11章109話 誇り
人狼の真相にグローたちは呆然と立ち尽くしてしまう。
だが、彼らが啞然としているところに、この空気を壊す者が現れる。突如、呆然と立ち尽くしていたマリアが何者かに吹っ飛ばされる。
「マリア!!」
「痛た……」
幸い、マリアは鎧を付けていた部分を攻撃されたのか、そこまで怪我は無さそうだった。だが、彼女の身に着けている鎧に若干、歪みが見られる。
グローは先ほどまでマリアがいた地点に視線を移すと、朱温が片足を胸の高さまで上げて立ち止まっていた。
「何をしている、クトゥルグ」
街に駐在していた兵士を片づけ終わったのか、朱温がクトゥルグと呼んでいた人狼のもとへ来た。
マリアがいなくなることで、クトゥルグに少し身動きできる余裕が生まれ、後ろに肘を突き立て、グローの腹に肘で攻撃を入れる。
グローは元々腹にダメージが蓄積されており、羽交い絞めにしていた腕を解いてしまう。
ようやく自由になったクトゥルグは肩を回す。
「すまん、少し手こずっていた」
「こいつらにか?」
朱温はグローたちを値踏みするように、彼らの風貌をジロジロと見てくる。
「こいつらはこれまで、幾度となく邪魔をしてきた。今、ここで殺すべきだ」
先ほどまではこのクトゥルグという人狼の温情というか信条によって、他の人狼たちに手出しはされなかったが、今度はそう上手くはいかなそうだ。人狼も朱温に急かされ、本気でグローたちを殺しにかかろうとする。
人狼一人だけだったらグローたちも相手にできたが、人狼全員が相手となると、さすがに数的に無理がある。
もうこうなったら、一旦東門から逃げるしかない。グローたちはそう思っていたが、ふと東門に視線を移すと、そこには朱温兵団の兵士たちがおり、門を塞いでいた。
「ここに近づいてきた奴から殺していく。むやみに逃げようなどと考えないことだ」
もうグローたちには逃げ場がない。もう死ぬまで戦うしか選択肢は残っていなかった。グローたちは武器を構え、戦う意思を見せる。だが、死がグローたちの目と鼻の先まで迫ってきていると、彼らの手は恐怖で震えた。
「手が震えているぞ」
クトゥルグはグローたちの手の震えを嘲笑う。
だが、グローは不安を相手に気取られないように、ニヤッとほくそ笑む。
「これは武者震いだ」
彼は苦しい言い訳をし、自身の震える手を抑えるために深呼吸をする。
グローたちと人狼たちはお互いに睨み合っていると、
「待て」
と突如、グローたちの前に一人の獅子獣人が現れる。
その華夏人は軽装の鎧を身に着けており、手には斧を持っていた。見た目から街に在中していた兵士らしかった。その兵士は人狼たちに怪我を負わされたのか、額から血がタラタラと流血している。
「あんた、怪我しているじゃないか。そんな状態で戦ったら……」
とグローたちは言いながら、その兵士の前に出て人狼と戦おうとする。だが、兵士は手に持っている斧で横を塞ぎ、グローたちを通させないようにする。
「ここは華夏人の国だ。余所者は介入してくるな」
その兵士の言葉からは外部の者を巻き込ませない、と同時に人狼や朱温たちを自分が倒すという意思を感じた。
「随分、勇ましいな。だが、どうする?逃げ場はないぞ」
「そうでもないみたいだぞ」
兵士は後ろに親指を向けると、グローたちの背後にあった東門で攻防が起きていた。東門を塞いでいた朱温兵団と華夏兵士が戦っていた。
朱温兵士が拳を華夏兵士の顔面に打ち付けようとするが、華夏兵士は向かってきた敵の腕の内側に自身の手を挟み込み、相手の攻撃を払いのける。そして、相手の攻撃を受けると同時に、もう片方の手で相手の顔面に拳を突き立てる。すると、朱温兵士の顔面に拳がめり込み、そのまま地面に倒れる。
