6章56話 不器用な愛
酒呑童子はすくっと立ち上がる。酒呑童子の身長は16フィートを越えていて、いざ目の前にすると圧倒される。そして、酒呑童子は俺らの目前まで走って近づいてきて、拳を強く握り締める。この大きい図体では考えられない速さだ。
「剛 腕」
そして、酒呑童子はそう言うと、腕の筋肉が盛り上がり、そして太くなる。そのいかつい腕で、酒呑童子はグローたちに向かって拳を振り下ろす。
彼らは咄嗟に避けるが、あまりの威力の強さに風圧で飛ばされる。そして、その拳が振り下ろされた地面を見ると、地面に拳の跡が残っているのが分かる。
「おいおい。あれは喰らったらひとたまりもないな」
あまりの規格外の力に、グローは恐怖を通り越して、もはや苦笑いが出る。
酒呑童子はその大きい図体の割りに速い動きだが、幸いなことに茨木童子ほどではない。なので、見切ってしまえば、避けれなくはない。
酒呑童子は再度こちらに近づき、その拳を振り下ろしてくる。
グローとマリアとヴォルティモは盾を隣同士で並べ、三つの盾で酒呑童子の拳を防ぐ。固めて守ることで、酒呑童子の拳の威力は分散される。だが、それでも重く、立てるのがやっとだった。これが一人だと、ぺしゃんこに潰されていただろう。
グローはムンク騎兵に、
「今のうちに酒呑童子のお面に向かって矢を撃ってくれ!」
と大声で伝える。
ムンク騎兵は頷き、弓矢を構えて矢を放つ。矢は酒呑童子のお面目がけて飛んでいき、お面の紐に集中して突き刺さる。そして、お面の紐が解け、お面は地面に落ちる。
そこには壮麗な青年らしき顔が現れる。集団のオニ同様、赤い肌で黄色い目をしているが、まだ人間らしい顔の作りをしている。だが、やはり口から垣間見える牙と額の角で人間らしさを搔き消している。
もし先ほどのオニと同じであれば、視界が明るくなり、発狂する。
でも、そううまくはいかない。
酒呑童子はお面が外れようと、全然動じない。むしろ、冷静に彼らから一旦手をどけ、落ちたお面を取る。
すると、茨木童子が小さく嘲笑する。
「ふふ。知らなかったかしら。私たちは、お面はあまり関係無いの。あの人たちは、視界が明るくなると、過去のことがフラッシュバックして、発狂してしまうのよ。私たちはあの人たちの“目”の役割をするように、お面をつけて視界を共有していたの」
だが、グローもそんなのは薄々気づいていた。
「ああ。薄々気づいてたさ。だが、念のためな。その発狂するのは、処刑する光景を思い出すからか?」
彼は二体のオニに鎌をかけてみる。
二体のオニは、隠し事をほじくり返されたように、面白くなさそうな顔をしている。
「あら、余計な詮索は無粋ですよ」
茨木童子はにこりと笑顔を作っているが、笑っている気配が無い。
茨木童子は一瞬消えたように、こちらに速いスピードで駆け寄ってきた。そして、グローに向かって、刀で斬りかかる。
「桜狩り」
その茨木童子の刀捌きは、やはりしなやかで力任せの攻撃ではない。だが、刀を振る時の一瞬のスピードが速いのか、とても速く、そして鋭い斬撃が襲いに来る。
そう、まるでゆらゆらと舞い散る桜の花びらでも斬れるかの如く。
その茨木童子の「桜狩り」により刀の軌道が読めず、グローは肩に思いっきり深く斬撃を食らってしまう。彼は「桜狩り」をまともに二度もくらったため、出血多量で頭がクラクラしてきた。体も真っ直ぐ立てず、フラフラと揺れてしまう。ついには、足に力が入らず、バタンと倒れてしまう。
「「グロー!!」」
ヴォルティモとマリアがそう大声で言いながら近寄っていく。
だが、茨木童子は二人に邪魔される前に、グローを殺そうと、刀を突き刺そうとする。
今度こそ、もうダメかもしれない。万事休すか。
三人がそう思っていたとき、茨木童子の方に一本の矢が飛んでくる。
茨木童子はその矢に気づき、刀でその矢を真っ二つにする。
「マジかよ……。あの矢を真っ二つにするなんて」
その矢と言葉の先には、イトゲルがいた。彼はグローを助けようと矢を放ったのだろう。
だが、
「……鬱陶しいわね」
と茨木童子は言いながら、イトゲルの方を睨む。そして、次の瞬間、すごい速さで彼の方に近づき、刀で斬りかかろうとする。
イトゲルはその迫りくる恐怖に怯えながらも、覚悟を決めて、腰に帯びていた剣を抜いて構える。
二人の距離がどんどん縮まり、今にもお互いの剣が交わりそうだった。だが、次の瞬間、二人の間に割って入る者が現れる。
「おい、馬鹿娘!下手に挑発するな!」
それはイトゲルの父親だった。彼は剣を手に持ち、茨木童子の攻撃を受け止める。
イトゲルは舌打ちをし、
「チッ!こんな時まで嫌味を言いに来たのかよ」
と父親への怒りを露わにする。
「今はそんなこと言っている場合じゃない!お前は遠距離から弓矢で狙え!あのムンク騎兵と一緒にいろ!」
父親はイトゲルに声を荒げてそう命令する。
イトゲルはその言い方にイラッと来るが、
「わ、わかったよ」
と命令に従う。
―だが、珍しいな。いつも女は戦うなと怒るくせに…。
イトゲルは向こうにいるムンク騎兵に合流し、遠くから酒呑童子を弓矢で狙う。
