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7章69話 迫りくる魔の手

 数日前、アラッバスの北西にある砦が陥落した後、そこ一帯の砦と街も人狼の手によって次々と陥落していった。その一帯を守っていた砦は、以前の様子が嘘のように瓦礫の山と化している。


 そして、街の様子はというと、複数の人狼が、その街で食糧と水がどれほどあるか計算している。

 「これで全部だろうな。虚偽は無いだろうな。」

 人狼がそう脅すように、口角を上げて鋭い牙を街の住人に見せつける。

 街の住人はエンジェル語が分からないが、その圧をかける様子から、もっと要求されているのだと察する。

 「な、無いよ。これ以上、何を出せっていうんだよ。この悪魔どもめ。」

 その様子を見て、人狼は、住人の報告に虚偽は無いのだと理解する。

 人狼は、あらかた食糧や水の量の計算を終えると、人狼の中でも一回り体の大きい人狼に報告をする。

 「兄貴、とりあえず我々に必要な食糧と水は確保できそうです。」

 「わかった。」

 その一回り体の大きい人狼は、部下からそう報告を受けると、黒いローブを来た人の許に近づいて跪く。そして、部下から受けた報告をそっくりそのまま、黒いローブを着ている人に伝える。

 「フェンリル様、とりあえず我々に必要な食糧と水は確保できそうです。」

 「そうか。」

とローブの人が言うと、人狼はホッと安心する。だが、そう思ったのも束の間、

 「それは、街の住人分も確保しているのか?」

とローブの人がジッと赤い目で睨みながら、そう言う。

 「い、いえ、それは考えていません。我々の分だけです。」

 人狼がそう言うと、ローブの人は、はぁと溜息をつく。

 「だから、言っただろう。住人分も確保して計算するようにと。」

 人狼がそのローブの人の鋭い目にたじろぎながらも、負けじと進言する。

 「し、しかし、それでは我々の分がギリギリとなってしまいます。あんな奴らのために、残す必要はないのでは…。」

 人狼はそう堂々と進言するが、ローブの人にキッと睨まれ、口を噤んでしまう。

 「だから、お前はダメなんだ。お前は仲間愛には非常に強いが、他の奴らには厳しすぎる。忘れたのか、我々の目的は他の奴らの殲滅(せんめつ)ではない。」

 ローブの人が人狼に淡々と一喝すると、人狼は顔を俯き、耳と尻尾がけちょんと垂れる。その反省した様子を見て、ローブの人は、

 「反省したなら、もう言うことはない。もう一度、住人の分を確保した上で、計算したものを報告しろ。」

と言う。

 「ハッ。」

 人狼はそう返事をし、再度計算をし直しに行った。

 ローブの人はふぅと息をつく。

 ―そろそろ、彼女の兵が向こうに着くころかな。



 そして、この北西の街から少し東に進むと、また別のオアシス都市と砦が見えてくる。そのオアシス都市近くの砦に、馬を走らせた兵士が慌てた様子でやって来た。

 その砦にいた兵士が、一体何事かと思い、

 「どうした?そんなに慌てて。」

と尋ねる。

 すると、その馬を走らせた兵士は、あまりにも急いでいたせいか、ぜえぜえと息切れを起こしている。

 彼はちょっと待ってくれと言わんばかりに、手のひらを前に出す。そして、深呼吸をして、呼吸を整える。数分間、深呼吸をして、息切れがしなくなると、その急いで来た理由を話し始めた。

 「北西から人狼の群れが襲ってきた。」

 そのことを聞くと、砦にいた兵士が、目を大きくして驚く。

 「なんだと…。」

 「そうなんだ。だから、とりあえず急いで援軍を頼みたい。」

 彼はそう言うが、砦にいた兵士は驚いた表情のまま固まってしまっている。彼はその兵士に声を掛けるが、どうやら聞こえていないようだった。一体何なんだと思い、彼は後ろを振り返ると、後方の幾分先にゾンビやスケルトンの大群が街や砦に向かってきていた。

 「は…。うそ…だろ…。」

 彼はその光景に言葉を失う。

 彼らは急いで籠城の準備をする。幸いゾンビやスケルトンは知性が低いため、ゾンビらだけならばまだ持ち堪えられる。ゾンビだけならばの話だが…。

 その懸念通り、彼らはゾンビと数日間、格闘するが、数日後に追い打ちをかけるように、人狼の集団が襲来してきた。彼らは不眠不休でゾンビと格闘していたため、街や砦が陥落するのは一瞬だった。

 こうして次々と、アラッバス朝の街や砦が陥落していったのだった。




 そんなことも露知らず、グローたちは次の街を目指し、東へと歩みを進める。その道中で、グローはカーズィムに話しかける。

 「カーズィムは首都のアッ=サラームに行ったことがあるのか?」

 「…いや、無い。」

 「そっか。まあ、指名手配されているしな。」

 「…でも、情報だけなら知っている。」

 「へえ、じゃ、アッ=サラームだと何が有名なんだ?」

 「…教会や研究所とか、色々。」

 二人はそんな他愛もない話をしていると、そのやり取りにマリアが割って入る。

 「ちょっと、いつの間にそんな仲良くなったの?」

 彼女は不思議そうにグローを見つめながらそう言う。

 「ん、まあ。」

 グローは改めてそう言われると、気恥ずかしくて、そっぽを向いてしまう。

 マリアも興味本位でカーズィムに話しかけてみる。

 「アッ=サラームって名物とかあるの?」

 「…。」

 だが、彼女がそう尋ねても、カーズィムは答えなかった。

 そのグローにだけ答える態度が気に喰わなかったのか、

 「何よ…。」

と頬を膨らませて機嫌を悪くする。

 そして、彼女は続けて、

 「全く、これだから、イティバーク教徒は。」

と差別めいた発言をする。

 ―こりゃ、中々打ち解けるのにも時間が掛かりそうだな。

 グローは若干呆れる。


 そして、彼らはしばらく進んでいたら、城壁に囲まれた円形の首都アッ=サラームが見えてくる。このアッ=サラームは運河が流れており、本当は舟で移動した方が早いのだが、ヴォルティモの故郷へ行くのに、馬車を置き去りにするわけにはいかなかった。彼らは変わらず馬車でアッ=サラームの街に近づき、城壁の中に入る。