―なんだ、あの動き!?相手の攻撃を避けるんじゃなくて、受け流している。
華夏兵士の近接戦の戦い方には目を見張るものがあり、苦戦を強いられながらも、辛うじて朱温兵士に勝つことができた。
複数の華夏兵士は東門を塞いでいた朱温兵士を必死の思いで倒し、東門を施錠していた丸太を外す。すると、塞がれていた東門が開き、住民が門から外へと流れるように逃げていく。
「開いたぞ!!」
「どけ!俺が先だ!」
生き残っていた住民は我先にと街を出ていく。
「お前らは我々を見くびりすぎだ。そっちが名高い朱温兵団だったとしても、こっちは誇り高い華夏兵士だ」
華夏兵士はドンと構え、戦闘態勢に入る。股を開いて下半身に重心を落とし、右手を前に出す。その佇まいから、人狼たちを通さんとする強い意志が感じられる。
「だったら、その誇りを粉々に砕いてやるよ」
人狼はそう言うと、華夏兵士のもとへと急接近し、右腕を伸ばして兵士の顔面に拳を突き立てようとする。だが、兵士は左手で人狼の手首付近を押さえ、人狼の攻撃を止める。そして、同時に、兵士はもう片方の右腕で人狼の顔面を殴ろうと試みるが、人狼も同じくもう片方の左手で兵士の右手首を押さえる。そこに、人狼は相手の手首を押さえていた左手を拳の形にし、攻撃を仕掛ける。だが、兵士はそれも右手で内手首から払いのける。
二人は相手の攻撃を受けては攻撃を仕掛けての繰り返しをし、グローたちを圧倒させる。
―なんて高度な近接戦なんだ……。普通、近接戦といえば、相手の攻撃を避けつつ、攻撃を仕掛けるのに……。彼らは避けるというより、相手の攻撃を受け流している。
グローは華夏兵士と人狼の高度な攻防に感動していると、
「何をしている!早く逃げんか!!」
と華夏兵士の怒号で一気に我に返る。
他の人狼たちもグローたちを殺そうと、こっちに向かってきていた。
グローは華夏兵士の言うよう、東門から逃げるのに走って向かう。マリアやヴォルティモ、イトゲルも開いた東門に向かって行く。ヴォルティモが一番東門に近く、グローとマリアが彼の馬車の近くまで辿り着くと、滑り込むように中に急いで入る。
それを見るや否や、ヴォルティモは馬を手綱ではたき、全速力で走らせる。
イトゲルは馬車の横から敵に近寄らせないように、追手に向けて矢を放つ。矢は近づいてきていた人狼の足元に刺さり、人狼たちの進行を一時停滞させた。そして、グローたちは数人の華夏兵士によって、命からがら逃げることができた。
一人の人狼が逃げていく遠くのグロー一行を見ながら、クトゥルグという人狼に尋ねる。
「兄貴、いいんすか?あいつら逃がしても」
「深追いして、返り討ちに遭っても困る。どうせまた会うだろう。復讐の狼煙は上がったばかりだ」
クトゥルグは遠くのグローたちを鋭く睨みつける。そんな彼の足元には一人の顔の抉れた獅子獣人の死体が横たわっていた。
そして、グローたちは街から出た後、東へと逃げて行った。
後日、あの日喀則という街から逃げた住民たちが、人狼が華夏にも襲来してきたと広めることで、華夏政府も人狼討伐に向けて動く運びとなった。そして、残念なことに、日喀則の街は人狼によって陥落したことが華夏全体に伝えられた。
この奴隷物語の戦闘シーン(主に華夏帝国編での)をリアルに描写するために、中国拳法を体験に行きました。また近いうちに中国拳法を取材したいのですが、何分、文章で書くのが中々難しいので、もし伝わりにくい戦闘シーンの描写があれば遠慮なくおっしゃってください。
いつも読んでいただきありがとうございます。