それを見て、父親はホッと安心する。
「父親はすごいわね。子どものために、一瞬だけ力が入るなんてね。火事場の馬鹿力ってやつかしら」
茨木童子がそう言うと、刀を押す力を強める。すると、イトゲルの父親はどんどん押されていく。
ハーフリングは元々筋力が他種族に比べて弱い。だから、力が強いオニには押し負けてしまう。だが、我が子を守ろうというその心が、彼の力を極限まで引き上げたのだ。だが、子どもの一旦のピンチが避けられたとなれば、彼の力が弱まっていった。
そして、とうとうイトゲルの父親は茨木童子に力で押し負けてしまい、剣を振り張られてしまう。さらに、茨木童子は彼の剣を振り払った直後に、彼の左腕を斬り落とす。
「ッッグ!」
彼は腕を斬り落とされようと、向こうにいるイトゲルを心配させないように、声を押し殺す。痛みから来る絶叫を押し殺すために、下唇を血が出るほど噛む。斬り落とされた左腕は地面にボトッと落ち、切り口から血がドクドクと流れる。
―はは……。こりゃ、まずいな。気を持っていないと、意識が飛んじまいそうだ……。
一方、イトゲルたちに助けてもらったグローは、ヴォルティモに法術で癒されていた。マリアはグローを守るように、彼の前に立ち塞いでいる。
「しっかり気を持てよ」
ヴォルティモはグローを癒しながら、必死に声を掛ける。そのおかげで、グローは意識を保っていられている。だが、彼は手足に全力の力が出せなかった。
「ヴォルティモ、マリア、すまねえ。だが、刀の動きを見て分かった。茨木童子は最初から力を込めていないんだ。振り切るその直前に力と速さを込めて斬っている。その証拠に、茨木童子は攻撃を繰り返しているが、息切れを起こしていない。さらに、その方が瞬発力も増す。つまり、その力を込める前によく初動を読み取れば、いけるはずだ」
グローはやられながらも、得た情報を二人に伝える。
「「わかった」」
二人がグローの忠告に返事をする。
そして、次の瞬間、マリアはイトゲルの父親が左腕を斬られた光景を目撃する。彼女はその光景を目撃するとすぐに、体が勝手に飛び出していた。そして、茨木童子に向かって槍で突き刺そうとする。
茨木童子はその槍を察知し、イトゲルの父親から距離を取る。
「大丈夫ですか?」
彼女がそう安否を尋ねると、彼は、
「余計な心配をするな」
と相変わらずぶっきらぼうに応える。
その相変わらずの態度に呆れからか、安心からか溜息が出る。
―あんなにムカつく頑固おやじなのに、助けるなんてね。あのお人好しな二人に似ちゃったかしら。
マリアと茨木童子がジリジリと睨み合い、お互いに隙を探っていたとき、向こうのムンク騎兵が茨木童子に矢を放つ。
だが、その矢は大きな腕によって防がれる。茨木童子を囲うように、酒呑童子の太く大きい腕が前に出ている。酒呑童子の剛腕な腕は本当に強靭なようで、腕を貫通していない矢もあれば、貫通している矢があるのに全然動じない。まるで筋肉で止められているみたいだ。
こう、うかうかと眺めている一瞬で、腕に隠れていた茨木童子が消えている。そう思った瞬間、ムンク騎兵が茨木童子によって斬られていた。斬られた一人のムンク兵士からは血がドクドクと流れ、もう生気を失っていた。
―茨木童子を守るだけでなく、視線を逸らす役割もしていたなんて。
二体のオニはとてもコンビネーションが良く、お互いをサポートし合っている。この二人をなんとか切り離さなきゃ勝てない。
マリアは向こうのムンク騎兵に大声で伝える。
「私が茨木童子を一旦相手するから、酒呑童子を頼みます!」
ムンク騎兵はこくりと頷き、多数の矢を酒呑童子に放っていく。
マリアは茨木童子に向かって、槍を何度も突き刺そうとするが、茨木童子は素早く、彼女の攻撃を避けてしまう。ただ、彼女が体力を消耗するだけに終わってしまった。彼女はぜえぜえと息が荒くなる。
「……ちょっと、おじさん。まだ戦える?」
彼女がそう尋ねると、イトゲルの父親は、
「誰にもの言っているんだ。片手でも戦ってやるさ。死ぬまでな」
と片手に剣を持って構える。
その様子を見て、マリアは、
「へえ。頼もしいことね」
と言い、ニヤッと笑顔を作る。
そして、二人は茨木童子を二人で囲み、ジリジリと追い詰める。だが、茨木童子は囲まれようと全く動じない。
マリアは槍を彼女に突き刺そうとするが、茨木童子は刀で振り払う。やつがマリアの方を向いている間、背中側から父親が剣で斬りかかろうとする。だが、それも茨木童子にはちっぽけな攻撃だった。その彼の攻撃も刀で受け止められた。
だが、マリアは諦めず、槍が振り払われようと、再度攻撃を仕掛ける。その不屈さと執念深さをもって。
だが、それが茨木童子には鬱陶しく思われたのだろう。
「面倒くさいわね」
やつはそう言うと、刀を彼女の方に思いっきり振り、彼女を吹っ飛ばす。彼女は槍で偶々受け止めていたとはいえ、吹っ飛ばされて、木の幹に背中をぶつけてしまう。
「グハッ!」
木だけではなく、彼女の体からもミシミシと音が鳴った。
彼女は痛みから意識が朦朧としかける。
―クソッ!私じゃ力不足だっていうの…。




