11章108話 汝は人狼なりや?
人狼が雪崩のように街に流れ込んでくる。その雪崩はとめどなく流れ込んでいき、街を侵食していく。奴らは抵抗する者を殺し、建物を破壊し、食べ物などを略奪していく。
そんな中、グローよりも歳若い一人の青年が人狼に一矢報いようと、家にあった斧を手に取り、一人の人狼に立ち向かっていく。
「ふざけんな!!」
青年は戦い慣れていないせいか、斧を持つ手が震えている。だが、そのおぼつかない手で、人狼に向かって斧を振り下ろす。
だが、人狼はそんなわかりやすい攻撃を見切り、彼の手を掴み、拳に力を入れる。すると、彼の右手からボキボキという音が鳴り、彼は大声で叫ぶとともに、立っていられずその場にへたりこむ。さらに、追い打ちをかけるように、人狼は青年の背中を叩き、地面に腹ばいにさせる。
「た、助けてくれ!!」
地面に腹ばいになって、命乞いをしている青年を人狼は容赦なく上から踏みつける。
「お前らは、俺らが助けてくれって言っても聞かなかっただろ!」
人狼は怒りを足に籠め、思いっきり踏みつける。
青年は背中から圧迫されることで、顔を赤くなり、苦しそうに悶える。徐々に青年の顔色は赤から青白くなり、次第に口から泡を吹きだす。
「ひ、ひどい。なんてことを……」
住民は殺された人を見て驚愕し、口を手で覆い隠す。
「ほどほどにしとけよ。殺すのは戦意のある奴だけにしろ」
体格の大きい人狼は仲間にそう言いながら、街の隅々を見渡す。すると、視界にグローたちが目に入り、奴は呆れたように溜息をつく。
「なんだ、またお前らか」
グローたちを見て、まるで知っているような口ぶりをする人狼は、上下の服を腰の帯で締め、上の服は袖が無く、下は二股に分かれており、動きやすい服装をしていた。
以前の鎧を着ていた人狼とは服装が大分異なっていたが、グローたちには一瞬で「例の人狼」だとわかった。
人狼もグローたちを見るなり、以前会った奴らだと気づく。奴は何やら草を巻いたような小さな筒を口に咥えており、口のわずかな隙間から煙が漏れ出ていた。
グローは目の前の人狼を見ていると、身体にじんわりと怒りが湧きだしてくる。剣の柄を持っている拳に自然と力が入り、手がわなわなと震える。眉間にも皺が寄り、人狼にまるで穴が開くかのように睨みつけている。
人狼は、口に咥えていた小さな筒を地面に捨て、それを足でグリグリと踏みつけ、点いていた火を消す。
「なんだ、その目は。さてはあのアサシンを殺したからか?」
人狼がアサシンという言葉を口にすることで、グローの脳裏にカーズィムが浮かび上がる。すると、グローは眉間に皺を寄せ、キッと人狼を鋭く睨む。
「お前がカーズィムのことを口にするな!」
「おいおい、俺はそいつが誰とは言っていないだろ。最もそいつの名前は憶えていないがな」
グローが声を上げると、人狼はグローたちをわざと煽るように言う。グローは悔しさで歯をグッと食いしばる。
「甘えるな。この世は弱肉強食。生きるか、死ぬかだ。お前らの仲間はただ弱かったから死んだだけにすぎん」
その言葉を聞くや否や、グローはもう我慢できず、人狼に向かって飛び出していく。
グローは全速力で向かって行き、人狼の首を狙うつもりで、横なぎに斬りかかる。大振りだったが、力が込められていて、ブンという音とともに剣が風を切る。
だが、人狼は見切っていたのか、頭を屈めてグローの攻撃を避ける。同時に、右腕を折り曲げて、肘を角のような鋭利なものへと変える。そして、次の瞬間、右足を前に出すのと同時に、肘でグローの腹を突き刺す。
「うっ!!」
グローは肘で突かれた反動で、軽く吹っ飛ばされる。
だが、敵に隙を作らないように、すぐに立ち上がり、剣先で牽制しつつ距離を取る。
―なんだ?ただの殴りじゃない。内臓が爆発したように痛む。
彼は吐き気を催すが、そのまま内臓も出そうな感じがしたので、吐き気を堪えた。
人狼は体を斜め横に傾け、右手の手のひらを前に出し、グローとの距離を測る。グローも剣を人狼に向け、牽制する。そうして、しばらくジリジリと牽制し合っていると、先に動いたのはグローだった。
グローは足で地面を蹴り、走りながら人狼のもとへと向かう。そして、剣が届く距離まで近づくと、
「妖精の飛行」
と呟き、剣を回転させながら人狼の首を討ち取ろうとする。
だが、人狼は初動で察知したのか、頭をぐんと屈めてグローの攻撃を避ける。
「あっぶね。首が飛ぶところだったぜ」
人狼はグローの攻撃の軌道を見て、仮に攻撃を避けるのが遅れた自分を想像して、冷や汗をかく。
だが、皮肉にも奴はグローの間合いに入ることができ、手に握りこぶしを作り、攻撃の準備を整える。
―まずい!
