表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
51/137

6章50話 手のひらで踊らされる

 グローたちはレーシィとも別れ、次の街のモスクヴァに向かった。モスクヴァまでは平原の道を進む。先ほどのキーウ辺りより空気が冷えている。地面には苔が生え、雪が残っている。


 彼らは雪の残る平原の道を走り、次の街まで向かう。その途中でグローはマリアに気になることを聞いてみた。


 「そういえば、このルーシ辺境伯にも神聖エストライヒ帝国再興の協力を頼むのか」


 「ええ。ルーシ辺境伯は、アシーナ帝国とは別の意思で動くから、一応ここで協力を取り付けておきたいわね」


 そのマリアの返答を聞き、彼が以前聞いていた情報と繋がる。


 「あー、そっか。ルーシ辺境伯はアシーナ帝国からかなり自立しているんだっけ?」


 グローの確認に、マリアは頷く。 


 「そうそう。だから、アシーナ帝国と同盟を結んだからといって、ルーシ辺境伯が動くとは限らないのよね」


 「なるほどな。じゃ、ルーシ辺境伯の邸宅にも伺わないとな」


 彼らはモスクヴァでの目的を再確認したところで、街へと再び向かう。


 そして、しばらく進んだ後、遠目に城壁に囲まれたモスクヴァの街が見えてきた。城壁からはカラフルなドーム型の建物の頂上が飛び出して見える。


 彼らは城壁の中に入り、街を見回る。先ほどのカラフルなドーム型の建物を見つける。いざ目の間にすると、その建物の高さと彩の綺麗さに圧倒される。道行く人に聞いてみると、この建物は大聖堂らしい。


 この建物もそうだが、他の広場や城塞も赤レンガで作られている。その赤レンガの色と美しい造形が彼らを魅了する。


 その後、彼らは買い物をするのに、市場を見る。市場を見ると、キーウ同様、ライ麦パンやジャムが売っている。さらに、ビーツも売っているため、それも買うことにした。


 彼らは買い物を終え、街並みを見ていると、行方不明者の貼り紙が他の街より多めに貼ってある。ここら辺で事件が多発しているのかもしれない。


 グローが貼り紙をジッと見ていると、

 「グロー、もうそろそろ行くぞ」

とヴォルティモやマリアに早く馬車に乗るよう急かされる。


 彼は返事をし、速足で馬車に向かい、乗る。そして、その足で目的のルーシ辺境伯の邸宅に向かう。

 彼らはしばらく歩いていると、長く大きい邸宅らしき建物を見つける。白と水色を基調とした横に長い邸宅だ。


 彼らは邸宅の門へと近づくと、門番が手に持った槍で邸宅に近づかないよう威嚇する。


 「ここは領主様のご邸宅だ!一般人が近づいてはならん」


 例のごとく不審者として見られ、警戒される。すると、マリアがローブのフードを外して顔を見せ、皇女である証明書を目の前に提示する。


 「なんだ、これは?」


 「身分を証明する証明書よ」


 「証明書だと?」


 門番は証明書をろくに見ずに、マリアたちの身なりをじろりと品定めするように見る。


 「お前らみたいな小汚い奴らが身分を証明するものなど持っているはずもない。それは偽物だろ」


 門番は門前払いしようと、手を払うような仕草をするが、マリアは諦めない。


 「いいから、確かめなさい」


 「チッ、仕方ねえな」


 門番は半信半疑で証明書を彼女から奪うように持っていき、邸宅内に入っていく。

 その十数分後、門番は冷や汗を搔きながら彼女のもとへと戻ってきた。


 「いやー、大変申し訳ございませんでした。まさかマリア皇女とは思いもよりませんでした」


 彼は貼り付いたような笑顔で腰を低くして接する。先ほどの態度とは打って変わっていた。


 「だから、言ったでしょ」


 マリアがそう言うと、門番はペコペコ頭を下げる。


 「私の目が曇っておりました。ささ、こちらへどうぞ」


 門番が彼女らを通すように門を開け、邸宅の扉をも開ける。扉を開けると、そこには執事が佇んでおり、邸宅内を案内される。


 彼らは執事に誘導され階段を上る。途中の廊下には伯爵の自画像が飾られている。そして、上の客室らしき部屋へと案内された。


 内装は豪華な装飾が施されており、真ん中に机と向い合わせのソファが置かれている。彼らは客室のソファに座らせてもらい、机に来客用の紅茶が置かれる。その隣には果実のジャムも置かれている。


 「もし、甘くしたい場合、ジャムを入れてください」


 グローたちは紅茶にジャムを入れ、口を付けると、(ほの)かに香る紅茶と優しい甘みのあるジャムがとてもマッチしていた。


 グローは紅茶を飲みながら、チラッと部屋を見渡す。部屋の隅には、描き途中のキャンバスが立てかけられている。そのキャンバスには綺麗な女性の姿が描かれている。だが、肝心の顔だけが描かれていない。


