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11章105話 最も怖いこと

 グローたちは大理の街をブラブラと散策する。

ヴォルティモは俊宇と約束したので、俊宇の母親の行方を調べるため、ダメ元で俊宇のことを尋ねてみる。

 「すみません、ちょっとお聞きしたいことがあるんですけど……」

 「……」

職人たちは彫刻や鍛冶、道具の製作など自分たちの作業に没頭している。ちらりとこちらを見たが、邪魔するなと目で訴えてきている。

 彼らはそれ以上、声をかけずにいると、

 「おう、どうした兄ちゃんたち」

と、休憩時間なのか、暇そうにしている男性が声をかけてきた。

 「すみません、俊宇という男の子を知っていますか?」

 「俊宇ならそこにいるぞ」

 男性は向こうにいる男の子を指さすが、全然違う男の子だった。俊宇とは華夏において、珍しくない名前であるため、同名の子どもがいても不思議ではなかった。

 「いや、数年前に行方不明となった子なんですけど……」

 ヴォルティモは言いづらそうに言う。

 「いや、知らねえな。おい、知っているか?」

 男性は後ろにいる他の職人に聞いてみる。

 「いんや、知らね」

 だが、答えは虚しく、同様に知らないとだけしか言われなかった。

―そりゃ、そうだよな。華夏はこんだけ広い上に、数年、下手すりゃ数十年前の話だ。手がかりが見つかるはずもない。

 「まあ、数年前に行方不明じゃ、もう亡くなっているんじゃないか?」

 男性はデリカシーが無いのか、ずけずけと言ってくる。

 「それは……」

 彼らはもうその男の子が亡くなっていることを知っているため、言葉に詰まる。

 すると、男性の後ろにいた職人がある提案をしてくる。

 「そしたら、この街の先にある墓地地帯を訪れてみたらどうだ?亡くなっていなかったら、そこには彼のお墓はないだろ?」

 グローたちはそう聞くと、確かに墓地であれば、彼の手がかりも見つかるかもしれないと思う。

 「確かに、そうですね。ありがとうございます」

 「おう、気をつけてな。向こうに墓地地帯への道があるから、そこを通るといい」

 後ろの職人は気遣いができるのか、親切にも道も教えてくれた。

 「ありがとうございます」


 そして、グローたちは大理で食糧などを調達し、街を出る。数日間、整備された道を走っていると、草花が生い茂る高原に出る。

 そこには、ズラーッとお墓が並んでいる。

 墓石には献花がささげられており、手入れも行き届いている。周りの草も無造作に生い茂っておらず、綺麗に刈られている。

 グローたちは手入れが随分行き届いているなと思い、墓石をジロジロ見ていると、

 「やあ、何か用かな?」

とスコップを手にしたヤク獣人の男性が近づいて尋ねてきた。

 その男性は怪訝な表情でこちらを見ていた。

 「いや、旅をしていて、ちょうど通りがかったもので」

 ヴォルティモがそう言うと、男性は安堵した表情を見せる。

 「ああ、旅の者か。たまに金品目的で墓荒らしが出るもんだから」

 華夏帝国では西方と同じく土葬が主流で、遺体と共に副葬品となる器物を入れることがある。その副葬品を狙って、墓荒らしをする輩が度々いる。


 「俺は墓守の護だ」

 その墓守の男性が片手を差し出し、握手を求めてきたので、グローもそれに応じる。だが、墓守の名前を今一度考えると、違和感を覚える。

 「ん?“護”っていう名前ですか?」

 彼がそう尋ねると、一瞬()があるものの、

 「……そうだ」

と護は答える。

 「え、すごいですね。まるで墓守として生きていくために付けられた名ですね」

 グローがそう言うと、護は一瞬返答に困る。

 「……あー、まあ、これは(あざな)だからな」

 「(あざな)って何ですか?」

 グローは知らない言葉が出てきたので、聞き返す。

 「字は……、アラッバス朝の言葉で言えば、ラカブ(لَقَب)というものだ」

 グローたちはラカブとは何だっけと、自身の頭の中に入っている辞書から言葉を探す。そして、しばらく考え込んでいると、ようやく思い出す。

 「ラカブ……。あ、ニックネームのことか!」

 「そうそう。この華夏では、名前が複数ある。赤ん坊の時に付けられる幼名、本名である(いみな)、そして、ニックネームの字だ。基本的に本名である諱は人に教えてはならない。その諱を呼んでいいのは親や主君しか許されない。だから、代わりに呼んでいいのが字というわけだ」

 華夏にはそんなに名前が多いのか。グローは驚く反面、面倒くさいなとも思ってしまう。しかし、長く受け継がれている文化であるため、軽はずみに失礼なことを言わないように思ったことを呑み込む。

 「なんでそんなに名前が多いんですか?」

 「名前は魂と深く結びついているからだ」

 突拍子もない考えが出てきて、彼らは混乱する。これ以上聞いていると、頭がこんがらがりそうだったので、グローは話題を替える。

 「そういえば、ここら辺は都市からは離れている辺境ですが、それでも墓荒らしが現れるんですか?」

 「たまにね。ここは訪問者がチラホラいるんだ。それにしても、全く、墓荒らしなんてひどいことだよな。人が唯一静かに安寧に過ごせるのは、この墓に入った時だけだ。そんなひと時さえも邪魔されるなんて」