グローは瞬時に距離を取ろうとすると、人狼は逃がすまいというようにグローの足を踏みつける。彼は足を踏まれることで、身体が固定されて逃げられない。そこに、人狼はグローの顔面に右手の握りこぶしを打ち付けようとする。
逃げられない。その絶体絶命のピンチの時、一本の矢が人狼の太ももに突き刺さる。
「ぐは!!」
グローと人狼は矢の飛んできた方向に目をやると、そこにはイトゲルがいた。
「兄貴!」
大きい人狼が太ももを矢で射抜かれたのを見て、他の人狼がすぐに加勢しようと姿勢が前のめりになる。
「入ってくんな!!こいつは俺との勝負を所望だ。お前らは他の抵抗する華夏人を押さえつけろ」
大きい人狼がそう言うと、その他の人狼は加勢したいという気持ちを抑えるように、歯を強く噛み締める。そして、彼の命令通り、華夏人を押さえ込むため、街の四方八方に分散する。
そして、少しの間ができた時、
「自分ひとりで突っ走るんじゃねえ!」
とイトゲルがグローを叱責することで、グローはハッと気づかされる。
―またやってしまった……。こいつのことになると、自分が自分で無くなり、歯止めが利かない。
グローは先ほどまで人狼を殺したいと興奮して、周りのことが見えなくなっていたが、イトゲルに注意されることで徐々に冷静さを取り戻す。
「イトゲルの言う通りだ。それに、魔物を武力で倒しても連鎖は止まらない」
イトゲルに続き、ヴォルティモがグローに注意する。
グローは彼らに言われたことで、目の前の人狼をこの手で殺めたいという気持ちをグッと堪えて、
「……わかった」
と渋々、了承をする。
「俺が奴の記憶を天眼で覗くのに、隙を作ってくれ」
ヴォルティモがそう言うと、グローたちは頷き、大きな人狼と相対する。
お互いに隙を見せないようしばらく睨み合っていたが、先に動いたのは人狼だった。人狼は走ってグローたちに急接近していく。中でも、奴はイトゲルに向かって行った。
人狼は近距離での格闘戦は得意であるが、遠距離からの攻撃は苦手であるため、あえて弓兵であるイトゲルに接近し、接近戦に持ち込もうとしている。
無論、イトゲルは向かってくる人狼に対し矢を放つが、奴は市街戦という地の利を活かして、住居の陰に隠れて矢を防ぐ。
イトゲルは人狼が住居の壁から出てくるのを見逃さないように、すぐに次の矢を用意し、すぐ撃てるように弦を引き続ける。
だが、奴は一向に出てこず、物音すらしないため、怪しく思ったイトゲルたちは周りを見回す。すると、側面を見たマリアが、「こっちよ!」と皆に呼びかける。彼らは側面に視線を移し、人狼がいることを確認する。
奴は住居の周りを一周し、グローたちの側面に回り込んできた。人狼はイトゲルのもとへあと少しの距離まで近づくと、拳に力を込める。そして、彼を落馬させるように、馬へと攻撃を加えようとすると、背後から邪魔が入る。
グローは人狼から見て死角の位置である住居の壁に隠れていた。人狼がマリアたちに気を取られている間、グローは背後から人狼に近づいていく。まるでアサシンのように、気取られないように。
人狼は背後からの刺客に気づくのが遅れる。
「しまっ……」
気づいたときにはもう遅く、グローは奴の背後から腕で脇をがっしりと固定する。そして、そこにマリアが槍の刃先を奴の喉元まで近づける。
人狼はグローから羽交い絞めにされ、身動きが取れない。さらに、マリアが奴の喉元に槍を向けているため、余計に動けない。
奴に隙ができると、
「天眼」
とヴォルティモは人狼を成仏させようと奴の記憶を覗こうとする。
だが……、
「ん?……おかしいぞ。全く何も見えない……」
と、ヴォルティモの天眼でさえも奴の記憶が覗けなかった。
すると、
「それ、あれだろ。亡くなっている魔物の過去を覗くやつだろ。あの方、フェンリル様にも使っていたな。俺は生きているから、意味ねえよ」
と人狼は悪態をつきながら、真相の答えを告げる。
グローたちは思ってもみなかった言葉に、金槌で頭を叩かれたように衝撃を受け、呆然としてしまう。
さらに、人狼は追い打ちをかけるように、
「それとついでに言っておくが、俺は魔物じゃねえ。確かに、今、魔物と行動を共にしているが、俺は、俺たちは…ただの獣人だ」
と人狼は彼らを睨みつけながら呟く。最後の言葉だけ何か思いを込めたように、言葉が重く感じられた。
グローたちは衝撃の事実を耳にし、二重で驚かされた。




