10章101話 畏れ
グローたちは次の街ドンホイを目指していると、農作物が生い茂っている村を見かける。村に近づくにつれて、その大量の農作物は稲だと分かる。
その棚田に植えられた多数の稲は黄金色に染まっていた。
だが、その熟した稲を見て、グローはふと不思議に思う。
「稲っていうと、秋に成熟するものじゃなかったっけ?」
今の季節は夏だった。稲が熟すには、少し早い。だが、稲が実っていることで、グローは自身の知識が間違っているのかと錯覚する。
だが、
「いや、確か、そうだったはず。」
とヴォルティモが言うことで、自分は間違っていないと再認識する。
グローたちが戸惑っているところに、
「おや、あんたら、ここら辺の者じゃないね。」
とここの村人に声を掛けられる。
「ええ、この北方出身のイトゲルを除いて、西方出身が多いもので。」
グローがそう言うと、その村人は彼らが遠くから来たことに驚く。
「へえ!随分遠くから来たもんだ。じゃあ、この棚田は珍しいだろ。」
「ええ、西方では見ませんでした。」
マリアがそう言うと、村人はニヤリと自慢げにほくそ笑む。
「そうだろ。どうだい、綺麗な黄金色だろ。これはナガラチャム稲という種類の稲だ。ナガラチャム稲は早熟しやすい早稲だ。この稲を今のような春から夏にかけて育て、もう一つの晩熟の稲を夏から秋にかけて育てるという二期作を行っているんだ。」
村人は育てている稲について教えてくれるが、グローは元農民の家だったこともあって、少し不思議に思うことがあった。
「一年に二回も同じ稲を育てるなんて。連作障害で病気になったりしないんですか?」
グローがそう尋ねると、
「いや、稲は水を張るから、有害物質や過剰な栄養分が流されて、連作障害の心配がいらないんだ。」
と村人は答える。
「すごい。稲は病気とかの心配が無いんですね。」
グローは稲の丈夫さに驚くと同時に、羨ましく感じる。これが西方にもあれば、どれだけ飢えを凌げるか。西方では小麦が主流だが、しばしば連作障害などで凶作が起こることも珍しくない。この東方が西方に比べて豊かに感じるのは、この丈夫な稲が大きいのかもしれない。
だが、グローが稲のすごさに感動していると、突然、村人が意味深長なことをポツリと呟く。
「……だが、この取れた米も無駄になる可能性がある」
「え、どうしてですか?」
村人の意味深長な発言を聞き、グローはその真意を尋ねる。
「今まではアシーナ帝国やアラッバス朝にも輸出をしていたんだが、この情勢のせいで輸出ができなくて困っている」
それを聞くと、グローは納得がいった。確かに、こんだけ米を収穫するとなると、自分たちマジャ人で消費するだけでなく、多国へ輸出する用の商品作物としても生産しているのだろう。そして、アラッバス朝とアシーナ帝国は米を食すため、今まではお得意先だったに違いない。他に売ろうにも華夏帝国は自国で米を生産して、足りているので、売ることができない。
戦争の余波がこんな小さな村にも及んでおり、単なる村人が困り果てている。グローは増々エンジェル帝国の悪行を許せなくなった。
グローたちは村を出て、草原の道を進んでいると、ドンホイの街に着く。
ドンホイは海運業で発展した街で、大きな港とその付近に市場が並んでいた。彼らは街で食糧などを補給すると、急ぎ足で街を出ようとする。
彼らが街を出て東の方へ進もうとすると、なぜか東の方は人気がなく、というより森林が生い茂っており、人の手が加えられていないようだった。そこにあるものといえば、二体のドラゴンのような彫刻が左右にあるくらいだった。
彼らは不思議に思いつつも、さあ、街を出て進もうとすると、急に後ろからご老人がグローの腕をガシッと掴み、引き留める。
「あっちは行ってはならぬ。神がおるぞ」
ご老人が震える手で遠くを指さす。その指さす方向はグローたちの進行方向だったため、彼らは困惑してしまう。
「え、どういうことかしら?あっち行くなって言われても、進行方向だし。それに、神様がいるなら、逆にいいんじゃ……」
マリアがご老人の言葉に疑問がポンポンと湧いて出てくる。