 護は声こそ荒げていないが、口調から声に静かな怒りを感じる。

確かに、人生はいつも目まぐるしい。生まれた時から死ぬまで、人は何かに悩み、感情を揺れ動かされる。人生には休まる時が無い。だが、亡くなると、そういったしがらみなどが消え、ようやく安寧の時が訪れる。

 護はそんなひと時を邪魔する墓荒らしが許せないのだ。



「お墓は人の生きてきた証を残すものだ。人にとって、一番怖いものは何だと思う?」

 「うーん、死ぬこととかですか?」

 マリアが安直に答えるが、護は首をゆっくりと横に振る。

 「いや、忘れられることだ。例えば、自分が死んだとき、この世界に自分の痕跡が何一つ残っていなかったことを想像してみろ」


 ―痕跡がない?

 グローは自分が死んだ時、アトマン帝国の両親や今まで出会った人たちに忘れられていることを想像してみる。

 例えば、あの暖かい両親を頭に思い浮かべる。そんな両親に「グローを知っているか?」と尋ねた際、彼らはどう答えるだろう。

「グロー?誰だ、それ」

 もし彼らにそう言われることを想像すると、グローはまるで地下深くの暗い落とし穴に落とされたような感覚に陥る。

自分は確かにそこにいたはずなのに、いないことになっている。まるで自分が透明人間のようになったようだった。


 グローたちは自分の生きてきた痕跡が残っていない世界を想像すると、ぞわっと鳥肌が立つ。

 「ほらな。怖いんだよ。まるで自分が生きてきたことが嘘のようで、この生きてきた記憶も存在も偽物のように思えてくる。人は忘れられることは死よりも怖いんだ。そういう意味でもお墓は大切なんだ。故人の存在を思い出させてくれる」

 そう言われると、グローたちはお墓の重要性を痛感させられる。



 そして、グローたちは並んでいるお墓をチラチラ見ていると、ヴォルティモが「ん!?」と何か知り合いを見かけたような顔をする。

 彼は目に入ったお墓ににじり寄り、とうとうお墓の前に立つ。そのお墓には「俊宇」という名前が刻まれていた。隣のお墓には「紫薇」という名前が刻まれており、彼にとっては見知った名前だった。

 ヴォルティモはお墓に彫られた名前をゆっくりとなぞる。

 「その親子とお知り合いで?」

 護がそう尋ねると、

 「いや、知り合いの男の子と名前が同じで……」

とヴォルティモは愛想笑いをしながら答える。

 まだ確証は無い。だが、名前が同じであるため、少し引っかかる。

 「そうか。そこの親子は可哀想でね。息子が誘拐されてね、それで母親は亡くなるまで悲しみに暮れていたよ。そのせいか、若くして亡くなったよ」

 その護の話で、なんとなくこの俊宇は先日のゴブリンだとわかった。

 ヴォルティモは俊宇のお墓を優しくなでる。

 「俊宇、君のお母さんを見つけたよ。君のことを悲しんでいた。忘れていなかったよ」

 母親が生きていた頃に、俊宇のことを伝えることはできなかった。だが、数年か数十年を経て、伝えることができた。それが、ヴォルティモの一方的なものだったとしても、少しは俊宇も浮かばれるかもしれない。いや、彼らはそう思いたいのだ。

 グローもヴォルティモと同じように、俊宇のお墓に手をそっと添える。

 「俺もヴォルティモから君のことを聞いたよ。俺も君と似たような立場だったんだ。大変だったろう。あの世では安らかに眠ってくれ」

 彼が微笑みながら言うと、ここ一帯で風がビューッと吹く。その風は草花を揺らし、花びらが宙に舞う。まるで俊宇が答えているようだった。


 ヴォルティモは心がじんわりと温かくなり、

 「ここに来れてよかった」

と呟く。誰かに言っているわけではなく、どちらかというと詠嘆に近かった。

 護はその彼の独り言に返事をする。

 「それは何よりだ。君たちもたまには故郷のお墓を訪れるといい」

 ―故郷か。イトゲルを除いたグローたちは、今、故郷を失っているので、故郷を思い出し、ズーンと暗い気持ちになる。

 先ほどまで和やかな空気になっていたのに、一瞬でお通夜のような空気になってしまった。

 それを察してか、護は話題を変える。

 「ま、まあ、人には色々あるもんだ。そういえば、君たちは旅人だよな。そしたら、この西に街があるんだが、この時期だと祭りをしているかもしれん。ぜひ行ってみるといい」

 “祭り”という言葉を聞くと、若干彼らの心が躍る。悲しい気持ちは完全には払拭(ふっしょく)ができないが、少し和らぐ。いや、彼らは少しでも楽しいものに目を向けたいのだろう。


 彼らは護に勧められたのもあって、次はその祭りのある土地へと目指すことにした。


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