5章34話 覚悟
船の上で3日が経ち、もう少しで迎える戦いに向けて、皆で円を囲うように座りながら、作戦を考える。彼らは、とりあえず地形や戦況などを確認する。
今の戦いの最前線は、アシーナ帝国のかなり東寄りのハドリアノープルの街より前にある平原らしい。このかなり東寄りの辺りまで前線が来ているということは、かなりアシーナ帝国が追い込まれているということだ。さらにアラッバス朝が東から攻めてきているため、余計に危機が迫っているらしい。
彼らは、船で出る前にアシーナで貰った地図を手に取り、飛び地との戦いの最前線のハドリアノープルとその前の平原周辺の地形を確認する。ハドリアノープルはアイガイ内海に近い街で、山なりな地形が少なく、平坦な地形が多い。川も近く二は無い。つまり、騎兵が活躍する地形だ。
そして、最悪なことに飛び地軍は、数は少ないが優秀な騎兵が多い。ファルーシア人は騎馬戦が得意だからだ。つまり、このファルーシア人騎兵部隊の機動力を奪えば、なんとか勝ち越せるということなのだろう。
彼らは到着直前まで、地図を見て、作戦を練った。
そして、出立してから5日後の午前中に、ハドリアノープルの前の平原が見えてきた。
グローは手を額にかざし、太陽の光を遮る。そして、目を細め、遠くの戦況を船から観察する。
戦況を観察していると、海岸線を横に左右の陣に騎兵を、真ん中に歩兵を置き、お互いにぶつけ合わせているようだ。海岸に近い方の騎兵部隊の兵数を少なく配置して、奥の騎兵部隊を多く配置している。つまり、この海岸に遠い騎兵戦で相手を押しのけ、真ん中の歩兵部隊を攻撃するように仕掛けている。
ただ、飛び地の方は、左右の陣にファルーシア人騎兵が配置されているため、アシーナ帝国軍をじわじわと追い詰めている。
彼は観察していて、他にも気づいたことがあった。飛び地の軍は、四角い綺麗な模様の端にフリンジが付いており、絨毯のような国旗を掲げている。
だが、その後ろに、また別の国旗を掲げている軍隊がいる。後ろの国旗は、赤の下地に、ルークス教の象徴の「光」を意味している縦横斜めに黄色の直線が引かれている。さらに、その中央に白い天使の羽が描かれている。これはアンジェル帝国の国旗だ。
さらにその横には、他の国旗を掲げている軍隊がいる。その三つ目の国旗には、白の下地に、ルークス教の「光」を表す黄色の十字の直線と強さの象徴の黒い鷲が描かれている。これはポルッツェン騎士団領の国旗だ。
これらの国旗があるということは、つまりアンジェル帝国とその中のポルッツェン騎士団領と飛び地の連合軍ということだ。
―おいおい、そんなの聞いてねえよ。飛び地だけじゃなく、アンジェル帝国とポルッツェン騎士団領の軍までいるなんて。あの皇帝、知っていてわざと教えなかったな。俺らがもしこのことを知ったら、協力をしないと思って。
グローは口にこそ出さないが、不満が心の中から溢れてくる。
あの皇帝は思っていたより強かのようだ。さらに、あの飛び地の真ん中の歩兵部隊には多分獣人らしき人たちもいる。
マリアも彼と同じことを思っているようで、眉間に皺を寄せ、こめかみに血管を浮かせて怒りを表している。だが、今はそんな怒り散らす状況ではないことも理解しているので、冷静に戦況を見ている。
飛び地の軍にアンジェルなどの連合軍がいるため、兵数にもまあまあ差がある。兵士曰く、飛び地の軍2万を含めて連合軍が7万8千人ぐらいだ。対して、アシーナ帝国軍は東の本国のアラッバス朝にも兵力を割かれ、5万9千人ぐらいだ。とりあえず、絶望的な戦力差であることは明らかだろう。
ただ、飛び地の軍が、かなり他国の軍に頼りすぎているという奇妙な点を残して。
段々彼らの乗っている船が、平原が近づいてくと、海岸沿いに飛び地軍の弓兵部隊が待ち構えている。そして、持っている弓の弦を引くと同時に、マリアや司令官が身を屈めて盾を上に被せ、守るように命令する。そして、あちらの弓兵は、引いていた弦を離し、斜め上に向かって矢を放つ。矢は放物線を描くように、こちらに向かってくる。まるで矢の雨のようだ。
グローたちはある程度盾で矢を防ぐことができたが、数人は矢に撃たれてしまった。
だが、そんな状況でも、相手は当然待ってくれない。相手の弓兵はまた第二弾の矢を放ってくる。このままではジリ貧だった。
そこで、こちらのアシーナ帝国軍の弓兵も弓矢を構え、矢を放つ。あちらは油断していたのか、数人程度矢に撃たれていた。このやり取りを少し繰り返し、船が陸地に辿り着くと、一気にアシーナ兵士は突撃する。剣や槍などを構え、弓兵を斬りつける。
グローとマリアとヴォルティモは、とりあえず現状を把握し、どれだけ作戦に近づけるように戦局を持っていくか考えて動いた。
