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6章57話 希望の光

 ―クソッ!私じゃ力不足だっていうの……。


 マリアは自分に不甲斐なさを感じてしまう。


 ―いつもこうだ。私は誰かのおまけでしかない。



 マリアは神聖エストライヒ帝国の第一皇女として生まれた。本当は男児が生まれることを望まれていたが、過ぎたことを言われても仕方がない。その後も女児ばかりで、やっと生まれた男児も流産してしまった。


 皇帝である父は悲しみというより、焦りを感じていた。王位や帝位の継承は基本男性と決まっているからだ。そのため、男児の流産が起きてからは、宮廷内では帝位継承権の話でいつも持ち切りだった。


 帝位継承は基本男性ということで、マリアに多くの有力貴族からの縁組が持ち込まれた。父もこの縁組に前向きだった。


 だが、彼女はあまり気が進まなかった。別にいい人がいなかったわけでは無い。家名も高く、武勲も申し分ない人もいた。


 だが、それでも彼女はあまり納得がいかなかった。それは、彼女が帝位継承を受け継がせるおまけでしかないと薄々勘づいていたからだ。彼ら男性が主人公で、彼女はそのサポートをするおまけでしかない。


 彼女はそれが嫌で、自身が帝位を継承しようと政治学を学んだり、槍などの訓練をしていた。さらに、国民を少しでも助けたいという思いから、飢饉に喘ぐ農民たちに食糧を配布したりしていた。


 彼らは、

 「本当にありがとうございます」

と心と一体化した本当の言葉を伝えてくれる。彼女はそれを聞くと、心が温かくなるのだった。


 この国は権力争いや内乱など様々なしがらみがある。国外ではアンジェル帝国やアシーナ帝国と対立をしており、度々小競り合いをしている。国内ではポルッツェン騎士団領とキャスティーリャ大司教領が、皇帝の権力下からほぼ独立し、皇帝に従わないことが多い。


 だが、それ以外でも、複数の貴族は自身が権力を握ろうと躍起になっている。勿論国民を考えている領主もいるが、国民なんてそっちのけで自身の権力にしか目がいっていない領主がいるのも事実だ。そんな生々しく、気持ちの悪い無数のしがらみの手が彼女を拘束し、吐き気を催させる。

 それが顕著に現れるのが舞踏会などである。



 ここは神聖エストライヒ帝国のホーフブルク宮殿だ。夏季の離宮のシェーンブルン宮殿とは違い、ホーフブルク宮殿では度々舞踏会など多くの貴族たちとの交流会が開催される。


 そこでは、位の高い領主に媚びを売っておこうと、皆一部の高貴な領主に偏って集まっている。様々な野心や欲望がこの狭い空間に(うごめ)く。例外なく、彼女にも。


 「マリア様、この度はお会いできて光栄です」


 「マリア様、相変わらず美しゅうございます。よければ今度、私の領地へお越しください」


 「マリア様、この間はありがとうございました。この間の縁談の件につきましては、前向きにお考えしてくださると幸いです」


 有力な貴族が彼女に次々と声をかけてくる。彼女は決まって、

 「ありがとうございます」

と当たり障りのない、変わりようのない凡庸な一言で終わらしてしまうのだった。


 何度も話した、顔合わせしたはずなのに、マリアは彼らの顔や名前をまるで憶えていなかった。それこそ初対面のように。彼女は彼らを全く見ようとしなかった。だが、それはお互い様だろう。彼らも同様に、「マリア」ではなく、彼女の「家柄」しか見ていないだろう。


 男性だけではない。貴族の令嬢も声を掛けてくる。


 「マリア様、お元気そうで何よりです」


 「マリア様、縁談のお話聞きました。うまくいくといいですね」


 彼女はその挨拶などを聞くと、再度、

 「ありがとうございます」

と一言だけ言う。


 傍から見れば、とても慕ってくれていて良さそうに見えるかもしれない。だが、彼女は知っていた。それが本心ではないことを。



 彼女は舞踏会場を少し離れ、人気のない廊下を歩いていると、向こうに二人の令嬢が話しているのを見かける。彼女は二人を見かけると、思わずバッと曲がり角に身を(ひそ)めて隠れてしまう。そこで、小さい声ながらも彼女らの言葉が耳に入ってくる。


 「何を考えているのかしらね」


 「そうよね」


 「下民を支援したり、戦いの訓練をしたり」


 「変わってるわよねー」


 明確に誰という主語は聞こえてこなかったが、マリアは一瞬で自分のことだと分かった。彼女たちはマリアにとってどうでもいい人達だったので、そこまで傷つくことは無かったが、胸糞は悪く感じていた。



