5章41話 無限の牢獄
グローとマリアはすぐに立ち上がり、武器を構える。
ラーヴァナは、グローたちに隙を与えないように、剣での連続攻撃を止めない。強く重い攻撃だ。
ラーヴァナ自体は身長が高く、大柄なのにも関わらず、とても軽やかでしなやかに動いて攻撃してくる。グローたちがいざ攻撃をしようとしても、跳んだり、動くため、中々狙いが定めにくい。その上、複数の手で攻撃してくるため、彼らは向かってくる攻撃を盾で避けるのに必死で、ラーヴァナに攻撃ができない。
―だが、必ず隙ができるはずだ。そこまで持ちこたえよう。
彼らは必死に盾を剣が来る方向に向け、ラーヴァナの連続攻撃を受け止める。
そして、ラーヴァナはマリアの方にチラッと一瞬だけ目線を向ける。その隙に、グローはラーヴァナの背面に回るよう、急いで走って回る。
だが、ラーヴァナは彼の動きを見て、すぐさまこちらに後ろを向けないように回る。さらに、ラーヴァナは彼に向けて、横なぎの攻撃を仕掛けてくる。
彼は瞬時に、盾を横に向けて受け止める。まさに、少しの判断ミスが命取りだった。
だが、そのラーヴァナの攻撃が、逆に彼にとって好機でもあった。
そのラーヴァナの剣先が横になっている剣の表面を、彼は蹴って跳ぶ。そして、背が高いラーヴァナの頭まで跳び、彼はラーヴァナの頭に斬りかかる。しかし、ラーヴァナには複数の手があるため、他の手で攻撃を阻害される。彼は攻撃が入らなかったことに、舌打ちをしてしまう。
だが、マリアやヴォルティモも、彼に続くように攻撃をする。
ヴォルティモはラーヴァナの攻撃を避けて、錫杖でラーヴァナの体を突く。だが、それもラーヴァナの剣によって受け止められる。
マリアは、ラーヴァナの後ろ側に回り、槍で背中を突きさす。マリアの攻撃が背中に入り、背中から血が流れる。
ラーヴァナはすぐに背中の痛みに気づき、頭を後ろに振り向き、マリアの方に剣を上から振り下ろす。マリアはその攻撃を、盾を上にして受け止める。何回かラーヴァナの攻撃を受けているうちに、攻撃の動きが見えてきた。
だが、そう思うのも束の間、ヴォルティモに向かって細長い剣が襲いかかる。
ヴォルティモも盾で受けようとすると、その細長い剣が鞭のようにしなり、軌道が曲がる。その曲がった剣がヴォルティモの脇腹に当たる。威力はそこまで強いわけではないが、ヴォルティモは切り傷を負ってしまった。その勢いのまま、ラーヴァナはヴォルティモに向かって曲がる剣を振り回し、何度も何度も当ててくる。
ヴォルティモは必死に盾で受け止めていくが、やはり軌道が曲がるため、小さな傷が積み重なる。
だが、ラーヴァナの敵はヴォルティモだけでない。グローとマリアもいる。彼らは違う方向からラーヴァナに攻撃を加えようとし、ラーヴァナはマリアの方を受け止めるが、グローの攻撃をもろに受ける。
彼は剣をラーヴァナの脹脛の裏側に突き刺す。ラーヴァナは足にダメージを負い、足への力が弱くなっていく。
いくら大柄で多手といえど、一人で三人を相手するには体が持たないようだ。さすがに後ろや側面は見れないだろう。徐々に、彼らは各々の武器でラーヴァナの体に傷を作っていく。
そして、ラーヴァナは体が傷だらけになっていき、持っている剣も刃こぼれを起こしかけている。
そこに追い打ちをかけるように、グローは後ろから攻撃を仕掛けると、ラーヴァナは咄嗟の攻撃に錆びた剣で受け止める。だが、剣は錆びてボロボロだったので、折れてしまった。すると、ラーヴァナは急に大声を出す。
「あ…あ、あ、ああああああああああああああああああああああああああ!!」
ラーヴァナは折れた錆びた剣を大事そうに抱える。大粒の涙をボロボロと流し、まるで頭がおかしくなったように、頭を抱えて叫びだす。冷や汗をすごく掻き、過呼吸を起こす。目は焦点が合わず、目が泳いでいる。
「そんな、僕のせいじゃない。僕のせいじゃない。僕のせいじゃない。僕のせいじゃない。シッダース君、ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」
今誰も彼を責めていないのに、懺悔するように、そして後悔するように、ぶつぶつと呟いている。
すると、ラーヴァナの首や肩から黒い靄が出てくる。その黒い靄は次第に、腕や頭の形に纏まっていく。その塊が段々色づいていき、普通の頭や腕になっていく。
