7章60話 信念のぶつかり合い
太陽が徐々に傾き出した頃、ドーム型の建物に多くの人々がぞろぞろと集まりだす。
グローたちはその人だかりに飲まれ、ドーム型の建物近くへと進まされる。
「なんだなんだ。」
グローたちは何も分からないまま、人混みに揉みくちゃにされる。
群衆は青い幾何学模様の綺麗な門を通り、その建物の中に入っていく。その姿はまるで、建物の口に大勢の人が飲み込まれているようだった。
そして、先ほどの街の通りにあった人混みが嘘のように、閑散とした。街の住人はその建物に入り、グローたちだけが街に取り残された。
「何なんだ、これ。」
とグローが疑問を投げかけると、
「礼拝だよ。」
とイトゲルが答える。
「礼拝…。ってことは、あれは教会か。」
グローがそう言うと、イトゲルは説明を付け加える。
「このオズベク=カン州は、ムンク二重帝国内でもアラッバス朝に最も近いため、アラッバス朝の文化に強く影響を受けている。色んな中でも最も影響を受けているのは宗教だ。アラッバス朝はイティバーク教を信仰しており、このオズベク=カン州もイティバーク教徒が多い。だから、そのイティバーク教の教会である青色のドーム型の建物があるんだ。」
「なるほどな。」
彼らの中には、仏教徒のヴォルティモとルークス教徒のマリアがいるため、さすがにイティバーク教の教会は入らない。それに、イティバーク教の教会には、イティバーク教徒しか入れず、それには信仰告白して入信しなければならない。
グローは興味ありげに外から教会を眺める。
だが、マリアは、ルークス教と犬猿の仲であるイティバーク教徒を怪訝そうな目で見ている。マリアは、イティバーク教徒が教会に入って、周りに姿が見えなくなるや否や、イティバーク教のことを悪く呟く。
「…全く怪しいわよね。イティバーク教を信仰している気が知れないわ。」
そのマリアの刺々しい言い方と意見に、グローは純粋な疑問として尋ねる。
「なんでそう思うんだ?」
「少し話すと長いんだけど、イティバークは「従う」という意味で、神への絶対服従を意味する。だから、戒律が厳しいし、自分で考えることを放棄しているのよ。そのうえ、一夫多妻制だし、女性は黒い布で肌を覆い隠さなきゃいけないという決まりがあるの。他国に比べて女性を蔑視しすぎだわ。しかも、イティバーク教徒の国がルークス教徒の領土を奪った歴史もあるの。それを聖戦と正当化しているし。あまりにも野蛮だわ。あとね、……」
マリアのイティバーク教への不満が止まらず、次々と口から外へと流れていく。
グローはイティバーク教について全く知らないため、マリアの情報を聞いて、恐ろしいなと思った。そして、今が礼拝の時間で誰もいなくて本当に良かったと胸を撫でおろす。
マリアはやはり敵対している宗教や国なのもあって、意見が偏っていた。だが、それは歴史や情勢、私怨なども含まれているため、一概に良くないと決めつけることができないのがまた難しい問題だ。さらに、グローたちは情報不足であるため、それが良いか悪いかなど見当もつかなかった。一人を除いて…。
イトゲルが、不満が溢れ出ているマリアの口を手で覆う。
「めったなことを言うな。このイティバーク教徒が多い地域で、そんなこと言えば、殺されても文句は言えないぞ。」
と鬼気迫る顔で忠告する。グローやヴォルティモとは違って、イトゲルはイティバーク教について知識があるため、マリアの危険な行為を止める。
「それに、俺はマリアが言うほど、イティバーク教が危険で野蛮だとは思わないぜ。あの人たちは物凄く寛容的で優しいぜ。少なくとも、相手を批判ばかりするあんたよりな。」
とイトゲルが皮肉を込めて言うもんだから、マリアは機嫌悪そうにムッとし、彼を鋭い目つきで睨む。
イトゲルも負けじと睨み返し、お互いに火花が散る。
「ま、まあまあ。止めよう、この話は。」
