5章31話 二つの灯台
アシーナ帝国は、西の飛び地と東の本国のアラッバス朝から挟撃され、かなり危機的状況にある。アシーナ帝国は両方に戦力を割かれているため、徐々に徐々に飛び地に領土を奪われていく。
その状況を深刻に捉えていない、いや知らないグローたちは改めて次の行き先をどこにするか話し合っていた。
だが、それは無理も無かった。なぜなら、飛び地はアシーナ帝国にとって、脅威に値しないくらい小さい地域で、ただ制圧されて終わりだと思っていた。だが、現実はそうでは無かった…。
マリアはこの間の一件で、元気を取り戻したようで、話し合いに積極的に参加するようになった。
「どこに向かうのがいいか」
グローがそう尋ねると、マリアは顎に手を当て、少し考える。
「うーん。そうねー、一つ思ったのが、アシーナ帝国の北方にあるルーシ辺境伯領とかかな。アシーナ帝国内だけど、ほとんど独立に近いような自治権を持っているから、アシーナ帝国とは違って協力してくれるかもしれない」
「なるほど。じゃ、次の行き先はルーシ辺境伯領だな」
彼らの次の目的地がだいたい決まったが、グローは前から気になっていたことをマリアに聞いてみた。
「そういえば、前に聞きそびれたけど、なんで神聖エストライヒ帝国とアシーナ帝国は対立しているんだ」
「あ、そっか。グローはここの出身じゃないから知らないよね」
マリアは何かを思い出したように手を打つ。そして、グローの質問に答えてくれた。
「ちょっと話すと長いんだけど……。まあ、様々な要因はあるけど、大きなのは宗教ね。ルークス教というまとまりではあるけど、宗派が違うことにより、正教派教会を束ねるアシーナ帝国派閥とルークス教総本山を束ねるルークス教皇と神聖エストライヒ帝国派閥に分かれているの」
「なるほど、宗教の問題だったのか。なんでその二つの宗派に分かれたんだ」
マリアは彼の質問に対し、困ったような顔をするものの、丁寧に教えてくれた。
「うーん、聞いた話だから曖昧だけど。確か…、まず教えが違うわ。あと、大きな違いとしては、布教のやり方の違いね。正教派は偶像崇拝が制限されてて、聖画像しか認められていないの。それに対して、ルークス教皇が主導のルークス教会は、言葉が通じない異民族への布教のため、偶像崇拝を積極的に行っているの。つまり、ルークス教会は万人に通じる宗教と言えるわね。まあ、話を戻すと、その違いから教会大分裂が起きて、その宗教を信仰する二つの国も対立することになったわけ」
マリアの説明は若干ルークス教会寄りで、グローにはそれが少しだけ気になるが、説明が分かりやすくて、引っかかっていた疑問がすっきりした。
「ちなみに、アンジェル帝国が信仰するアンジェル教も、元はルークス教だったわ。ただ、教会などの最高権力をアンジェル皇帝が持つことになり、さらに教えなども変わっていき分化していったの」
マリアは加えて教えてくれたが、アンジェル帝国の話題になり、わかりやすく眉間に皺を寄せて話してくる。
―別に嫌なら話さなくてもいいのに……。
グローはマリアの言動に困惑するものの、この情報でグローにとって納得がいくことがあった。アンジェル教で信仰する対象の柱である天使は、ルークス教で共通する部分もあり、さらに教えも共通しているところは少しあったので、彼は神聖エストライヒ帝国やアシーナ帝国の説教を聞いても、あまり違和感を感じなかった。その理由が彼の中でようやくわかった。
彼はもう一つ気になることを聞いてみた。
「そういえば、神聖エストライヒ帝国はルークス教皇と親密な関係らしいけど、今ルークス教皇は無事なのか」
彼のその純粋な疑問を聞くと、マリアの顔に影が差す。
「いえ、聞いた話でしかないけど…、今教皇領はアンジェル帝国に支配され、教皇は軟禁されているらしいわ。教皇もまさか自分が指名したキャスティーリャ大司教が、裏切って神聖エストライヒ帝国と教皇領を滅ぼすとは思ってなかったみたい。だから、キャスティーリャ大司教を破門したり、自身のことを“ルークスの囚人”と宣言し、アンジェルへの国際批判を煽っているらしいわ」
