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6章51話 イトゲルとの出会い

 イヴァンの従者がある二体の魔物の許に近づく。


 「酒呑童子様、茨木童子様。イヴァン様からの伝言でございます」


 酒呑童子は飲んでいる酒の入っている大きな瓢箪(ひょうたん)から口を離し、濡れた口を手で拭う。


 「なんだ?」


 その酒呑童子の問いかけに、従者は、

 「ラーヴァナ様を殺した一行が、東のムンク二重帝国に向かいました。その一行を討伐しろとのことです」

と伝言を伝える。


 酒呑童子と茨木童子はそのことを聞くと、眉をひそめ、

 「……そうか、ラーヴァナを倒したやつらか。了解した」

とイヴァン伯爵の命令を承諾する。


 「よろしくお願いします」


 従者はそう言うと、二体のオニの許から姿を消す。


 「じゃ、ムンク帝国へ向かう準備をするとするか。茨木童子、鬼たちにも呼びかけてくれ」


 酒呑童子は胡坐(あぐら)をかいている状態から立ち上がり、茨木童子にそう頼む。


 「わかった。ムンク帝国へ向かう。準備をしなさい」


 「御意」


 茨木童子とその謎の声の主は、お互いに念のように声を響かせて会話している。


 そして、酒呑童子は鎧を身につけ、茨木童子は刀を手に取る。二体のオニが外に出ると、赤くおどろおどろしいオニの集団が列をなし、酒呑童子と茨木童子を待っていた。


 「さあ、行くぞ」


 酒吞童子のその合図に、オニの集団は後ろに付き従い、一糸乱れず行軍する。



 一方、グローたちはルーシ辺境伯領を出て、東の隣国のムンク二重帝国に向かった。ムンク二重帝国に入ると、彼らは国境沿いにいるアシーナ語を話せるムンク人に案内を頼む。


 「すみません、サライまで案内してもらいたいのですが」


 グローがそう言うと、ムンク人は料金を寄こせと手を出す。グローが料金を手渡すと、ムンク人は街までの道の案内を引き受ける。そして、彼らは街まで延々と続くような長い草原の道を進んだ。


 ここは木々がほとんど無く、一部残雪を被さった草本が生い茂っていた。雪解けの水を飲み、青々しい草原が延々と続く。


 いくつかの馬はその青々しい草に長い口を伸ばし、歯で噛みちぎる。冬の乾草では味わえなかった新鮮さを噛み締めながら黙々と食べる。



 ムンク二重帝国は様々な騎馬民族が集まってできた遊牧国家だ。そのため、馬の放牧など牧畜を生業とし、移住を繰り返すため、土地や国家という概念が他国に比べて薄い。


 さらに、農地が無く、発展性には乏しいため、交易路を確保し、通行税を徴収して生活している。ムンク二重帝国には適切な間隔で馬を常備する駅伝制を敷いているため、移動が速く、交易路としての重要性がより高い。


 そのため、ムンク二重帝国は土地ではなく部族単位で構成されており、様々な部族がいる。ムンク二重帝国はその名の通り、二人の皇帝が両立している。大きく分けて人間とハーフリングの種族で構成されており、その人間とハーフリングの二人の皇帝(カーン)が両立している。


 そして、その各部族には皇帝(カーン)の下である(カン)が置いてあり、各州を治めている。州を大きく分けると、西のハーフリングの皇帝の下に、マンギト=カン州、カザク=カン州、オズベク=カン州、東の人間の皇帝の下に、キタイ=カン州、ハルハ=カン州の5つだ。ムンク二重帝国は横に長いため、東と西で大きく分かれている。


 ハーフリングは小人とも呼ばれ、言葉の通り、普通の人間より背が低く、成人になっても人間の子どもくらいの背丈だという。さらに、力も他の種族に比べて弱い。だが、手先が器用で、道具の開発、それに伴う改良された武器での戦いが凄いと評されている。


 今走っている地域もハーフリングの支配地域で、所々に馬に乗ったハーフリングが走っている。ムンク人は黒髪で、肌も黄色みがかかった白色だ。目は他の国に比べ、少し細めだ。服装は、デールという長い上着に、その下にズボンを履き、腰を帯で締めている。さらに、ブーツともこもこした帽子も身につけている。


 彼らは草原の道を進んでいると、サライへと着く。


 サライには、テントのような多くの移動式の住居ゲルがある。ゲルの近くには、羊などの家畜が放牧され、地面の草を食べている。


 グローはボーッとその風景を眺めていると、一つの住居から少年らしき子どもが勢いよく飛び出し、家の近くにあった馬に乗って走らせる。


 「うるせえ!お前らなんかに分かるか!」


 少年らしき子は荒げた声で、家の中に向かって怒りを露わにしている。


 「こら!イトゲル(ᠢᠲᠡᠭᠡᠯ)!あんたお父さんに対して、なんて口のきき方してるの!」


 家の中から顔を覗かせた女性が、少年らしき子を叱る。

 グローはその剣幕さが気になり、案内人に話の内容を聞いてみる。


 「彼らはなんて言っているんですか?」


 わざわざ面倒な質問をしてきたなと言わんばかりに、案内人は眉をひそめ、面倒くさそうにする。グローはその態度を見て、やっぱいいですと断ろうとするが、少しの間の後、案内人は、

