7章66話 青に染められて
玉座の間に、玉座に座った白髪の男性とその男性に向かって跪くイヴァン伯爵がいた。以前と似たような構図と状況を見たことがある。
「……なるほど、逃したと」
イヴァン伯爵は以前と同じように、恐怖で顔を上げられず、頭を垂れている。
「申し訳ありませんでした。何分、姑息な奴らでして……」
イヴァン伯爵がそう言い訳すると、
「言い訳は聞きたくない。もういい。お前は計画通り、アシーナ帝国の方を進めろ」
と白髪の男性が若干イライラしながらそう言う。
「ハッ!申し訳ありませんでした!アシーナ帝国の方は必ず成功を収めます」
とイヴァン伯爵は冷や汗を流しながらも、そう誓う。
そこに、
「……期待しているぞ」
と白髪の男性が念を押す。
そして、イヴァン伯爵は玉座の間を離れた。
それを見た白髪の男性は、
「で、そっちも頼んだぞ」
と別のローブを被った何者かに何かを頼む。
「ハッ!承知いたしました!」
その何者かは素性は知れぬが、フードから長い口と鋭い牙を覗かせ、腕からはごわごわとした固そうな体毛が見える。
計画は何も分からないが、再び彼らに何かが迫っているのは明らかだった。
一方のグローたちはというと、ドルジたちのいる村を離れて、ヤシの街を目指そうとする。
「もう少しいてくれてもいいのに」
ドルジが寂しそうにそう言う。
「いえ、さすがにもうそろそろ行かなくてはいけないので」
とグローが丁重に断る。
すると、ドルジは、
「そうか。まあ、それなら仕方ない。またいずれ会えるだろうしな」
と前向きに考える。
一方、イトゲルとバータルはというと、
「もっと遊びたかったな……」
とバータルが残念そうにしていた。
だが、イトゲルは、
「だな。まあ、また遊べるさ。だから、次会う時までに紹介できる友達作っとけよ。あと、逞しくなれよ」
と明るく振る舞う。
その明るさと逞しさに感化され、バータルもにっこりと笑い、
「ああ、そうだな!」
と返事をする。
そうして、彼らは村を離れ、ヤシの街へと向かった。
グローたちはしばらく進んでいると、道中で先日のヴァンパイアロード、いやイヴァン伯爵について話し始める。
「しかし、なぜイヴァン伯爵がヴァンパイアなんだ。その上、俺たちを狙ってきて」
ヴォルティモがそう疑問を投げかけると、皆はうーんと唸りだす。だが、イトゲルだけ頭の上にポカンとはてなが浮かんでいる。
「なあ、そもそもイヴァン伯爵自体を俺は知らないんだが……」
とイトゲルは皆に問いかける。
そのことを聞き、三人はハッとする。
「あ、そっか!そもそもイトゲルはイヴァン伯爵と会ってなかったものね。イヴァン伯爵はアシーナ帝国のルーシ辺境伯領の領主なの」
とマリアがそう説明すると、ルーシ辺境伯領を元々知っていたのか、イトゲルは、
「あー!あのルーシ辺境伯領の領主なのか。ルーシ辺境伯領は隣接しているから、今わかった」
とすんなり納得した。
「そうそう。それで問題なのが、なぜヴァンパイアという魔物のイヴァン伯爵がアシーナ帝国の一領主としているということなのよ」
と続けて、マリアが本題の説明をする。
「なるほどな……」
ヴォルティモやマリア、イトゲルが考えても何も分からない中、グローには少しだけ思い当たる節があった。グローはその憶測でしかない話を恐る恐るゆっくりと話し始める。
「そういえば、以前、俺とヴォルティモとマリアで、イヴァン伯爵に交渉しに行ったときのことなんだけど。イヴァン伯爵が仲間の話をしたとき、俺は既視感を感じた。というのも、そのイヴァン伯爵の言う仲間がまるでラーヴァナのように思えたんだ。だから、そのじわじわと来る恐怖からか、やつが仲間の話をした直後に、あのヴァンパイアの姿に見えたんだ……」
