1章2話 出会いと楽しみ
グローは新人の奴隷に話しかけてみることにした。
「えーと、コトバわかりますか?オレ、グロー。ヨロシク」
グローもその男につられてカタコトになったが、ジェスチャーをつけながら話すことで、相手のユミトという人物は、小さく縦に頭を振るのであった。だが、いきなり話しかけられたので、驚いたのだろう。ユミトは少し引きつった笑みを浮かべている。
「アンタ、ここらへんの人とチガウ、どこから来た?」
「ココからもっとトオイ、ミナミ、アトマン帝国だ」
グローがユミトに出身を尋ねると、ユミトはたどたどしい言葉で質問に答える。
全く聞いたことが無い国名であったため、グローは見当が全然つかず、戸惑ってしまった。だが、戸惑いと同時に彼の中で好奇心が生まれ、彼は次第にユミトの話に真剣に耳を傾けるのであった。
「聞いたことない国だな…。その国はニンゲンの国か?」
「いや、ドワーフの国だ」
少し話を聞いていたら、どうやらここから南にアトマン帝国というドワーフの国があるらしい。さらに、話を聞いていると、ユミトは商人をしており、世界各地を飛び回っていたらしい。それが彼にとって幸せでもあり、不幸でもあった。その商売先の国で、奴隷狩りに遭ってしまったのだ。
だが、ユミトの顔は決して曇っているわけではなく、むしろまだ目の奥に光を宿している。グローはその自身の常識を覆すようなユミトの話と光に興味を魅かれていた。
それからグローは労働の終わりに、ユミトにグローの知らない世界のことについて教えてもらった。
グローたちの仕事は炭鉱が主なので、真っ黒な顔になりながら、汗だくで仕事をしている。そのため、仕事が終わった後はもうくたくたになり、皆餌と呼ばれる方が近いような夕飯を食べて、爆睡している。もちろん彼も以前まではそうやって過ごしていたが、ユミトが来てからは、寝る前に話を聞いたり、教えてもらうことが習慣となっていた。ユミトはグローより数時間遅く、帰ってくるので、基本的に夜遅くに話をしてもらっていた。
ユミトが馬小屋に戻ってきた。グローは小さく手を振り、こっちだと合図をする。ユミトはそれを見かけ、グローに近づいていく。そして、グローの隣に重い腰を音を立てないよう、そっと落とす。ユミトは座った途端、ふぅーと長い溜息をつく。
「…今日も疲れたな」
ユミトの顔には汗が多く流れており、その汗を手で拭うが、手は炭鉱のせいで黒く汚れており、顔まで黒く汚れてしまう。
疲れ切って眠そうなユミトをよそに、グローは話を求める。
「なあなあ、今日はどんな話をしてくれるんだ」
だが、そのグローの問いにユミトは応えず、いびきをかいて、瞼を閉じる。だが、瞼が若干ピクピク動いていて、寝たふりをしているのが分かる。
「おーい、寝たふりをするなよ」
グローはユミトの肩を揺らし、ユミトの体がグワングワンと揺れる。
「おい、今日は眠いんだ。寝させろ」
グローとユミトはそんな不毛な小競り合いを、数分ぐらいしていると、向かい側で寝ていた奴隷から、
「うるせえ!寝られねえだろうが!」
と怒鳴られてしまう。
その声でグローたちはビクッと体が飛び跳ねる。
そして、しばらくの沈黙の時間が流れ、しばらくすると、ユミトが溜息をつきながら、頭をガシガシと掻く。
「やれやれ、仕方ないな。お前には負けたよ」
ユミトは仕方なさそうにそう言い、いつものように話をしてくれるようだ。だが、その顔は決して嫌というわけではなさそうだ。
「やったぜ」
グローが少し喜ぶ顔を見て、ユミトはポツリと誰にも聞こえないくらいの声で呟く。
「…弟みたいだな」
グローはその言葉が聞こえず、ユミトに聞き返す。
「え?何て言った?」
「いや、何でもねえよ」
ユミトは恥ずかしそうにそっぽを向く。そして、そのそっぽを向いたまま、グローに尋ねる。
「で、今日は何を聞きたいんだ?」
ユミトにそう尋ねられ、グローはそうだなーと少し考える。そして、何かを思い出したように、手を打つ。
「あ!そうだ。アンジェル帝国の外ってどんな感じなんだ」
グローの些細な質問にもユミトは、目を輝かせて、話してくれた。ユミトが本当に嫌がらないのは、彼自身も外の世界や話すことが好きなのだろう。
皆が寝ているすぐ横で話をしていたので、ユミトはうるさくないようにボソボソと小声で話してくれた。
「俺の故郷は鉱山が多く、それ以外は草原地帯が基本なんだが、今まで見てきた旅先では、砂の海、水の道、不老不死の人が住む山などすごい景色を見てきた。他にも、種族なんてもんも数えきれないほどいたぞ。獣人とかな。世界はお前さんが思っているよりもよっぽど広い。こんなアンジェル帝国なんてちっぽけなもんよ」
ユミトは本当に楽しそうに語ってきた。
勿論グローもその話に目を輝かせながら、実に楽しそうに聞いていた。
「そんなのあるのか。見てみたいな」
