5章32話 大きな一歩
グローたちが乗っている船が、アシーナの港へ着くと、避難民は我先にと船から降り立ち始める。彼らも続いて、港に降り立つ。風が吹いていたため、3日でアシーナに着いた。タイミングが良かったのだろう。
グローは港から、海を少し眺める。
このアシーナ帝国は内海をぐるっと囲っている。そして、その下方の半島にこの首都のアシーナ都市が存在する。このアシーナ都市は、この内海を用いた海運業で栄えた都市だ。そして、そんなアシーナ都市を中心としてできた国がアシーナ帝国だ。
だが、そんなアシーナ帝国も危機を迎えている。そんな状況を海が泣いているかのように、波が段々ザーッと音を立てて、荒れていく。
彼らは、港のすぐ手前に城壁に囲まれたアシーナの街が見える。
グローとヴォルティモはアシーナの街に入る前に、その街を囲う城壁に圧倒される。梯子を使っても尚人類が到達できないような壁がそびえ立っている。城壁は三重になっており、街の手前になればなるほど壁が高くなっていく。さらに、これでもかと言わんばかりに、一番外側の城壁の前に外堀が掘られている。外堀が掘られていないのは入り口の門だけだ。このアシーナの城郭都市は、難攻不落と言えるだろう。
しかし、グローはふと疑問に思ったことを聞いてみる。
「でも、こんなに高いと耐久性は大丈夫なのか」
ヴォルティモは彼の些細な質問に答えてくれた。
「なんか古代ロムのベトン(コンクリート)技術を用いているから、かなり丈夫らしいぞ。特に海に近いから、なんでも耐久性が余計に強いのだとか。不思議だよな」
グローは以前、古代ロムのベトン技術をヴォルティモに教えてもらったため、知識としては知っていた。しかし、実際に用いた高い城壁を見ていると、改めて凄さを実感する。
だが、城壁に圧倒される二人に対して、
「ほら、そこ黄昏ない。早く行くよ」
とマリアはそう言い、二人の頭にチョップをくらわす。そして、彼女は二人の腕を掴んで、街の入り口まで引っ張っていく。
彼らは城壁の入り口に近づき、門前に先ほどの避難民が並ぶ列に続く。そして、自分たちの番が回り、門番に通行税を払う。あと、この状況のため、門番は警戒して、身分確認もしている。
「身分は証明できるか」
マリアはグローとヴォルティモの前に立ち、ローブのフードに隠された顔を現す。そして、丸めていた皇女の証明書を開いて見せる。
「私は神聖エストライヒ皇女マリア=テレジアよ。少しアシーナ皇帝に用があるの」
門番は最初こそ悪ふざけでマリア皇女のことを騙っているのだと思っていたが、証明書を細々見ていくと、マリアのことが「マリア皇女」だと気づく。そして、焦りながらマリアに対して綺麗なお辞儀をする。
「マリア=テレジア姫でしたか!すみません!今お通しします」
門番はすぐに門を開け、彼らを中に入れる。
アシーナの街はとても栄えているようだ。とても大きな市場や専門店やギルドも多く点在し、まさに都会という感じがする。大きな正教派の教会や大聖堂も多くあり、ここが正教派の総本山なのだと思わせる。だが、そんな都会も、今や他国からの訪問者が減り、閑散としている。その静けさが、また戦争の悲惨さを感じさせるのだった。
彼らは宮殿まで真っ直ぐ向かう。
だが、その途中で気になる話が耳に入る。3人の女性が話しており、グローはそっと耳を傾ける。
「ルーシ辺境伯は何を考えているのかね。なぜ今この状況で中立を選ぶのか」
女性が文句を言っていると、それに便乗するように、もう二人の女性も文句を言う。
「これだとルーシ辺境伯領からの援軍は期待できないね」
グローはその女性陣に近づき、話を聞かせてもらった。話はこうだった。
アシーナ帝国の北方にあるルーシ辺境伯領が、アシーナ帝国からの援軍の要請を断り、中立の立場を選んでいるという。またややこしい状況になっているようだった。