マリアとヴォルティモはそのグローの話を聞くと、徐々に形容しがたい恐怖がにじり寄り、ぞわーと鳥肌が立つ。まるで、真っ暗な深夜に怪談話でもしているみたいだった。いや、それよりもたちが悪いかもしれない。その恐怖の対象を目の当たりにしたのだから。
「…もう何を信じればいいのか分からないわね」
とマリアが悲しそうに呟く。
そのマリアの呟きに応じるように、グローたちの空気はお通夜のようにどんよりとする。
だが、その空気を壊すように、ヴォルティモが、
「ほら、ヤシの街が見えてきたぞ。この話は今考えても答えが出ないんだから、今考えたって仕方ないさ。そのうちわかる。今は街で買い物とか楽しもう」
と前向きな言葉を投げかける。そして、彼の言葉通り、目の前にヤシの街が見えてきた。
彼の前向きな言葉にグローたちは励まされる。
そうして、彼らはヤシの街に入った。先ほどの草原が延々と続く田舎道とは打って変わって、大きめの市場がある。
このヤシの南を進むと、オズベク=カン州に入り、さらにその南がアラッバス朝に入る。オズベク=カン州からは乾燥地帯が増えるため、彼らはこの街の市場で食糧と水の調達をする。日差しも強いため、頭を覆う布と通気性の良い長袖の服も買う。
そして、買い物を済ますと、街内でキャラバンを探す。今から向かう乾燥地帯では、盗賊などに襲われる危険性もあるため、キャラバンに同伴して行動することにした。
街を見渡していると、ラクダを引き連れている頭に布を被った集団を見つける。多分あれがキャラバンだろう。そのキャラバンの人たちは、褐色肌で髭が濃く生えている。ムンク人とは違う見た目なので、多分アラッバス朝から商いをしに来たのだろう。ただ、その見た目はアトマン帝国で見たエルバ人に似ていた。
グローは、アトマン帝国のエルバ人自治領から離れているこの地に、なぜエルバ人の集団がいるのか気になり、マリアに尋ねてみる。
「この人たちはエルバ人だよな?」
彼の質問にマリアは頷く。
「ええ、そうよ」
彼はエルバ人であることを確認し、なぜここにいるのかという本題を聞いてみる。
「なんでアトマン帝国のエルバ人自治領から遠いこの地に、エルバ人の集団がいるんだ」
マリアは、最初彼が何を言っているのか理解できなかったようで、首を傾ける。だが、少しの間の後、その認識のずれが理解できたようで、説明してくれた。
「あー、そういうことね。アラッバス朝は、元々エルバ人というジン種族の国なの。以前飛び地の事情から、かつてアラッバス朝が今より横に広がっていたことは知っているでしょ。前の飛び地の件は、アシーナ帝国が領土を広げ、アラッバス朝と飛び地が分断されてしまったことが原因で起きた訳だけど。つまり、エルバ人は、このアラッバス朝本土から飛び地、アトマン帝国のエルバ人自治領にまで横に渡って広がっているのよ。だから、アラッバス朝に近づくにつれて、エルバ人は増えていくわ」
「なるほど、そういうことだったのか」
彼はアラッバス朝がエルバ人の国であることも驚きだが、エルバ人がジン種族であることも衝撃の事実だ。
ジンは噂では体を砂などの粒子に分解することができると言われているが、未だ謎の多い種族だ。
とりあえず彼らはそのエルバ人の集団に近づき、同伴をお願いしようとする。だが、グローは自分がエルバ人の使う言語が分からないことに気づく。彼は困ったような顔でヴォルティモやマリアを見るが、彼らも自分たちも分からないというように首を横に振る。
その三人が固まる中、イトゲルが人差し指を自分に向け、
「俺、アラッバス語話せるよ」
とあっさり答える。
彼ら三人はそのイトゲルの言葉に驚く。
「え、話せるのか」
グローがそう尋ねると、イトゲルは、
「ああ。俺の住んでいた地域はエルバ人とも交流あったからな」
と答える。
「じゃ、交渉を頼んだ」
「ああ、わかった」
