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6章49話 1+1=2

 グローたちはレーシィに案内されて、森の出口まで向かう。


 彼らは一応レーシィが悪い奴だった時の保険で、迷わないように来た道の小枝を折って、「枝折(しおり)」を作っていく。その間、そのことをレーシィに悟られないように、少しだけその気さくなレーシィと話した。


 「レーシィさんは、ここに一人だけなんですか?」


 グローの問いかけにレーシィは答えてくれた。


 「いや、他にも2人ぐらい仲間はいるんだけどね。本当は他の森にももっと仲間がいたけど、仲間割れしてしまって……」


 レーシィは表情に翳りが出て、含みを持ったような言い方をする。


 「仲間割れって何かあったんですか?」


 グローはその含みの部分について聞いてみた。


 「アンジェル側とそうでない側に分かれてしまったんだよね」


 ―アンジェル側?一体どういうことだ。


 彼は気になり、レーシィに聞いてみようとすると、レーシィはこちらを窺うように、チラッと見てくる。


 「君たちはどれくらい知っているのかな。アンジェル帝国について」


 急なアンジェル帝国についての質問で彼は驚き、あたふたと動揺する。


 「え、えっと、魔物と協力関係にあるとか」


 彼の言葉に、レーシィは

 「あー……」

と微妙な反応をする。


 「まあ、そんな感じでいいと思う」


 レーシィは合っているようなそうでないような曖昧な返答をする。


 ―もしかして、正確には違うのか…?


 レーシィは、彼の言葉を拝借して、先ほどの仲間割れの説明をしてきた。


 「まあ、簡単にいうと、人間を攻撃しようというアンジェルに加担する側と俺みたいに中立する側で分かれたんだ」


 ということは、今はアンジェル側に加担した多くのレーシィたちが、ここを去っていったのだろう。


 ―それにしても、“人間を攻撃しよう”か。飛び地との戦いでも思ったが、魔物は人間に強い恨みを持っているな。


 「なぜ、あなたはアンジェル側に行かなかったんですか?」


 レーシィは彼の質問に、少し寂しそうな表情をする。


 「……そうだなー。どこから話したものだろうか。昔に俺が人間の少女と会ったときの話からしようか」


 彼らはレーシィの話に耳を傾ける。


 「俺も昔は人間が嫌いで、森の奥深くへ迷い込ませて遭難させていたんだ」


 グローたちはそのレーシィの言葉を聞き、背筋が凍る。さらに、偶々、遭難者らしい遺骨が転がっており、余計に恐ろしさが募る。


 その様子を見て、レーシィは彼らを安心させるように、苦笑いでなだめる。


 「昔だから大丈夫だよ。今はしていないから」


 彼らは一応レーシィの言葉を信じるが、警戒はしておく。


 レーシィはさっきの話を続ける。


 「まあ、とにかく、昔の俺はやさぐれていたんだ。今考えると恐ろしいよ。でも、俺はある日森に来た人間の少女と出会って変わったんだ」


 「ある日、俺はいつものように光合成をしていたとき、森に人間の少女がやってきたんだ。俺はいつものように森の奥へと誘い込み、迷わせようと思った。そして、俺は少女に近づき、案内するように見せかけて、森の奥へ奥へと進ませた。だが、少女は俺を一切疑うことなく付いてきて、奥へと進んでも怖がりもしていなかったんだ。俺は不思議に思い、聞いてみた。



 “なぜ、怖がらない?”


 すると、その少女は俺の質問に答える。


 “私は口減らしのため、この森に捨てられたの。だから、怖くもないわ。むしろ、家族のために自分が去ることができて良かった”


 良く見ると、少女の腕は痩せ細っていた。

 俺は、この幼い少女がそんなことを思わせる世の中の残酷さを痛感した。同時に、この子は俺と同じ孤独なんだと共感してしまった。


 “そうか。じゃ、一人で寂しく死を待つんだな”


 俺はその少女をそこに置いていこうとする。

 だが、突然俺の去り際に、少女が話しかける。


 “あなたも独りなの?”


 俺は急にそんなことを言われ、驚いて、少女の方に振り向く。


 “……なんで。なんでそう思うんだ?”


 “だって、私が自分のことを話したとき、あなたは自分のことのように目に涙を浮かべ、悲しそうな、寂しそうな顔をしていたわ”


 俺は少女に背中を向け、腕で目をこする。


 “気のせいだろ。お前の寂しい感情を俺に照らし合わせるなよ”


 “それもそうね”


 少女はそれ以上追求せず、俺は一旦別の場所へと去っていった。


 俺はあの少女がどうなったか気になり、遠目で少女を木の間から覗き込む。

 少女の近くに小鳥が止まり、リスが寄り添っている。少女はそれを見て、にっこりと微笑んでいる。だが、顔が元の白さより余計に青白くなっている。


 だが、俺はその時は気にせず、元気そうだと勘違いして帰った。


 しかし、そのまた翌日に少女を見に行くと、少女は倒れていた。何も飲まず食わずだったんだ。そりゃ当然だ。


 俺は考えるより体が先に動き、少女にりんごやラズベリーなどの食べ物と川の水を探し、持ってきた。少女を起こし、口へ飲み物を流す。食べ物は食べる力が無いため、細かく砕き、口へ流した。