「まあ、ご老人だし、ボケている可能性もあるだろう」
ヴォルティモがそう言うと、彼らは「確かに」とご老人の忠告を真に受けず、そのまま禁止されていた方向へと向かってしまう。
「……てはならぬ」
後ろから途切れ途切れの声が聞こえたが、彼らは振り返ることはなかった。
彼らはドンホイを出ると、木々が生い茂る森林の中を歩いていた。
「この国はどうも森林が多くて敵わん。」
このマジャ帝国は気温が熱い上に、雨もよく降るため、森林が生い茂っていた。そのうえ、なぜかここ一帯は今までのと違って、道が整備されておらず、彼らは獣道を進まされていた。
彼らは道に飛び出してきている木の枝を切りながら、森林の中を進んでいると、ふと空を見上げる。空は灰色の雲で覆われ、今にも雨が降りそうだった。
「まずいな。雨が降る前に、森林の中を抜けておきたい」
ヴォルティモがそう言ったすぐそばで、にわか雨が降ってきた。雨は木々に降り注ぎ、彼らを濡らし、地面をも濡らす。地面は次第にぬかるみ、徐々に森林の中に川を作っていく。
「やばい、どこかで雨宿りをしよう」
ヴォルティモがそう言うと、丁度いいところに、向こうに大きな洞窟が見えた。
「あそこで雨宿りをしよう」
グローがそう提案し、彼らはその洞窟内で雨宿りをすることにした。
「ふぅ、なんとか助かったな」
ちょうど雨宿りできるところを見つけて安心していると、ヴォルティモやイトゲルの馬が洞窟に入るなり、暴れだす。
「お、どうした、どうした?」
ヴォルティモたちは馬を宥め、一旦落ち着くが、馬は小刻みに震えている。その馬の様子で、ヴォルティモたちは変だなと感じ始める。
一方のグローは広大な洞窟を見て、好奇心に襲われている。この洞窟はとても広すぎて、上を見上げると、無限に広がる天井がある。
「すごい大きいなぁ。せっかくだから、この洞窟の奥探検してみないか?」
グローが好奇心から提案してみると、
「別にいいけど」
とマリアは一応承諾するが、乗り気ではなさそうだ。ヴォルティモとイトゲルも馬の様子からあまり乗り気ではない。
だが、彼らの様子を顧みず、グローは好奇心で突っ走って探検していく。
洞窟内は若干暗いため、松明で照らしながら奥へと進む。そして、壁伝いに進んでいると、壁に色が塗られているのを発見する。壁画が描かれていた。ただ不思議なことに、この壁画に描かれている人は蜥蜴人ではなく、服を着ていない黒い肌の人間が描かれている。その黒い人々が祈りを捧げたり、狩りをしている。
―はて、これに似たような壁画どこかでも見たことあるような。
グローが壁画を見ながら壁伝いに奥へと進むと、レッサードラゴンやクマなどの大型の動物の骨がゴロゴロと転がっていた。
「なぜこんなところに色んな大型の骨があるんだ?」
別に動物が洞窟内を根城にすることは珍しくない。だが、このような多くの種類の大型の動物が一か所に集まることはあり得ない。
しかも、不思議なことに、それらの骨の一部にはまるで噛み砕かれたような破損があった。
「これを噛み砕くなんて、とんでもない怪物なんじゃ……」
イトゲルがそう言うと、皆ゾクリと背筋が凍る。
「やだなー、イトゲル、怖いこと言うのはやめてよ」
マリアがぎこちない笑みを浮かべながら、イトゲルの発言を冗談として流そうとする。だが、目は笑っていない。
そして、少し沈黙と静寂の時間が流れる。洞窟内の雫が垂れて、ぴちょんという音だけが洞窟内に響き渡る。その重い空気の中、話を切り込みだしたのはヴォルティモだった。
「じゃ、そろそろ行こうか……」
ヴォルティモがそう提案すると、皆、うんうんと素早く頷く。そして、そのまま洞窟の外へと出ようとしたとき、ドスンという音とともに軽い地震が彼らの身に起きる。
さらに、グルルルという鼻で鳴らしたような鳴き声まで聞こえてきた。まるでおっさんのいびきのような低い鼻息だ。いや、まだその方が可愛いだろう。
グローたちは何かが近づいていると察知し、咄嗟に近くの大きめの岩陰に隠れる。そして、こそっと岩の裏から、その大きい物音の正体を恐る恐る覗き見る。