グローの故郷は正直、ド田舎だったため、彼にとってアンジェル帝国ですらも敵わないくらいの都会だと思っていた。だからかわからないが、ユミトがアンジェル帝国をちっぽけと言ったら、グローの中のアンジェル帝国が段々と霞んでいく気がする。
グローは少し重い鎖がついた足に目をやるが、まるで背けるかのようにすぐにユミトへと視線を向け、話を続けた。
「お前の故郷はどんな感じだったんだ」
「俺らドワーフは、炭鉱や鍛冶、工芸が得意だから、それに沿うように住宅街が地下に作られているよ」
ユミトの回答は俺の想像の範囲を超えていて、一瞬理解ができなかった。
「住宅が地下にあるの!?全然想像つかねえな」
正直、ユミトの話が嘘か本当かはわからない。もしかしたら、嘘なのかもしれない。だが、ユミトの楽しそうな話し方で、グロー自身も聞き入ってしまうのだった。幼稚に思えるかもしれないが、彼らにとってそれ以上に娯楽のない奴隷生活では、そんな話も聞きたくなってしまう。
突然ユミトから質問が来る。
「グローの故郷はどうだったんだ」
いきなりグローにとって触れたくない話題の質問が来て、グローはまるで思いっきりパンチを食らったかのように固まる。
「俺は…」
そして、グローは少し一息ついてから、答える。
「俺の故郷は、緑がとても豊かな小高い丘が多くて、羊も多いのどかな所だったよ。」
「…もう焼野原で無いかもしれないけど」
その最後の言葉を言った瞬間、しんみりとなってしまった。グローはこうなるのはわかっていたのだが、つい意地悪したくなってしまった。
だけど、ユミトは可哀想にともそれはまだ分からないだろとも言わず、ただ「そうか」と言うだけだった。それがグローにとって良かった。下手に同情や励ましは自分が虚しくなるだけだ。
グローはすぐに話題を変えるかのように、ユミトの故郷や他国について聞いた。
「他には、ユミトの故郷はどんな感じなんだ?」
ユミトもこのしんみりとした空気を変えようと、違う話題に食いつく。
「あ、ああ、俺の故郷はハットゥシャという街なんだが、大昔からある街でな。歴史があるんだよ。他にも、首都のカッパトッカは大都会でな。……」
そんな話をグローとユミトは延々と繰り返していた。
グローは他にも、簡単な算術やユミトの母国の文字や言語もユミトに教えてもらっていた。
その代わりに、グローが少しエールのことやアンジェル語を教えていた。文字は書けないから、話し言葉だけだが。ユミトは元商人だったからか、飲み込みが早く、思ったより短い期間で言語を修得していた。
ユミトの母国の文字は中々難しく、ユミトを母国の文字で表すと「Ümit」、アトマン帝国は「Atmanlı imparatorluğu」と表すらしい。
正直アンジェル語とアトマン語は言葉が違うからグローにとって難しいが、文字の形が似ているため、覚えるのが無理というわけでも無かった。
さらに、ユミトは母国の文化についても教えてくれた。
アトマン帝国は、武具などの多岐にわたる工芸産業で経済がとても発展しているらしい。それによって、学問や文学、娯楽などの文化が庶民にも行き届いている。特に、御伽話が当時は人気だったようだ。中でも、『奴隷物語』が人気を博していた。
「そうそう。俺の国では、『奴隷物語』っていう御伽話が人気だったぜ」
グローは聞き慣れない単語が出てきたため、ユミトにそのまま聞き返す。
「『奴隷物語』?何それ」
すると、ユミトは親切に丁寧に教えてくれた。
「あらすじは、簡単に言うと、奴隷の主人公が世界中を冒険し、のちに王様になるんだが、その過程の冒険や苦労が面白くて、人気でよ。よく弟にも読まされたなー」
「へえ。そうなんだ」
ユミトは弟の話になると、とても笑顔で優しそうに話している。弟は俺よりも頭良いだの。とても優しい心を持っているだの。よほど弟のことが好きなのだろう。長々と弟の話が続いたため、グローは奴隷物語の話に切り替えて、奴隷物語についてより詳しく聞いてみた。
「もっと『奴隷物語』の内容を教えてよ」
「お前もか。仕方ないな」
『奴隷物語』などの物語をユミトはグローに簡単に聞かせてくれた。もちろん、その母国語では内容が難しいため、1話ずつ簡単にアンジェル語で教えてくれるのであった。特に、この『奴隷物語』はグローにとってとても心躍るものだった。奴隷の主人公が世界中を冒険し、のちに王様になるのだが、グローにとって奴隷という同じ立場に共感でき、まるで自分自身のことかのように錯覚してしまう。
しかも、この『奴隷物語』は作者不明で、それが余計にグローの好奇心をくすぐるのだった。
「その奴隷物語はどこで読めるの」
「あー、多分俺の母国の図書館とかに行けば読めるかもしれん」
「そうなんだ。読んでみたいな」
グローがユミトと奴隷物語の話をしていると、ユミトはそういえばと手を打ち、他の話題に切り替えた。
「そういえば、奴隷で思い出したんだが、最近この近くの奴隷が次々と反乱を起こしているらしい」
グローはユミトからそのことを聞いたとき、なぜか分からないが、胸がざわざわと嫌な感じがした。