3章10話 狩猟と殺人
グローはアトマン帝国の家族の許を離れて、ロレンツォのとこに向かうことにした。
以前お世話になったロレンツォに貸しを返さねばならない。それに、お金を得たり、旅をするのに有益な情報が得られるかもしれない。
ただ、このままでは無理だ。今手元にあるお金を返すと、後に困窮するので、金を増やさなければならない。
そこで思いついたのが、この高質ゆえに高値で取引されるアトマン帝国産の武具を買い取り、それを普及していない地域で売ることにした。
そのため、アトマン帝国に来るときに使ったウェネプティアからのルートは使わない方がいいだろう。ウェネプティア周辺のミラント同盟はアトマン帝国としばしば交易をしているため、あそこらへんには武具が溢れている。つまり、そこよりも東の普及していない地域で売ってから、ウェネプティアへ向かう方が良い。
彼は両親から貰った手書きの地図を広げ、場所を確認する。
―神聖エストライヒ帝国で東側にある国はエストライヒ皇帝直轄領かな。
元々この国は東で誕生した今よりも小さいÖst(東の)reich(国)が他地域を征服し、併合していった結果できたのが今の神聖エストライヒ帝国だ。
実は、以前、グローは母親の出身の神聖エストライヒ帝国のことがふと気になり、この国について尋ねたことがあった。
「母さん、神聖エストライヒ帝国ってどんな国なの?」
「神聖エストライヒ帝国は良い国よ。特に、ガッリア公国は食べ物も美味しいし、色んな出店がいっぱいあるわ。それに……」
彼は世間話程度に軽く尋ねると、母親からつらつらと長話が飛んできて、それが永遠のように続いた。そのせいで、グローは途中から聞く気が失せ、「へえ」や「うん」などと空返事で返していた。
だが、母親が神聖エストライヒ帝国の説明をしている最中に、顔を曇らせる。
「でも、そんな神聖エストライヒ帝国をよく思わないのがいるのよ」
「どういうこと?」
母親が意味深長なことを言うので、グローはその真意を尋ねると、彼女は神聖エストライヒ帝国の複雑な事情を語りだす。
「元々、この神聖エストライヒ帝国は東にあった小さい王国だった。しかし、そのエストライヒ王国が、下にあるルークス教皇領を支持し、ルークス教を国教としたことから全てが始まった。
ここら辺の地域はルークス教の信者が多く、その信仰者は読み書きができるものが多かったから、それらを考慮した王は国教としたの。
さらに、エストライヒ王国は軍事力を拡大し、遠い東から侵入してきた異民族を撃退したことがルークス教皇から称賛を与えられ、“神聖”と名前を貰ったらしいわ。そこから、軍事や官僚制度、経済が整備され、ここらへん一帯を支配して、神聖エストライヒ帝国になったと言われているわ」
「へえ、すごいじゃん。小さい国がそんな大きい国になるなんて」
グローは神聖エストライヒ帝国誕生の歴史に感嘆していると、母親は「ううん」と首を横に振る。
「ここからが問題なの。西方の大部分は神聖エストライヒ帝国が支配しているでしょ?それゆえに、あまりの広大な領土と多種の民族を直接統治できなくて、地方の民族に間接統治として自治を与えるようになってしまったの。
そこで台頭してきたのが、親皇帝派のガッリア公国、市民が経済などで急成長した都市国家の集合であるミラント同盟、北の異民族を平定した軍事力を誇るポルッツェン騎士団領、東方の異教徒の地を征服し、信仰と経済と軍事で成り上がったキャスティーリャ大司教領なの。
実は、これが神聖エストライヒ帝国での悩みの種で、親皇帝派のガッリア大公国と中立のミラント同盟はともかく、反皇帝派のポルッツェン騎士団領とキャスティーリャ大司教領が、帝国の干渉を拒否しているの。しかも、いずれ反乱を起こすんじゃないかって、きな臭い雰囲気が漂っているわ」
