6章61話 似ている父と子
グローたちはオニを弔った後、ムンク人の村に戻った。
生き残ったムンク人は無事に帰ることができ、生還を祝われる。だが、勿論亡くなった兵士の家族は悲しみに暮れ、彼らは申し訳なさが募る。
そんな彼らにイトゲルは背中をバンと軽く叩く。
「何暗い顔してるんだよ。勝ったんだ。もっと喜ぼうぜ」
イトゲルのその前向きな言葉に励まされる。
―確かに、今はこの勝利を喜ぼう。
彼らは暗い顔を止めて、今生きていることの喜びを噛みしめる。
父親とイトゲルが改めて再会する。再開するや否や、父の痛々しい腕がイトゲルの目に入り、彼は驚く。
「え……。その怪我大丈夫なのかよ!?」
彼は心配から安否を尋ねるが、父は、
「ふん、お前ごときに心配される必要ないわ」
と相変わらずな返事をする。
「な、なら、いいけど」
イトゲルが若干困惑していると、父は、
「それよりな……」
と彼に話を切り出し始める。
「勝手に戦いに参加するな!!遊びじゃねえんだ!このバカ息子!」
父は彼に説教を始める。その言葉にカチンと来たのか、売り言葉に買い言葉のようにイトゲルも言い返す。
「なんだと!大怪我を負ったやつがよくもまあそんな偉そうに言えるな!」
そこからまた彼らの喧嘩が始まった。ある意味日常が戻ったとも言えるだろう。
グローたちとイトゲル親子は一旦イトゲルの家に訪れる。この親子はずっと喧嘩していたため、お互いに顔を背けている。グローたちはその気まずい空気に巻き込まれる。
イトゲルが家に帰ると、イトゲルの母親は泣いてイトゲルの頭を拳で殴る。
「もう!どれだけ心配したと思っているの!勝手に戦いに参加して!」
だが、すぐに母親はイトゲルを抱きしめる。
「本当に無事で良かったぁ」
イトゲルはその母親の温かい心配を噛みしめ、心配かけたことに謝る。
「心配かけてごめん……」
母は一緒に帰ってきた父親の腕を見ると、顔から血の気が引いていく。
「あなた、その怪我、大丈夫なの!?」
彼女が慌てて尋ねるが、父は、
「心配いらん」
とただ一言だけ呟く。
そして、イトゲルは一緒に戦地から帰ってきた父親の方に振り向く。
「俺はオニを倒すのに貢献したぜ。だから、親父、俺を戦士と認めてくれ」
彼がそう言うと、父は
「ふん、勝手にしろ。俺は怪我してんだ。もう寝させろ」
と相変わらずつっけんどんな態度を取る。そして、不貞腐れるように向こうの寝床に就く。
「そうよ。お父さん、すごい怪我なんだから、休ませてあげて」
母はそう言い、イトゲルも父の怪我が心配なので、これ以上追及するのを止めた。
そして、グローたちもイトゲル宅で夜を過ごし、翌日の朝を迎える。翌日、イトゲルは父親に、
「俺を戦士と認めてくれ」
と再度お願いをする。
すると、背中を向けて座っていた父親は、突然立ち上がり、こちらに顔を向ける。そして、父親はこちらに向かってくるや否や、近くにある弓矢や何かが入っている布袋を手にし、イトゲルに思いっきり投げつける。それらはイトゲルに勢いよく当たる。
「ふん。お前なんか出ていけ!当分この敷居を跨ぐな!」
父親はイトゲルにそう怒鳴り散らし、追い払うように手を振る。
イトゲルは父親をキッと睨み、眼を飛ばす。今にも殺しそうな勢いだ。
「くそっ!あんたがそう言うなら、言う通り出てってやるよ!」
イトゲルは、投げつけられた物や転がっている物を適当に掴み、家を飛び出るように出ていく。
グローたちはイトゲルが心配になり、イトゲルを追いかける。イトゲルは自分の馬に乗り、少し先まで離れていたため、彼らは息を切らしながら、走ってイトゲルを追いかける。少し先で停まっていたイトゲルに追いつくと、イトゲルは顔を真っ赤にして、鬼の形相で自分の家を睨んでいる。