とヴォルティモが両人を宥める。
「それぞれ良いとこと悪いとこがあるってことで。」
彼がそう言うと、イトゲルは、
「ふん。ヴォルティモの顔に免じて、とりあえずそういうことにしといてやるよ。」
と台詞を吐き捨てる。
その彼の上から目線の言い方も癪に障ったのか、マリアはイライラを募らせる。
その気まずい空気の中、彼らは足早に街を出るようにした。彼らはこれからイティバーク教を国教とする国に行くわけだが、グローはマリアの姿勢を見るに、このまま行っても大丈夫かと心配になる。
彼らはさらに南へ行き、サマルカンドという街に着いた。空の青に染められたような青い建物を見つける。サマルカンドにも大きな青いイティバーク教の教会があった。教会はとても綺麗な色をしていて、建物に幾何学的模様が施されている。サマルカンドはとても大きな街で、バザールも大きく、教会や霊廟、天文台などがある。
当のマリアとイトゲルはというと、まだピリピリしている。
グローが二人の機嫌を直すよう、
「二人とも、見て!すごい綺麗な街だよ!」
と明るく話しかけるが、どちらにも無視される。
グローは二人に無視されて、悲しくなった。
その気持ちを悟ってか、ヴォルティモが彼の肩をポンと優しく叩く。
―同情するな…。余計に悲しくなるわ…。
彼らはサマルカンドで水や食糧を調達すると、なるべく早めに街を出た。
街を出た先で、焚火を起こし、深底のフライパンに油を敷き、人参や羊肉、豆を炒める。そして、サマルカンドで買ったベレンジ(米)という穀物と水も入れ、炊き上げる。これで炊き込みご飯の完成だ。
彼らはその炊き込みご飯を食べるが、そんな時でも、イトゲルとマリアは変に競り合う。イトゲルが早食いをし、まるで遅いなと思っているかのように、マリアを小馬鹿にしたような目つきで見る。その挑発に乗せられ、マリアもガツガツと早食いで対抗する。
―二人とも、食事くらい静かにしろよ…。
グローはそう二人に呆れる。
そして、彼らはその日はそこで野宿をした。
そして、翌日進度を進め、オズベク=カン州を出て、アラッバス朝に入ると、砂の海が広がる。空にはギラギラした太陽が昇っており、灼熱の日差しを送っている。砂の地面からは暑さでユラユラと陽炎が揺れている。さらに、砂の地面は波紋が広がっているように、綺麗な模様があり、本当に海のようだった。
―すごい。これが砂の海、砂漠か。こんな場所が本当にあったとは。地面がからっからに乾いていて、植物はほとんど生えていない。歩けど歩けど、一面砂だらけだ。
その光景を目の当たりにして、グローの中でユミトの言っていたことの信憑性が増す。
―やはりユミトの言っていたことは本当だったんだ。
彼は他の世界を見てみたいと益々思うようになった。
そして、彼はワクワクしながら砂漠の道を楽しんだ。
だが、彼は最初こそ新鮮で楽しんでいた砂漠を、しばらく歩くにつれて、段々と嫌になってくる。進めど進めど砂しかなく、さすがに飽きてくる。しかも、ギラギラした灼熱の太陽と乾燥した地面は、長時間の長旅にはかなり堪えた。汗が流れ、口の中がカラカラに乾燥する。幸い水はあるため大丈夫だが、早く水のあるところで休みたいと切実に願う。その上、昼は熱いくせに、夜は冷えるため、かなり最悪だ。
マリアとヴォルティモもこの暑さと乾燥が堪えるようで、汗をダラダラ流し、辛そうな顔をしている。
そして、その辛そうにしているマリアに、イトゲルが黙って水の入った袋を手渡す。
「…。」
「…何よ。くれるって言うの?言っとくけど、お礼は言わないからね。」
とマリアは相変わらず刺々しく言うが、一応イトゲルの水筒を手に取る。
そのあべこべな言動を取るマリアに、
「全く、素直じゃねえな…。」
とイトゲルは吐き捨てる。
「何よ!」
また二人はお互いに睨み合い始めた。でも、先ほどとは違って、空気が冷めておらず、暖かい。
