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奴隷物語 ~奴隷グローの冒険物語~  作者: アラン
神聖エストライヒ帝国編
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3章21話 落差

 グローたちは人狼らとの戦いの後、いつもと同様に遺体を弔い、その晩は村で休憩した。彼らは、宿の部屋内で自身の体にできた傷を手当てする。


 「っ!」


 グローは人狼にやられた脇腹の傷口に、消毒としてワインを垂らすと、ビリビリと脇腹から全身へと激痛が走る。彼は痛みから暴れるように、床を転げ回る。


 「痛ってえええ!」


 ヴォルティモは、そのグローの転げ回る姿がコミカルに見えたのか、つい笑ってしまう。さすがに笑っては可哀想だと思い、手で口を押さえるが、笑い声と噴き出る息が指と指の隙間から漏れ出てしまう。


 「っ…、くくっ…。」


 その不快な声がグローの耳に届き、彼はヴォルティモの方をバッと振り向く。ヴォルティモは笑っている顔を見られないように、後ろの壁の方に顔を背ける。だが、肩が微かに揺れていて、クスクスという音もまだ聞こえている。


 「おい。人が痛がってるのを笑うな」


 グローはむくれた顔で、キッとヴォルティモを睨め付ける。


 「…いや、笑ってないぞ」


 ヴォルティモは、決してグローと目を合わさず、力弱そうな声で否定をし続ける。

 グローが問い詰め、ヴォルティモは否定をする、そのやり取りを二、三回繰り返すと、隣の部屋から壁越しに、


 「うるせえ!」

と怒鳴られてしまう。


 その怒鳴り声で、二人はビクッと体が跳びあがり、不毛な言い合いが止まる。そして、ようやくお互いに目を見合わせ、


 「…寝るか」

と一言だけ呟き、布団にもぐり、眠りについた。



 翌朝、彼らは村を出て、ここから南のロムの街に向かって再度進んだ。

 ロムに着くと、彼らは人狼との戦いで疲弊した体を休めるために、少しだけロムの街を見回ることにした。ロムの街は昔ながらの街並みという感じで、住宅の壁は少し黒ずみ、遺跡も所々見かける。ここは、どうやら歴史が長い街のようだ。


 「へえ、なんかウェネプティアとはまた違う街並みだな」


 「ウェネプティアはどんな感じの街なんだ?」


 グローの素朴な感想に、ヴォルティモが質問をする。


 「うーん、何て言えばいいんだろう」


 ヴォルティモの質問に、グローはどう表現すればいいか悩む。少し考え込んだ後、何かがわかったかのように、彼は手を打つ。


 「ウェネプティアは、街全体が元気で活発っていう感じかな。対して、このロムは歴史を感じられて、落ち着いている感じだな。ウェネプティアが若者で、ロムは高齢みたいな」


 「なるほど」


 グローの的を得ているような、得ていないような例えで、ヴォルティモは一応納得がいった。

 そんな話をしていたからか、しばらく歩いていると、彼らは街の中央に、歴史を感じられる(くぼ)みのある大きな円形の建物を遠目に見かける。


 グローが、何の建物か気になり、ジロジロと建物を見ていると、

 「あれは闘技場だよ」

とヴォルティモが教えてくれた。


 「闘技場だったのか。でも、建物の手入れのされていない様子から、もう使われていないのかな」


 グローが言うように、闘技場の壁は黒ずみ、苔やツタが生えていて、手入れがされていないのが分かる。


 「突然崩れたりしてな」


 ヴォルティモはニヤッと口角を上げ、冗談を言う。


 「やめろよ。怖いこと言うなよ」


 グローはヴォルティモの肩を軽くこづく。


 「悪い悪い。でも、この闘技場が倒れることは多分無いと思うぞ」


 ヴォルティモはアハハと微笑を浮かべながら、闘技場について語り始める。


 「この闘技場は古代に建てられたものなんだが、ずっと倒れたことが無い。この闘技場とかロムの古代建築は、ロマンス(Romance)建築というんだが、ベトン(コンクリート)を使っていたらしいよ」


 「ベトンって何?」


 グローは、そのベトンという知らない言葉が出てきたため、意味を聞いてみた。


 「べトンは、火山灰と石灰と水を混ぜて、それを石と一緒に固めたものだな。耐久性が強いんだよ。ミラントから道路が整備されてて、行きやすかっただろ。あれも古代の人が作って、今の今まで残っているんだ。これを古代の人が考えたって思うと、すごいよな」


