11章106話 やりたいことへの条件
グローたちは護の言っていた祭りが開催されている街を目指し、北西の方角を進んでいた。今彼らが目指している徳欽という街は吐蕃州に属しており、この地域は広い高原地帯で山々に囲まれている。木々は無く、枯草色の草原が広がっている。
彼らが街に向かっている途中、ヤクを放牧している獅子獣人の牛飼いがいた。ヤクは草原の草を食べながら、放浪していた。
この吐蕃州という地域ではヤクという牛が生息しており、このヤクを家畜とし、牛乳やバター、肉、毛皮など余すことなく使われていた。さらには、ヤクは荷物を運搬することにも使われるため、この地域では大変重宝されている。そのため、この地域ではヤクは重要な財産であり、男女が結婚する際には、男性がヤクを結納の品として連れてくるという。
西方でも家畜は重要な財産とされているし、一見、普通のことのように思えるが、ここが華夏帝国であることを思い出すと、違和感を覚える。それは華夏人が獣人である点だ。
華夏人は様々な動物由来の見た目をしているが、動物を食べることへの忌避感はあまりない。そのせいか、他国からは共食いだの、華夏人は何でも食べるだのと揶揄されている。
だが、これにも理由があった。元々、華夏人は菜食主義者で、肉食はあまりしなかったとされているが、過去の幾度となる干ばつやバッタによる蝗害などの飢饉によって、多くの者が飢え死にをし、仕方なく肉食もするようになったという。
グローたちは坂道を登っていくと、遠くに建物が密集している場所が見えてくる。
「お、見えてきたぞ」
ヴォルティモがそう言うと、彼らは目を細めて遠くを見据える。
そこには色とりどりの旗が街中に巡らされ、街にいる人々も赤色など派手な色に染色した服を着ている。街全体がカラフルな色で染め上げられていた。ぼんやりと見える石の無機質な住居も、不思議と街の色に溶け込み、カラフルさを引き立てている。
街は、確かに護の言うように、祭りを開催しているらしく、皆音楽に合わせて踊っている。奥にヴォルティモと同じような恰好をしている僧侶らしき人物がおり、太鼓や笛で音楽を奏でている。その音楽の波に乗り、踊り手らしき人物が動物のお面を着け、緩やかに踊っている。
この吐蕃州では仏教が盛んで、元々この祭りは仏教の行事だったものが、娯楽という祭りと化したようだ。
祭りの影響で、お寺付近にはここぞとばかりに屋台が並んでいる。
屋台を見ていると、干し肉やら揚げたお菓子のようなものがある。それと、やはり仏教が盛んだからなのか、仏教で使うような鐘やボウル、お守りなども見られる。
グローたちは物珍し気に屋台を物色していると、
「おう、兄ちゃんたち、バター茶はどうだい?」
と屋台の中年男性が声を掛けてきた。
「バター茶?」
グローはバター茶が何か分からず、聞き返す。
「茶(黒茶)にバターと塩を入れた飲み物だ。うまいぞ。ちなみに、そこにある揚げ菓子カプセもバター茶を使っているぞ。今ならカプセもおまけで付けよう」
「へえ!それは興味深いな。では、そのバター茶とやらをください」
グローたちは男性に銅貨を渡す。そして、男性はカップを片手に持ち、彼らの目の前でポッドから出るバター茶をカップに注ぐ。そして、男性は「あいよ」とグローたちにバター茶が並々入ったカップを手渡す。
「ここは乾燥しているから、喉が渇くだろ。他と比べて、標高も少し高く、山に囲まれているからな」
確かに、ここは少し高い標高にしては、日差しのおかげか、あまり冷えを感じなかった。ただ、乾燥しており、喉に乾きがある。
グローたちは名物のバター茶を楽しみに飲んでみると、飲み慣れていないからか、独特な味わいが口の中に広がる。不味くはないのだが、美味いとも言えない複雑な味をしていた。
「お、おいしいです……」
彼らは可もなく不可もない感想を言って誤魔化した。
ただ、おまけで付けてもらったカプセは、ほんのりとした甘みにサクサクとした食感でおいしかった。