その様子を見て、グローとヴォルティモはクスクスと笑う。
そんなこんなで、慣れない砂漠の道を進むと、ネイシャーブールという街に着く。街はヴィハラと同じでベージュ色に包まれている。
街には大きなバザールがあり、色んな人種や種族の人々に囲まれていて、賑わっている。獣人やハーフリングのムンク人、ジンのエルバ人、人間のアシーナ人たちがいる。さらには、以前見たファルーシア人も多く見かける。
アラッバス朝はかなり特殊な国で、特定の民族が建てたというより、イティバーク教という宗教が建てたに近い。この国はイティバーク教という宗教集団が建国したため、この国を支配するのは王や皇帝でもなく、イティバーク教の宗教指導者だ。
そのため、特定の民族を優遇しないため、多種多様な種族や民族のイティバーク教徒が集まっている。
さらに、元々この辺りの地域は、古代にファルーシア人の帝国に支配されていたため、ファルーシア人の比率が大きい。
すると、イトゲルがファルーシア人を見て、独り言か話しかけているのかどっちか分からないくらいの声で呟く。
「ここら辺はアラッバス朝だけど、別の国と思った方がいいかもな。」
グローはその言葉の真意をイトゲルに聞き返す。
「どういうこと?」
彼の質問にイトゲルが答える。
「ここは見ての通り、ファルーシア人が多いから、文化なども全然違うんだ。」
「なるほど、そういうことか。」
グローが納得すると、イトゲルは補足で説明する。
「ファルーシア人も一応イティバーク教を信仰しているんだが、エルバ人と宗派が異なるんだ。そもそも、イティバーク教は大きく分けると、慣行派と血統派の二つに分かれる。このファルーシア人は血統派を信仰しているんだ。」
「なるほど。でも、違う宗派と言っても同じ宗教だから、そんなに変わらないんじゃないか。」
グローが適当なことを言うと、イトゲルは彼の口を手で覆い塞ぐ。そして、こそっと耳打ちで伝えてくる。
「馬鹿。それをエルバ人やファルーシア人の前で言うなよ。確かに、同じイティバーク教だから、あまり変わらないと思うが、そんなことはない。礼拝の回数や信仰対象などがかなり変わっているんだ。慣行派は、主に預言者の言動をまとめたものを信仰しているが、血統派はアリ―という大昔の指導者を信仰しているため、その指導者の血統を重視するんだ。さらには、慣行派は原則偶像崇拝を禁止しているのに、血統派は霊廟は許可している。」
「同じ宗教でもそんなに変わっているのか。」
「そうだ。しかも、このアラッバス朝は慣行派を国教としているため、血統派を弾圧してきた歴史がある。だから、その反動で、血統派は度々反乱を起こしたりしている。さらには、血統派の中でも過激派と言われる派閥は、慣行派の重鎮や異教徒を暗殺して、血統派の布教を強行しているという。だから、両派はお互いに嫌っていて、一緒くたにしてはいけない。」
イトゲルの話の中で、暗殺教団という物騒なワードが出てくる。その言葉にグローは少しビビってしまう。
「異教徒を暗殺する組織か。あまり関わりたくはないな。」
グローはそんな不安から逃れるように、馬車を降り、楽しそうなバザールの雑踏の中を見て回る。羊肉などの食材も売っているが、青色の綺麗な陶磁器も多く売っている。オズベク=カン州に入ってから、ターコイズに似た青色をよく目にする。ここら辺は青色が神聖な色なのだろう。
グローは青いものを見過ぎて、茶色の目が青色に染められていると、再び茶色に染められ直す。砂色のローブを深く被っている人が目の前に現れ、彼とドンと体がぶつかってしまう。
彼は咄嗟に謝る。
「すみません!」
だが、アラッバス語が分からず、アシーナ語で答えてしまう。相手に通じているか分からない。
だが、相手の人も少しだけ会釈をし、向こうの方にそそくさと去っていってしまった。




