4章25話 僕の友達
ピー・ラン・グルオンから放たれた大量の蜂が、ヴォルティモに群がる。ヴォルティモは大量の蜂に囲まれ、彼の姿が見えなくなっている。
グローはすかさずヴォルティモの安否を確認する。
「大丈夫か、ヴォルティモ!」
「大丈夫だが、大丈夫じゃない。虫は火と煙に弱い。火を起こしてくれ!」
ヴォルティモは蜂に囲まれながらも、冷静に判断し、グローにそう伝える。そして、蜂が近づいてこないように、錫杖を振り回していた。
「わかった!」
グローがヴォルティモに返事をしていると、
「そっちにかまけている暇はあるのかな?」
と言い、ピー・ラン・グルオンが大ムカデの攻撃を強める。
「グッ!」
グローは大ムカデの相手をするので、手いっぱいだった。彼はマリアの方に顔だけ向け、頼み事をする。
「マリア、ヴォルティモの馬車に火打石と火打金があるから、それで火を起こしてくれ!」
「わ、わかった!」
マリアは馬車の中に入り、火打石と火打金を手に取ろうと探す。
だが、ピー・ラン・グルオンがその様子を見て、
「させるか」
と呟くと、ピー・ラン・グルオンの足らへんから、無数の黒い点がマリアの方へ向かう。次の瞬間、地面はその黒い点で覆いつくされ、黒色に塗りつくされる。
グローの方にも数個の点が、彼の体をよじ登ってくる。彼がその黒い点をよく見ると、どうやらこの黒い点は蟻のようだ。彼は単なる蟻かと安心していると、蟻がくっついている地肌の部分に、ピリッと痛みが走る。グローは単なる蟻じゃないことに気づき、その付いている蟻を潰すように、体を叩く。
グローが単なる蟻ではないことに気づき、その様子を見たピー・ラン・グルオンが説明し始める。
「このサスライアリは、強靭な牙と毒があるんだ。そんな蟻に噛まれたあの子はどうなるのかな?」
ピー・ラン・グルオンが、ニタァと不気味な笑みを浮かべる。
「マリア!そっちに多くの蟻が向かっているから、それに気を付けろ!」
グローはマリアに大声で注意喚起し、マリアはその声に反応して、後ろを振り向く。すると、サスライアリは既に馬車の車輪までよじ登っていた。
「ギャー!」
蟻がうじゃうじゃと向かってきている恐怖で、マリアは腰を抜かし、絶叫する。
「落ち着け、マリア。焦るかもしれないが、こういう時こそ冷静になれ。ここでやられるわけにはいかないだろ」
グローはマリアに冷静になるよう諭す。
「わ、わかった」
マリアは涙目になりながらも、深呼吸して、一旦落ち着こうとする。そして、火打石と火打金を見つける。
蟻が着々と迫ってくるため、マリアは水などを流して、馬車に入るのを拒む。マリアは馬車の中からジャンプして、馬車の外に出て、馬車から距離を取る。蟻は標的のマリアの方に再び向かってくるが、その大群にマリアは手に持っている油をぶちまける。油を掛けられた蟻は弱体化し、さらに追い打ちをかけるように、そこに火をつける。火は一気に燃え上がり、無数の蟻は着火剤として火の餌食になる。
「や、やめろ!なんて残酷なことをしやがる!」
ピー・ラン・グルオンが蟻の焼死に苦しみ、叫ぶ。
だが、そんなピー・ラン・グルオンの様子を気にも留めず、マリアは太めの木の枝の先端を火の中に入れ、火が移るようにする。火は無事木の枝に移り、マリアはその燃えている松明を手に取り、ヴォルティモの許に持っていこうとする。だが、一瞬立ち止まる。多分蟲の気持ち悪さと怖さから怖気づいてしまったのだろう。しかし、意を決してヴォルティモに近づき、蜂を遠ざけるように松明をブンブンと振る。すると、蜂は火を恐れ、どんどん離れていく。
「マリア、ありがとう。助かった」
ヴォルティモは蜂の群れが離れて、安心したようだ。だが、手足は数か所刺されており、その刺された箇所は赤く腫れて痛々しい。
「ごめんなさい。遅くなって」
マリアは申し訳なさそうに、ヴォルティモに謝る。
しかし、ヴォルティモは全然気にしてないようで、安心させるよう手を振る。
「全然大丈夫。ただ、俺とグローだけじゃ、勝てそうにないから、マリアも加勢してくれると助かる」
「わかったわ」
マリアも槍を構え、ピー・ラン・グルオンに対峙する。
