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7章62話 頼もしい仲間

  ある街に隣接している長い川に潮風が吹く。風によりさざ波が立ち、貨物を載せた船が緩やかな波に揺られ運ばれていく。この川はゆっくりと海へと合流し、川水と海水が混ざり合う。そのせいか、川が隣接している街に潮の匂いを運んできていた。


 ここは、グローたちのいるムンク二重帝国から何千里も西に離れている帝国、アンジェル帝国だ。

 そのアンジェル帝国の首都レリヴァーレ(relievare)には川を介して、多くの人や物が行き交いしていた。街も大変賑わっており、市場など街全体に活気があった。


 この街の中央には豪華絢爛な宮殿が(そび)え立っており、人を寄せ付けない雰囲気を漂わせていた。宮殿の手前にある黄金の正門が余計にそれを思わせた。この宮殿はまさにこのアンジェル帝国の権威の象徴たるものであった。

 

 その宮殿内の精密な装飾が施されている廊下を渡り歩けば、衛兵に厳重に守られた一室があった。赤い絨毯が敷かれ、天井に下げた眩い照明が黄金の装飾を一層に輝かせていた。


 その一室の奥には純金の玉座があり、その玉座に白色の長髪の男性が座っていた。服装や佇まいから、高貴な人間、支配者だとわかる。


 その彼の前に、ある一人の銀髪の男性が跪く。イヴァン伯爵だ。


 「陛下、申し訳ありません。愚鈍な私のせいで、酒吞童子と茨木童子たちまで失ってしまって……」


 イヴァンは恐怖で冷や汗が流れ、顔を上げられなかった。


 その玉座の男性はイヴァンの言葉を聞くと、ふうと溜息をつき、

 「油断していたわけではないのだろう。失敗は誰にでもある」

と優しい言葉をかける。


 その言葉を聞き、イヴァンは安心したように顔を上げる。


 だが、その直後に玉座の男性はジッと彼を睨み、

 「だが、“失う”という言葉は使うべきではないな。駒のように扱うな。魔物になって心まで失ったか」

と低い声で凄む。


 彼はその低い声でビビッてしまい、また顔が下に向いてしまう。


 「す、すみません!以後気を付けます!」


 玉座の男性は彼の謝罪の言葉が聞けると、睨みを利かせるのを止め、声を低めるのも止める。


 「まあ、反省しているならいい。だが、失敗は失敗だ。その自分の不始末は自分自身で尻を拭え」


 玉座の男性がそう命令すると、

 「ハッ!陛下の寛大な御心に感謝いたします!」

とイヴァンは返事をする。


 そのことを聞き、玉座の男性は頷き、

 「では、行け」

と命令をする。


 「ハッ!」


 イヴァンはそう返事をし、玉座の間から出る。彼は玉座の間から出て扉を閉めると、怒りがこみ上げ、口が少し開く。そのせいで鋭い牙のような歯が口から垣間見える。


 ―もう今度こそ逃がさないからな…。


 彼の赤い瞳は遠くの何かを捉えていた。



 一方、イトゲルが新たに加わったグローたち一行は、ムンク二重帝国の草原地帯を進んでいた。

 今より数時間前、グローたちは旅の進路を進める前に、一度イトゲルに確認したいことがあった。


 「イトゲルは、これからどうするんだ?」


 その質問に、イトゲルは顎に手を付け、考える素振りをする。


 「そうだなぁ。武勲を上げるのにとりあえず傭兵として活動しようかな。もしくは個人で旅に出るかだな」


 どうやら彼は、大まかな目論見はあるようだが、具体的な計画は無さそうだ。そこで、ヴォルティモは彼に一つの提案をする。


 「イトゲルが良ければ、俺らと一緒に旅をするのはどうかな。俺らは、亡国の神聖エストライヒ帝国を再興させるつもりだから、それが成功すれば武勲としては十分だと思うんだ」


 上手くいく保障が薄い策であるため、提案を受け入れてくれるかは少し微妙なラインだ。ましてや事情を知らない彼からしたら、大国を再興しようなどと戯言だと思われても仕方ないだろう。


 だが、少年の彼を一人で他地域へ送るには、少し心許無いだろう。いくら彼が強くて、肝が据わっててもだ。


 ―それに、イトゲルの両親が子どもの彼を家から追い出したのは、俺らと旅をするならば安心だと思ったからなのではないかと勝手にそう思っている。根拠はないが、わざわざの前でも話をしていたのは、そういうことなのではないかと思えてくる。


