7章65話 理解
イトゲルは故郷にいた時、周りから浮いていた。いじめられることもよくあった。
ムンク二重帝国は家父長制で、他国の中でも特に男の力が強い。それもあって、周りから見れば男みたいに振る舞っている彼は、腫れ物のような存在なのだろう。
「こいつ、女なのに男の格好してんだぜ」
「うわ、気持ち悪りい」
「女が出しゃばんなよ」
同じ村の男子の集団がイトゲルをからかいに来る。そういう時、彼は決まって、
「うるせえ!俺は女じゃねえ!男だ!」
と強めの声で返す。
だが、その男子たちが、
「女のお前が威張っても怖くねえよ。」
と挑発するもんだから、彼はむかっ腹が立ってその男子たちに殴りにかかる。
「なんだと!」
彼らはお互いに頬が赤く腫れるまで殴り合った。
その後、大人によって喧嘩を止められたが、彼らは長い説教を食らった。イトゲルはからかわれ、それで殴り合いに発展するということがしばしばあった。そのせいで、よく父親や母親に無鉄砲だの気性が荒いだの男勝りだのと呆れさせていた。
だが、彼は叱られようとからかわれようと折れることは無かった。
—だって、俺は何も間違ったことはしてないんだから。ただ、俺は誰かに理解されたかっただけなんだから。
イトゲルはそこでハッと目が覚める。彼は眠い目を擦り、周りを見渡すと、彼の実家に似た家の中で横になっていることに気づく。さらに、彼は不思議と体が温かいなと思って体を見ると、毛布が被せられていた。
彼はなぜこんなとこにいるんだ、仲間と旅に出ていたはずじゃと困惑する。そして、実家に似た風景や昔の夢を見たもんだから、グローたちとの旅は夢だったのかと錯覚してしまった。
その彼が困惑しているときに、家の中に入り口から見知らぬ男性が入ってきた。
すると、その男性はイトゲルと目が合う。
「お、目が覚めたようだな」
その男性は家の入口の扉を開け、外に向かって、
「おーい、仲間が目を覚ましたぞ」
と誰かを呼んでいる。
すると、その呼ぶ声に反応し、グロー、ヴォルティモ、マリアがぞろぞろと家の中に入りだす。
その3人の姿を見て、イトゲルはホッと安心をする。
―よかった……。夢ではなかった……。
「良かった!イトゲル目を覚ましたんだね!」
とヴォルティモが安心した顔でイトゲルに近づく。グローとマリアもイトゲルに近づく。
イトゲルは三人が勢いよく近づいたため、
「あ、ああ」
と少したじろぐ。そして、そこにいる男性の方をチラッと見る。
男性はその視線に気づき、自己紹介を始める。
「俺はドルジだ。そこの仲間さんが気絶したあんたを抱きかかえていたから、寝床を貸してやったってとこだ」
ドルジの言うように、イトゲルはヴァンパイアに深い傷を作られ、気絶していた。ヴォルティモが抱きかかえながらイトゲルを法術で癒し、傷口は治ったものの、出血が多かったため、しばらく目が覚めなかった。そして、彼らはヴァンパイアから逃げて移動している最中に、この村に辿り着き、偶々ドルジに遭遇した。
「あんたら、どうしたんだ?そんな慌てて」
ドルジがそう尋ねると、
「…いや、その…、さっきヴァンパイアロードに襲われまして……」
とヴォルティモが息を切らせながらそう答える。
その返答にドルジは驚き、目を丸くする。
「ヴァンパイアロード!!そりゃ、災難だったな。そこにいる子はそのヴァンパイアロードにやられたのか?」
「ええ、まあ」
そして、ドルジは少し考える素振りをした後、
「じゃ、うちにしばらく泊まりな。特別何かあるわけではないが。まあ、野宿よりはマシだろ」
とありがたい提案をしてくれた。
「ありがとうございます!」
彼らはお礼を言い、それから少しの間、ドルジ宅にお世話になっていたというわけだ。
そのことを聞き、イトゲルはぺこりとお辞儀をする。
「そ、そういうことだったのか。ありがとうございます」
ドルジは手のひらをひらひらと振る。
「ああ、別にいいよ。困ったときはお互い様だしな」
そして、少し後に、羊の乳しぼりに行っていたドルジの妻が戻ってきた。
「あら、目が覚めたのね」
ドルジは妻にこっちに来いと手を振って招く。
妻がドルジに近づくと、
「こいつは俺の奥さんのツェツェグだ。いい女だろ」
と自慢げに紹介する。
グローたちは反応に困り、アハハと苦笑いをする。
すると、ツェツェグの後ろに小さな人影が見える。その人影はひょっこりと顔を出す。
「で、こいつは俺の息子のバータルだ。仲良くしてやってくれ」
彼は妻の後ろに隠れている子どもを紹介する。
バータルは人見知りなのか、恥ずかしがり屋なのか、妻の後ろに隠れながら、ぺこりとお辞儀をする。
「しっかし、そんな若いのに長旅なんてすごいな。何歳だ?」
とドルジはイトゲルに尋ねる。
「12歳です」
ドルジはイトゲルの歳を聞き、目を丸くする。
「12歳か!うちの息子と同じだ。ぜひ仲良くしてやってくれ」
と彼はイトゲルに頼む。
「は、はい。わかりました」
その後、イトゲルの体を安静にするために、グローたちは3日ほどこの村に滞在した。ドルジ宅にお世話になるために、さすがにグローたちは家畜の世話や家事の手伝いをした。イトゲルはというと、バータルと遊んでいた。バータルを後ろに乗せて馬を走らせたり、羊のくるぶしの骨を使って遊んだりしていた。中でも鷹や兎などの狩猟が盛り上がっていた。
