7章64話 窮地
圧倒的な強さに戦意が折れかけていたグローだったが、マリアが、「こっちよ」と言いながら、グローやヴォルティモの手を引っ張って走る。
ヴァンパイアはグローたちを逃がすまいと全速力で追う。ヴァンパイアが徐々に、徐々に近づいてくる。
その迫りくるヴァンパイアに向かって、マリアが何かを投げつけた。
すると、
「ぐっ!鼻が!!」
とヴァンパイアがその投げつけられた物に拒否反応を起こし、鼻を手で覆う。そのマリアが投げつけたものは、匂いの強いにんにくとハーブだった。
「ヴァンパイアは鼻が利くから、匂いの強いものが苦手よ。今のうちに逃げるわよ!」
マリアが皆の手を引っ張りながら諭す。
先ほどまで彼らには為す術が無かったのに、彼女の機転で一筋の生き残れる可能性が見えてきた。
グローたちはヴァンパイアから離れるように走り、森の茂みに隠れる。ここまで来たら安心だろうと油断していると、
「クソッ!姑息な手を使いやがって!つくづく腹立つやつらだ!確か、こっちらへんに来ていたはずだが」
と奴が彼らの近くまで来ていた。
彼らはバレないように息を殺し、体を屈め、気配を消す。
「隠れても無駄だぞー。早く出たら楽に殺してやるぞー」
奴はそう言いながら辺りをウロウロする。
だが、勿論グローたちは返事をするわけもなく、シーンと辺りが静まり返る。
「仕方ない」
奴はそう言うと、鼻腔がヒクヒクと動く。すると、「あっちか」とグローたちが隠れた方向に顔を振り向ける。
―クソッ、なんでバレてるんだ……。やつは鼻をひくつかせていた。ということは、血の匂いを辿っているのか。
グローは皆にコソコソと耳打ちをする。
「……どうやら、血の匂いを辿っているようだ。一旦ここから離れるぞ」
彼らはヴァンパイアに見つかる前に、早く別の場所に移動する。
―クソッ……。このままじゃ、いずれ見つかって殺されてしまう。
彼らはヴァンパイアからひたすらコソコソと逃げ回っていると、森林の中の水場に辿り着く。
―綺麗な水場だが、今はこんなとこで休憩をしている場合じゃない。
グローは一瞬そう思ったが、ふとマリアの“ヴァンパイアは鼻が利く”という言葉を思い出す。
―そうか。鼻が利くなら、これで誤魔化せるかもしれない。
グローは何かを思いつき、水場に近づいていく。
「何やってんの、グロー!!」
マリアが彼の不用心さに焦って小声で問いただすと、グローは口に指を立てて、静かにという合図を送る。そして、こそっとその水場に近づく理由を話した。
「いや、やつの鼻が利くなら、この泥とかが使えると思ってな。しかも、見たところ、水が綺麗だから、ここを拠点とする動物たちの糞なども見られる。これで血の匂いを誤魔化そう」
その言葉でマリアやヴォルティモもハッと気づき、水場に近づく。
そして、彼らは迫りくる脅威が来るまでに、泥や動物の糞を肌に塗る。マリアはあからさまに嫌そうに眉を顰めているが、今は四の五の言っていられる状況ではない。とりあえず、生きるために匂いを誤魔化す。そして、彼らは水場の奥の茂みに隠れる。
先ほどまであった血の匂いを辿り、ヴァンパイアも水場近くまで来るが、血の匂いが突然途切れ、グローたちの居場所を見失ってしまう。
「クソッ!どこ行った!?」
奴は辺りをウロウロし、周りをキョロキョロと見渡すが、全く標的を見つけられない。そして、グローたちとは全然違う方向へと向かっていく。
―よし!逃したようだな。
彼らはひとまず圧倒的な脅威から逃れることに成功した。彼らはホッと安堵するが、次の瞬間、一気に混乱へと突き落とされる。
ヴァンパイアに見つからないように、木陰から奴の動向を確認していると、ヴァンパイアは深く被っていたフードを外し、目を凝らして彼らを探す。
そのヴァンパイアの素顔を見て、彼らはあまりの驚きに声を上げそうになってしまう。
そのヴァンパイアの素顔は、どこか見覚えのある整った髭に、白い透き通った肌、銀色の髪。イヴァン伯爵そのものだった。目は赤く鋭い牙があるが、イヴァン伯爵で間違いないだろう。いや、グローにとっては若干この姿に見覚えがあるといえるのかもしれない。
彼らは混乱と同時に、その形容しがたい恐怖に声を上げそうになってしまうが、やつに聞こえないように、必死に声を押し殺す。その思いと裏腹に、彼らの心臓の鼓動はどんどん速くなる。
―奴にこの鼓動が聞こえないでくれ。
彼らは自身の胸を掴んでそう願った。その願いが通じたのか、奴は彼らと反対の方向へと向かっていった。
その様子を見て、彼らは安心で膝から崩れ落ちる。
「た、助かった……」
グローと同様に、マリアも安堵の声が漏れる。
「し、死ぬかと思った……」
「だけど、なぜイヴァン伯爵が私たちを殺そうとしているの?いや、そもそもなぜヴァンパイアなの?」
マリアはどんどん疑問が溢れ出て止まらない。だが、その疑問に正解を出せるものは誰もいないため、皆黙り込んでしまう。
―もしかして、魔物は一部の人間と協力しているというより、魔物が人間に紛れているのか……?
グローは一つの仮説へと辿り着いてしまう。




