7章61話 カーズィムとの出会い
ある街の広い住居にて、砂色の服やターバンを身に付けた集団がたむろっていた。そして、その中心に椅子があり、そこに老人が座っている。さらに、その老人の前に一人の砂色のローブを被った人が跪いている。
「ハサン=サッバーフ様。異教徒のやつらを発見しました。しかも、その中に神聖エストライヒ帝国の生き残りのマリア=テレジアがいました。」
と砂色のローブを被った人が報告する。
「了解した。よくやった。」
とその老人が言うと、ローブを被った人は後ろに下がる。
そして、その老人は、
「聞いたか。敬虔なる教徒たちよ。過去にイティバーク教を攻撃してきた忌まわしきルークス教の犬、神聖エストライヒ帝国の生き残りであるマリア=テレジアがいるそうだ。これは神の御導きに違いない。今こそ、復讐としてやつを血祭りにあげよう。」
と集団に訴えかける。
その訴えに応じるように、集団は「おおー!!」とやる気を出す。
だが、次の瞬間、老人が、
「失敗に終わった奴は、きっと地獄に落ちるだろう。」
と言うと、集団の活気がピタッと止み、空気が静まり返る。そして、先ほどまであった殺意を目に宿す。
それは従順に、そして一途に、殺すという思いだけを胸に…。
グローたちはバザールを見終わり、もう少し街を見渡すと、役所らしき建物の前に掲示板があるのを見つける。
その掲示板には何かが貼りだされている。アラッバス語で書かれているため、グローにはなんて書かれているのか分からないが、誰かの似顔絵と名前、金額が書かれている。どうやら懸賞金が掛けられている指名手配のようだ。その似顔絵には、複数の屈強な男と最も高い懸賞金が掛けられている老人が描かれている。だが、その指名手配の中には、周りの強そうな男たちに溶け込めてないような、若く大人しそうな男性の絵も描かれている。
その違和感もあり、グローは何が書かれているのか気になる。
「あの掲示板にはなんて書いてあるんだ。」
彼は掲示板を指さしながらイトゲルにそう聞いてみると、
「あー、あれは、暗殺教団の指名手配とその組織への注意喚起だよ。」
とイトゲルは答える。
「なるほど。あれが、イトゲルが前に言っていた暗殺教団の指名手配だったのか。じゃ、あの若い大人しそうな男性も暗殺教団のメンバーなのか。」
彼の中で余計に違和感が増してくる。彼はさらに続けてイトゲルに質問をする。
「あの最も金額が高い老人とあの若くて大人しそうな男性の名前は何て言うの?」
彼は似顔絵の老人を指さす。
「あれは、ハサン=サッバーフ(حسن صباح)だな。暗殺教団のリーダーだよ。あの若い男は、ハサン=サッバーフの孫のカーズィムだな。」
―やはり懸賞金が一番高いから、リーダーなのか。一応、名前と顔を頭に入れておこう。あと、あの人はハサン=サッバーフの孫なのか。それも一応頭に入れておこう。
グローは掲示板の内容が分かったため、馬車に戻り、ネイシャーブールの街を出る。
キャラバンとともに街を出て、しばらく砂漠の道を進む。その道中で、イトゲルから少しだけアラッバス語を教えてもらった。
彼らは砂一面の砂漠の道を進んでいると、風が吹き、砂ぼこりができる。砂が舞い、目に飛んでくる。彼らはターバンで目に砂が入らないように深く被り、目を瞑る。
風が止んだかと思い、彼らは目を開けると、ありえない光景を目にする。目の前に空中に浮かんでいる剣が突如現れ、上から彼らに斬りかかってきた。
グローは驚き、両手首を前に出してガードをする。だが、手首に切り傷ができ、そこから血が流れる。
彼は再び攻撃されないように、その浮いている剣を足で蹴って、遠ざける。