彼女の低い声色から、暗い気持ちが伝わってくる。
「そっか。そしたら、一刻も早く助けないとだな」
だが、グローは、そんな彼女の暗い雰囲気を打ち破るかのように、彼女に明るく微笑みかける。
マリアも少し口角が上がり、祖国再興に向けてやる気を出す。
「そうね。でもそういう意味でも、アシーナ帝国は神聖エストライヒ帝国の再興に後ろ向きだと思うわ。だから、ルーシ辺境伯に協力を仰ぎに行きましょう」
「おう!」
グローは力強く頷く。話を聞いていたヴォルティモも、静かに頷く。
だが、グローはあれと何かを思い出したように、首を傾げる。
「でも、今アラッバス朝の飛び地とアシーナ帝国が戦争しているんだろう。そんな時に、そもそもルーシ辺境伯領まで通れるかな」
彼から出た疑問に、またマリアは困ったような顔をする。
「う、また痛いところ突いてくるわね。グローは素直がゆえに、悪意のない正直な言葉が心に来るわ」
「あ、す、すまん」
グローは慌てて、マリアに謝罪を入れる。その言葉を聞いて、マリアは、「まあ、いいわ」と水に流してくれた。
「でも、確かにグローの言う通り、それが少し問題よね。だから、なるべく飛び地から離れて遠回りしなきゃいけないわね」
「やっぱり遠回りにはなるよな。タイミング悪いな。まあ、文句を言っても始まらないから、とりあえずアシーナ帝国に入るか」
「ええ」
そうして、彼らは話し合いの後、目指す場所などを決め、アシーナ帝国へ向かう。彼らはアシーナ帝国を目指し、エルバ人自治領を出て、アシーナ人自治領に入る。そのままアシーナ人自治領内のイスティンポリンに向かう。
イスティンポリンに着くと、街は喧騒としている。普通の市民らしき男性陣は武器を手に持ち、今にでも戦うような勢いがある。その夫をまるで今生の別れのように、女性が励ましの言葉と同時に夫を抱きしめる。
「おいおい、泣くなって。必ず戻ってくるんだからさ。笑ってくれよ」
その夫は笑顔を作り、妻を励ます。
だが、夫が無理して笑顔を作っているのがバレバレのため、その妻は余計に泣いてしまう。
アシーナ人自治領は戦地にはなっていないが、少しきな臭さがある。住む地域が違っても、やはり同じアシーナ人として、今回の飛び地の侵略は許せないのだろう。義勇軍を結成して、アシーナ帝国軍に加わろうとする動きが見られる。彼らアシーナ人は意を決して、アシーナ帝国に入国しようと向かう。
グローたちは今回の戦争の経過を知らなかったため、その暗い雰囲気に驚いてしまう。
「あれ、この飛び地とアシーナ帝国の戦争って、そんなに大規模なのか?」
グローはヴォルティモとマリアにこそっとそう耳打ちするが、「わからない」と二人とも同じ返答をする。三人は何も分からず、狼狽えていたが、
「ちょっと聞いてみるわね」
とマリアがそう言い、アシーナ人に事情を聞きに行った。
マリアは向こうのアシーナ人に話を聞くと、数十分後にグローたちの許に戻ってきた。
マリア曰く、こういう話だった。アシーナ帝国は、飛び地の本国のアラッバス朝に挟撃されないように、迅速に飛び地を平定するつもりだった。だが、飛び地は意外に手強く、倒せど倒せど飛び地の兵力が減らないという。そんな恐ろしさから、飛び地軍はアシーナ兵から、「不死隊」と呼ばれるようになった。そして、そうこう苦戦しているうちに、本国のアラッバス朝にも攻撃され、アシーナ帝国は危機的状況に陥っているという。
「そんな状況になっていたなんて……」
「イシドールたちは大丈夫だろうか」
グローとヴォルティモは、ようやく事態を深刻に捉えるようになった。
「というか、そんな状態なら、ルーシ辺境伯領に行くこと自体も厳しいんじゃ……」
「確かに」
グローとヴォルティモがあたふたとしている中、マリアは落ち着いて何かを冷静に考えている。彼女が口を開いたと思ったら、
