11章103話 罪悪感
グローたちは拓東城で華夏の地図や食料を買い、街を出る。そして、地図を見ながら道を進むが、如何せん、文字が分からないため地図が読めず、案の定迷ってしまう。
先ほどまで平原を走っていたはずなのに、今は木々が生い茂る山道を走っていた。
「うーん……」
ヴォルティモは地図が分からず、地図とにらめっこをしている。
だが、そこに好機が訪れる。彼らは山なりな地形を歩いていると、木々が伐採されたような切り株が点々と見つかる。
ヴォルティモはそれを見逃さず、
「ここら辺に木が伐採されている形跡があるな。もしかしたら、近くに人がいるのかもしれない。そこに訪ねてみよう」
と切り株の多い方向を目指す。
グローたちは切り株を頼りに、もう少し先に進むと、山小屋が見えてきた。
「すみませーん」
ヴォルティモは山小屋に住んでいる人がいないか、声を出して反応を見る。しばらくしても反応が無く、人はいないのかと思ったら、次の瞬間、山小屋の奥からサテュロスが現れた。サテュロスとは脚などの下半身が山羊だが、上半身は人間の姿をしている魔物だ。
グローたちは突然、魔物が現れることで驚いて、各々の武器を構える。
すると、魔物が両手をこちらに向け、
「站住!我没有闘志!」
と戦意がないことを必死にアピールする。
グローたちは言語が分からないものの、魔物に戦意がないことを察すると、構えていた武器を収める。その様子を見て、サテュロスはふぅと安堵の溜息をつく。
「你迷路了嗎?請来我家」
グローたちはサテュロスの言っている言葉の意味が分からず戸惑うが、サテュロスがそれを察したのか、山小屋を指さしながら、身振り手振りで伝える。
それで伝わったのか、グローたちはサテュロスに敵意がないことを確認し、お邪魔させてもらうことにした。
「ああ、じゃ、お願いします」
グローたちは山小屋に招かれ、居間の椅子に腰掛ける。
すると、サテュロスがいきなり、
「地图」
と言いながら、指で四角い何かをジェスチャーで示す。彼はグローたちが華夏語を話せないことを配慮して、文章ではなく、単語で話してくれた。
ヴォルティモは最初何のことかと戸惑うが、もしかして地図のことかと思い、街で買った華夏の地図を渡す。
「すみません、これなんですけど」
ヴォルティモが地図を渡すと、サテュロスは地図を広げて、現在地らしき場所を指さす。
「現在的位置」
サテュロスはそう言うと、そのポイントからなぞるように、進行方向らしき道を示す。
「あー、なるほど。そう行けばいいんですね。ありがとうございます」
ヴォルティモは納得し、お礼を言う。すると、サテュロスはまず左右の人差し指、中指、薬指、小指の4本の指をそろえ、一方の掌をもう一方の手の甲にあてて、手を折りたたむ。そして、手のひらを自身の身体の内側に向け、左右の親指を合わせ、両手を合わせる。
「謝謝」
サテュロスはそう言いながら、ヴォルティモにも真似してみてと言うように促す。
ヴォルティモは同じポーズをし、「謝謝」と言うと、サテュロスはニッコリと笑う。
そうして、グローたちはサテュロスから華夏語を少しだけ教えてもらった。
「我」
サテュロスはそう言うと、自分のことを指さす。そして、
「你」
と言うと、目の前のグローたちを指さす。
―なるほど。自分のことを我、あなたのことを你と言うのか。
グローたちは少しずつであるものの、サテュロスが身振り手振りで華夏語を教えてくれたことで、徐々に理解していった。
そして、ある程度言葉を習ったところで、グローは疑問に思っていたことをたどたどしい華夏語で尋ねる。
「あの、あなたはマモノですが、人間にウラミはない?」
グローは経験則から、人間への恨みなどから魔物へ変化することを知っていたため、なぜここまで親切に言葉などを教えてくれたのか、少々疑問に思っていた。
すると、サテュロスの第一声に驚きの言葉が出てくる。
「俺は魔物ではない。元々、山羊獣人の母親と人間種族の父親の許に生まれたんだ。だが、その人間と獣人のハーフだから、人間と山羊獣人の半々が体に出ているんだ。」
ヴォルティモたちは魔物だと思っていたものが、魔物ではないことに衝撃を覚える。だが、グローだけは驚きつつも、妙に納得していた。
―なるほど。だから、人間と獣人の体が入り乱れていびつな形になっているのか。確かに、ユミトも人間種族の背の高さとドワーフの筋力や髭の濃さが入り乱れていたからな。
グローはユミトがハーフであることを知っていたため、他のみんなと違って、多少なりとも受け入れることができた。
「どの種族でも中途半端な存在っていうのは辛いもんだ。獣人にも人間にもなれきれていないから、どっちの場所でも肩身が狭い。華夏では、俺のことを気味悪がっているから、俺はこの人里離れた山奥で暮らしているんだ」
―確かに、ユミトもドワーフと人間のハーフだったが、母親曰くハーフへの偏見が嫌で家を出たとか言っていたな。
グローの中で、サテュロスの一部がユミトと重なる。
そして、このサテュロスは山奥で暮らしているがゆえに、寂しくてグローたちと話すために、言葉などを教えてくれたのかもしれないと勝手に彼は推察した。