すると、蹴られた剣は飛ばされ、同時にその剣の本性が現れる。先ほどは剣しか見えていなかったが、剣を手に持つ男性が徐々に浮き出てくる。信じられないかもしれないが、先ほどは姿が見えなかったのに、彼に蹴られて、色が段々砂の色から褐色へと変色し、姿が露呈した。そいつは姑息なことに、紛れるような砂の色のターバンと服を身につけている。
この肌の色と顔の造形、服装からして、エルバ人だろうか。つまり、これが所謂ジン種族の能力なのかもしれない。
―姿が見えない時は焦ったが、見えてしまえばこっちのもんだ。
エルバ人は剣を素早くグローに斬りつけようとするが、姿が見えているため、彼は盾で攻撃を受ける。そして、何回か剣と盾をぶつけ合い、お互いに牽制しあう。痺れを切らしたエルバ人は、大振りな攻撃を仕掛けてきたので、その隙をついて、彼は剣を胴体に突き刺す。エルバ人の体から血が流れ、エルバ人はその場に倒れ込む。
彼は他のメンバーが無事か周りを見渡す。すると、マリアやヴォルティモ、イトゲルにも透明になっているエルバ人の剣が斬りかかっている。キャラバンに付いていた護衛も相手をしている。
彼は浮いている剣の正体を大声で皆に知らせる。
「その剣の正体は、透明になったエルバ人だ!剣の付近を攻撃するんだ!」
その声を聞き、マリアやヴォルティモ、イトゲルは各々の武器で相手の攻撃を避けつつ、剣付近を攻撃する。すると、先ほどと同じように色が元通りに戻っていく。その正体が露呈したエルバ人をさらに追撃していく。
徐々にエルバ人は殺されていき、その中の一部のエルバ人が逃走しようとする。だが、イトゲルが馬を走らせ、そのエルバ人を地面に押さえつけて捕縛する。
こいつらの目的も身元も分からない以上、調べる必要がある。
そして、護衛の人たちはその捕縛した若いエルバ人と大人のエルバ人を拷問し、情報を吐かせようとする。
「…。」
だが、そのエルバ人たちは口が堅く、意地でも口を割らない。洗脳でもされているのか、その姿はもはや人格を持たない人形のようで、彼らは不気味さで震える。
その捕虜からは全く情報が出なかったが、あまりに情報を漏らさない姿から、キャラバンの人たちが、
「多分、この口の堅さは暗殺教団だろう。」
と断定する。その言葉を聞き、先ほどまで全く反応しなかった捕虜はようやくピクリと揺れる。その僅かな反応で、彼らが暗殺教団だと確定になった。
グローたちは自分たちが暗殺教団に狙われている事実に衝撃を受ける。暗殺教団からの逃走を図るとしても、手下が帰ってこないことに気づいたら、再び暗殺者を送ってくるだろう。どうせ狙われているのなら、今配下を送って安心しているところに、攻撃を仕掛けた方がいいだろう。
だが、それには一つ問題がある。
「暗殺教団の教徒が口を割らないんじゃ、アジトの場所が分からないな。」
グローがそう言うと、
「いや、方法はある。」
と護衛の人が返す。
グローは見当がつかず、その方法が何か気になる中、他の護衛が一人の大人の捕虜を少し離れた場所に連れていく。
そして、数十分後に、
「そうか。暗殺教団はあの街にいるのか。」
という言葉が遠くから聞こえると、若い捕虜はバッとそっちの方向へ振り向く。
すると、さらに言葉が続けて聞こえてくる。
「約束だ。情報を漏らしたお前の命は保障しよう。」
その言葉を聞くと、若い捕虜は顔を青ざめ、オロオロと狼狽える。無理もない。この言葉を聞いただけなら、仲間が裏切ったと思ってしまうだろう。この言葉を聞いただけならば。
実際には、連れていかれた捕虜は何も漏らしていなかった。むしろ、変わらず、黙秘を貫いていた。
だが、若い捕虜は裏切られたという不安に陥り、とうとう口を割ってしまった。
このお互い協力する方がよい結果になることが分かっていても、協力しない者が利益を得る状況では互いに協力しなくなるジレンマを囚人のジレンマという。