 そうして、しばらくすると、少女の顔に生気が戻る。


 なぜその少女を助けたのか分からない。気まぐれかもしれない。だが、俺は迷うより先に体が動いた。俺は、自分でも分からないその得体のしれない気持ちが気持ち悪くなり、すぐに少女の許を離れようとする。


 離れ際に、少女の口から言葉が零れる。


 “ありがとう。あなたはやっぱり優しいのね”


 俺は振り返ることなく、そのまま少女の許を離れる。今の情けない顔を見られたくなかった。


 俺はそれからというもの、少女の許を度々訪れた。最初は果物を近くに置き、遠目で見るだけだったが、徐々に近づき、しまいには少女と話までするようになった。


 俺にはもう少女との話が、日常に溶け込んでしまっていた。もうそのときには、人間を迷わせるということは頭になかった。


 俺は、昔は、ずっと一人で生きていたことが当たり前だったのだが、今では少女と一緒にいることが当たり前で、離れることなど考えられなくなっていた。少女も俺といるときは凄い楽しそうに話す。もしかしたら、お互いに孤独だったのを埋め合わせるように、一緒にいただけなのかもしれない。だが、それでも俺にとってはかけがえのないひと時だった。


 俺は少女と話しているとき、時折青い目から覗かせる、その瞳の光が俺を惹きつけた。まるで吸い込まれそうになる。そして、俺はそういう時、決まってそっぽを向いてしまう。


 今思うと、俺は少女に惹かれていたのかもしれない。


 俺は少女と話すことが楽しくなり、鼻歌を歌いながらいつも少女の許に向かうのだった。


 しかし、俺らレーシィと人間の過ぎる時間の長さは違う。俺の見た目が全く変わっていかないのに対し、少女はどんどん若い女性、大人の女性へと変わっていく。そして、次第に彼女の体が弱っていった。少女は、元々子どものころから栄養ある食事をしていなかったので、体が弱く、普通の人より若い年齢で病気になったんだ。


 俺には少女を治す力も無いし、伝手(つて)も無い。俺はただ少女が弱っているのを見ているしかなかった。


 そして、とうとう少女が息も絶え絶えになる。俺は少女を抱きかかえ、涙を流す。


 “君がいなくなったら、俺はどうすれば”


 そんな俺を見かねて、少女は手を俺の顔に寄せる。


 “泣かないで。あなたは優しいわ。あなたが優しくしていれば、その優しさに気づいた人がきっと友達になってくれるわよ”


 “俺は君以外の友達なんていらない。それに、俺は魔物だから友達なんてできないよ”


 俺は涙を流し、駄々をこねるようにそう言う。


 “ふふ。困った人ね。あなたは私を助けたわ。あなたは魔物じゃなくて人を助ける精霊よ。だから、他の人を助けて友達を作って、精霊さん”


 彼女はそう言い残し、目を閉じる。息もしなくなり、亡くなってしまったのだと俺は分かった。俺は彼女を埋葬して弔った。その瞬間、もっと目から涙が溢れた。


 俺は数日の間、涙に暮れる。俺は何もやる気が起きず、何もしない日々が続いた。悲しいことに、俺は何も食わずとも光合成で生きていける。俺も食べないといけない体で、少女と一緒に死ねたらよかったのにと何度も自分の体を呪った。


 だが、そんな時、森で迷っている人間に出会った。俺はもう無気力で、ストレス解消にその人間を迷わせようとすると、少女の言葉を思い出す。


 “あなたが優しくしていれば、その優しさに気づいた人がきっと友達になってくれる”


 俺はその言葉を思い出し、ふと我に返る。そして、慣れない笑顔で、その人間を森の出口へと案内した。



 こうして、俺は来る日も来る日も人間を導いた。そのうち、俺の中ではもう人間が恨みの対象でなくなっていることに気づいたんだ。だから、俺はアンジェル側に付かなかったんだ」


 レーシィが長く悲しい話を終える。


 グローたちはもうレーシィを疑うことなく、話にのめり込んでいた。そして、皆涙を流し、ただただ話に感動していた。


 レーシィはこの空気を読んで、無理に笑顔を作る。


 「ごめん、辛気臭い話だったね。もうこの話はやめにしよう」


 だが、グローたちはこの話を辛気臭くて重いだなんて思えなかった。


 「いや、そんなことないよ。あと、よければ俺らと友達になってくれないか」


 グローの提案にレーシィは照れくさそうにする。


 「無理しなくていいよ」


 だが、彼はそんなレーシィの止めも気にせず、再度申し込む。


 「いや、無理してないよ。俺らは今の話に感動したし、心の底から優しい君と友達になりたいと思ったんだ」


 「本当に?」


 彼らの提案が本当か嘘か確かめるように、レーシィは顔を覗くように見てくる。


 「ああ、本当だ」


 「ええ、私もあなたと友達になりたいわ」


 「俺も」


 彼らの顔が真剣なのを見て、レーシィは安心したような顔をする。


 「ありがとう」


 こうして、彼らは魔物の友達ができた。

 森の出口も見えてきて、外から光が零れ出ていた。

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