7章63話 生と死
残りの暗殺教団のメンバーは捕らえられ、カーズィムも例外なく捕らえられる。縄で手首を縛られ、舌を噛み切らないように布で口を塞ぐ。もう全員戦意を失っているように見えた。
「…もう終わりだ。」
「…俺たちの野望も、この世界の救済も終わったんだ。」
衛兵が暗殺教団のメンバー全員を捕え終わり、外の教団メンバーを見に外に出る。
その瞬間、カーズィムは小さなナイフを隠し持っていたのか、手首の縄を解き、手に短剣を持つ。カーズィムは情報漏洩を防ぐため、持っている短剣で自分の喉を掻っ切ろうとする。
グローはすかさずカーズィムの手を掴み、自殺するのを止める。だが、カーズィムの力は強く、自分を殺すことに躊躇いが無い。グローは必死に手に力を入れて、短剣を持つ手の動きを止める。本当に組織や祖父のためにしか考えておらず、自分の命を軽く見ている。
「そんなことをしないでくれ…。」
グローは苦し紛れにそう呟く。その言葉にカーズィムは呆れた表情をし、手の力を抜く。
「…なぜ止めるんだ。」
今まで喋ることが無かったカーズィムは、ようやく自分の言葉を話した。
「俺は暗殺者として、組織として、死んだ方がいいんだ。なんの関係もないお前がなぜ止めるんだ。」
グローはカーズィムの問いかけに対して、答えにならない返事を返す。
「確かに、君の死を組織として望む人はいるかもしれない。だけど、俺は君の死を悲しいと思う。」
カーズィムは、彼が何を言っているのかよく分からず、眉をひそめる。
「…偽善はやめろ。…ようやく解放されたんだ。お前に止められる筋合いは無い。」
きっとカーズィムは今まで辛かったのだろう。ハサン=サッバーフに人生を縛られ、ずっと死ぬことを望んでいたのかもしれない。
グローは自分の我が儘だと思いつつも、自分の想いをぶつける。
「君は暗殺者として、教団として、祖父の望むように育ってきたかもしれない。だから、自分のしたいことも生きる意義も分からないかもしれない。俺は君のことを知らないし、確かに止める権利もない。でも、生きていれば、絶対生きていてよかったってそんな風に思えるときが来るから。本当の意味で自分がしたいことが見つかるから…。」
―…嘘だ。俺はそんなことを約束できるような保証はどこにもない。むしろ、人生はとても残酷で、弱い存在をとことん虐げていく。弱い俺らは、普通という社会に置いていかれるしかないのだ。その上、カーズィムはカルト教団の2世、3世として育てられ、過去の苦痛を抱えてきたのにも関わらず、これからも周りから白い目で見られるというこれからの苦痛が待っている。そんな辛い人生に、俺がそんな止める権利は、本当はないんだ。俺自身だって、辛いことばかりの人生だった。俺は人生で成功した経験などなく、勿論語ることもできない。でも…。でも、今の俺には仲間と夢がある。俺は昔の俺だったら、生きていても意味がないと言えただろう。だが、今は断言できる。人生はほとんど辛いことばかりだが、ほんの一握りの幸せはどこかにある。その幸せの形は人それぞれかもしれない。友情、恋愛、家族愛、名声、武勲など。人はそんな些細な幸せとかけがえのないものを大切にして、人は人生という旅を行くのだろう。
「なんだよ、それ。」
カーズィムはそっぽを向き、舌打ちをする。そして、そんな言葉を吐き捨てるように呟く。
グローはヴォルティモの方に目を合わせる。
「ヴォルティモ、カーズィムの傷を法術で癒してくれないか。」
その言葉にイトゲルはきょとんとする。
「え、敵だけど、いいのか?」
「…ああ、ちょっとこいつは被害者のように思えてな。」
イトゲルは鼻で笑う。
「全くお人好しだな。」
ヴォルティモはカーズィムの傷を法術で癒してくれた。
カーズィムは納得していないような顔をしている。その不満げな顔のカーズィムにグローはこそっと伝える。
「ここから逃げろ。これ使ってくれ。」
カーズィムは指名手配なので、そう易々と釈放されることはできない。なので、グローはカーズィムにフード付きの黒いローブを貸す。カーズィムは奪い取るように、ローブを手に取り、身を包む。
そして、その強く弱い彼は、そそくさと衛兵に見つからないように逃げていった。