「よし。じゃ、アシーナ都市にある皇帝の宮殿に行きましょう」
と急にとんちんかんなことを言いだす。
最初の候補から外したアシーナ帝国の名前が出てきて、グローとヴォルティモは理解に苦しむ。
「え。でも、アシーナ帝国だと、対立していて、交渉できないんじゃ」
「ええ。普通の状態ではね。でも、アシーナ帝国は今戦争に手を焼いているわ。私も最初はそこまで平定に手こずるとは思わなかったわ。小さい飛び地だし。でも、そうではない。それは逆に、好機よ。私はお父様の出陣を幾度か見たことあるわ。だから、兵士の指揮はできる。つまり、そこでアシーナ帝国の戦争に協力すれば、神聖エストライヒ帝国の再興に協力してもらえるわ。本当は宗教で対立しているから、承諾したくないだろうけど、今はそんなこと言っていられないと思うわ。幸いこのミレトスからアシーナまで船で3日から5日で着くと思うわ」
「「な、なるほど」」
―すごいな。マリアはピンチをチャンスに捉えている。
グローはマリアの賢さと強さに感動を覚える。彼は、自分も見習わなきゃなと痛感し、マリアに少しの憧れを抱く。
そして、彼らは目的地のアシーナ都市に向かうため、義勇軍に続くように、アシーナ帝国へと進む。義勇軍の彼らは、ずっと気を張り詰めて、アシーナ帝国に向かっている。休憩するより、一刻もアシーナ帝国を助けたい、そんな雰囲気が伝わってくる。
戦いを志願する彼らとグローたちの目的が違うため、グローたちは温度差を感じ、場違いのように思ってしまう。
グローはこそっとマリアに耳打ちする。
「なあ、なんか場違いな感じがするんだけど……」
彼は聞かれないようにコソコソとしているが、一方のマリアは堂々としている。
「気にしないようにしなさい。彼らがいた方が、城塞に入りやすいんだから。それに、別に私たちは嘘はついてないんだから、嘘はね」
確かに彼らは、嘘は言ってないが、発言もしていない。
―まあ、言われた通り、気にしないようにしよう。それにしても、マリアは強くなったな。俺の方が年上なんだけど、どっちの方が年上なのか分からなくなってきた。
しばらく歩くと、国境沿いに城塞が見える。城塞前の門番が多くの武器を持った人たちを見てギョッとする。そして、持っている槍をこちらに向けてくる。さすがにこんな状況だ。警戒はするだろう。
「貴様ら、何の用だ」
「いや、俺らは同じアシーナ人だ。住んでいる国が違えど、俺らもアシーナのために戦いたい」
義勇軍の覚悟と決意が伝わったのか、門番は真剣な眼差しで彼らを見つめ、城塞を通してくれた。城塞を通ると、ミレトスの街に着く。
ミレトスは戦地から近いからか、住民は避難し、人が少ない。だが、閑散としているわけではなく、残っている人が物資などをせかせかと運んだりしている。まるで前に訪れたミレトスじゃないみたいだ。義勇軍の彼らは食糧を自らのお金で買って調達する。そして、そのまま戦地の北西の方向へと目指す。
グローは罪悪感を感じ、心の中で謝る。
グローたちは、戦地とは別方向のアシーナ都市行きの船に乗った。勿論、避難民も一緒だ。ヴォルティモの馬車は持っていけないので、一回ここで預けることにした。ヴォルティモは名残惜しそうにするが、仕方ない。
グローはこんな危機的状況にあるにも関わらず、この二人といればなぜだがそんな状況もワクワクして希望に満ち溢れている。そんな気持ちに錯覚してしまう。そう思えて仕方がないのだ。
自然もそんな彼の気持ちを汲んでか、空は晴れ、風はアシーナの方へ向かい、カモメは帆と一緒に風に乗る。波も静かに船をアシーナへと誘う。
まるで彼らを歓迎しているようだった。
彼らはそのまま3日くらい船で進むと、向こうに二つの灯台がある城郭都市が見えてきた。グローは灯台が見えると安心し、意を決してアシーナの地へ入る。
すみません、地図の「エンジェル帝国」は、正しくは「アンジェル帝国」です。