水をぶっかけられようと、爪を削がれようと、口を割らなかった教徒が情報を漏らしてしまった。それはやはりカルト教団がある意味、結束感が強いため、仲間の裏切りは相当堪えるのだろう。
「いくら洗脳された教徒といえど、まだ若い。」
護衛のエルバ人はそう呟く。
そうして、若い捕虜が漏らした情報を基にアジトへと目指す。キャラバンの人達は安全のため、ネイシャーブールの街に戻って、衛兵を呼びに行ってくれている。ヴォルティモの馬車は車輪の音が鳴ってしまうため、キャラバンの人たちに一旦預ける。
少しの間砂漠の道を進むと、向こうにオアシスがあり、その周りに住居が並んだ街が見えてくる。多分あれが暗殺教団のアジトなのだろう。
彼らはこそっとそのオアシス都市に入り、住宅街の道を歩いていると、辺りの静けさに違和感を覚える。人は見当たらず、彼らの足音だけがコツンコツンと響き渡る。その何とも言えぬ不気味さに、背筋が凍り、鳥肌が立つ。
すると、横から微かな息遣いが聞こえた。グローは咄嗟に横を振り向くが、既に剣が浮かんでいて、彼に突き刺さるように真っ直ぐ向かってくる。咄嗟の攻撃に彼は対処できず、脇腹ががら空きになってしまっている。彼は為す術なく、剣を真っ直ぐ向かわせてしまう。
だが、突如後ろからマリアの槍が伸びてきて、その剣を少し弾く。
すると、剣の軌道がずれ、少し切り傷はできるものの、突き刺さるのは免れた。
グローは心の中でマリアに感謝しつつ、すぐにカウンターで横の剣付近に斬りつける。その斬りつけた部分から血飛沫が飛び、エルバ人の変色が解ける。砂色のターバンと服を着た屈強な男が、シャムシールを片手に持っている。胸には彼が斬りつけた傷があり、ダラダラと血が流れていて、もう片方の手で押さえている。
彼はさらにそのエルバ人に追撃をしようとするが、急に背中に痛みを感じる。後ろから別のエルバ人に攻撃を受けてしまう。軽く背中を斬りつけられ、背中から血がポタポタと垂れてしまう。彼は後ろのエルバ人も対処しようとするが、マリアが彼の後ろに入り込み、背中を向かい合わせる。
「こっちは気にしなくていいわ。前だけに集中して。」
グローはそのマリアの言葉に頷き、前のエルバ人だけに集中する。さらに、ぞろぞろと浮いた剣がこちらに押し寄せる。ヴォルティモやイトゲルもそれぞれエルバ人を相手にする。
イトゲルは弓矢でエルバ人を撃ち抜き、倒したやつからシャムシールを取る。そして、弓矢をメインに距離をとって攻撃しつつ、距離を詰めた敵にはシャムシールで攻撃する。
徐々に敵の数を減らしていくが、この人数とエルバ人の潜伏しながらの攻撃が大分堪える。段々と彼らに切り傷が増えていく。このままだとジリ貧だ。そう思った次の瞬間、キャラバンの人とともに衛兵が来た。
衛兵は、グローたちの周りの暗殺者を相手にする。その衛兵の中の一人が彼らに話しかける。
「ここは私たちに任せなさい。」
彼らはその言葉を聞き、安心する。
「ありがとうございます。」
グローはお礼を言い、暗殺教団のリーダーの許に向かう。
奥に砂岩で積み上げられた高台の大きめな家があるため、多分そこがリーダーの住居だと見込み、そこに向かう。その高台の家の中は広々としており、奥に二人が佇んでいた。一人は大きめのターバンを巻いている老人で、椅子に座っている。指名手配のハサン=サッバーフだ。
そして、ハサン=サッバーフの隣に、若い大人しそうな男性を見かける。あの人がカーズィムだろう。頭や口も覆うようなターバンで顔を包んでいる。服は動きやすいように下にズボンを履き、体全体を覆いつくすような上着を着ている。まさしくアサシンと思わせるような格好だ。さらに、カーズィムはどこか影があり、目には覇気がない。その名状しがたい不気味さがじわじわとこちらに醸し出してくる。
ハサン=サッバーフは片手を軽く上げる。それを合図に、カーズィムは姿を消す。
開戦の幕開けだ。




