7章68話 冷たさと温かさ
ここは、アラッバス朝の北西側にある砦。この砦付近にはオアシス都市があり、そのオアシス都市を守るように配置されている。逆に、オアシス都市がその近辺の水源にもなっているので、相補的な関係となっている。
その砦は砂岩で強固に作られており、敵を寄せ付けない。
だが、その砦も今や壁は崩れ、瓦礫の山と化している。さらに、火も放たれ、至る所に火が燃え盛っている。
その惨状を見て、指揮官らしき人物が膝から崩れ落ちる。
―もう終わりだ…。
およそ二日前。
砦内で複数の兵士がバタバタと走っている。そして、彼らはある部屋の扉の前に立つと、その扉を勢いよく開ける。その部屋の中には、指揮官らしき人物と数人の兵士が椅子に座っている。
「どうしたんだ。そんなに慌てて。」
指揮官がそう尋ねると、
「大変です!無数の人狼の群れがこちらに向かってきています!」
と複数の兵士が報告する。
「何!?」
指揮官らしき人物が、急いで塔へ向かい、塔の上から見下ろす。すると、確かに部下の言うように、人狼の群れが砦にぞろぞろと接近していた。さらに、人狼の群れがずっと遠くまで見える。その数、ざっと数万はいる。さらには、人狼以外の魔物も見受けられる。
「ただでさえ人狼は強いのに、その数が数万だと…。」
彼はその迫りくる災害を目の当たりにし、下唇を噛む。だが、彼は状況を冷静に把握し、部下に指示する。
「急いで籠城の準備をしろ!一部の兵士は馬を走らせ、増援を頼んでこい!」
「ハ、ハッ!」
指揮官に命令され、一部の兵士は馬を走らせ、他の兵士は立て籠る準備をする。
―せめて、増援が来るまで持ちこたえねば…。
その砦内にいる誰もがそう願った。だが、その願いは儚くも散ってしまった。
人狼の群れが砦に着くと、人狼は梯子などで砦内に侵入しようとする。アラッバス兵は食い止めようと、必死に岩を落としたり、矢などで梯子から突き落とそうとする。だが、人狼たちは徐々に梯子を登り終わり、砦内に侵入していく。
人狼は元々強靭な体を持ち、力も強いため、一対一ではかなり分が悪い。アラッバス兵はどんどん駆逐されていき、砦の壁が崩壊していく。さらに、人狼の群れに紛れていたイフリートによって、砦にいくつもの火が放たれる。
兵士は人狼に殴り殺され、イフリートに燃やされる。兵士はその死にゆく仲間を見て混乱し、もはや防衛どころではなかった。
こうして、その砦はたった二日で人狼によって落とされた。
一方、グローたちはヴォルティモの故郷を目指し、長い砂漠の道を歩いていた。彼らは長い砂漠の道を歩いていると、向こうに角のある盛り上がりが見える。徐々に近づいていくと、大きな四角錐の遺跡が目に入る。
ピラミッド(メル)というものだ。そのピラミッドは、遥か昔の為政者のお墓だ。ブロックレンガが階段状に敷き詰められ、綺麗な正四角錐が形成されている。これが古代に作られたなんて、想像もつかないくらい不思議だ。
ピラミッドも通り過ぎ、さらに砂漠の道を歩いていると、延々と続くような長い川が見えてくる。その川には真っ白な帆がなびくダウ船が何隻も浮かび、川を伝って移動している。さらに、その川付近には、この砂漠地帯では珍しい農耕地帯が広がっている。
グローたちはその川で少し休憩した後、上流から下流に沿って歩いていく。途中で大きな橋を見つけ、橋を通り向こう岸に渡る。そのまま、川に沿って南に向かうと、フスタートの街が見えてきた。街に入り、全体を見渡す。フスタートはかなり大きい街で、大きなバザールや要塞などがある。彼らは食糧などを調達すると、
「時間も時間だし、今日はここら辺で休もう。」
とヴォルティモが提案し、他のメンバーもそれに同意する。
「じゃ、宿を探さないとな…」
グローがそう言いかけ、周りを見回そうとすると、カーズィムが視界に入る。
―そうか。カーズィムは今指名手配中だから、この国で安易に素性を明かすわけにはいかないな。
彼はそう気づき、
「野宿にしよう。」
