6章58話 桜の木の下で
酒呑童子は茨木童子を抱えた状態のまま、袖を口で噛みきり、その布をもう片方の手に何重にも巻き付ける。さらにその布で巻かれた手に瓢箪の酒を掛ける。
「鬼火」
酒呑童子は、鬼火を酒で湿った布に着火し、手は炎を上げて燃える。さらに、その燃えている手に力を込める。
「剛腕」
その燃えている手で俺らに攻撃をしてくる。鬼火と剛腕の組み合わせ技だ。
ムンク騎兵はその組み合わせ技に、本能が危険と察知しているのか、冷や汗がドクドクと流れる。
一方、グローたちはというと、マリアは「閃光の槍」で力を使い過ぎたのか、体が悲鳴を上げ、体が上手く動かない。立ち膝しているのでやっとだ。
そんなときに、グローが立ち上がる。ヴォルティモに癒してもらい、ようやく戦えるようになってきた。彼はマリアの肩に手を置き、
「ありがとう。あとは任せろ」
と言い残す。彼女はそれを聞いて安心したからか、体から力が抜け、バタンとそのまま地面に倒れこむ。
彼は今度は、
「ヴォルティモ、マジありがとうな。ところで、戦える気力は残っているか?」
とヴォルティモに感謝しつつ尋ねると、
「勿論戦えるぞ」
とヴォルティモが威勢よく返事をする。
グローはそれを聞くと、
「じゃ、ムンク騎兵と一緒に酒呑童子の気を引いてくれ。俺は機会を見て、やつの腕を斬り落とすようにしてみる」
とヴォルティモに頼む。
ヴォルティモは了解し、ムンク騎兵に合流する。
彼らはその攻撃を盾で受けたり、避けたりする。だが、拳が燃えているため、その炎がたまに当たり、火傷を負ってしまう。
さらに、酒呑童子は彼らに隙を与えないように、ひたすら攻撃を繰り返してくる。
―手に炎を纏って、熱くないのだろうか。
グローはふと酒呑童子の顔を見ると、やつは冷や汗をかいており、布近くの腕は爛れていた。
―やせ我慢しているのか。さすがのオニといえど、熱さには負けるか。
この状態が続けば、さすがの酒吞童子も体力が減り、この炎の熱さに耐えられなくなってくるだろう。
つまり、酒呑童子の体力と彼らの体力がいつまでもつかの勝負だ。
だが、味方が徐々に酒呑童子の拳で吹っ飛ばされる。その重い拳にムンク騎兵の体があらぬ方向に曲がったり、燃えたりする。
さらに、中々攻撃をする機会が見当たらない。これは万事休すか。彼らはそう思っていたら、向こうからムンク騎兵数人がぞろぞろと増援に来てくれた。あっちの集団のオニを倒し終わったのだろう。
「待たせたな。増援に来たぞ!」
「おおおおおお!」
最初から戦っていたムンク騎兵が、増援を見て、歓声を上げる。
そして、増援に来たムンク騎兵が矢を構え、弓の弦を張る。
グローたちはそれを見て、酒呑童子の傍から離れる。
すると、酒呑童子のとこに無数の矢の雨が降る。あまりの矢の多さに酒呑童子にとって逃げ場がない。酒呑童子は燃えている腕を頭上に上げ、身を屈め、少しでも当たる面積を減らそうとしている。
矢はそのまま酒呑童子の体中に刺さり、体中から血が流れる。酒呑童子の自分の体には無数の矢が刺さっているが、茨木童子の体には一切の新たな矢が刺さっていない。どうやら矢が刺さらないように、茨木童子を守っていたようだ。あの酒呑童子は魔物の仲間に対する想いも強いが、特に茨木童子に対する想いは尋常ではないようだ。
だが、その酒呑童子の想いとは裏腹に、茨木童子の体から血が流れ続ける。
―俺の桜を抱えている手から、血がポタポタと止まずに垂れてくる。桜は次第に顔が青白くなり、ぐたーっとしている。
