5章35話 闘い
グローが敵に剣を突き刺すと、相手は目と口を大きく開け、痛みに悶える。さらに、相手は吐血し、刺した箇所から血がドクドクと流れ出る。
最初こそ、相手は痛みに悶えていたが、次第に力が弱くなっていき、顔色も青白くなっていく。手がダランと崩れ、相手の目から光が消えていく。とうとう息絶えてしまったようだ。
グローは、相手の顔をとてもじゃないけど見られなかった。彼の心が耐えられそうになくなってしまうからだ。だが、それ関係無しでも、彼は罪悪感に潰されそうになる。
―胸が痛く、ひどく苦しい。
彼は胸を手で押さえ、落ち着かせようとするが、心臓は彼の思いに反するかのように、どんどん鼓動が早くなる。彼は呼吸が荒く乱れ、過呼吸も起こす。苦しさのあまり視界が段々暗くなっていくが、その瞼の裏にふとユミトの姿が現れる。
―そういえば、ユミトも俺がアンジェル帝国を離れる直前の時に、体を張って複数の兵士と戦ってくれたっけ。ユミトも別に職業は兵士じゃなくて、商人だったので、あまり人を殺すのには慣れていなかっただろう。なのに、なぜあそこまで迷いなく殺すことができたのだろうか。
彼はそのことについて考えていると、ユミトの後ろにいたグロー自身の姿を思い出す。
―もしかして、ユミトは俺を想って、兵士と戦ったのかもしれない。
すると、彼はヴォルティモやマリアの姿も思い出す。
―俺も二人が死ぬのを見過ごすことはできない。もし二人に危機が迫ろうものなら、俺は二人を危険に晒す敵を躊躇なく殺すだろう。
そう思うと、彼の中に一つの決意と納得解が浮かび上がる。彼は、自分自身のために戦うのでは、罪悪感に潰されてしまう。だが、大切な仲間のために、彼は戦わなければならない。
―俺はあいつらのためなら、戦える。立ち上がれる。
彼は心の中で、そう決意すると、呼吸や胸の苦しみが落ち着いてきた。
―俺は「闘い」に勝ち、この「戦い」にも勝つ。
彼はそう決意し、剣を改めて手に持ち、他の騎兵の相手をしている味方の手助けをしようと向かう。
先ほどの死体から離れるときに、彼はごめんと心の中で謝る。今はさすがに埋葬できる状況ではないので、彼はこの戦いに勝てば埋葬するつもりだ。彼はその心の中での謝罪をすると、彼の罪悪感をより軽くした。ヴォルティモから教わって、最初は形だけでしかなかった弔いが、今彼の苦しみを和らげたのだった。
グローは引き続き作戦通りに、相手の騎兵部隊の戦力を分散させようとする。他の兵士たちも必死に騎兵相手に戦っている。
彼は他の人を手助けしようと、ヴォルティモの方を見ると、ヴォルティモは盾と錫杖を用いて、上手く敵を倒していた。しかし、マリアの方を見ると、少し手こずっているので、彼はマリアの方を手伝うことにした。
マリアと対戦している兵士がマリアに槍を突き立てると、槍の攻撃が早かったため、マリアは受け流せず、ただ盾をぶつけるのに必死だ。
グローはその隙に、騎兵の側面に回り、軽く跳んで馬の上の兵士に剣で斬りかかる。騎兵は盾でグローの攻撃を受け止めるが、咄嗟の攻撃に体勢を崩す。そこにマリアが槍で兵士を突き刺す。兵士はそのまま崩れ落ち、息絶える。
馬の上はがら空きになり、マリアは素早く馬に乗る。馬は最初嫌がるが、マリアが鐙に足を乗せ、手綱を引っ張ると、馬は次第に従順になる。
「乗馬の経験があるのか」
グローの問いにマリアは頷く。
「ええ。まあ、これでも一応皇女だからね。私はこのまま騎兵として戦うわ。グローは歩兵の手助けをして持ちこたえて」
マリアは騎兵と戦っている味方の歩兵を指さして、グローにそう命令する。
「わかった」
彼はマリアの命令に応え、味方の歩兵の手助けに行く。
彼は味方の歩兵の許に近づき、騎兵の相手をする。偶々最初の相手した騎兵が、実践経験が薄かったのか、彼には他の騎兵が強く思える。確かに、思い返すと、最初の騎兵は若い男性だった。
彼は騎兵の槍を盾で相手するのに精一杯で、中々攻撃ができない。その上、徐々に彼らのとこにファルーシア騎兵がどんどん寄ってくる。