と皆に提案する。皆もそれで察したのか、彼の提案に同意する。
彼らは郊外で野宿をすることにした。夜の砂漠は冷えるので、馬車の中に入り、毛布にくるみながら寝る。
だが、
―うーん、なんか寝れないな…。
グローはなんだか寝付けず、ふと周りを見ると、カーズィムの姿が見えない。彼は気になって外に出ると、カーズィムは馬車の外でボーっと星空を眺めている。その姿を見て、グローは安堵する。
そして、彼はニヤリといたずらな顔をし、カーズィムに忍び足で近づき、
「よっ、何してんだ?」
と若干驚かせようと声を掛ける。
だが、彼の突然の声にカーズィムはピクリとも驚かず、平然とグローの方に顔を向ける。その様子でグローはちょっと残念そうに肩を落とす。
「ハハ…、驚かないんだな。」
グローがそう言うと、カーズィムはただコクリと頷く。相変わらず何も言わない。
グローは気まずくなり、彼も同様に空を見上げる。
しばらく二人で無言のままそうしていると、突然カーズィムが口を開ける。
「…足音はもっと静かにした方がいい。バレバレだった。」
彼はそう小さな声で先ほどの脅かしについて言及する。
先ほどの脅かしからまあまあのタイムラグがあるにも関わらず、グローはカーズィムが話しかけてくれたことが何よりも嬉しかった。
「あ、そうか。えへへ、次は気を付けるよ。」
彼は少し嬉しそうに笑みを浮かべながら、そう返事をする。
グローは注意されているのに、嬉しそうにしている様子が変だと思ったのか、カーズィムは眉を顰める。
グローは嬉しくなり、カーズィムに話しかけ続けてみる。
「そういえば、カーズィムは何か好きなものは無いのか?」
「…。」
カーズィムはまた黙り込んでしまう。そして、
「…好きなものって何だ。」
とボソッとグローに聞き返す。
「あ、そうか。質問が曖昧だったな。好きなものって、例えば趣味とか心が躍るようなものかな。」
グローがそう答えると、カーズィムは考え込むように手を顎に付ける。
彼はしばらく考えた後、
「…動物。」
とポツリと一言だけ呟く。
グローはその貴重な一言を聞き逃さず拾い、
「動物が好きなんだ。確かに、可愛くて癒されるよね。」
―動物によるけど。
彼はそんな蛇足な言葉は飲み込み、カーズィムに同調する。
カーズィムは再度コクリと頷く。
「何が好きなんだ?」
グローがそう尋ねると、
「…猫。」
とカーズィムは答える。
「猫かー。そういえば、この国に入ってから、街でよく猫を見かけるな。」
グローがアラッバス朝での道中で、気になったことを付け加えて言うと、
「…イティバーク教では猫を大事にするように言われている。」
とカーズィムは答える。
「そうなのか。なるほどなー。そういう理由があったのか。」
彼らはしばらく話していると、いつの間にかカーズィムの返事が徐々に早くなり、無言の時間が減っていた。
そして、カーズィムがある時、
「…でも、動物は怖くて触れない。」
と弱みを見せる。
その深刻そうな顔をするカーズィムを見て、グローも陽気な顔から真面目な面持ちに変える。
「どうしてだ。」
「あの人に暗殺者として訓練されていく中で、いくつもの動物を殺した。だから、俺なんかが触ってしまったら、壊してしまいそうで、…怖い。」
カーズィムは一言一言をゆっくりと吐き出す。声は若干震えていた。その言葉には、彼の体の中から出てきた冷たい何かが付け加えられ、言葉がズシッと重く感じる。
「そうか。辛かったな。」
グローは知らないが、カーズィムの辛い過去を思うと、わかった気になっているような軽い言葉で返事することはできなかった。
カーズィムは体から冷たい何かを吐き出し、その分、体がポカポカと温かくなってきた。
いや、いつの間にか昇っていた朝日に照らされているからかもしれない。
それでも、カーズィムは今まで感じることのなかった温かさを感じた。
今日、グローはほんの少しだけだけど、カーズィムについて知ることができた気がした。