マリアや司令官は、海岸に近い側の騎兵部隊に攻撃を仕掛けることを命令する。これは突破口でありながら、かなり危険な作戦だ。船で来たため、騎兵がこの中にはいない。正直歩兵のみの少人数の部隊で騎兵部隊に挑むのは、中々自殺行為だった。だが、彼らの役目はこの海岸に近い相手の騎兵部隊の力を分散させることだった。
彼らは相手の海岸近くの騎兵部隊に突撃する。相手の騎兵部隊は少しだけ分散し、こちらに馬を走らせて向かってきた。
―さあ、ここからが本番だ。
グローは覚悟を決め、剣を握りしめる。
<陣形図>
グローたち含めた1万5千人の兵士が、飛び地軍の海岸線沿いの騎兵部隊に立ち向かっていく。
一方の飛び地軍は、味方の弓兵がやられていく様子を見て、ファルーシア騎兵がこちらに走って向かってくる。
それを見て、アシーナ軍の中の指揮官が、手を挙げて合図をする。その合図に従って、投げ槍を持った兵と弓兵が横長に整列する。そして、ファルーシア騎兵に向かって、槍や矢を放つ。
こちらに向かっていた前線のファルーシア騎兵は、上から降ってくる矢や槍に次々と刺されていく。騎兵が乗っていた馬もヒヒーンと悲鳴を上げて、崩れ落ちていく。
だが、これだけでは、まだ安心できない。前線にいたファルーシア騎兵の多くは殺されたが、後ろにいたファルーシア騎兵はこちらに着実に近づいている。
アシーナ兵は、迫りくるファルーシア騎兵に備えて、槍と盾を構え直す。そして、槍の刃先を前に向け、横長に整列し、徐々に前進する。こうなれば、機動力に優れたファルーシア騎兵も正面からは突っ込めないだろう。
戦において、兵の相性を考えることは基礎中の基礎だ。弓兵には盾兵が有効で、盾兵には騎兵が有効で、騎兵には槍兵が有効だ。つまり、彼らは、最初の弓兵には盾でやり過ごし、その後の騎兵には槍で対応したというわけだ。
だが、槍歩兵には弱点がある。
分散した中にいたファルーシア騎兵の司令官らしき人が、手を右にブンブン振り回している。その合図を見て、ファルーシア騎兵は迂回して、アシーナ槍歩兵の側面や背面に回り込もうとする。
槍歩兵は正面には強いが、側面や背面には弱く、機動力にも欠ける。
その隙をついて、ファルーシア騎兵は、アシーナ槍歩兵を側面から攻撃していこうとしている。
だが、アシーナ兵もそのままやられるわけではない。マリアが丸みを帯びた陣形を作るように、整列している両端の兵士に後ろへ後退し、向きを変えるように命令する。その命令に従い、兵士は丸みを帯びた陣形へと整列していく。
だが、ファルーシア騎兵は馬の使いが上手いからか、とても移動スピードが速く、アシーナ兵が整列しきる前に、回り込んできた。そして、ファルーシア騎兵は、右端の槍歩兵に攻撃を仕掛けていく。
徐々に右端からアシーナ兵の隊列が崩れ始めていく。だが、右の最前線にいる槍歩兵は必死に食い止めようと、槍で騎兵や馬を突いて抵抗している。アシーナ兵は、右に集中してきたファルーシア騎兵を向かい討つよう、右に急いで密集していく。そこにグローやヴォルティモも混ざって、密集していく。
右の前線で、アシーナ槍歩兵とファルーシア騎兵がお互いに戦っていく。グローも、向かってきた騎兵に立ち向かう。相手の兵士は槍を持っているため、ちょうど練習の成果を発揮できる機会だった。
相手の騎兵は槍をこちらに向けてくる。
グローはそれを盾で受け流すように、横にスライドさせる。そして、相手の攻撃を完全に後ろに流したことで、相手は前のめりになる。ここまでは練習と同じだった。ただ、今回は歩兵同士と違って、相手が騎兵なので、相手の肩などにぶつけることができない。
なので、グローはその隙に剣で馬に突き刺す。馬は痛みに耐えきれず、前足を高く上げる。そして、乗っていた騎兵が落馬し、背中から地面に強打する。馬はその場に血を流して倒れ、兵士も横に倒れている。その隙に、グローは、倒れている兵士に止めを刺そうと剣先を向ける。
「صبر کن」
相手の兵士は手のひらを彼に向け、涙を目に浮かべ、攻撃しないでと言わんばかりに必死に何かを叫んでいる。
その光景を見ていると、グローの中で罪悪感が湧き始める。
―本当にこの人を殺していいのだろうか。今までの魔物と違って、彼らは意思や感情があり、故郷には家族もいるかもしれない。俺はこの人を殺したら戻れなくなるのではないか。
そんな感情が、彼の周りをぐるぐると駆け回る。自分が殺さなければ、自分が殺されてしまう。だが、それと同時に、人を殺したくないという気持ちが、彼を邪魔する。そのまるで天使と悪魔の囁きのような二つの気持ちが、拮抗し合い、彼を葛藤させる。
彼は殺すのを躊躇ってしまい、剣を握る手が震え、剣を振り下ろせない。
彼が殺すのに躊躇いを見せていると、その隙を見てか、倒れている兵士は手早く腰の短剣を抜き、彼を突き刺そうとしてくる。
彼は咄嗟の攻撃に驚き、持っていた剣で相手の剣を受け止め、その勢いで防衛本能的に相手の胸に剣を突き刺してしまった。