「あー、ムカつくな」
ピー・ラン・グルオンはそう言うと、一旦ムカデを引っ込める。
ヴォルティモはグローに近づき、こそっと尋ねてきた。
「そういえば、ずっと気になっていたが、なぜあの魔物はアンジェル語を話しているんだ」
実はヴォルティモとマリアには今後のために、グローはアンジェル語を軽く教えておいたのだ。そして、だからこそ、ピー・ラン・グルオンがアンジェル語を話すのが分かってしまった。
「もしかしたら、マリアの言っていたことは本当なのかもな」
彼らはそう思いたくないが、そう思わざるを得なかった。アンジェル帝国は魔物と協力関係にあるのかもしれない。
「それは悪い冗談だな」
ヴォルティモは冷や汗を浮かべ、薄ら笑いをする。
「ヴォルティモ、虫は全部火が苦手なのか」
グローは奴を倒すのに、蟲の弱点を確認するため、尋ねた。
「ああ、虫は水分が少ないから、簡単に燃えてしまうんだ。飛んで火にいる夏の虫とはまさにこのことだよ」
ヴォルティモは冗談を言うが、顔は笑っていない。ピー・ラン・グルオンから目を離さず、睨んでいる。
そして、ヴォルティモはピー・ラン・グルオンに向かって走り、錫杖を横から打とうとする。ところが、ガキンと金属音が鳴り、錫杖の動きが止められた。よく見ると、ムカデが奴の体に巻き付くように、錫杖を防いでいる。
「どうだ、硬いだろ。このムカデの外骨格である殻は剣でも中々通らないほどなんだよ」
ピー・ラン・グルオンは囁くように、蟲を説明してくる。
マリアもヴォルティモに続き、ピー・ラン・グルオンに槍を突き刺す。だが、それもムカデに防がれる。
その隙にグローは高速でピー・ラン・グルオンの横に回り、ムカデの隙間から剣を突き刺そうとする。しかし、ピー・ラン・グルオンの体の一部に多数の小さい黒い蟲が集まる。そして、その虫が集まった場所で彼の剣を受け止める。剣を押し込むが中々斬れない。まるで、盾のように硬い虫だ。
「どうだ、硬いだろ。このクロカタゾウムシは」
ピー・ラン・グルオンがニタニタと笑いながら、そう伝えてくる。
さらに、ピー・ラン・グルオンは、グローの腕に自身の袖を近づける。そして、ピー・ラン・グルオンの袖から驚くほどの大きいキリギリスが彼の腕に止まる。そして、その瞬間腕に激痛が走る。
「いってぇ!」
彼は腕を見ると、皮膚が少し剥がれ、流血している。
「痛いか?このリオックは顎の力が強靭でな。噛まれると、皮膚が破けるんだよ。いいね、その顔。もっとその痛がる顔を見せてよ」
ピー・ラン・グルオンはニタニタと下衆な笑い顔をして、グローの顔をじっと見てくる。そして、また攻撃を仕掛けようと袖を近づける。
「グアッ!」
だが、ピー・ラン・グルオンは急に痛さで悶え始める。
グローは何が起きたのか理解できず、戸惑うが、すぐにその理由が分かった。マリアが槍で突き刺していた。しかし、ただの槍ではない。槍の先端に松明が括りつけられている。それは奇妙な造形であったが、それなら防御の蟲も死に、攻撃が直に利く。マリアは戦いに慣れていないため、手が震えていた。力もそこまで強くは無いので、槍の刃はピー・ラン・グルオンの体に深くは入っていなかった。それでも、ピー・ラン・グルオンが動揺するのには大きかった。
「貴様!」
ピー・ラン・グルオンは、マリアを恨めしく睨んでいる。
グローはその手があったかと思い、先ほど後ろに距離を退いたヴォルティモに松明を貰えないか頼む。
「ヴォルティモ、俺にも松明をくれ」
ヴォルティモは頭を縦に頷き、松明を作り始めた。
「させるか!!」
ピー・ラン・グルオンは、ヴォルティモの松明作りを妨害するように、巨大ムカデを突進させる。
だが、グローはすかさず、ムカデの攻撃を剣で受け止める。
「おっと、それはこっちの台詞だな」
ピー・ラン・グルオンは舌打ちをする。
「こっちも忘れないでよ」
マリアが槍を突き刺し、ピー・ラン・グルオンの体を燃やす。すると、奴のローブにも火が燃え移り、どんどんローブに移った火が強くなっていく。
「クソっ!」