すると、そこには若干黒みがかかった緑色をしており、硬そうな鱗、鋭い牙を持つ巨大な生物がいた。ドラゴンだ。ドラゴンはレッサードラゴンとは比べ物にならないほど大きく、その大きさと恐ろしさに彼らは怯んでしまう。
ドラゴンは鉄の鱗を持っており、並大抵の武器では歯が立たない。というより、そもそも挑もうとすら思わない。敵わないことがもう明白だからだ。
グローたちは声を出さないように、両手で口を覆う。
「頼む。今だけでいいから静かにしてくれ」
ヴォルティモとイトゲルは各々の馬を小声で宥める。
グローたちは洞窟内の横端の岩陰に隠れていたため、ドラゴンがそのまま横を通り過ぎて、奥へと進んでくれれば、何事もなく彼らは洞窟を出ていくことができる。
彼らは気づかれませんようにと、各々の神に祈るように、両手の指を交差させる。あの普段祈ることのないイトゲルですら、自身の神に祈っている。
そして、神に祈りが通じたのか、ドラゴンは彼らに気づかずに洞窟の奥へと進み始める。
グローたちはドラゴンが奥へ行くのを見計らって、今だと洞窟を出ようとする。そろりそろりと家宅に侵入する泥棒のように、慎重に歩く。慎重に歩き進めていき、出口が近づいたところで油断したのか、地面にあった石ころを蹴ってしまう。蹴った石ころは洞窟内で音を立て、僅かにだが反響してしまう。その音に反応して、ドラゴンは音のする方向を振り向く。
「まずい、気づかれた!!」
彼らはドラゴンが振り向いたことで気づかれたと思い、泥棒歩きから全速力で逃げる。
必死に逃げるグローたちにドラゴンは気づき、彼らを追いかける。ドラゴンは体が大きいため、一歩一歩が大きい。どんどん距離を縮められ、彼らに迫ってくる。
グローたちは後ろを振り返ることができないが、次第にドスンドスンという足音が大きく、近づいてくるのを感じて、どんどん顔から血の気が引いていく。彼らはもう逃げるのに必死で、怖いという感情さえも忘れていた。
このままでは追い付かれてしまう。だが、ドラゴンは彼らに気を取られていたせいで、天井の飛び出ている岩に気づいてなかった。
ドラゴンは彼らを夢中で追いかけていると、突如、自身の前頭部に鈍痛が走る。頭を岩にぶつけたせいで、軽く脳震盪を起こし、視界がグラグラと揺れる。
グローたちはその隙に全速力で走って逃げ、見つからないように森林の中に入っていく。
ドラゴンは脳の揺れが少し収まったのか、辺りをキョロキョロと見回す。だが、彼らの姿を見失うと、ふぅーと鼻息をつき、諦めたかのように洞窟内に戻っていく。
「なんとか助かったな」
彼らはドラゴンが戻っていくのを見て、一安心する。そして、また見つからないように、そそくさと洞窟からどんどん離れていく。
後の村で聞いた話によると、あの洞窟はソンドン洞窟といい、マジャ帝国の中で神聖な区域らしい。
元々、蜥蜴人であるマジャ人にとってドラゴン(この地域ではナーガというらしい)は神聖な動物であり、信仰の対象である。それゆえなのか、はたまた近づくのは危険だからなのか、あそこは立ち入り禁止になっているとのことだ。
グローたちはその話を洞窟からある程度離れたところで聞くと、忠告してくれたご老人の言うことを素直に聞いておけばよかったと後悔した。
「でも、なんで危険な場所なのに、神聖でもあるのかしら」
マリアの素朴な疑問を聞くと、その疑問にヴォルティモが答える。
「意外と恐怖と信仰は結びつきやすい。地域によっては、雷などの災害が神様によるものだと結び付けられることもある。不思議に思うかもしれないが、でも、よく考えてみれば人として自然な道理だと思う。例えば、王族などは人々の敬意の対象であると同時に、下手をすれば処刑されるのではないかという恐怖の対象でもある。それと同じように、恐怖と敬意は混在しやすいんだ。だから、ナーガがいるところは危険でもあるし、神聖でもあるのだろう」
グローたちはドンホイのご老人の言葉をよく聞いておけばよかったと痛感する。そして、時には、急ぐ時には回り道をするのも手であることを実感した。