俺はその桜の弱っていく姿を見て、自分の不甲斐なさに涙が流れてくる。
ごめん、桜。俺がお前の人生を狂わせたんだ。俺と出会っていなければ、今頃幸せだったろうに。
酒呑童子は、ある東方の国の非人と呼ばれる母親の許で育った。非人とはその名の如く、人扱いをしてもらえない被差別民だ。
彼ら非人の仕事は、死刑囚の処刑や死者の埋葬などだ。これらの仕事は人の死に直結した仕事なので、よく忌み嫌われるものだ。そのため、穢れが多く、被差別民として扱われる。そんなんだから、彼の名前も葬助(葬るのを助ける)と呼ばれていた。
彼の母親は非人であるため、その子どもである彼も例に漏れず非人だ。なので、彼は度々、死刑囚の処刑や死者の埋葬の仕事を遂行している。
死刑囚とはいえ殺される前に「殺さないで」と涙を流して懇願する姿を見ていると、頭がおかしくなりそうになる。そんな仕事だから、彼は心を殺さなければやってられない。彼の世界は、血で染められた一色の赤でできていた。彼の母も同じように目が曇っていた。
彼には父親はいなく、母との二人暮らしだ。彼は以前父親の所在を聞いたら、違う身分であるため、会うことはできないとのことだった。
父親は武士の身分で母親を強姦まがいに犯し、そしてその時妊娠したのが葬助だった。勿論、結婚する気はなく、非人だから何をやってもいいということで、そうしたとのことだった。
彼はあるとき、母に聞いた父親のいる村まで用があって立ち寄った。ふと気まぐれで父親がどんな野郎かと遠目で見ることにした。母曰く、父親は水尾という名字らしい。
彼は村で桜の木々が生い茂る丘から父親を探す。武士ならば武家屋敷に住んでいる可能性が高い。
遠目で村を見渡すと、小さめの塀に囲まれた武家屋敷が見えてきた。
―多分、あれかな。
彼は父親の家があれかと目星をつけ、武家屋敷を見ていると、中から若い女性が出てくる。女性はとても目がぱっちりとしていて、綺麗な顔立ちをしている。そして、花柄の着物を着ていて、長い黒髪には簪が留められている。
その女性の近くに、もう一人の女性がいて、その人とお話をしている。
「花子さん、今日はどのような予定ですか?」
「今日は……」
―花子さんというのか。
彼はその女性の名前を知る。
―俺はそこで花子と出会ったんだ。一目惚れだった。
彼の鼓動は速くなり、世界が一色の赤からカラフルな色に変わった。
彼は桜の木の後ろから遠めに覗いていると、花子はこちらに近づいてきた。彼は咄嗟に桜の木の幹に隠れる。彼が見ていたのを怪しまれたのかもしれないと焦る。そのとき、彼は現実に引き戻され、自分が非人であることを思い出す。
だが、花子は彼に気づいているわけでは無く、この桜の樹の下で独りでに溜息をつく。
「はぁ、疲れた……」
彼はその溜息をつく花子をジッと見ていたが、足が滑ってこけてしまう。尻餅をつきドンと音を立ててしまう。
彼女はその音のした方向に振り向き、彼が隠れていたことに驚く。
「わ!びっくりした!あなた、誰?」
彼女は彼に身元を聞くが、非人であるため、自分の身元を言えず適当に答える。
「いや、そんな怪しいものじゃありません。ただの通りすがりのものです」
―……とても怪しい答え方になってしまった。
花子は一瞬怪しむが、彼が軽く笑顔を作ると、少し緊張がほぐれる。
「私は花子よ。よろしくね」
彼女は自分の名前を言うと、少し照れくさそうにする。
「どうしたんですか?」
彼がその照れくさそうにしている理由を尋ねると、花子さんはその理由を答えてくれる。
「少し古臭いでしょ。この名前」