ピー・ラン・グルオンはローブを脱ぐと、その異様な光景に彼ら3人はぎょっとする。ピー・ラン・グルオンの口は裂け、体中に穴が開いている。特に背中には大きな穴が開いてて、内臓が見えている。そして、その背中の中にムカデが住み着いている。その風貌は見ているだけで吐き気を催す。
奴の体を住みかとして蟲が住み着いているのか。だから、体から蟲が出てきたのか。
彼らが奴の体を見ていると、ピー・ラン・グルオンは手をわなわなと震わせる。
「お前らには分かるまい。生まれながらに丈夫な体を持っている奴には。お前らなんか滅びればいいんだー!」
ピー・ラン・グルオンは捨て身でマリアに襲い掛かろうとする。
「きゃあ!」
「マリア!」
―まずい、早く助けなければ。
すると、
「グロー、これ!」
とヴォルティモは彼に向かって松明を投げる。
「ありがと!」
彼はヴォルティモから松明を受け取り、剣の先端に括りつける。そして、ピー・ラン・グルオンに向かって走り、足で地面を蹴って軽く跳ぶ。そして、ピー・ラン・グルオンの体に松明を括りつけた剣を突き刺す。そして、ピー・ラン・グルオンの体がより燃えていく。
「やめろー!僕の友達を燃やすな!!」
ピー・ラン・グルオンは蟲を庇うように炎を搔き消そうとするが、その思いも届かず、炎はどんどん燃え盛る。
蟲に対して凄まじい執念だ。攻撃されてもなお蟲の心配をしている。
グローたちはその執念深さに恐ろしさを感じる。
―メラメラと体が燃えている。僕は何も果たさず、このまま消えてしまうのか。熱さで頭がぼうっとする。そして、走馬灯のように過去の情景が思い浮かぶ。
「うわ、出た、妖怪だー!逃げろー!」
小さな子どもが彼を指さし、口々にそう言い、逃げていく。子どもだけじゃない。大人は直接言ってこないが、陰口で欠損だの、奇形だのと言ってくる。何が違うのか。彼は子ども心にそう思った。
―僕はただ人より体が悪く、背中が壊死していただけだ。僕は変じゃない。
彼の背中は産まれたときから壊死しており、皮膚が腐っていた。そして、そこに蛆が湧き、周りは彼を化け物扱いしてくるのだった。そのせいか彼は、人間の友達はいないため、彼の友達は虫だけだった。彼は虫だけを信じていた。
彼はそこで息を引き取った。
ピー・ラン・グルオンの体は燃え尽き、体がいつもの黒い塵となる。
彼らはそれを見届け、安心していると、炎の中からほとんど燃えている瀕死のムカデがグローに飛びついてきた。そして、彼の腕に噛みつく。まるで怒りを込めるかのように。
「いってぇ!」
彼はすぐ振りほどこうとすると、ムカデはもう力が残っていないからか意外と簡単に振りほどけた。そして、ムカデは動かなくなった。
グローはムカデからは振りほどけたが、腕が麻痺したように痛くて動かない。
ヴォルティモが異変に気づき、彼に近づいてきた。
「どうした?」
「…ムカデに噛まれたところが痛い」
グローは激痛から声がそんなに出せずにいたが、ヴォルティモは聞き取れたようだ。
「ムカデは顎に毒があるんだ。待ってろ。何とかしてみる」
ヴォルティモは彼の腕の噛まれた部分に口を付け、毒を吸い出す。そして、その吸い出した毒を吐き出す。
「応急処置はこれで大丈夫なはずだ。ただ、既に回ってしまった毒はどうしよう」
ヴォルティモはあたふたとする。そして、グローの腕を掴みながら、目を瞑る。グローは何をしているのかと不思議に思っていると、段々と体が楽になってきた。
「あれ、体が楽になったぞ」
ヴォルティモはそれを聞くと、グローの腕から手を放し、腰を落とす。
「あー、良かったぁ。一か八かでできたぁ」
ヴォルティモは意図的に何かをしたようだ。
「何をしたんだ?」
グローは何をしたのかヴォルティモに尋ねる。
「ああ、法術を試してみたんだ」
知らない言葉が出てきた。
「法術ってなんだ?」
「法術は、毒や怪我を少し回復できる術だ。勿論、死や大怪我は治せない。だが、少し回復するには有効だ。ただ、問題なのはこれを使えるのはルークス教の聖職者だけだという事実だ。だから、できないと思っていたが、ダメ元でやってみたらできた」
―へえ、不思議なこともあるもんだ。これを奇跡というのだろう。