ブラッドスポーツは様々な地域であり、特に神聖エストライヒ帝国で盛んだった。ガチョウ引きや闘牛、闘犬など多くあり、そこに賭博もされていた。
イトゲルが空高く飛んでいる鷹を弓矢で射止めると、バータルは目をキラキラと光らせていた。イトゲルがバータルとしばらく遊んでいて分かったことだが、バータルは男の子の友達が少なく、どうやら“男らしい”ことに魅かれるらしい。
イトゲルが馬を走らせたり、狩猟をしていると、バータルは「すげえや」と憧れていた。イトゲルは地元の村では褒められることが無かったので、ふふんといい気になる。
そうして、二人で仲良く遊んでいたが、突然事件が起きた。
イトゲル汗を掻いたため、川で水浴びをした後、服を着ていた。その着替えの途中に、バータルが入ってきてしまう。
「っ!バータル今着替えてんだ!後にしろ!」
イトゲルは男とはいえ体が女であるため、他の男に見られるのはあまりいい気はしなかった。
だが、バータルはそんな事情など露知らず、
「いいだろ。男同士なんだし」
と気にせず近づいてくる。だが、イトゲルの体を見た途端、バータルは固まってしまう。
「お前、女だったのか……」
バータルがそう言うので、イトゲルは訂正する。
「……いや、俺は女じゃねえ。男だ……」
彼はその言葉はいつも言い慣れていたはずなのに、いつもより重く感じた。
だが、バータルはイトゲルの言葉など聞き入れず、自分の見た光景だけを信じる。
「なんだよ……。せっかく男友達ができたと思ったのによ。俺を騙していたんだな!」
そう言って、バータルは別の場所へ走って逃げていく。
イトゲルは急いで服を着て、追いかけようと思ったが、立ち止まってしまう。
―騙していたことには変わりない。俺に追いかける資格はあるのだろうか……。
彼は違う意味でバータルに自身の体を見られたくなかった。決して嫌いだからとか、信頼していないからとかではない。仲が良いからこそ、初めてできた同年代の友達だからこそ、言うことが怖いのだ。いつも無鉄砲だの、男勝りだの言われていた彼だが、今回ばかりはしおらしく、自信を持てなかった。
彼はトボトボとドルジ宅に戻り、バータルに弁明しようとするが、バータルは聞く耳を持たない。
「なあ、黙っていたのは悪かったけど、俺は変わらず男なんだよ」
とイトゲルが必死に話しかけても、
「……」
とバータルは無視を決め込む。彼はしばらく話しかけるが、一向に無視され続ける。
イトゲルはもう仲良くするのも無理なのかなと徐々に諦め始めてくる。
そんな中、イトゲルとバータルが二人で羊を見ていたときに、目の前から馬を走らせた5つの人影が見えてくる。その人影は徐々に濃くなっていき、その姿が明らかになってくる。
5体の奇肱人だ。チィゴォンレンは目は三つ、腕は一本で、馬に乗っている魔物だ。腕が一つであるため戦いに不向きそうだが、その巧みな馬術を用いて攻撃を仕掛けるため、中々厄介な魔物だ。
その魔物を見かけた大人のムンク人が武器を手に取り、馬に跨り、チィゴォンレンを相手にする。お互いに槍などを交えて戦う。
だが、その五体の中の一体のチィゴォンレンがイトゲルとバータルの許へと近づいていく。
バータルはというと、恐怖で腰を抜かしてしまっている。だが、無理もないだろう。まだ12歳の子どもだ。
だが、それでも相手は待ってくれない。そんな隙だらけのバータルを見て、チィゴォンレンは槍で突き刺そうとする。
だが、それを立ち塞ぐものがいた。イトゲルだった。イトゲルはその状況を冷静に判断し、武器を手に取り、自身の馬に乗って、バータルを助けに来た。
チィゴォンレンが槍でイトゲルを攻撃しようとするが、イトゲルは剣で攻撃を受ける。そして、お互い力で押し合うが、イトゲルがチィゴォンレンを押しのける。やはりやつは腕が一本なのもあって、イトゲルに力で負ける。
そして、少し距離が開いたときに、イトゲルは自慢の弓矢を手に取って構える。弦を引き、焦点をチィゴォンレンの頭に定める。そして、矢を離すと、矢は綺麗にチィゴォンレンの頭に命中し、チィゴォンレンは地面にそのまま落ちる。
イトゲルはチィゴォンレンが倒れるのを見て、後ろを振り返る。
「バータル、大丈夫か⁉」
彼の問いかけに、バータルは、
「あ、ああ」
とだけ答える。
「良かった」
イトゲルはそう言い、へへっと無邪気に笑う。バータルはその姿を見て、目をキラキラと光らせる。
ちなみに、他のチィゴォンレンもムンク人に討伐された。さすが馬に乗ったら右に出るものはいないと言われているムンク人だ。そして、それはイトゲルも入っていた。
そのイトゲルの姿はバータルにとって、同年代の男の子の誰よりもかっこよく見えた。
「……その、悪かったよ。お前が男子の中で一番かっこいいよ」
バータルがそう言うと、イトゲルは、「だろ」と自慢げに返事をする。
「うん……」
そこで、イトゲルとバータルは握手を交わし、再び話をするようになった。