 「あの子どもが怒って、あの女性がそれを叱っている。多分親子喧嘩だ」

と一応簡単に教えてくれた。


 ―なるほど、親子喧嘩か。


 「うるせえ!!」


 その少年らしき子は女性に顔を向け、再度怒鳴る。その子は前を向かずに馬を走らせるもんだから、グローたちの方に徐々に接近していく。


 「え、ちょ、おいおい」


 グローたちは近づいてくる馬に慌てふためく。

 その少年らしき子はようやく前を振り向き、グローたちの存在に気づく。その少年らしき子は驚き、咄嗟に手綱を引いて、馬の歩みを止めさせる。


 「危ねえな。誰だ、あんたら」


 その子は刺々しい言い方で、グローたちにそう言う。


 ―こ、こいつ…。そっちがぶつかろうとしてきたくせに…。


 グローたちは若干イラッとするが、その子の顔を見たら、怒りが徐々に引いていく。

 その子は目に少し涙を浮かべていた。


 その様子を見て、彼らは思わずその子に声をかけてしまった。第一声を発したのはマリアだった。


 「どうしたんですか?」

と彼女はアシーナ語で話すが、話した直後に言語が通じないのではないかと気づく。だが、それは杞憂(きゆう)だったようだ。


 「いや、なんでもない」


 その子はアシーナ語でそう返してきた。

 多分ここはムンク帝国の中でも、アシーナ帝国に近い地域なので、アシーナ語が話せるのだろう。


 だが、その子は何かあったはずなのに、何も話そうとしない。いきなり見ず知らずの人が近づいてきて、警戒しているのかもしれない。グローたちは警戒を解くために、軽く自己紹介する。


 「俺らは今旅をしている者です。今はここから南の地を目指して、ここまで来ました。俺はグローで、その隣にいるのがマリアで、さらにその隣がヴォルティモです」


 「……」


 彼らが自己紹介した後、その少年らしき子はまだ警戒をしているのか、ジッと疑いの目を向けつつ、少しの間沈黙する。だが、彼らの身なりや態度から不審者ではないのかもしれないと思い、その子も自己紹介をしてくれた。


 「……イトゲルだ」


 「イトゲルね。何かあったの?」


 マリアがそう聞くと、その子はそっぽを向く。


 「いや、何でもねえよ」


 その子は口を閉ざし、話そうとしないが、彼女は諦めずに聞いてみる。


 「何かあれば話聞くよ」


 その子は彼女の諦めない問いかけに折れ、事情を話し出す。


 「……俺は男なのに、周りや家族までもが女扱いしてくるんだ」


 何か伝統や家庭の事情があって、男の子を女の子扱いするのかなと彼らは勝手に解釈した。だが、少年らしき子の体つきを見ていると、胸はほんの少し膨れており、男性のガタイの良さというより女性の体つきを思わせる。


 彼らがジッとその子を見ていたことに、その子が気づき、補足の説明をする。


 「そうだ。お前らが思っている通り、俺は女の体をしている。だが、俺は本当に男なんだ。でも、誰も信じてくれない。俺は本当に男なのに。こんなんだったら、心も女だったらよかったのかな」


 少年は膝を曲げ、うずくまりながらそう言う。その声は震え、どうしようもないというような思いがひしひしと伝わってくる。


 ヴォルティモはその少年の話に真剣に耳を傾け、うんうんと頷く。そして、彼は自分の正直な気持ちを少年に伝える。


 「俺らはその立場や気持ちが中々自分とかけ離れていて、理解が追い付いていません」


 少年はやっぱりなというように、理解されることを諦めかける。だが、彼は付け加えるように、少年に語り続ける。


 「だけど、これだけは分かります。自分の信じているものを曲げてはいけない。あなたがそう思っているなら、そうなんだと思います。それを唯一の理解者である自分まで見捨ててしまうと、あなた自身が可哀想です」


 少年はその言葉を聞き、初めて受け入れてもらって安心したのか、ボロボロと涙を流す。声にならない嗚咽がしばらく続く。


 「情けないよな。男の俺が泣くなんて」


 少年は自分が泣いていることに悔しさを感じているが、ヴォルティモはそれを否定するように、首を横に振る。


 「人は悲しみや怒り、嬉しいときに涙が出ますが、安心したときにも涙は出ます。涙は自分の心を大事にする上で、重要なんです。泣きたいときに泣いていいんですよ」


 すると、少年から我慢していた思いや涙が、まるでダムに()き止められていた水のように溢れてくる。


 グローたちは、この少年の悲痛な思いを両親にも聞かせた方がいいと強く思った。この子と両親はもっと話し合うべきだとも。


 だが、彼らはまだ両親の気持ちや事情を知らないため、一度イトゲルの家族にも直接話を聞いてみることにした。勿論、イトゲルがいては、喧嘩になって話にならないので、彼らだけで。


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