 アッ=サラームの街は、アトマン帝国のカッパトッカに引けを取らないくらいとても栄えていた。大きなバザールや教会などの建物が建ち、ガヤガヤと賑わっている。街が大勢の人に埋もれているようだ。人もカッパトッカ同様、様々な人種や種族がいる。建物も見上げるほど高い教会、広いバザールがある。アッ=サラームには、イティバーク教の最高指導者が住んでいるため、他の街に比べて教会が特に多い。偶像こそ無いが、幾何学模様が施されている豪華な教会がある。

 さらに、アッ=サラームには知恵の館という研究所兼図書館がある。アレクサンドリアにも、大きな図書館があったが、ここはそれよりも大きい。この知恵の館には、西方のアシーナ帝国、東方の華夏帝国、南方のヴォルティモの故郷などから、幅広い分野の情報や学問が集まり、とてつもない知識が築き上げられている。元々(ゼロ)の概念は南方から輸入されたものだが、それを応用し、このアラッバス朝では数学が活発に学ばれている。さらに、アレクサンドリア同様、古代アシーナの哲学や数学、錬金術、医学なども翻訳し、昇華されている。

 このアラッバス朝は金などの貴金属があまり採れず希少のため、その貴金属を増やすために錬金術が盛んに研究されている。しかし、未だ成果は出ていない。だが、その錬金術の実験を通す中で、副次的に新たな発見がなされている。アルコールやアルカリなどが挙げられる。言葉が、アラッバス語の定冠詞「アル(اَلْ)」から始まっている時点で、それがわかる。それら言葉が輸出されているくらい化学が発展している。

 「確かに、カーズィムの言う通り、教会や研究所もあるし、何でもあるな。」

 グローがカーズィムの方を向きながらそう言うと、カーズィムはコクリと頷く。

 その後、彼らは広く賑わっているバザールを見て、人を掻き分けながらデーツや羊肉などの食糧やガラス製品などの商品を買った。

 「いやー、それにしてもすごいな。今まで見た街の中で相当大きいぞ。」

 グローがその街の壮大さに驚くと、マリアは若干不服そうに、

 「ええ、そうね…。」

と頷く。やはり敵国であるアラッバス朝を褒められると、気分は良くないらしい。彼女の機嫌を損ねないように、彼らは早めにアッ=サラームを出た。



 そして、しばらく砂漠を進むと、徐々に地面に草が生え始め、遠くに川が見えてきた。そして、その川に近づくにつれて、川付近に小麦畑が広がっている。

 今目指しているアル=バスラは二つの川が近く、小麦や米などを育てている穀倉地帯となっている。この辺りの地域は、フスタート辺りとは別の古代文明が生まれていた。その古代文明はかなり高度な文明だったようで、時計の60進法や一週間などの基準を決めたり、「目には目を歯には歯を」で有名なハンムラビ法典も生まれたという。さらに、最古の叙事詩といえる『ギルガメッシュ叙事詩』などの作品も生まれている。

 さらには、この街は『夜物語』という物語の舞台にもなったことがあるという。『夜物語』は南方、西方、ファルーシアの影響を受けながら、アラッバス朝で生まれた長編の文学的作品だ。『夜物語』は昔の王国を舞台にしており、夜な夜な王様に大臣の娘が興味を惹きつけるようなお話をしていく物語だ。その夜に語る短編の物語を集めたのが、長編の『夜物語』だ。

 そこは、『ギルガメッシュ叙事詩』や『夜物語』などの物語で有名な街と言えるだろう。

 川を辿ると、アル=バスラの街が見えてきた。そして、街に入ると、大きな遺跡に圧倒される。ジッグラトと呼ばれる古代文明の神殿がそびえ立っている。入り口には大きな階段があり、その階段の奥には、聖職者がいそうな建物が建っている。今ではさすがに使われていないため、人気は感じられない。だが、時代を感じさせない綺麗に残っている遺跡に感動を覚える。

 さらに、街は穀倉地帯が近いため、農作物を多く売っている市場がたくさんある。小麦やパン、米、デーツや羊肉などがある。さらに、川なども近いため、魚も売っている。食材が豊富なので、グローたちは食糧を調達することにした。

 買い物が終わり、さらに街を歩いていると、酒場で飲んでいる集団から面白い話が耳に入る。

 「あのラシードは変なやつだよな。」

 そう話す男に指さし、もう一人の男が同調する。

 「わかる。各地を回って、御伽話を集めるだなんて、何が楽しいんだか。ギャンブルや酒の方がよっぽど楽しいぜ。あと、女な。」

 男たちはガハハと豪快に笑い合う。

 「だな。それに、そんな趣味にかまけるなんて、お金持っている奴らしかできねえよ。俺らには関係のねえ話だ。」

 どうやら話を聞いている限り、各地の神話や民話、御伽話を集め、研究しているラシードという男性がいるという。

 グローは御伽話と聞くと、『奴隷物語』を思い出し、少しそのラシードという研究者に興味を持った。


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