彼女はそう言うが、彼は全然思ってもいなかったので少し驚いた。
「いや、全然そんなことないよ!美しい名前だ」
彼の返答が予想外だったのか、花子は驚き呆気にとられる。
「え。あ、ありがとう。で、でも、もし他に名前が使えるなら、他の名前を使ってみたいわ」
―俺は分からなかったが、本人がそう思うならそうなのだろう。
「そうなんだ」
彼はそう呟きふと見上げると、桜の花が目に入る。
「じゃ、桜っていう名前はどうかな」
彼が花子に提案してみると、花子は少し考えた後、うんうんと頷く。
「桜……。うん!とってもいいと思う!」
桜はとっても嬉しそうに笑う。そのニコニコした笑顔が、またしても彼の鼓動を速くする。頬も赤く火照ってしまう。
さらに、桜は彼にとって嬉しいことを言ってくれた。
「じゃあ、この名前はあなたとの時だけに使うわね」
―それはまた俺と会ってくれるということだろうか。
本当かどうかは分からないが、彼はその言葉に期待して胸が高鳴る。
「そういえば、あなたの名前は?」
彼は桜に名前を尋ねられ、困ってしまった。名前を言ってしまえば、すぐに非人とバレてしまうだろう。
彼が返答できず困っている様子を見ると、彼女は彼に提案する。
「じゃあ、酒蔵さんは?」
意外な名前の提案に彼は呆気にとられる。
「なぜ、そうなったんだ……」
非人の彼でも分かるくらい奇天烈な名前を提案され、その理由を尋ねる。
「だって、私が桜なら、お花見に必要なお酒が必要でしょ。“桜”の私と“酒”のあなたが会って、初めてお花見となる。とても素敵でしょ。それに、読み方が酒蔵だと少し似ていない?」
―読み方は若干こじつけな気がするが、確かに桜と酒の組み合わせはいい気がする。
「確かにそれもいいね」
彼がそう同意すると、桜は「でしょ」と返す。
こうして、彼らは二人で会う時は桜と酒蔵で呼び合うことにした。
桜はそういえばと何かを思い出したように、彼に質問する。
「そういえば、あなたは何の仕事をしているの?」
一番怖い質問が来た。彼はこの質問をされ、少しの間体が固まる。冷や汗を流し、違う意味で鼓動が速くなる。彼は差別されるのは慣れているが、この娘だけには嫌われたくない。そんな思いから、彼は嘘をついてしまう。
「実は旅人でして、各地を回っています」
「そうなんですね」
桜は彼の言ったことに曇りのない純粋な目で見つめてくるので、彼は罪悪感を感じる。
彼は話をすぐ切り替えるように、桜に同じことを聞く。
「あなたはどうなんですか?」
「私は武家の娘よ。ちょうどあそこに武家屋敷があるでしょ。あそこが私のお家よ」
その桜が指さした武家屋敷は、先ほど見ていた彼の父親だと思われる屋敷だ。
「え。名字は何て言うんですか?」
彼が桜に名字を尋ねると、彼女から返ってきた返答は、「水尾」だった。
彼はある事実を突きつけられる。それは、彼と桜は異母兄妹だということだ。彼は衝撃の事実にふらつく。ただでさえ大きい身分差があるのに、惚れた相手が兄妹だと知れば、当然の反応だ。
だが、そんな彼のショックなど余所に、桜は彼に語り掛ける。
「またこの桜の木の下で会いましょう」
桜は彼に微笑み、また会う約束を交わす。その微笑みを見ていると、さっきまで悩んでいたことが彼の中で薄れる。
彼は無責任に「わかった」と返事をしてしまう。
―この事実はの心の奥底にしまっておこう。
彼は桜との関係の事実に蓋をして、紐できつく縛っておく。
そして、彼らは桜が咲く季節に、この桜の木の下に毎回集まった。