グローはカーズィムを逃がしてしまったことで、こっぴどく叱られた。さすがに、意図的に逃がしたとは言えないので、紐が解かれ、逃げてしまったと伝えた。でも、そんなことは理由にならない。
彼らは衛兵に叱られながらも、暗殺教団の壊滅と賞金首の報酬として、金貨数枚を貰った。
その後、彼らは一旦ネイシャーブールの街に戻り、再度進路を決める。
その街で、あることが彼らの耳に入る。この街で暗殺教団が公開処刑されるとのことだ。
彼らは自分たちが関わっているのもあって、気になって処刑台に向かった。処刑台に着くと、処刑台の前には多くの人で溢れかえっていた。
「殺せ!!」
「この化け物!」
多くの人が暗殺教団に罵詈雑言を浴びせる。ここぞとばかりに、不満を暗殺教団にぶつける。だが、その不満は暗殺教団へのだけではない。日常にあるやり場のない不満を無関係の彼らにぶつける。
処刑や拷問には娯楽の側面があった。彼らは人生という辛いものの中で不満を抱え、そのやり場のない不満を彼ら罪人にぶつけ、鬱憤を晴らすのだ。だからこそ、公開処刑には多くの人が集まり、ここぞとばかりに罵詈雑言を浴びせる。その上、相手は罪人であるため、彼らの非道な行為も正当化され、罪悪感は薄くなる。
そう。彼らにとって、罪人の素性などどうでもいいのだ。ただ、自身の不満をぶつける対象があれば、誰でもいいのだ。
グローたちは人間の本性、怖さを思い知った。
暗殺教団のメンバーが棒に固定され、処刑台の前にいる人たちが石を手に持つ。そして、処刑人が、
「石を投げろ!!」
と大声で合図すると、大勢の人が石を暗殺教団に向かって投げる。石打ちの刑だ。
「死ねー!!」
「くたばれ!!」
暗殺教団のメンバーはたくさんの石を投げられ、体に多くの痣ができる。痣のできすぎで、全身が青く腫れあがり、血も多く流れる。
その惨さにグローたちは直視できず、目を背ける。勿論、彼らは石を投げることはなく、ただ立っているだけだった。
だが、その多くが石を投げている集団の中で、投げずに立っている者は彼らだけではなかった。もう一人、黒いローブを被った人が、その惨い処刑をただ見ているだけだった。
―俺は生まれてきたときから、自分で選ぶ権利を剥奪されていた。宗教も、職業も、人間関係も、遊びも、何もかも全て…。
俺は祖父に全てを支配された。教団の教義を研鑽させられ、祈りを捧げ、暗殺の訓練及び実践をさせられた。それは子どもでも関係なかった。周りが同年代の子どもと自由に遊んでいる中、俺は教団のために祈りを捧げ、暗殺の訓練をさせられた。
それはまるで奴隷と変わらなかった。俺は祖父に教えという鎖で縛られ、ずっと操られてきた。
だから、俺は心を殺すしかなかった。恨みも悲しみも感じぬように、心を閉ざし、ただ祖父の命令通りに動いた。
そんな祖父には勿論、愛情など感じない。だが、恨みなども感じない。俺にはただの「無」しかない。
それなのに、なんで…。なんで、涙が止まらないのだろうか。
その黒いローブを被った人は、顔を俯き、フードを深く引っ張る。そのフードの隙間から、数滴の水が零れていた。
そして、大勢の人が石を投げ終わる中、ハサン=サッバーフが俯いていた顔を微かに上げ、ブツブツと何かを呟く。
「…この世界は狂っている。人間の憎悪にまみれ、止まない争い。そして、それを理解せず、ただのうのうと自分の欲のためだけに生きている豚ども。…お前らは何も分かっていない。この腐った社会を、世界を変えなければならない。俺らはその使命を担っているんだ。そんな崇高なものを理解できないお前らなんか滅べばいい。末代まで呪ってやる…。」
その言葉を吐いた後、彼はすぐに意識を失う。
彼は大声を上げるでもなく、声を低めるわけでもない。だが、その彼の信念がこもる言葉に、皆が恐怖で慄く。冷や汗が流れ、鳥肌が立ち、手足が震える。先ほどまであった熱気が、一気に消え、空気が凍える。その寒さで皆、体が固まり、石を投げるのを止める。
ハサン=サッバーフの信念は間違っている。誰もがそれを分かっているはずなのに、誰も動けなかった。
良いか悪いか関係なく、その魂の宿る強い信念は強く、怖い。良くも悪くも、社会や世界、人の心を変えてしまうのだと、グローたちは痛感した。