作戦のかいもあって、海岸に近いファルーシア騎兵は、アシーナ騎兵とグローたち増援部隊に分散されていった。だが、海岸側のファルーシア騎兵が徐々に押し寄せられているのを見て、奥側のファルーシア騎兵が支援しに来た。
もし、これ以上騎兵が増えて、2人以上を一度に相手しなければならなくなったら、さすがに彼らは詰みだった。
だが、彼らはしばらく戦っていると、徐々に日が沈んでいく。夕暮れ時になると、お互いの陣営から拠点に戻るよう命令される。その命令に従って、それぞれの兵士は自分たちの陣地に戻っていく。
―とりあえずは、助かったな……。
グローはひとまずは安心し、彼らも野営地に戻った。野営地に戻ると、とりあえず状況を確認する。
アシーナ帝国では、援軍1万5千人が来たが、死者が8千人ほど出たため、現在の合計兵数が6万6千人となっている。対して、あちらの飛び地の連合軍は、死者数が6千5百人ぐらいだった。なので、あちらの合計兵数が7万1千5百人のはずだ。兵数としては全然差がある。これを埋めるには、戦略が必要だった。彼らは夜遅くまで戦略を立ててから眠りについた。
グローは目が覚めると、エールの草原で横になっていた。日向はポカポカと温かく、ちょうどいいぐらいの涼しい風が彼の頬を撫でる。その心地よい空気でまた眠くなり、ウトウトとしてしまう。
だが、そこに、
「おーい、グロー、こっち手伝ってくれー」
と父親の声が耳に入る。
手伝いが面倒くさいグローは、聞こえなかったふりをして、再び瞼を閉じる。
数分くらい彼の父親の
「手伝ってくれ」
という声が何回か聞こえるが、次第に父親の声がピタリと止まり、異様に辺りが静かになる。その不気味な静けさに、彼は瞼を開け、辺りを見渡す。
すると、一面緑で覆われていた草原が、炎で燃えて、一面真っ赤になっている。
グローは突然の景色の変わりように、狼狽えてしまう。
「なんだこれ……」
グローは自分に火が移らないように、燃えていない箇所に走って向かう。だが、走っている途中で、後ろから足首を何かに掴まれてしまう。彼は下を向くと、手の形をした黒い灰が彼の足首を掴んでいる。彼はその不気味な灰を振りほどこうと、足をブンブンと振るが、手の形をした灰は離れず、まとわりついている。
次第に、その「手」に周りから黒い灰が集まり、手だけでなく、体や頭など人の形になっていく。その姿は、今回グローが殺したファルーシア人兵士だった。さらに、一人、また一人と黒い灰で形成された人間がグローにまとわりつく。
「なんで殺したんだ」
「この人殺し」
「俺の家族が飢えて死ねば、お前のせいだ」
それらは彼にしがみつきながら、その嘆きや怒りの言葉をぶつける。
「俺のせいじゃない。俺のせいじゃない。俺のせいじゃない。……」
グローは耳を塞ぎ、自分自身の言葉で掻き消すように、そう何度もブツブツと呟いた。それは多分、数十分ぐらい続いただろう。だが、彼にとってはとても長く、まるで永遠のように感じた。
だが、数十分後くらい経ったころに、
「……。……ロー」
とどこからか聞こえてきた。彼は、その声の主はどこかと辺りを見回す。すると、聞こえてくる声が徐々に大きく、はっきりと彼に響いていく。
「グロー。グロー!」
その声で、彼はハッと目が覚める。目が覚めると、目の前にはヴォルティモやマリアが心配そうな顔で彼を見ている。彼は周りを見渡すと、そこはエールではなく、アシーナ帝国側の野営地にいた。彼は、現実に戻ってこれたのだと、ホッと胸を撫でおろす。
「大丈夫か?すごいうなされていたぞ」
ヴォルティモが心配そうに聞いてきた。
グローは心配をかけないように、笑顔を作り、
「あ、ああ、ちょっと悪夢を見ていた。大丈夫」
と返事をする。
だが、マリアが、
「本当に?」
と、グローが無理しているのではないかと疑う。
「ああ、大丈夫、大丈夫」
グローは再度笑って、返事をする。
「そう、なら、いいけど」
マリアはそう言い、ヴォルティモとマリアは再び自分の寝床で二度寝をする。
空はまだ暗く、寝る時間はまだあった。だが、グローはさっきの悪夢のせいで、寝るのが怖くなり、夜が明けるまでジッと待っているのだった。