 イトゲルはその提案に少し俯いて考えるが、少しの()の後、顔を上げて頷く。


 「それもいいかもな。今は無計画だし。ただ、その旅の同伴よりも確実に武勲を上げれるものがあれば、そっちに行くからそれまでってことで」


 イトゲルはヴォルティモの提案に前向きに考え、握手の手を差し出す。彼もイトゲルの手を握り、交渉成立を意味する握手を交わす。


 イトゲルが新しく仲間に加わり、4人での旅が始まる。

 そうして、彼ら4人はしばらく草原の道を走り、ヤシの街へと向かっていた。


 その道の途中で、イトゲルが何かをふと思い出し、グローたちに尋ねる。


 「そういえば、今俺が案内しているけど、お前らには案内人がいなかったか?」


 彼がそのことを尋ねると、グローたちは苦笑いを浮かべる。


 「あー……、あの人ね。あの人はオニが襲来したときに、こんなの聞いてねえって言って逃げていったよ」


 「マジかよ。男なのに、情けないな」


 イトゲルはその今はいない案内人に呆れる。


 「まあまあ、今はイトゲルに案内してもらっているんだし、いいじゃん」

とグローが一応案内人を擁護する。


 「まあ、お前らがそう思っているならいいけどよ」


 イトゲルがそう言うと、とりあえず案内人の話題は消え去った。今は心強い仲間が増えたから、グローたちにとっては案内人はさほど重要ではないのだ。


 グローはふと先のオニとの戦いを思い出す。イトゲルも然りだが、ムンク兵の弓術はすごい技術だった。彼はどんな秘密があるのかと、イトゲルの弓を見ると、左右の端に見かけないものがくっついていた。


 「そういえば、イトゲルの弓って他の国のと違うよな」


 彼は気になっていた疑問をイトゲルに尋ねる。


 「ああ、ムンクだとこの弓が普通なんだが、これは力が弱いハーフリングの俺らでも扱いやすいようになっているんだ。弓には滑車が付いていて、弱い力でも引きやすくなっているんだ」


 ―なるほど、そういう工夫が施されているんだ。


 確かに、グローはハーフリングの手先が器用で、そういった工夫が得意だと聞いていたため、今ので納得した。


 「まあ、でも、それ以前にムンク兵は弓術の訓練を多くこなしてきているから、それ無しでも強いけどな」

とイトゲルはどこか誇らしげになっている。やはり自分の民族のことは誇らしいのだろう。


 彼らはお互いについての話をしながら、草原の道を走っていると、羊や馬などの野生動物が、走ってどこかへ向かっているのを見かける。その様子は焦っていて、どちらかというと向かっているというより逃げているの方が正しい。


 そして、その逃げていた方向から、ドスドスと足音が近づいてくる。足音は次第に大きくなり、地面が揺れるような感覚に襲われる。すると、その足音の正体の全貌が明らかになる。


 オオトカゲだ。高さは17フィートぐらいあり、ラーヴァナや酒呑童子よりも高いだろう。前足はその見た目にそぐわなく小さいが、体全体は大きく、大きな口から鋭い牙を覗かせる。まさに生物としての強者だと感じざるを得なかった。そのオオトカゲは後ろ足のみの二足歩行でズンズンと進んでくる。


 その大きなオオトカゲは餌となる動物を物色しているようで、キョロキョロと周りを見渡している。そして、彼らを見つけると、こちらに向かって走ってきた。


 イトゲルはそれを見るや否や、オオトカゲから逃げるように馬を走らせようとする。


 「オオトカゲはまずいな」


 だが、ヴォルティモの馬車はそこまで速く走らせることはできないため、逃げれるのはほぼ不可能だ。

イトゲルは戦うことを覚悟決めたのか、弓矢を構える。


 そして、頭部辺りに狙いを定め、矢がちょうど当たる距離までオオトカゲが近づくのを待っている。どんどん迫ってくるオオトカゲの恐怖にも怯まず、イトゲルは構えを(ほど)かない。


 そして、オオトカゲが近くまで来ると、弓の弦を手放し、矢を放つ。すると、放たれた矢はオオトカゲの左目に刺さり、オオトカゲの左目からは血が流れる。物凄い命中率だ。


 オオトカゲは甲高い声で悲鳴を上げ、痛みに暴れ狂う。


 その鳴き声は耳にビリビリと響いてきて、彼らは耳を手で軽く塞ぐ。だが、グローの塞いでいた手をイトゲルは掴み、今のうちに逃げるぞとジェスチャー交えて伝えてきた。

 オオトカゲは目の痛みに夢中で、彼らを見ていない。


 ―そうか。戦うんじゃなく、隙を作るために矢を放ったのか。


 グローは、ヴォルティモに今の内に急いで逃げるよう伝える。ヴォルティモは馬の手綱を引き、逃げるよう急がせる。徐々にオオトカゲの姿は小さくなり、地平線へと飲み込まれていく。


 もうオオトカゲの姿が見えなくなると、彼らは安心して一息つく。そして、先ほどのオオトカゲがいたのとは違う方向から、ヤシの街へと向かう。


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