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7章64話 分裂と闘争

 グローたちは暗殺教団の処刑を見て、胸糞悪さを覚える。

 そして、グローはカーズィムの無事を心の中でそっと祈り、次の街のアル=クドゥスを目指した。しばらく砂漠の道を進むと、アル=クドゥスの街が見え、街に入る。

 アル=クドゥスには、大きなバザールや様々な形の教会がある。

 そして、前の街同様、アル=クドゥスでも、多くの人種や種族を見つける。勿論、ジンのエルバ人は多いが、人間のイブリー人も多くいる。イブリー人はイブリー教を信仰している人という意味で、血縁などの民族的な意味での人種ではない。イブリー教は行動規範が多く、ルークス教と生活の仕方が違い、ルークス教徒に嫌われているため、イブリー人は西の神聖エストライヒ帝国やアシーナ帝国ではしばしば迫害されている。

 だが、それに比べて、イティバーク教の聖典でイブリー教を啓典の民として尊重されている。イティバーク教はイブリー教以外も尊重されており、改宗を強制されることはない。そのため、この寛容的なアラッバス朝ではイブリー人を多く見かける。

 だが、それだけではない。このアル=クドゥスは、イブリー教とルークス教とイティバーク教の聖地のため、それもあってイブリー人が多い。

 街を歩いていると、道行く人の中で、小綺麗な服装をしたイブリー人を見かける。

 このイブリー人は商人が多く、裕福な人が多い。それに準ずるように、アラッバス朝もかなり豊かだ。だが、裕福な商人が多い一方で、手足に鎖を付けたボロボロな服を着た人も多く見かける。白い肌の奴隷を多く見かける。

 このイティバーク教では自由民を奴隷に堕とすことは禁止されているので、戦争捕虜や他国との売買で奴隷を手に入れなければならない。なので、アシーナ帝国が近いこの街では、白い肌の奴隷が多い。

 街の奴隷市場には、色んな種族、人種の裸の奴隷が並べられ、観客が品定めしている。その品質の良さそうな奴隷を見ては、オークションで値段を跳ね上げていく。

 そんな中で、15歳くらいの白い肌の少女が目に涙を浮かべながら、市場の台に立たされている。若い少女は奴隷として価値がある。家事手伝いや性欲解消として重宝され、売買される。その若い少女は虫の音のようなか細い声で怯えているが、観客のがやがやとした声で掻き消されてしまう。まるで奴隷の彼らに拒否権はないと、その騒音が伝えているようだった。

 そして、装飾品を身に付けている、いかにもお金持ってそうな人が、その少女を少し高値で買い取る。少女には抗う(すべ)などなく、そのまま連れていかれてしまう。その悲しげでありながら、もう諦めかけているような目を見て、心が痛くなる。

 そんな光景を見ていると、グローは昔を思い出してしまう。



 ―俺は故郷で奴隷狩りに遭った後、奴隷商人に引き渡された。

 どこへ向かうのだろうか。奴隷狩りに遭った俺らは、大きめの荷馬車に載せられ、行方の分からぬところへ向かわされる。もう数日、馬車に載せられている。

奴隷の多くは女と子どもで、子どもは泣き、大人の女は子どもをあやしている。大人は子どもを怯えさせないように、必死に平静を装うが、目は淀み、絶望の顔をしている。

 ご飯は一日一食で、ボソボソした少量のパン粥を貰っていた。腹は凹み、腹の虫の音が鳴る。勿論、水浴びはできず、さらに荷馬車にぎゅうぎゅうに奴隷を詰めているため、衛生的には最悪だ。

 そんな栄養も偏り、不衛生な環境だから、病人も出てくる。奴隷は病気になっても、治してもらえるわけはないので、病気になったらそのまま捨てられる。船で運ばれている場合は、そのまま海であろうと放り投げられる。俺ら奴隷は、それぐらいの価値でしかないのだ。その俺ら奴隷の命の軽さに悲しくなる。ルークス教では、神様は命の重さに違いを付けていないのに、身分によって命の重さが変わっている。人が人の命の重さを決めているのだ。

 俺ら奴隷は、そのまま粗末に扱われ、さらに数日経つと、馬車が急に停まる。そして、馬車の出入り口が開けられ、奴隷商人が「早く降りろ」と俺らに伝えてきた。

 俺らは馬車から降ろされ、久しぶりの明るい世界に目が眩む。田舎で育ってきた俺らには程遠いくらい、人や物が入り乱れている栄えた街が目の前に広がる。

 そして、そのまま強引に連れ出されるように、奴隷商人が俺らの鎖を引っ張る。そして、強引に連れ出された場所は、大勢の人に囲まれた台のある奴隷市場だった。そして、俺らはその台に載せられ、裸にされる。俺らに羞恥心などはもはや無い。羞恥心などの社会性は人間のすることだ。人間ではない俺らには必要のないものだ。

 美麗な顔立ちの女性は、家事手伝いや性奴隷として高値で売られていき、強そうな男性は剣奴や傭兵として売られていく。そして、何の取り柄もない俺らは、その場に取り残されていく。どんどん元値も下がっていく。そして、服装から金を持っていそうな男性が近づいてきて、余った特に男性陣を大勢買っていく。その奴隷の男性陣を連れて、さらに南へと進んでいく。そして、着いた街がかつてのフォートリバーだった。

 俺らはフォートリバーで鉱山の労働奴隷として働かせられ、自分の仕事を淡々とこなしていく。何かミスをすれば鞭を打たれ、俺らの背中に容赦ない激痛が走る。傷が深く、背中に跡として残ってしまう。手足には鎖の擦れた黒い跡が染みついてしまう。だが、俺らはそんなの一々気にしていられない。淡々と仕事をこなす。それを毎日、死ぬまでずっと。ずっと…。



 「…ロー。グロー。大丈夫か。」

 そのヴォルティモの一言で、グローはハッと現実に戻される。彼は先ほどの奴隷の少女を見て、自分と重ねてしまって、ぼうっと過去を回想していたらしい。他の人はそんなこと知らないので、傍から見れば、魂が抜けたようにぼうっとしているようにしか見えない。

 「ああ、大丈夫だ。」

 ―そう。大丈夫だ。過去の俺はもう置き去りにしてきた。今はみんなの仲間の「グロー」だ。俺は足を速め、奴隷市場を離れた。

 先ほどのイブリー教やルークス教、イティバーク教の宗教の違いもそうだし、身分による違いもそうだが、人はどうやら区別したがるらしい。考え方や民族、立場が違えば、敵になってしまうのだ。その区別したいというどうしようもない人間の本能に、グローは頭を抱えるしかなかった。



 だが、そんな不条理への苦悩を抱えていると、次のアレクサンドリアの街で『コスモポリタニズム(世界市民主義)』というタイトルの本と出会った。

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