6章53話 百鬼夜行
神聖エストライヒ帝国の宮殿内で二人の侍女がコソコソと話をしている。
「全く不吉よね……。女子しか生まれず、ようやく男児を身籠ったかと思えば流れてしまうし」
「そうよね……。第一皇女のマリア=テレジア姫も何を考えているのか、槍の訓練をしているようだし」
「本当よね」
「国内の情勢も不安だし……」
「……」
二人の侍女は周りに誰も見えないのをいいことに、言いたい放題だ。
だが、彼女らの死角、廊下の曲がり角にマリアが隠れて、聞き耳を立てていた。
―うるさい。お前らに何がわかるんだ。私が強くならねば、誰もこの国を引っ張れない。
マリアは彼女らの身勝手で無責任な言葉に憤りを覚える。だが、同時に、彼女らの言葉がマリアの胸に突き刺さり、ズキンと痛みを感じさせる。
―私が男として生まれれば、また違ったのかな。私がもっと強かったら、カリスマ性があったら、また違ったのかな……。
彼女はそんなありもしない仮定の話で、気分が浮き沈みする。
―胸が痛い。
彼女は痛みから胸を押さえる。その胸の痛みはしばらく続いた。ズキン、ズキンと。
マリアはその胸の痛みで、ハッと目が覚める。
―嫌なことを思い出したわ。少し外の空気を浴びて、深呼吸しよう。
彼女が馬車から出ると、グローとヴォルティモはもう外に出ていた。
「おう、起きたか」
「うん。今日はどうするの?」
彼女がそう二人に尋ねると、ヴォルティモが、
「ちょっと父親とイトゲルを話させるよう掛け合ってみようかなと。マリアは無理しなくていいよ」
と答える。
ヴォルティモは優しさからそう言ったのだが、彼女は先ほどの夢を見た直後のため、その彼女を除け者にする態度が気に喰わなかったのだろう。彼女は食い気味に、
「いいえ、私も協力するわ」
と若干荒げた声で言う。
「お、おう。わかった」
ヴォルティモはそのマリアの声に少しだけたじろぐ。
そうして、三人でイトゲル宅に向かう。イトゲル宅に着き、家の中に入ると、また父親とイトゲルが喧嘩していた。
「お前はいい加減大人になって、現実を見ろ!お前みたいなやつ、この村では一人もいないぞ。お前のためを思って、言っているんだ!」
父親がそうイトゲルを叱責するが、その言葉が余計にイトゲルを逆撫でする。
「うるせえ!てめえが俺の人生を勝手に決めるんじゃねえ!何が大人だ、現実だ!これが俺の普通なんだよ!」
イトゲルはそう父親に反抗するように、怒りを叫ぶ。だが、父親はそのイトゲルの反抗的な態度が癇に障ったのか、イトゲルの頬を一発殴る。
「ちょっと、お父さん!さすがに殴るのはやめて!」
母親がそう言うが、父親は頭に血が上っているのか、
「うるさい!口出しするな!」
と一蹴する。父親は再度イトゲルを殴ろうとするので、グローたちが止めに入る。
「ちょっと、お父さん、一回頭冷やしましょう」
「邪魔するな!部外者が口出すなと言っただろうが!」
父親は怒って、聞く耳を持たないので、グローとヴォルティモが体を押さえる。
その険悪な空気に、さらに火に油を注ぐように、マリアが口を出す。
「ちょっとあんた、恥ずかしくないの?別にいいじゃない。女が戦ってもさ。いや、イトゲルは自分で男だって言っているんだよ。自分の価値観を押し付けるな!」
彼女の言葉にはまるで他人事とは思えないくらいの迫力を感じさせる。まるで自分のことのように、憎しみや怒りが生々しく表情に出ている。
「なんだと!」
その彼女の言葉に父親は余計に腹を立てる。
「お前らは何も知らない他人だから、そう言えるんだ!お前らなんかに分かってたまるか!」
父親はそうマリアに吐き捨て、マリアとイトゲルを睨みつける。そして、グローとヴォルティモの拘束を強引にほどき、奥の椅子に彼らに背を向けるように座る。
そんなピリついた空気の中、空気の読めない警鐘が村中に響き渡る。
―こんな時になんだ……。
彼らは警鐘を聞き、外に出ると、迫っている危機に気づく。角が生えた赤い魔物の群れが列をなしていた。オニの集団だった。