「俺はあいつを父親だと認めない。大嫌いだ、あんなやつ!殺してやる」
彼らはイトゲルを慰めるように、何も言わず、そっと肩に手を添える。その体は震え、怒りがひしひしと伝わってくる。だが、体は顔の熱さに反比例し、冷たく感じる。
そうしていると、イトゲルの母親が家を出て、こちらに向かって走ってくる。手には大きめの布袋を携えている。そして、彼らのもとに着くと、深呼吸で荒い息を整える。呼吸が落ち着くと、イトゲルに向かって優しく語り掛ける。
「ごめんね、イトゲル。あの人は本当に不器用なの。あなたに投げた弓矢はうちの代々渡される家宝なの。あの人はもう認めているのよ、あなたが戦士だと。だから、その数少ない硬貨が入った布袋と弓矢を投げるように渡したのよ。でも、ムンクの村々では、そんなこと通じないわ。異様だと見られてしまう」
母親はジッとイトゲルを見つめ、また話し続ける。
「そうなると、やはり辛い目に遭うのはあなた、イトゲルよ。だから、ここを一度出て、武勲や名誉を立ててまた帰ってこいって。そうすれば、周りも認めざるを得ないだろうと」
母親はにこりとイトゲルに微笑みかける。
「あと、これ持っていけって」
母親は手に持っていた大きめの布袋を渡す。中を覗いてみると、干した羊肉とアーロール(チーズ)、ホーショールが入っていた。
「お腹空いているだろうからって」
母親は、誰が持っていけと言ったかは言わなかったが、その誰かは皆想像がついた。
彼らはこれが不器用な父の愛だとしみじみ噛みしめる。
イトゲルはその大きめの布袋を受け取り、そして掻っ攫うように取ってきた布袋の中身も見る。母親の言うように硬貨が入っており、銀貨1枚と銅貨50枚が入っていた。それは、グローが商売で売った剣の値段より安かった。だが、その硬貨の重みが剣などよりもずっしりと重く、イトゲルは大事そうに持っている。
母親はそのことを伝え終わると、「じゃあね」とイトゲルに別れを告げ、家に帰っていく。
そして、その母親の姿が見えなくなると、イトゲルはたちまち号泣する。涙は川のように流れ、泣き声は村中に響くかの如く大きい。
その泣く姿は、まるで一人の幼い少年だった。今までの逞しさは、親に甘えられなかった、自分の本当の姿を受け入れてもらえなかった反動で、強がっていたのだろう。今はその彼の偽物の強さが崩壊し、心の底からの涙が止まずに流れていく。
彼らはただただ何も言わず、イトゲルの背中や肩に手を添える。その背中や肩はとても温かかった。彼らにもそのイトゲルの涙が伝い、貰い泣きしてしまう。
イトゲルの母は家に戻ると、大の大人の男が大声で号泣している。彼女はその泣いている夫に助言をする。
「もうそんなに泣くんだったら、きちんとお別れを告げれば良かったのに」
夫はむせび泣き、喉を詰まらせながらも、未だ頑固に自分の持論を主張してくる。
「うるさい。男たるもの生ぬるい別れなどできるか。イトゲルも男なんだから、それでいいんだ。それに、あの戦いで活躍するイトゲルを見て、俺は間違っていたのだと思わされた。今更優しくなんてできるか」
その頑固さに彼女は少し呆れつつも、夫の不器用さに愛らしさを感じる。
「全く不器用で頑固なんだから」
すると、家の外の少し先で大声の泣き声が聞こえてくる。その泣き声と同期するように、夫の泣き声も一緒に響く。まるでその泣き声で会話しているようだ。
―全く二人とも頑固で、似ているんだから。