グローはその情報を二人にも伝えると、マリアは重々しい表情をしながら、何かを考え込んでいる。
「……似てるわね」
マリアはボソッと一言を零す。
「ん?何か言ったか?」
だが、グローたちは聞こえず、聞き返す。
「いえ、なんでもないわ。とりあえず、早く向かいましょう」
マリアは何かを濁すようにして、何でもないように装う。そして、すぐに宮殿へとまた向かった。
アシーナの街には高台があり、そこを上るとアシーナ宮殿がある。彼らはアシーナ宮殿に着き、マリアが門番に近づく。例によってマリアは素性を晒すと、門番は慌てて、皇帝に知らせに行く。そして、宮殿内の謁見の間に案内される。
宮殿は豪華な装飾が施されており、モザイク壁画などがある。そして、中央の奥には玉座があり、そこには耳飾りを付け、頭に宝石が多く付いている王冠を被っている皇帝が鎮座している。アシーナ皇帝ユスティニアヌス大帝だ。
彼らは前に進み、皇帝の前で跪く。
そして、マリアが挨拶をしようと口を開こうとするが、先にユスティニアヌス皇帝が話を切り出す。
「して、マリア=テレジア皇女が何用か。余は忙しいんだ。用件は早く済ませてくれ」
初っ端から威圧的に話をされる。
「ユスティニアヌス陛下、その様子では飛び地の対応に忙しいようですね。どうやらルーシ辺境伯からの援軍を期待できないとか」
マリアは嘲笑するような笑みを浮かべ、皮肉めいたことを言う。
陛下は眉間を寄せ、深い溜息をつく。
「あのブルーブラッドめが」
ブルーブラッドとは字の如く、青い血という意味だ。ルーシ辺境伯は寒いため、肌が白い分、血管が青く見え、侮蔑の意味で呼ぶという。普通は血は赤なのに、青い血だから、悪魔の末裔だと蔑称で呼んでいる。
陛下だけでなく、陛下の側近にいる兵士も怒りを表す。兵士は槍をこちらに向け、マリアに対して怒りを示す。
「貴様、無礼であるぞ」
だが、マリアは動じず、陛下から目を離さない。
「よせ。そんな皮肉を言うためにきたわけではないだろう。早く言うてみろ」
陛下は手を払い、兵士の行動を止めさせる。陛下はマリアの皮肉から話を聞く耳を持つようになり、耳を傾ける。
マリアの掴みは上手くいったようだ。すごい命知らずだ。
マリアは陛下に用件を急かされ、話し始める。
「はい。用件は飛び地の平定です。先ほど述べたように、陛下は飛び地の対応で忙しい。しかし、平定の協力があれば、どうでしょうか」
陛下は首を傾げ、マリアの言葉を真剣に考える。
「どういう意味だ」
陛下は低い声で、マリアに言葉の真意を聞く。
「私たちが飛び地の平定に協力致します。私は父の戦を間近で見たことがあるので、兵士の指揮をすることができます。それと、この隣にいる2人は中級の魔物を何回も倒しております。なので、私たちにも飛び地の平定の協力をさせてもらいたい。そして、その暁には、神聖エストライヒ帝国の再興に協力してもらいたいです」
―おいおい。勝手に俺らにプレッシャーを与えるなよ。
グローとヴォルティモは、横目でマリアを軽く睨む。
しかし、陛下はそんな彼らの事情など知らず、ふむと唸り、考えている。
「うむ。良かろう。では、その契約をしよう」
陛下はしばらく考えた後、マリアの提案を承諾し、部下に契約書を持ってこさせる。マリアと陛下は契約を交わし、マリアは平定の協力を、陛下は神聖エストライヒ帝国の再興の協力を約束した。
今まで対立していた神聖エストライヒ帝国とアシーナ帝国で、同盟が結ばれた。この出来事は後に外交革命と語り継がれることになる。
陛下は先ほどより顔に明るさが出て、彼ら3人に半ば強制的な提案をする。
「それとお主ら、我が軍から少し盾術を教えてやろう」
そして、彼らは翌日からアシーナ帝国軍に盾術を教わることになった。




