5章42話 緑の記憶
―今からおよそ10年前―
グローはいつものように、両親に農作業を手伝わされていた。早く終わらないかなと思いながら、黙々と作業を進める。今は春であるため、土を鍬で耕し、小麦の種を蒔いていた。この文章だけで見ると、簡単そうに見える作業は実際にやると、中々に大変だ。同じ作業を延々とする上に、腰などに負担がかかる。
彼は自分の持ち場の耕作地に種を蒔き終わると、
「はい!終わり!じゃ、遊びに行ってくる」
と両親に伝えながら、逃げるようにササッと耕作地を離れる。その場にいると、また仕事を増やされるため、素早く耕作地を離れる。
「あ、コラ!……」
彼は父親や母親の言葉に耳を傾けず、次第に両親の声が小さくなっていく。
そして、彼は草原の上を走り、友達の許へ向かう。友達は同じエールの村に住む奴らだ。彼はいつも皆が集まる場所に着くと、見慣れた数人のメンツがいた。
「おーい!皆ー!」
グローはその集団に手を振りながら、近づく。
「おー、グロー!お前も遊ぼうぜ!」
その集団もグローに手を振り返し、遊びに誘う。
彼もその輪に混ざり、一緒に遊ぶことにした。
「今日は何する?」
その輪の中にいた友達の一人が、皆にそう尋ねる。
「そうだなー。無難に、魔物ごっこかなー」
「あー、確かに、今日はすごい天気いいしね」
他の子もその提案に賛同する。
魔物ごっことは、一人が魔物役になって、他の人間役の人たちを追いかける遊びだ。魔物に捕まった者は、その場で死んで倒れたふりをしなければいけなく、最後まで生き残った者が勝ちというルールだ。
「じゃ、今日は、誰が魔物役やるか」
「この間、俺やったから、今日はお前やれよ」
ある一人がそう言い、もう一人の子を指さす。
「えー、俺かよ。まあ、でも、最近やってなかったし、いっか」
その子は渋々ながらも承諾し、魔物役に決まった。
そして、開始の合図がされると、魔物役の子は20秒ほどジッと待つ。その間、人間役の子は一斉に逃げていく。グローも同様に、魔物役の子から離れるように逃げていく。そして、走りながら、見つから無さそうな場所を探す。
すると、彼は向こうに草木が少ない砂地と一つの洞窟を見つける。いつもなら、そこまで遠くには行かないのだが、彼は見つかりたくないというほんの少しの出来心で、ちょっとだけ遠くに行ってしまう。そして、その砂地に入り、洞窟の中に隠れる。
―ここなら、見つからないだろう。
彼は見つからない自信から、クククと笑う。
だが、彼は知らなかったのだ。この洞窟は、ある奴らの根城にされていたことに。
彼はそんなことなど知らずに、呑気に洞窟の入り口付近で待っていると、後ろからヒタヒタと足音が徐々に近づいてくる。さすがの彼もその足音に気づき、後ろをバッと振り向くと、後ろには4体ぐらいの小型の緑色の生き物がいた。
彼はその生き物に気づき、
「ゴブリンだー!!」
と大声を上げながら、洞窟を慌てて出ていく。
だが、彼が洞窟を出ても、ゴブリンは彼を追いかけまわす。ケタケタと笑いながら、彼を追いかけていく。ゴブリンの手には短剣が握られ、当時幼い彼にとっては、十分殺されてもおかしくない状況だった。
彼は必死にゴブリンから逃げていくが、ずっと走っていると、さすがに体力に限界が来ていた。徐々に呼吸が荒くなり、走りも遅くなっていた。次第に、ゴブリンとの距離が近づいてきて、もう無理だと思った時、後ろからスパッと何かが斬れた音がした。
彼は後ろを振り返ると、馬に乗った父親が剣で1体のゴブリンを倒していた。他の数体のゴブリンは、味方の死体を見て、恐怖を感じ、一目散に逃げていく。
父親はそれを見て、安心したように、ホッと吐息をつく。そして、グローに近づき、
「馬鹿野郎!こんな遠くまで行くな!危ないだろう!」
とグローを叱る。だが、心配からの優しい怒りだ。
グローは怒られたからか、それとも安心からか、涙を流して泣いてしまう。