「なるほど。国が大きすぎても問題はあるんだね」
「そうなのよ」
母親はガッリア出身であるため、愚痴を呟くように、反皇帝派の領邦やきな臭い情勢に文句を言っている。しかもその文句が長い上にくどい。よくあるおばさんのしゃべり方だ。
グローはあの家での思い出に浸りながら、彼はハットゥシャの地下都市の穴から地上へと潜り進めた。もう自分一人でも地上への道が分かるくらいここに馴染んでいたんだなと感慨深くなる。
地上まであと少しの地下道で、急に名残惜しさがこみ上げてくる。でも、彼は前に進むと決めたので、後ろを振り切り、地下道を抜けた。すると、眩い光が目に入り、手のひらを太陽に向けて目を守った。たまに地上へ出ることはあったが、太陽光がここまで眩しく感じるのは久々だった。太陽も彼の門出を祝福してくれているのだろうか。
とりあえず、ここでは神聖エストライヒ帝国で売る用の武具を買う必要がある。彼はバザールで質が良さそうで二本で金貨2枚というコスパの良い値段の剣を買い取った。そして、神聖エストライヒ帝国まで行くルートを決めた。
彼は、アトマン帝国内のここより東の首都カッパトッカに向かうことにした。そこから北東のエルバ人自治領を通り、さらに北東のイスティンポリンから船で神聖エストライヒ帝国に向かおうと思う。そのためには、ハットゥシャの街で、カッパトッカまで連れて行ってくれる人を探さなければならない。街中を見まわしていると、ロバを引き連れたドワーフがいたので、案内を頼んでみることにした。ここらへんのドワーフの住む地帯は山が多いため、ロバが多い。
「すみません、カッパトッカまで案内お願いできますか」
「いいけど、運賃支払ってくれよ」
彼は運賃をそのドワーフに支払い、カッパトッカまで案内してもらった。山なりな地形が多いため、進むのに結構体力が必要だ。さすがに、すぐにカッパトッカに着くわけはないので、何日も野宿を繰り返しながら、進み続けた。
山には特に魔物や動物、盗賊に備えておく必要がある。彼は剣の修行はしたが、実践経験は無いため、正直闘うのが怖い。
そんな思いとは裏腹に、山は不気味な夜になる。辺りは真っ暗になり、夜風で木々が揺れる。点けた焚火も風で一瞬弱まり、彼を本格的に脅かしてくる。すると、向こうの木々からガサガサと物音がする。その瞬間、ドワーフたちも身構え、向こうの木々を警戒する。焚火の灯りで向こうの木々から何かがこちらに近づいてきているのが分かる。彼らは身構え、武器を手に取る。
奥から二つの小型の姿が見える。ゴブリンだ。体毛は無く、肌は緑色で鼻や耳が長く、子どもくらいの大きさだ。服はボロボロの布切れで、刃こぼれの剣を持っていた。
あちらも警戒しているのか距離をとって、威嚇している。
すると、ゴブリンが剣で斬りかかってきた。しかし、手慣れたドワーフの一人がその攻撃を避け、持っている剣でゴブリンの体を斬りつけた。その一匹のゴブリンは、斬られた部分からボタボタと血を流し、倒れた。傷が深く、肉が裂けている。
その仲間のやられた姿を見たゴブリンは、顔を青ざめ、正気を失ったのか、そのまま突進して、グローに襲い掛かってきた。
彼は震える手で剣で受け身を取り、そのまま力を込めて押しやった。押しやられたゴブリンはふらつき、隙だらけの格好に、彼は父親に教わったドワーフ流の剣技で首を斬ろうとする。
だが、彼は戦闘経験が浅く、首を斬り切れない。変にゴブリンの首の半分が切れかけて、そこから出血をし、ゴブリンは痛みに悶える。
