5章33話 生きて帰る
ユスティニアヌス陛下は、部下の兵士にグローたちを訓練場に連れていくよう命令する。彼らは兵士に案内され、訓練場へと訪れる。そこでは、若い兵士が槍や剣、盾などを手に取り、訓練している。やはり熟練の兵士は今戦争に駆り出されているため、若い兵士が多い。皆戦争に備え、必死に汗水垂らして、訓練している。彼らもその輪の中に入り、盾の訓練及び各々の武器の訓練をすることにした。
彼らは兵士から、アシーナ帝国産の盾を持たされ、盾術を教えてもらう。
そもそもアシーナ帝国は盾術が得意で、その盾術と籠城と法術を用いて、持久戦に持ち込む傾向がある。アシーナ帝国はその3つの技術で相手の体力と戦意を削ぐという。なので、持久戦においてアシーナ帝国の右に出るものはいないという。
グローたち3人はその中の盾術を、叩き込まれていた。もうかれこれ数時間は経っていた。
グローが疲れから、少しだけボーっとしていると、
「おい!聞いているか!」
と怒鳴られる。
彼はその声にビクッと驚いて飛び上がり、
「はい!」
と高い声を上げる。
―やばい。いつもみたいにボーっとしていた。彼は、必死に盾術を教えてくれている兵士の指導に耳を傾ける。
「ほら、もっと脇を締めないと、相手の攻撃が当たってしまうぞ」
兵士は彼の腕を叩き、脇を締めるように指導する。
グローは、教わった指導を繰り返し脳内で反復練習する。そして、相手がいる想定でシミュレーションをする。
相手がもし槍を突き刺して来たら、それを真正面から受け止めると衝撃をもろに受けてしまう。そうすると、体勢も崩れ、次の攻撃を仕掛けるのが遅くなる。だから、そこは真正面から受け止めるより、横に流す。槍の動きを目で追い、槍の攻撃を受け流すように、徐々に向きを傾け、後ろに流す。
すると、相手の槍の力の方向が自分から外れる。相手は前のめりになり、体勢が崩れる。その隙に盾を相手の肩などに体当たりでぶつける。相手はダメージを負う上に、隙もできているため、その隙に攻撃を全力で叩き込む。今回は槍だが、剣も同様に受け流す。
この一連の流れが、盾術の技術だ。前に見た盗賊の受け身と似ている部分がある。グローは初めて盾術を学んだが、少しだけ習得が早かった。さらに、弓矢の場合は真正面から受ける方がいいと兵士はいう。
マリアとヴォルティモは最初こそ苦戦していたが、段々慣れてきて、一応形としては習得できるようになった。そして、彼らは教わった盾術を踏まえ、実践練習をする。
グローは兵士と間合いを取り、睨み合いながら対峙する。そして、相手の兵士が練習用の槍を突き刺してきたのを見て、グローは持っている盾を受け流すように、横向きにスライドする。そして、槍の力が後ろに流れて、相手の体勢が崩れたところに、肩に盾をぶつける。すると、相手に隙ができ、そこに剣を振り、寸止めで止める。ほとんど完璧にできたところで、彼はより高度な実戦演習をしていった。
彼らは、そんな実戦演習を繰り返すと、夜が更けていく。
彼らは、今日泊めてくれる宿舎に行き、そこで食事をした。皇帝の客人として扱われることになったため、食事も少し豪華だった。チーズの乗ったサラダや牛肉のレモンソース掛け、ムサカ(ナスのグラタン)などが食卓に載せられた。
グローはその豪勢な食事を見て、
「……まるで最後の晩餐だな」
とボソッと冗談を言うと、マリアはブッと吹き出してしまう。
「大丈夫ですか!?マリア姫?」
と使用人が体を震わせながら、そう尋ねてくる。多分、自分たちが何か失態を犯したのかと怯えているのだろう。
「い、いえ、何でもございませんわ」
マリアは口をナプキンで吹き、使用人にニコリと笑顔を向ける。だが、にこやかな表情とは裏腹に、テーブルの下では、グローの足を踏みつけている。今度は痛さからグローが吹き出しそうだった。
その後は、彼らは黙々と食事を平らげ、あとは訓練の疲れから泥のように眠った。
そんな訓練を数日繰り返すと、とうとう出陣の日を迎える。
ユスティニアヌス陛下は、
「マリア姫よ。御武運をお祈りしております」
と彼らの出立を見届ける。いや、厳密に言うと、彼女かもしれない。
彼らは、若い兵士数百人とともに船数隻に乗って戦地に向かう。ここからだと、戦地まで4日から5日で着くという。
グローは船に乗っている間、戦況を兵士に聞いてみた。
「今、戦況の方はどんな感じなんですか」
その彼の質問に対し、兵士は渋い顔をする。
「いやぁ、ちょっと厳しいっちゃ厳しいかな。報告によれば、飛び地の方はどんどんアシーナの地を征服していって、ミレトス、サロニカ、セルディカの街を着々と支配しているようだ。飛び地は北や東へと押し進め、アシーナ帝国がどんどん圧迫されている」
「そうなんですね……。そこまで飛び地軍は強いのですか」
「うん、まあね……。ただ、不思議ではあるんだ。どこにそんな兵力があったのかと」
「確かに」
それは未だに誰一人として分からない謎だった。もし、仮に誰もが想定しえなかった嬉しいことを奇跡というならば、この絶望する場合は何というのだろうか。
彼らはこの見えない絶望に、体が震えて仕方なかった。戦地に向かう兵士の顔は、皆どんよりとした表情をしている。何も喋らず、ただただ戦地にたどり着くのを待っているだけだった。
そんな暗い雰囲気に、マリアが一石を投じる。
「皆、帰ってしたいことはある?」
その彼女の唐突な言葉に、答える気力が無く、無視する者もいた。だが、ある若い男性の一人だけが、その問いかけに応える。
「俺は…、憧れの女の子に告白したい。何も伝えないまま死にたくない」
その男性の想いに便乗するかのように、一人、また一人と意気込みを話す人が増えていった。
「僕は、旅商人をやってみたい」
「俺は酒を浴びるほど飲みたい」
「もし、生きて帰れたら、高い娼婦を抱きてえわ」
そんな欲望混じりのことも出てきて、それが皆を笑顔に変える。
「違えねぇ」
数人がその欲望に同意し、ワハハと皆で笑い合う。
その和やかな雰囲気に変わったところで、マリアはさらに士気を高めるような言葉をかける。
「皆、それぞれの思いがあるでしょ。別に戦うからといって、死ぬわけではない。目の前の飛び地軍という敵を倒し、必ず帰りましょう。その時は、自分の好きなまま過ごしなさい」
その彼女の言葉を聞いてから、兵士たちの目がキリッとした良い目をするようになった。まるで、生気を取り戻したようだ。
一人の男性が、
「こんなところで死んでたまるかー!!」
と咆哮を上げる。その咆哮に同調し、皆大声を上げる。
マリアの言葉だけで、まるで違う船に乗っているかのように錯覚する。
その明るい雰囲気は一日経っても途絶えず、ずっとずっと続いた。




