6章52話 すれ違い
彼らはイトゲルの家にお邪魔をする。
「すみません」
イトゲルの母親らしき人が出迎え、
「あら、どちら様ですか」
と彼らに名前を尋ねる。
「俺はヴォルティモと言います。隣は、グローとマリアと申します」
「ちょっとここら辺の地域のことが分からなくて聞きたくて」
彼らは自己紹介後、いきなり本題を聞くのではなく、まず道案内から会話を始める。
ヴォルティモが地図を取り出し、現在地とルートを聞く。
「この現在の村がここだから、こう行って……」
母親は地図で示しながら、丁寧に教えてくれた。
「なるほど!ありがとうございます」
ヴォルティモは道案内のお礼をした後、本題について斬り込んでいく。
「ところで、もう一つ聞きたいことがあるのですが。先ほどここから出ていった少女を見かけたのですが、何かあったんですか?」
彼の質問に母親は片手を頬につけ、恥ずかしそうにする。
「あら、やだ。見ていたの」
「はい。よければ、何があったか教えていただきたいなと」
彼の踏み込んだ図々しい質問に、母親は気前よく教えてくれた。
「そうね。これは複雑な問題なんだけど。あの子は女の子なのに、男の子の格好をしたり、自分は男だと言って言うこと聞かなくて。しまいには、髪も短く切るし、からかってきた男の子たちを返り討ちにしたり。このムンクでは、5歳までは髪は神から与えられたもので、前世と繋がっているの。だから、5歳になったら、断髪式を行って、男の子は短く、女の子は長めに切るようになってるの。だけど、あの子は勝手に自分で短く切って、男の子みたいにしてしまったの」
母親は少し残念そうに話す。
「さらに、ムンクでは成人したとき、男の子にはムンクの戦士を意味する弓矢が家長から渡され、女の子には婚約が上手くいくよう首飾りを渡されるの。だけども、あの子は弓矢が欲しいと言ってきかなくて」
余程心配もしくは不安なのか、こちらが求めている以上にペラペラと事情を話す。そして、ある程度話し終わった後、深い溜息をつく。
「もうどうすればいいのか私たちも分からなくて……」
母親は困惑した表情をする。
そこに彼はもっと本人と話をするよう提案する。
「差し出がましいかもしれませんが、あの少女も多分どうしたらいいのか分からないんだと思います。少しだけあの子の言うことに耳を傾けてはどうでしょう」
だが、彼の言葉を聞き、向こうに座っていた父親らしき人が、こちらをじろりと睨む。そして、先ほどまで聞いていただけの父親だったが、彼の提案に口出しをする。
「ふん。余所者が口を出すな」
父親は彼らを突き放すようにそう言うが、母親が止めに入る。
「あなた、そんなこと言わないの。ごめんなさいね」
母親は彼らに父親の無礼を詫びるが、父親は気にせず、自身の価値観を一方的に語る。
「あいつは女のくせに戦いに憧れているだけだ。じきに、自分がおかしかったことに気づくだろう」
マリアがそれを聞き、反論する。
「ちょっと、黙って聞いていれば!私だって、女だけど戦っているわよ!あんた、あの子の話に少しでも耳を傾けたことあるの!?」
マリアは臆せず、ズバズバと自分の意見を言う。
グローは一回マリアに冷静になるように、
「まあまあ、マリア。一回外の空気を吸いに行こう」
と言いながら、彼女を外に連れ出す。
気まずい空気が流れ、交渉どころではなかった。
母親はヴォルティモに近づき、コソコソと耳打ちをしてくる。
「ごめんなさいね。うちの人、とても不器用で。あんなに頑固だけど、本当はあの子のことを想ってああ言っているの。あの子が家族に変に思われるだけならいいわ。だけど、周りはそうじゃない。周りもあの子を奇異な目で見るわ。そのとき、一番辛い思いをするのは、あの子よ。それを恐れて、うちの人は強く言っているの」
―なるほど。親は子のことを想っているが、それが空回りして、今に至るのか。やはり、一度改めて話をした方が良いな。
グローはマリアを連れてイトゲルの住居の外で頭を冷やしていた。
マリアは頭に血管を浮かべて、地団駄を踏む。
「ムカつく!何あの頑固おやじ!」
その怒り狂うマリアをグローは、
「まあまあ、確かに腹立つのはわかるけど、俺らが部外者なのも事実だから」
となだめる。
だが、それでもマリアは納得せず、舌打ちをしながら貧乏ゆすりをする。彼女は女だからこそ、あの父親の言葉にかなり怒りを覚えたのだろう。
グローはその状況を気まずく感じ、冷や汗が出てくる。
だが、そのとき、救世主かのように、ヴォルティモが住居から出てきた。グローは気まずい空気から逃れるように、食いつく勢いでヴォルティモに話しかける。
「あ、どうだった?」
グローの問いかけに、ヴォルティモは腕組みをする。
「うーん、親は子どもを想っているけど、それが空回っているっていう感じかな。でも、やっぱりお互いに話し合った方がいいなと思った」
「なるほどな」
「とりあえず、話し合いはまた翌日とかにしよう。今日はもう寝よう」
「そうだな」
ヴォルティモがそう提案し、グローが賛同する。マリアはというと、よほど腹を立てているのか、返事もろくにしない。
彼らはそのピリついた空気のまま、馬車の中で眠る。