 ヴォルティモは興奮するように、楽しそうにグローに説明する。


 グローは改めて闘技場をじっくりと見てみる。

 ヴォルティモの言うように、闘技場の壁は少し黒ずんでおり、年季を感じさせる。だが、形は崩れておらず、綺麗な形で残っている。ロムにあった古代の王国はもう無いが、ロムの伝統は未だ残っている。その精神を今の人たちは何世代にも渡り担っている。

 グローは歴史の壮大さを痛感させられた。


 彼らは、他にも古代の歴史的遺産のトレーヴィの噴水、凱旋門などを見た。かなりいい状態で保存されており、これらがこの地域の国民に愛されていることを感じさせる。


 しかし、逆に儚さを感じさせるような遺跡、フォルム・ロムも見た。フォルム・ロムは古代の王国の中心都市で、広い領土を支配していた王国の華やかさを映し出していたという。だが、今ではその気配を感じられない有様だった。確かに、高く大きい建築物があるが、今にも崩れそうなボロボロさからグローの寂しさを誘わせる。

 このロムの遺産は、歴史の壮大さと同時に残酷さを物語っている。


 「…歴史って残酷だよな」

 グローは、誰にも聞こえないくらいの声量でポツリと呟く。

 故郷の文化や建物が果たして残っているのか、そんな彼の儚い願いがこの言葉に重く載りかかる。重くなった言葉は、行き場を無くし、この遺跡の地に取り残される。誰の耳にも届かぬまま。

 グローはロムで見た光景と抱いた感情を置き去りにし、ロムの街を出た。



 そして、彼らは整備された道路を辿り、ウェネプティアに着いた。

 グローにとって、このウェネプティアは全然故郷とかではないが、懐かしさがとてもこみあげてくる。以前は、新鮮で驚いた水の道も発展した街並みも、今では彼にとって感慨深い。


 ただ、以前とは違う景色もある。以前に比べて行方不明者などのチラシが増えている気がした。

 彼は以前見たことのある道を辿り、ロレンツォの家にたどり着いた。彼はロレンツォの家の扉をノックすると、「はーい」という声が聞こえるとともに、扉が開く。グローは懐かしい顔を見て、安心する。