グローの頼みをイトゲルは引き受け、彼はキャラバンのエルバ人に近づく。
「すみません。アラッバス朝まで同行したいんですけど」
「ああ、いいよ。その分の料金は貰うがね」
そのエルバ人は彼の頼みを快く受け入れつつも、金を差し出せというように片手を出す。
「わかりました。あと、俺ら四人はある程度魔物や盗賊と戦えるので、護衛としても役に立つと思います」
イトゲルがそう言うと、そのエルバ人は訝しげに彼を見て、
「ほう。……だから?」
と尋ねる。
「少しだけ料金を安くしてもらってもいいですか」
イトゲルの返答を聞き、エルバ人は彼の本心を知り、納得したように小さく頷く。そして、同時に、うーんと腕を組んで悩んでいる。
グローとヴォルティモとマリアは、その悩んでいる様子を見て、
「……もしかして、同行厳しいのかな」
と不安がる。
だが、エルバ人は少し悩んだ後、
「うーん、まあ、今回の護衛は少ないから、いいだろう」
と承諾する。
「だが、しっかり働いてくれよ」
「わかった」
エルバ人は念を押すようにそう言うと、イトゲルは了解する。
イトゲルはグローたち三人に状況を説明する。
「とりあえず、同行できるようになった。ただ、護衛役としても同伴することになったから、魔物や盗賊が出たときは戦うからな」
そのことを聞き、三人はホッと胸をなでおろす。だが、いきなり護衛役と決まっていたことに驚く。
「護衛役なんて初耳なんだけど……」
グローがそう言うと、
「まあ、大丈夫だろ。他の護衛役もいるし」
とイトゲルはあっけらかんとしている。
その態度に三人は呆れるも、
「……まあ、いいか」
と受け入れる。
そして、彼らはキャラバンに護衛役として同伴することになった。彼らも集団で行動する方が危険性も少ない上に、商人たちからしても護衛役がいれば安心だろう。
彼らはキャラバンとともに、南のオズベク=カン州を目指す。
オズベク=カン州に近づくにつれて、徐々に地面の草が減っていき、北の一面緑だった風景から緑がまばらになっている風景に変わっていく。
オズベク=カン州に入ると、地面の草が点々としていき、地面が砂のベージュ色に染まっていく。まるで別の国に来たかのようだ。地面の乾燥だけでなく、太陽はギラギラと暑い日差しを送ってきている。今の季節はちょうど夏に入ったところだ。そのせいか、太陽が余計にいつもより暑い。
なので、彼らは脱水症状を引き起こさないように、所々で水分を補給し、馬にも水と餌の草を与える。
だが、そうこうしているうちに、次の街のヴィハラの街に着いた。ヴィハラはオアシス都市で街の真ん中にある湖を中心に発展した都市だ。乾燥地帯の真ん中とは思えないような綺麗な湖と木々が生えている。ヴィハラはオアシスがあるため、先ほどの地帯より乾燥していない。ありがたい限りだ。
街の建物は砂煉瓦でできており、街は一色の綺麗なベージュ色で覆われている。とても幻想的な風景だ。
街には大きなバザールがあり、とても賑わっている。そこにはハーフリングや人間のムンク人だけでなく、エルバ人らしき人も多く見かけるようになる。
彼らはバザールで飲み水や食糧を補充する。ドライフルーツや羊肉、豆、人参などが売っていた。ここから南は乾燥地帯が続くため、乾燥に強い羊が多く飼育されているという。せっかくなので、羊肉やドライフルーツ、豆、人参などを買った。さらに、グローはバザールに並んでいる品物を見ていると、刺繍入りの布や綺麗な花柄の陶器なども売っている。ここら辺は美術品でも有名なようだ。その程度の良さそうな刺繍入りの布も売る用に買った。
買い物を終え、街を見回すと、街の真ん中に、頂上が青色のドーム型の建物があるのを見つける。その色は、以前グローがマリアにあげたターコイズの腕飾りと色が似ていた。