村にいた他のムンク兵士は馬に乗り、オニと対峙している。
イトゲルの母親は家の中から、チラッと外を見ると、そのオニの集団が目に入る。
「大変よ!お父さん、魔物の集団が襲来しているわ!」
その母親の問いかけで、父親も焦り、家の外に出る。
「クソッ!なんてこった!お前らは安全なとこに避難しとけ!」
父親はそう言い、剣と弓矢を手に持つと、外の馬に乗って、他のムンク兵士に合流する。
グローたちはお互いに目を合わせ、頷く。勿論、彼らは避難するわけもなく、それぞれの武器を構え、オニと対峙する。
グローはふと太陽の位置を確認し、時間を見る。太陽は西寄りに位置しており、太陽近くの空がオレンジ色に染まっている。
―今は夕暮れか。まずいな。
オニは隠という字から来ており、姿が紛れる暗闇の方が力を発揮するという。
グローは剣を構え、オニに対峙する。
オニは全身が真っ赤な肌で、まるで血に塗り染められたような雰囲気を漂わせる。さらに、オニは皆身長が高く、体格もいい。頭には鋭い角と手には鋭い爪がある。いかにも強そうな姿をしている。だが、オニは顔を隠すように、布のお面を付けており、布には「目」と暗号が書いてある。
オニに向かってアンジェル語の声が、念のように響く。
「そこにいる3人組がマリア一行よ。そいつらを締め上げなさい」
その声に、オニは息を揃えて返答する。
「御意」
オニはそう言うと、勢いよく彼らに飛びかかる。この数をグローたちだけで相手するとなると絶望的だが、ムンク兵士も加勢してくれるため、まだ勝機はある。
オニは鋭い爪で引っ掻いたり、強い力で思いっきり殴ってきた。グローは攻撃を避けるが、鋭い爪で頬に軽い切り傷を作ってしまう。
彼は盾を構え、攻撃を受けるように見せる。そこにオニは手を握り、力を込めて正面から殴ろうとしてきた。彼は盾で受け流すように、近づいてきた拳を横にスライドしながら避ける。その隙に、彼はオニの突き出してきた腕に剣で斬りかかる。オニの腕は折れたり、斬り落とせてはいないとはいえ、肉が裂けている。普通なら痛みで怯む。普通なら。
だが、オニは痛みに怯むことなく、連続で殴ってきた。彼は不意を突かれて、盾で防御したが、吹っ飛ばされる。オニは彼に休む暇を与えないように、全速力でこちらに走ってくる。
ふと他のオニも一瞬だけ見てみたが、矢を打たれようと、槍で突かれようと痛みに怯むことなく、恐怖も感じず、ひたすら敵を攻撃する。その姿はまるで生き物とは思えなかった。
こっちに走ってきたオニの引っ掻き攻撃を、彼は剣で受け止める。オニと力で押し合うが、オニより力が弱い彼にとって、この押し合いは分が悪い。徐々に押し負け、ジリジリと追い詰められる。
だが、その時、オニの後頭部に矢が撃たれる。さすがのオニといえども、頭は弱点なので、バタッと地面に倒れる。そして、オニの後ろに、弓矢を構えたあの少年の姿が見えた。
グローはイトゲルに近寄る。
「ここは危険だ!早く逃げろ!」
彼はイトゲルに向かって、早く逃げるよう伝える。
「大丈夫!」
イトゲルはグローの忠告を聞かず、遠くから他のオニと戦っている兵士の支援をする。
―ったく。死んでも責任取れんぞ。
彼は他のオニに立ち向かう。
すると、突然向こうから、
「あああああああああああああああああああああああ」
と甲高い叫び声が響いてきた。
―何があった⁉
彼はその叫び声の発生源を見ると、一人の槍を構えたムンク騎兵とお面が外れたオニ一体が対峙していた。オニのお面は地面に落ち、オニは頭を抱えながら発狂している。先ほどまでお面で隠れていたオニの黄色い目が、垣間見える。
そして、再度オニは物凄い甲高い声で発狂し、我を失ったように暴れる。鋭い爪でムンク騎兵をなぎ倒し、馬共々兵士は吹っ飛ばされ、小枝のようにポキッと体が折れている。彼らはオニの恐ろしさを改めてヒシヒシと感じさせられる。