「ごめんなさい……」
その謝罪を聞き、父親は反省しただろうと思い、彼を抱き寄せ、馬に乗せる。
彼はまだ怖さから心臓がバクバクと鳴っており、父親にしがみつく。父親はそんな心中を察してか、彼の頭をポンポンと撫でる。
彼はこのとき、父親のカッコよさに初めて気づいた。そして、この時から、父親のように戦う戦士に憧れを抱いたのだった。
グローたちは馬を走らせ、砂地を出て、草原を走っていると、
「グロー、見てみろ」
と父親が砂地を指さしながら、グローにそう言う。
彼はその父親の指示通り、砂地を見ると、つむじ風が起きていた。つむじ風は砂ぼこりを巻き込みながら、渦を巻いている。
「危なかったな。早く離れて良かったな」
グローは、あそこから離れたことを心底安心した。
「今日は、妖精が飛んでいるのかもな」
父親はそう言い、つむじ風に向かって軽くお辞儀をする。
エールでは妖精が強く信じられており、つむじ風などを「妖精の飛行」と呼んでいる。妖精は必ずしもいいものだとは限らないようで、自然災害なども妖精が起こしていると信じられている。
グローはそこでハッと目を覚ました。目を覚ますと、先ほどと同じ光景で、マリアがラーヴァナに殺されそうだった。
彼は激痛の体を無理やり起こし、近くにあった石をラーヴァナに投げつける。すると、運よくラーヴァナの一つの頭に当たり、その頭の頬に痣ができる。
それにラーヴァナは反応し、
「痛ってえな……」
と言いながら、グローを睨みつける。そして、マリアの髪を手から手放すと、次の瞬間、グローの方にすごい勢いで向かってきた。
グローは臆さずに剣を構えると、脳裏にアトマン帝国の父親の言葉を思い出す。
「こうやって、体を斜めに傾け、剣先を下に向ける。そして、斬りかかるときに、後ろ足にかけていた重心を前足に傾け、体をねじり、下から上にかけて斜めに斬る。回転させるように斬るんだ」
「回転か……」
グローは回転させるということは頭では分かっているが、一連の動きをスムーズに動かすのは難しかった。
「そうだ。遠心力を使うんだ」
グローは遠心力という言葉が分からず、ポカンとした顔をする。その顔を見かねて、父親は遠心力の説明をする。
「遠心力とは円の外側へと引っ張られる力だ。例えば、剣を持ちながらその場でグルグルと回転してみろ。そして、そのまま剣を手放すと、剣は持っていた本人から遠くへと投げ出されてしまう。この回転している時に、外側へと働く力を遠心力という。これを使うと、より攻撃力が増すんだ」
「な、なるほど」
グローは父親の教えをもとに、何度も練習してきた。
だが、それでも、二年だけで完璧に習得できるわけなかった。一応それらしい動きは今までできたが、中々完璧にはできなかった。
だが、今、彼の二人の父親の思い出が一つに繋がる。
そして、彼は体を斜めに傾け、剣先を下に向け、ラーヴァナが間近に近づくまでジッと待つ。ラーヴァナが目前まで近づき、無数の剣が彼を取り囲もうとすると、次の瞬間、
「妖精の飛行」
と呟き、グローは足で地面を蹴り、つむじ風のようにすごい勢いと速さで回転し、ラーヴァナの一つの頭を刎ねた。ラーヴァナの攻撃よりもずっと速く。
その瞬間、
「あ…、あああああああああああああああああああああああああああ……」
とラーヴァナから悲痛な叫びが出る。体に傷を作るより、とても痛そうに叫ぶ。どっちかというと、物理的な痛みより、精神的な痛みから叫んでいるように見える。
対して、グローは体が傷だらけでも、しっかりと立ち上がり、以前に増して肝が据わっているようだった。
―俺は故郷を忘れようとしていた。だが、生き残りの俺さえも忘れてしまえば、もう本当の意味で消えてしまう。まだ、俺の中には幸せだった故郷が残っている。それを生かすのは俺自身だ。
この時には、もう彼の故郷の思い出は、一面の赤い記憶から、緑の穏やかな記憶に塗り替えられていた。