 「おお、グロー君かい。以前に比べて大きくなったね。しかも、不思議と逞しくなったような」


 ロレンツォはグローをジッと見た後、隣のヴォルティモを見て、

 「彼は?」

と尋ねてきた。


 グローはヴォルティモを手のひらで指し示し、紹介する。


 「旅を一緒にすることになったヴォルティモです」


 ヴォルティモもペコリと会釈をする。


 「こりゃ、どーも。さあ、入って入って」


 ロレンツォは会釈を返し、中に入るよう手招きする。

 彼らはお言葉に甘えてお邪魔させてもらうことにした。そして、居間の机と椅子に横並びに座らせてもらった。

 ロレンツォも対面するように、座る。ロレンツォはヴォルティモのことをジッと見つめる。


 ヴォルティモは困ったように、

 「あの……」

とロレンツォに尋ねようとすると、ロレンツォは弁明するように謝る。


 「あー、ごめんごめん。ジロジロ見て、失礼だったね」


 そして、ロレンツォは、ヴォルティモに向けていた視線を今度はグローに移してきた。そして、少し含み笑みを浮かべながら、彼に話しかける。


 「君はやっぱり面白いね」


 「え?」


 グローはロレンツォの言っている意味が分からず、きょとんとしていたが、次の言葉でその真意が理解できた。


 「ヴォルティモは、ロマニ民族だろう?中々珍しい仲間だなと思って」


 グローはロレンツォに言われ、納得したように頷く。彼は、もうヴォルティモと日々を共にしているせいで、かなり馴染んでいたので、すっかりそのことを忘れていた。


 「まあ、ヴォルティモは“ヴォルティモ”ですから」


 グローがそう言うと、グローとヴォルティモは照れくさそうに、お互いにそっぽを向く。


 「へえ」


 ロレンツォは別にヴォルティモを軽蔑しているわけではなく、興味があるような目で見ている。ヴォルティモは普段向けられない目を向けられて、少し戸惑っている。

 そして、ロレンツォは彼らを改めて見て、何かを思い出したように、手を打つ。


 「そうだ。君たちにぴったりの言葉があるよ。“Chi trova un amico trova un tesoro”」


 「どういう意味ですか」


 グローは言葉の意味が分からず、意味を聞いてみると、ロレンツォは得意げに説明してくれた。


 「友に巡り会えた人は宝を手に入れたのと同じという意味だよ」


 彼らはその言葉を聞いた瞬間、より照れくささを感じ、お互いに目を合わせようとはしなかった。


 「あ、そういえば」


 グローはその照れくさい空気を紛らわすように、半ば強引に別の話題に切り替えた。


 「これ返します。本当にありがとうございます」


 グローはロレンツォに借りた金を返した。お世話にもなったので、その気持ち分も追加で渡した。


 「いやー、さすがユミトさんの友人なだけあるな。こんなすぐに払ってもらえるなんて」


 ロレンツォはとてもにこやかな笑顔でお金を受け取った。今までで一番の笑顔だ。やはり根が商人なのだろう。

 それとグローは一つ気になることを聞いてみた。


 「ところで、あの二人はあれからどうしましたか」


 ロレンツォはあの二人で察し、元奴隷だった二人の近況について教えてくれた。


 「あの二人は俺のところで手伝ってもらっているよ。最初は全然いう事を聞いてくれなくて大変だったけど、今ではとても役に立ってもらっているよ」


 グローはそれを聞いて安心した。彼は少しだけあの二人が気がかりだった。ロレンツォに今は迷惑をかけていないようで、彼は安心した。

 彼が胸を撫でおろすと、ロレンツォが今後について聞いてきた。


 「そういえば、君たちはこれからどこへ向かうのかな」


 ロレンツォは棚から一枚の地図を持ってきて、グローたちにも見えるように机に広げる。

 グローは地図で現在地を確認し、この神聖エストライヒ帝国の隣、アシーナ帝国を指さした。


 「とりあえず、次はこの神聖エストライヒ帝国の右隣のアシーナ(Αθήνα)帝国に向かおうかと思います」


 ロレンツォは、なるほどといった感じで顎に手をつけ、見ている。


 「そうなんだね。まあ、ここよりは安全かもね」


 ロレンツォは何か含みを持つような言い回しをする。

 さすがにグローも無視できず、聞いてみることにした。


 「何かあったんですか」


 すると、ロレンツォは先ほどの明るい表情から、突然暗い表情になる。


 「今神聖エストライヒ帝国は不安定だよ。聞いたかは分からないが、各地の村で上位の魔物が出現していたんだ。オークや人狼とかね。他にも出現したらしいし。そのおかげで物価も高くなるし、まったく嫌な世の中だよ」


 オークや人狼と聞いて、グローはこの前の戦いを思い出す。ヴォルティモの様子を見ると、ヴォルティモもそのようだ。

 彼はヴォルティモと顔を見合わせた。二人の素振りを見て、ロレンツォは何かを察したようだ。


 「その顔は何か知っているのかな」


 ロレンツォは彼らの顔を窺うように尋ねてきた。


 「いや、何か知っているわけではないんですが、実はここまで来る途中の村で俺らも遭遇しまして」


 グローの返答に、ロレンツォは目を大きく開き、驚く。


 「なんだって!よく無事でいられたな」


 グローは苦笑いを浮かべる。


 「まあ、苦戦しました」


 「すごいな。本当に強くなったんだね」


 ロレンツォは感心したように、グローを見て、頷いている。

 彼らは二つの村でオークたちと戦ったが、他の村がどうなったのか気になり、聞いてみた。


 「そういえば、他の村は大丈夫なんですか」


 グローの質問を聞き、ロレンツォは頭を搔き、少し困ったような表情をした。そして、重い溜息をつき、暗い声色で伝えてきた。


 「一応兵士が派遣されて助かった村もあるが、未だに占領されている村もあれば、壊滅してしまった村もある。全く怖い世の中だよ。偶然魔物が各地で出現するなんて」


 そんな偶然あるかなと、二人の中で疑問が思い浮かぶ。さらに、グローの中で少し引っかかる部分があった。あのオークや人狼は言語を話してたうえに、意思疎通もできていた。さらに、アンジェル語という気がかりなものも添えて。グローは、奴らは何か意図があって動いていたんじゃないかと疑う。彼は魔物の出現の偶然性を信じられなかった。


 彼はその魔物の出現について考えていると、ある一つの懸念が思い浮かんだ。兵士が派遣されているってことは、帝都が手薄になるのではと。

 だが、彼は悪い方向に考えるのは止めようと、思い浮かんだ懸念をすぐに掻き消した。


 「じゃ、俺らはここら辺でお暇させていただきます」


 彼らは椅子から腰を外し、玄関の扉に向かう。そして、ロレンツォに別れの挨拶をして、家を出た。


 「ありがとうございました。またいずれ」


 ロレンツォも手を振り、挨拶を交わす。


 「ああ、またいずれ」


 彼らはロレンツォの家を出て、次の街へと進むことにした。少し寂しいが、またいずれ会えるだろうという期待を抱き、先へ進んだ。


 しかし、グローは後悔することになる。それが彼とロレンツォの最期になるなんて。

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