、役に立つかは分からないが、民話や御伽話の研究者の僕から言える情報がもう一つぐらいならある。この『奴隷物語』は現実の歴史を基にしている可能性があるんだ。歴史書に遥か昔、マムルークと呼ばれる人間種族の大勢の奴隷兵士がいたと記述されている。そして、そのマムルークが力をつけていき、徐々に一定の土地を支配するまでに出世したという。」

 「なるほど。物語と現実がリンクしているということですね。」

 そのことは直接物語の内容に関わるわけでは無いが、奴隷が出世したという事実にグローは喜びが隠せない。彼も元奴隷なのもあって、これからの人生がワクワクして止まらない。

 グローはある程度聞きたい話を聞けたため、ラシードの家から出ていくことにした。

 「突然お邪魔してすみませんでした。ありがとうございました。」

 グローはお礼を言い、その場から立ち去ろうとすると、ラシードさんが引き留めるように話しかけてきた。

 「いえいえ。ところで、君はここら辺では見かけないが、どこ出身なのかな。」

 ラシードは彼を指さし、そう聞いてきた。

 「自分はエールという土地から来ました。」

 彼はラシードの質問に答えると、ラシードは首を少し傾ける。

 「ほう。エール、どこら辺にあるのかな。」

 ラシードはエールがどこにあるか分からないので、グローはその場所を口頭で示した。

 「エンジェル帝国のエンジェル半島に位置する地域です。」

 彼の説明に、ラシードは納得したように手を打つ。

 「なるほど。そこら辺の地域か。そのエールでは、どんな信仰があったのかな。」

 多分ラシードが一番聞きたかったであろう質問が来た。多分グローの地域の神話や民話が聞きたかったのだろう。

 「エールでは、自然にも神様がいると考えられていて、沢山の神様がいます。特に、最高神の豊穣を司るダグザ神を中心に信仰されています。他にも、光を司るルー神、魔術を使い、戦を勝利へと導くモリガン、マッハ、ネヴァンの三神などがいます。あと、妖精もいます。」

 彼が知る限りの故郷の神様や信仰を教えた。

 「ほう、そのような信仰があるんだな。光のルー神って、不思議と光のルークス教の神様と似ている気がするな。」

 思ってもみなかったことを突然言われ、彼は後頭部を金槌で叩かれたような衝撃が走る。

 「た、確かに、言われてみればそうですね。多分関係ないと思いますけど…。」

 ラシードが言うように、確かに語感や「光」という意味では似ているが、信仰の仕方などが違うため、彼は関係ないと伝える。そもそも、エール人は、エストライヒ人やルークス教の分派の天使教を信仰するエンジェル人とは違う。グローのエール人としての誇りが否定をする。だが、ラシードの言葉がグローの頭に残り、信じてしまいそうになる気持ちがある。まるで心では信じて、言葉では否定しているようだ。言葉だけが置き去りになってしまっている。

 だが、彼のその乖離(かいり)した気持ちなど露知らず、ラシードは話を続ける。

 「まあ、それもそうか。それに魔術か。魔術があるならば、ぜひとも見てみたいものだな。魔術で思い出したが、西方の伝承でエルフという架空の種族がいるらしい。なんでもそのエルフ種族は、透き通るような真っ白な肌と髪色をしており、魔術が得意だという。まあ、あくまで架空の話だから、実際にはいないんだけどね。でも、この種族が何を意味しているのか興味あって、研究しているんだよね。」

 確かに、魔術は故郷出身のグローでも見たことは無かった。故郷では魔術を司る神様や魔女が信仰されていたが、正直見たことないため、あまり信じてはいない。

 だが、そのエルフという種族は初めて見聞きしたため、興味が湧いてくる。ただ、やはりあくまで架空のことなので、信じすぎない方がよさそうだった。

 「そうなんですね。面白いですね。また新しい研究の発見があったら、お聞かせください。」

 グローはそう言い、そろそろ立ち去ろうとする。ラシードも本題を聞けたので、満足そうに彼らを出入り口まで案内する。そして、別れの挨拶を告げ、彼らはラシードさん宅から出た。


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