その様子を見て、グローの手は余計に震え、剣に力が入らない。震える彼を見て、ドワーフが「はぁ」と溜息をつき、痛みに悶えているゴブリンを首を斬ってとどめを刺す。
首を斬る直前でゴブリンの悲しそうな顔が目に入り、グローの頭にちらつく。少し罪悪感が胸に残る。
二匹のゴブリンの死体がフワフワした黒い塵となり、風に乗って消えていった。そして、そこにゴブリンの骨と思われるものが残っている。ドワーフたちは手慣れているように、骨の付近を物色するが、何もないようで、舌打ちをする。
「何もないな。はずれだ。まあ、群れでいない時点ではぐれだろうしな。」
たまに魔物によっては、装飾品などを持っているときがあり、小遣い稼ぎとして狩られることも多い。
グローは、その慣れたドワーフたちと違って、殺したことへの恐怖で体が震える。やはり慣れかもしれない。何回か魔物を倒していれば、大丈夫かもしれない。だが、ゴブリンの骨が人間の骨にとても酷似していて、妙に生々しい。その生々しさに彼は吐き気を催す。
「あんた、魔物狩り初めてなのか。基本魔物とか顔見て殺さない方がいいぜ。意識しちまうからな。まあ、何回かすれば慣れるさ」
「でも、妙にゴブリンの骨が、人間に似ていて」
「やめてくれよ。もし、ゴブリンが人間だったら、俺ら人殺しじゃねえか。」
ドワーフたちはガハハと山賊のような笑いをして、あっけらかんとしている。その姿を見ていて、彼はなんか真剣に思い悩んでいるのが馬鹿馬鹿しくなった。
ドワーフたちは明日も早いからとすぐに眠りについた。図太い神経だ。彼はそのドワーフを見習い、後を追うようにすぐに眠りについた。
その後も彼らは、カッパトッカに向かって進み続けた。その後もゴブリンがたまに出てきたが、慣れたからか不思議と罪悪感は減り、殺すのにも戸惑いは薄まった。途中で訪れた村では、食糧や水を金で払って、分けてもらった。
そして、出発から20日掛けてようやくカッパトッカに着いた。カッパトッカは他の街と同様に城壁に囲まれており、広大な敷地と多数の建物があった。
グローは関所で通行税を払い、城壁の中に入ると、まず天にも届きそうな巨大な岩山が目に入った。だが、徐々に近づき、良く見ると、穴があり、彫刻が施されている。どうやら城のようだ。それしても、首都だけあって、やはりハットゥシャに比べてとても栄えている。
この街も山なりな地形が多いのか、一番の高台に先ほどの岩の城があり、そこを中心に下り坂の道と住宅街が並んでいる。
建物のガラスが太陽の光を反射して、その煌びやかさを一層目立たせている。この街にいる人たちのオシャレな服装や身につけている綺麗な装飾品からも、その豊かさが窺える。
彼は武具などの商品を軽く見てみようと、武器屋に入ってみた。
剣の値段や質を見て見ると、値段がとても高い。桁を見間違えたかと一瞬思った。豊かな分、物価が高いのかもしれない。
店主も彼が買わないことを察したのか、冷めた目で見てくる。彼は居心地が悪いように、そそくさと店を出た。ここで武具を買わなくてよかった。
彼は一つ勉強になったと思い、豊かな街をブラブラする。この大きい街を見ているだけで楽しく、彼はふふんと鼻歌まじりで街を見回る。
だが、ふと店の隣の路地裏に目線をずらすと、世界が一変する。乞食や底辺の娼婦などがうずくまっている。表の人たちは綺麗な服や装飾品を身につけているが、その逆に彼らは汚れたボロボロの服を着ている。彼らの目には希望に満ちたような光がない。かつてのグローのようだった。
豊かな分、格差が激しいのだろう。どうやら誰もが幸せという世界は難しいらしい。彼は歯を強く噛みしめ、この世界の不条理さを憎んだ。