「俺のほかにも、珍しいが獣人と人間種族のハーフはいる。どいつも差別に耐えきれなくて、人里離れて暮らしている者が多い。俺の友達もこの故郷にいたくなくて、西方の方へと行ってしまった」
サテュロスは視線を下にして、どこか寂しそうに物語る。その様子を見て、グローはなんだか気の毒だなと思い、ある提案をしてみる。
「そうだったんですね。よければ、そのお友達に会ったとき、あなたのことを伝えましょうか?俺たち、今西方の方に向かっているんです」
グローがそう提案すると、サテュロスは分かりやすく嬉しそうにする。
「おお!そいつはなんて運命の巡りあわせだ。四神様の巡りあわせに感謝を」
「四神様って何?」
グローは知らない言葉が出てきたので、安易に尋ねる。すると、
「四神様とは、朱雀、白虎、玄武、麒麟の動物を象った華夏の神様のことだ。朱雀は赤い鳥、白虎は白い虎、玄武は亀と蛇、麒麟は四足歩行で角のある動物だ。そして、この神様がそれぞれの方角を司っており、この華夏を守ってくださっている……」
とサテュロスの長い話が始まる。グローはやってしまったと後悔する。マリアやイトゲルは何をしているんだと、彼の方をじとーと見る。
サテュロスは真剣に華夏の神様を説明してくれているが、真剣に聞いているのはヴォルティモだけだった。話が長くなりそうだったので、グローはサテュロスの話を遮って、本題を尋ねる。
「それで、そのお友達は何て言う?」
本題を尋ねられ、サテュロスは思い出したように、ポンと手を打つ。
「おー!そうだった。そいつはフゥーシーっていうんだ」
「……フゥーシー?」
グローとヴォルティモはその言葉を聞くと、身体が途端に固まる。
―フゥーシー、どこかで聞いたことがある……。
その時、二人の心の中にザワザワと胸騒ぎがする感覚を覚える。
そして、以前目にしたフゥーシーの姿がグローの脳裏に浮かび上がる。頭は人間、身体は鳥という見た目、胸元の青緑色など鮮明に思い浮かぶ。
―そうだ……。フゥーシーは俺が殺したんだった。
グローたちはフゥーシーを殺したことを思い出し、急に吐き気を催す。
さらに、殺しても魔物特有の塵とならなかったことも思い出し、改めて魔物ではないことを思い知らされ、罪悪感が余計に込み上げる。
二人が吐き気を催しているのを見て、サテュロスは二人を心配する。
「どうした?急に、大丈夫か?」
だが、そのサテュロスの親切さが余計に彼らの罪悪感を煽る。
グローはもう吐き出してしまいたかった。楽になりたかった。フゥーシーは俺が殺したのだと。
「すまない、その……俺が……」
グローは言おうと思うものの、その事実が言いづらく、言うのを躊躇ってしまう。ヴォルティモは言うのはあまりに残酷だと思い、グローに言うのを止めるよう、肩に手を置く。
だが、グローは言った方がいいという良心からなのか、それとも吐き出して楽になりたかったからなのか、途切れ途切れの声で事実を言う。
「俺が……殺して……」
途切れ途切れの声だが、サテュロスは何となく察する。だが、サテュロスは事実を受け止めたくないのか、グローの言葉を戯言のように受け流そうとする。
「な、何を言っているんだよ。半獣半人は知られていないだけで、いっぱいいる。そいつがフゥーシーとは限らないじゃないか」
未だに信じようとしないサテュロスに、グローはフゥーシーの特徴を伝える。
「フゥーシーは体が雉、頭は人間の姿をしている。そして、胸元や首が綺麗な青緑色をしてい……」
グローはフゥーシーの見た目を伝えると、サテュロスはそれで納得がいったのか、顔を青ざめる。
「そんな……。そんなことって……」
彼はしゃがみ込み、絶望したように顔を両手で覆う。だが、その絶望は次第に怒りへと変わり、彼はグローの胸倉をグッと掴み、睨んできた。
「……なんで。なんで、殺したんだよ……」
サテュロスはグローの胸倉を掴むが、すぐに膝から崩れ落ちる。彼は大粒の涙を流しながら、彼の思いを語る。
「分かっている。お前らはどうせただの魔物だと思って、殺したのだろう。お前らは悪くない。だが、お前らの顔を見たくない。もう出ていけ!!」
グローたちはサテュロスに小屋から追い出される。
グローとヴォルティモは当然、フゥーシーのことで罪悪感に苛まれ、どんよりとしている。確かに、フゥーシーは最初グローたちを威嚇するだけで、攻撃はしてこなかった。そのことが余計にグローたちの心を抉る。
確かに、二人は知らなかった、フゥーシーが魔物ではなかったことを。だから、二人に責められる罪はない。だが、それを責任なしと言うには、あまりに無責任だろう。それに、それを許せるほど、グローたちの良心は黙っちゃいない。
フェンリルなどの一件で、魔物が元人間(または現人間)だと知ったが、そのことがどれだけ重いのか、グローたちは改めて実感するのだった。
だが、少なくともグローたちもサテュロスもこんな形で知りたくはなかっただろう。これも、もし四神様の巡りあわせならば、神様はなんという残酷なのだろうか。
いつも読んでくださり、ありがとうございます。それと、ブクマなど本当にありがとうございます。とても励みになります。
ちなみに、本文で出てきているフゥーシーは3章21話に出ているので、良かったら参照してください。