ラーヴァナの首から新たに9個の頭が生えている。肩から12本の腕が生えている。新たに生えてきた頭は全部白目を剥いており、まるで死人のような目だ。ラーヴァナの体から生えているが、頭は全部違う顔をしている。その中には「ごめんなさい」と何度も繰り返し呟く頭もあれば、「許さない」と何度も呟く頭もある。
まるで怨念や憤怒、懺悔、憂愁などの負の感情を、一身に背負っている感じだった。
本体以外の頭もとても苦しそうにしている。頭はそれぞれ違う顔をしているため、ラーヴァナとはまるで違う人のようだが、ラーヴァナの気持ちと同期している。どちらかというと、別人というより別人格のように思える。
「業」
ラーヴァナはそう呟くと、本体の俯いていた頭が起き上がり、こちらを鋭い目で睨んでくる。まるで鬼のような形相だ。先ほどの傷から出た血が、まるでタトゥーのように見え、それが余計にグローたちに恐ろしさを感じさせる。
ラーヴァナはヴォルティモに向かって走り、地面を蹴って跳び、上から剣を振り下ろす。ヴォルティモは盾を上に構え、攻撃を受け止める。だが、守られていない横からも、ラーヴァナのチャンドラハースでの攻撃が飛んでくる。
彼は咄嗟に錫杖を構えて守ろうとするが、いきなりだったため、受け身を取れておらず、吹っ飛ばされてしまう。打ち所が悪かったのか、彼は左腕を押さえている。骨折したようだった。
「ヴォルティモ!無事か!」
グローはヴォルティモに安否を尋ねる。
だが、ヴォルティモは、
「大丈夫だ!俺のことを気にするな!」
と心配をかけないように、すぐに返事をする。そして、彼は自身に法術をかけて、傷を癒していた。
グローはヴォルティモの言う通り、ラーヴァナに目を向ける。
どうやら、本当の戦いはこれからのようだった。
ラーヴァナはマリアの方に走っていき、攻撃を仕掛ける。
グローはその隙に後ろから剣で攻撃するが、受け止められる。本体の頭は後ろを向いていないにも関わらず。どうやら、先ほどと違って、頭が増えたことで視野が広くなったようだ。
ラーヴァナは後ろでグローの剣を受け止めつつ、マリアに見たことない技を繰り出してきた。
「無限の牢獄」
ラーヴァナはそう呟くと、手に持っている複数の剣で同時に斬りかかる。まるで牢獄のように逃げ場がない。
マリアは必死に盾で受け、攻撃の範囲を縮めるように身を屈めるが、全部受けきれないため、傷を負ってしまう。チャンドラハースでの攻撃も来て、スパッと斬れてしまう。全身から少しずつ血が流れていく。
ラーヴァナは、その攻撃を何度も何度も繰り返していく。剣さばきが速すぎて、剣の残像がまるで無数の剣のように見える。
マリアはかなりのダメージを負い、体がふらつき始める。
すると、最後の止めかのように、ラーヴァナは彼女に思いっきり横なぎの攻撃を繰り出す。
彼女は僅かに残った力を振り絞り、盾を横に向けるが、弱っている彼女は簡単に吹っ飛ばされてしまった。
「マリアー!!」
グローはそう大声を上げて心配するが、彼にはそんな余裕は無かった。
ラーヴァナはすぐに体をグローに向け、同じように、
「無限の牢獄」
と呟いて、攻撃してきた。
彼もその無数の剣に為すすべなくやられてしまう。彼はまるでデジャブかのように、マリアと同じく、何度も攻撃をくらい、最後は吹っ飛ばされてしまう。
だが、ラーヴァナはグローに止めを刺さず、マリアの方に向かう。きっと、ピー・ラン・グルオンの恨みや神聖エストライヒ帝国の生き残りという危険因子で、先に排除しようと思っているのだろう。
ラーヴァナはマリアに近づくと、彼女の髪を引っ張り、無理やり上体を起こさせる。そして、別の手に持っている剣を、マリアの首に近づける。マリアはラーヴァナに殺される目前だった。
グローは体が痛く、そして重いせいで、中々起き上がれなかった。ヴォルティモもグローと同じ状況で、今法術で治癒しているが、中々起き上がれなかった。
―俺はまた仲間を失ってしまうのか…。俺が弱いばっかりに…。
グローは自分の不甲斐なさを呪う。そして、徐々に視界がぐらつく。視界が段々と暗くなると、走馬灯のように、今までの記憶がグルグルと蘇る。
彼は故郷の記憶を思い出す。だが、いつもと違う故郷の記憶だった。
彼はあの奴隷狩り以降、故郷が壊される時の記憶は、何度も夢に出てくるくせに、それ以前の故郷の記憶は思い出せない。彼は生きた故郷の記憶に封をしたのだろう。思い出して、故郷への哀愁で乱されないように。ならば、死んだ故郷だけを覚えていることで、元々こういうものだったのだと自分を納得させるために。
だが、今回思い出したのは、その生きた故郷の記憶だった。