 そんなことがあったもんだから、彼女らの言葉は信用していない。


 マリアは会場の人混みに揉まれて疲れたため、少し一人になりたいと思い、

 「ちょっと失礼いたします」

と言い、その場を離れる。そして、屋敷を出て、宮殿内の庭園に出る。


 喧騒とした屋敷と違って、静けさのある庭園は落ち着く。彼女はふうと溜息をつくと、それまでの不満が吐息と一緒に流れ出ていく気がした。


 先ほどの令嬢たちの言葉を思い出す。


 —“元気そう”、“縁談がうまくいくといい”か。


 彼女の取り巻く状況を見て、元気だとは到底思えないだろう。それに、彼女は結婚を望んではいなかった。表面しか見ていないのだろう。


 彼女はただ本当の「私」を見て欲しかった。ただ、「辛いですね」という共感や「女性のそのままのあなたが素晴らしい」という肯定が欲しかった。そんな表面的な称賛なんていらなかった。


 そんな嫌なしがらみが多いこの国でも、彼女にとって好きなところがある。それは国民だった。彼らは自分の家族のために一所懸命に働き、日銭を稼いでいる。一所懸命に働き、本心で泣いて、喜んで、人生を楽しんでいる。


 勿論、そんなことを言っていられない貧民もいる。だから、彼女はこの国民を守っていきたいと思っていた。自分たちの国はこの国民によって支えられているのだ。それを分かっていない貴族は多い。彼女はそのことに(いきどお)りを感じていた。



 ―だからこそ、私が国民を導かなきゃいけない。この暗い絶望の中で、私が彼らの希望の光とならなければならない。

 だから、皆を導くために、皆を救うために、こんなとこで死ぬわけにはいかない。

 私は生きて、生きて、国を復興して彼らを導かなければいけない。たとえ、どんな困難が立ち塞がろうとも。


 彼女はそこで、母とのやり取りを思い出す。



 「ねえねえ、お母様、なんで私の名前はマリアなの?」


 幼い彼女が母にそう尋ねると、母は、

 「それはね、マリア様っていう過去の偉大な女性がいてね。そこから取っているのよ」

と説明する。だが、当時幼かった彼女は意味がよく分からず、首を傾げる。


 「よくわからない」


 母はその彼女の率直で純粋な感想に困ってしまう。


 「そうね……」


 だが、母は何かを思い出したように、手を打つ。


 「そういえば、このマリアっていう名はお父様に名付けてもらったのだけれど、私は別の名前を提案していたのよ。イザ(Isa)っていう名前でね。“鉄のように堅牢”っていう意味なのよ」


 「鉄のように堅牢?」


 幼い彼女がそうオウム返しで聞き返すと、

 「固くて強いっていう意味よ。あなたに不屈の心を持ってほしくてね」

と母は答える。


 ―そう、私はこんな困難にも動じない。固くて強い信念がある。この不屈の心をもって進むしかない。



 マリアは手に持っていた槍を強く握り、力を溜めるようにぐっと自分に引き寄せる。彼女は(かかと)を上げ、片足を後ろにして、その片足に全部の力を込める。


 ―この一瞬に全ての力を込めろ。もう体にガタが来てもいい。光のように、誰よりも速く。


 そして、彼女がつま先で地面を勢いよく蹴り、腕を連動させるように伸ばす。


 「閃光の槍」


 マリアがそう呟くと、まるで光の速さのようにすごいスピードで、茨木童子を槍で貫く。茨木童子は一瞬で槍で貫かれ、口から血が飛び散る。


 「??」


 茨木童子は一瞬のことで、状況が理解できていないようだった。その頭が追い付かないまま、バタンと地面に倒れる。


 「桜!!」


 酒呑童子は茨木童子に向かって、聞いたことない名前を呼んだ。多分茨木童子の別名だろう。


 だが、さすがオニだ。体が一突きされようと、未だ体が動き、酒呑童子の方に這いずり始める。

 茨木童子は横たわった体をズリズリと引きずりながら、酒呑童子の許へ向かう。地面にはその血が流れた跡があり、血の道ができている。


 茨木童子が這いずる姿を見て、酒呑童子は歯を強く噛みしめ、こめかみに血管を浮かべて、顔も真っ赤になっている。


 「てめぇら、ぶっ殺してやる!」


 酒呑童子は鬼の形相で、茨木童子に向かって走っていく。そして、茨木童子を守るように、片手で抱きかかえる。ムンク騎兵が矢を撃ち、それが体に当たろうとも、酒呑童子は茨木童子を丁寧に抱き寄せる。茨木童子を抱きかかえると、彼らの方に振り向き、キッと憎しみが籠った目で睨む。


 その目に宿る憎しみは彼らを恐怖に堕とすのに、十分だった。

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