グローたちがバター茶などを喉に流し込んでいると、
「兄ちゃんたち、今日はどこに泊まるんだ?」
と男性が世間話程度に尋ねる。
「野宿をしようかと思っています」
グローたちがそう答えると、男性は目を大きくする。
「え、ここは、日中は日差しがあるから暖かいが、夜は冷えるぞ」
「え、そうなんですか?」
グローたちはそう言われると、不安になってくる。すると、そこに別の女性が口を挟む。
「そうだよ、ここの夜は一層冷える。よかったらうちで泊まりなよ」
「あなたは?」
「ああ、すまない。いきなりすぎたね。あたしは宿屋の女将さ」
「ああ、そうなんですね。でも、いきなりですが、部屋は空いてますか?」
女性は首を縦に頷き、
「ああ、大丈夫だ。うちの娘は旅人の話を聞くのが好きなんだ。よかったら聞かせてやってくれよ」
とグローたちに頼む。
「わかりました。では、よろしくお願いします」
グローたちはその女将の宿屋に泊まることにした。そして、食事をしようと、こじんまりとした食堂へ行くと、小さい女の子がこちらに近づいてきた。
「お兄さんたち、旅人なんでしょ。面白いお話聞かせて」
彼らは、ああ、この子が例の女将の娘なんだと気づく。
「いいけど、面白いとは限らないよ」
グローはがっかりされたときのことを考え、保険をかけ、ハードルを下げる。
「いいよ!」
女の子は満面の笑みで答えるため、なるべくグローもその期待に応えたく、今までの冒険を物語のように語る。
「そうだな、どこから話すか……。まず、俺は元々、田舎の農家の子どもとして生まれたんだ。……」
グローは今までの旅の話をした。故郷で奴隷狩りに遭ってから奴隷だったこと、恩人と死別したこと、魔物と戦ってきたこと、仲間と出会えたことなど、子どもに語るには濃すぎる内容だった。
ただ、さすがに魔物が元人間であることやエンジェル帝国が魔物と手を結んでいることなどは、一般人特に子どもには重すぎる事実であるため、それらのことは話には出さなかった。それと、カーズィムが殺されたこともグローは口にできなかった。それは、子どもには重すぎると判断したからか、それともグロー自身が受け止めきれてないからなのかは、誰も当の本人でさえも知る由は無い。
グローが話した内容は濃すぎるにも関わらず、女の子はグローの話に目を輝かせて聞いている。
「わあ、お兄さんたち、すごい!色々なことを経験してきたんだね」
女の子にそう言われると、グローたちは「えへへ」と照れくさそうにする。
「お兄さんたちの冒険譚、面白い!本にすればいいのに」
女の子は羨望の目を向けるが、
「いやいや、本なんて……。偉人じゃあるまいし」
とグローは女の子の話を冗談として受け取って笑う。
「偉人だけが書いていいなんて誰が決めたの?」
女の子は子どもゆえの純粋な目でグローの目をジッと見つめる。
その言葉にハッとさせられる。
確かに、人は無意識にこれをしていいのはこういう人だけと勝手に条件を決めてしまうが、そんなことはない。
そんなこと、誰が決めたのであろうか。家族か、それとも友達か。確かに、周りにあなたには不可能だと言われることもあるだろう。だが、最終的に自分の限界を決めるのは自分だ。
人には向き不向きはある。それは動かしようのない事実だ。だが、挑戦する前に諦めなくてもいいではないか。一回挑戦してみて、それでも無理だったら、諦めればいい。失敗したっていいじゃないか。人は失敗することがまるで人生の終わりかのように思っている。それゆえに、失敗を恐れては、どこかで妥協して逃げてしまう。
グローは以前会った、夢に挑戦し続けたマーナのことを思い出すと、自分も限界を決めるにはまだ早いと感化された。
「そうだね。そうできるといいなぁ」
グローは滅多なことは言えないので、断定的な言い方は避け、詠嘆というか願望のような言い方をした。
この出来事が今後のグローの行く末に大きく影響するとは、まだ誰も知る由は無かった。