 グローがキャンバスをじっと見つめていると、部屋の扉が開き、中年男性が入ってきた。


 マリアはすぐさまソファから立ち上がり、会釈をする。グローとヴォルティモも立ち上がり、会釈をする。

 マリアは服の裾を掴み、しっかりと挨拶をする。


 「お久しぶりです。イヴァン伯爵」


 どうやらこの人がルーシ辺境伯の領主イヴァン伯爵のようだ。イヴァン伯爵もにこりと笑顔を作り、手を胸に当てて挨拶をする。


 「お久しぶりです。マリア=テレジア姫」


 イヴァン伯爵は白く透き通る肌で、銀色の髪を後ろで束ねている。髭が少し伸びている。しかし、無造作に生えているわけではなく、綺麗に整えられた髭だ。服装もしっかりした正装で、だらしなさがどこにも見当たらない。目を細めた笑顔も爽やかで、物腰も柔らかい。まさに紳士を体現した人だ。この人ならもしかしたら協力してくれるかもしれない。彼らはそんな淡い期待を抱き、協力できるか聞いてみることにした。


 だが、イヴァン伯爵の方から先に話しかけてきた。


 「それで何の用ですかな」


 イヴァン伯爵が本題に切り込んでくると、マリアが質問に返答する。


 「突然で申し訳ありません。神聖エストライヒ帝国の再興にご協力願えないですか?」


 イヴァン伯爵は机の紅茶に口を付け、ティーカップをジッと見ている。そして、沈黙の間が続き、少し時間が経った後、ようやくイヴァン伯爵は口を開く。


 「なるほど。それで、私の利益はあるのかな」


 イヴァン伯爵の言い方が優しく丁寧だから緩和されているが、背筋が凍るほど怖い。その上、アトマン皇帝と言う言葉が同じだから余計にあの時のことがフラッシュバックする。


 だが、マリアも以前と同じではなく、ひるまずに交渉を持ちかける。


 「このルーシ辺境伯領は冬になると、船が通せるような不凍港が無いと聞きます。もし、港へ行くとしても、幾分も南のアシーナ帝国領まで行かなければならないそうですね。そこで、我が神聖エストライヒ帝国がアンジェル帝国から領土を取り返せば、すぐ近くの我が領土内の不凍港を通行税無しで使用できる特権を譲渡します」


 「なるほど」


 イヴァン伯爵は一応話に耳を傾ける。マリアはそのまま話を進めようと口を開こうとするが、次の瞬間イヴァン伯爵から驚きの言葉が出る。


 「私は不凍港が欲しいなどと貴殿に伝えたつもりはないが」


 イヴァン伯爵はまるで彼らを切り離すように、丁寧だが冷たい口調で伝える。

 マリアはイヴァン伯爵の言葉にポカンと呆けてしまった。


 「し、しかし、貴国からすれば、不凍港が使えるのは嬉しいのでは」


 しかし、マリアは諦めずに交渉を試みる。


 「ふむ。決めつけは良くないな。私は使えても使えなくてもどちらでもよい」


 イヴァン伯爵はそんなマリアの交渉も一蹴する。


 ―なんでだろうか、ルーシ辺境伯側に利益はあるはずなのに。


 マリアもそう思っているのか、眉間に皺を立てている。

 だが、マリアは他の提案も提示し、交渉しようとする。


 「で、では、貴国は、たまに起きる盗賊で構成されたコサックと農奴の反乱で困っているはず。なので、我が神聖エストライヒ帝国が助力し……」


 「要らないな」


 マリアが言い終わる前に、イヴァン伯爵は遮るように断る。

 マリアは全ての提案を食い気味に却下され、ガックシとうなだれる。


 「それはそうと……」


 イヴァン伯爵は何かを話し始める。マリアはせっかく話し始めたイヴァン伯爵の言葉を聞くため、必死に耳を傾ける。


 「私の仲間が数週間前にやられたんだ。そいつは図体が大きく、強く、そして優しい心を持っていた。だが、そいつの目の前に、ある3人組が立ち塞がったんだ。その3人組は男二人に女一人で、様々な人種がいたという」


 グローは彼の話を聞いていると、次第にその実体が浮き出てくる。まるで、ぼやけたレンズが次第にくっきりと映し出すように。そのシチュエーションには覚えがあった。グローは徐々に鳥肌が立ち、背筋が凍る。


 ヴォルティモとマリアはまだピンと来ていないようだ。


 グローの体が寒気で冷えていく中、イヴァン伯爵の屋敷近くに、雷が落ちる。その雷の閃光が屋敷の窓を通り、イヴァン伯爵たちを一瞬だけ照らす。すると、閃光に照らされたイヴァン伯爵の姿は、まるで先ほどとは別人のようだった。目は真っ赤で、口には牙があるように一瞬見える。先ほどまで温厚な紳士だった姿からは考えられなかった。


 「……マリア、もう行こう」


 グローがマリアに声をかけると、マリアは渋々諦めて部屋を出ていく。客室の扉を開けて出ようとする彼らに向かって、

 「もう紅茶はよろしいのですかな?」

とイヴァン伯爵は声を掛ける。その声は一見穏やかに聞こえるが、グローは血の気が通わないようなひどく冷たさを感じた。


 彼らはイヴァン伯爵の邸宅を離れ、ルーシ辺境伯の地を出ようとする。


 イヴァン伯爵は邸宅内の窓からグローたちが出て行った方角を見つめる。


 ―ふん、ようやく出ていったか。忌々しいやつらだ。


 イヴァンは瞼を開き、赤く滲んだ目で奴らの進んだ方向を睨む。

 彼は指を鳴らし、従者を呼びつける。


 「何の用でございましょうか。イヴァン様」


 「さっきのマリア=テレジア一行の行き先をオニ()族の王に伝えろ。」


 彼は不機嫌そうに従者に命令をする。


 「ハッ!承知しました。」


 従者は跪き、すぐに姿を消す。


 ―ラーヴァナを殺した代償を払わせてやる。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