10章99話 憧れと挑戦
グローたちはチェンマイの食堂で食事を終え、二階にある寝室で休む。そして、夜が明けると、チェンマイの街を出た。
街を出て、しばらく歩いていると、ある村が見えてくる。そこは木の柵で囲われており、このマジャ帝国に多い高床式の住居が点々とある。
ヴォルティモはその村で、次の街までの道を教えてもらおうと思い、その村に寄る。
「すみません、旅をしている者なのですが、道を教えていただきたくて」
彼がそう言うと、中年くらいの男性が前に出る。
「おー、ようこそ、わたしはこの村の村長のチャオです。どうぞよろしく」
村長が挨拶をし、握手を求めてくる。グローたちも礼儀に従い、握手を交わす。
村人はとても親切で、グローたちは次の街までの道を教えてもらおうとしたその時、
「おい!大変だ、息子のチャオがジョーラケー・ピーサートにやられた!!」
という大声が村中に響き渡る。
その父親らしき男性は少年を抱えているが、抱えられている少年の右半身は、何かに食い破れたように引きちぎられている。
村人たちはその男性と少年の前にこぞって集まる。
「こりゃひどい……」
村人が少年の損傷を見て、気の毒に思う。
そんな中、ヴォルティモが村人の群れを掻き分けて進み、その大怪我を負っている少年に近づく。そして、法術を試みる。
その法術を目の当たりにするや否や、村人は目を丸くする。
ヴォルティモは法術によって少年の出血を止めることができたが、もう既に出血が酷かったことや損傷がひどかったので、少年の息はどんどん小さくなっていった。そして、数分の奮闘の末、少年は息を引き取ってしまった。
「すみません、これ以上はもう無理です」
ヴォルティモは少年の父親に向けて頭を下げる。彼は父親の目は見れなかった。
その父親は悲しさで膝から崩れ落ちる。そして、頭を地面にくっつけ、項垂れ、泣きわめく。
ヴォルティモも悔しさから下唇を噛む。
「その……」
ヴォルティモが父親に何かを言いかけた時、
「……そっとしといてやろう」
とイトゲルが呟く。その言葉にヴォルティモは頷き、グローたちは下手に慰めず、父親をそっとしておくことにした。
そして、騒ぎが少し収まった時、グローは村長に分からないことを尋ねた。
「ジョーラケー・ピーサートとは何ですか?」
「ジョーラケー・ピーサートとは、巨大な人食いワニです。ここ最近、一体の個体が急成長により巨大化し、ここ近くのメコン川中流域で暴れているのです。そこ一辺の魚などの水生生物はたくさん喰われ、それだけでなく我々、人も被害に遭っているのです。それゆえに、そのワニは“悪魔のワニ”という意味で、その忌み名で呼ばれているのですよ」
村長はそのワニによっぽど恨みがあるのか、憎たらしそうに説明する。
「なるほど。では、状況を見てからですが、私たちが討伐してきましょうか?」
グローがそう提案すると、村長は目を丸くして驚いている。
「それは本当ですか!?助かります!」
よっぽど嬉しいのか、グローの手をギュッと両手で握ってくる。
「ええ、見てからですけど」
そして、グローたちがワニの討伐を引き受けようとしたところ、
「いや、俺に任せろ。俺がそのワニを討伐してくる!」
と何者かが彼らの約束に割り込んでくる。そう言いながら前に出てきた男性は、任せろというように胸をドンと拳で叩く。歳はグローとさほど変わらなさそうだ。
グローたちは随分勇気のある人だなと感心していたが、村人の反応を見ると、何かちょっとおかしい。村人は彼をどこか嘲るような目で見ている。
前に出てきた男性をよく見ると、服はツギハギだらけで、栄養も十分には取れていなさそうな様子である。
「彼は?」
グローは彼について尋ねると、
「彼はマーナです。親は戦争で亡くなった戦争孤児です」
と村長は答える。
「なるほど、戦争孤児ですか……」
「この村は華夏帝国との国境も近く、時折、華夏帝国軍が侵攻してくる時もあるのです」
村をよく見れば、戦争に備えてか武器が所々置かれている。普通に見えた村でも、どうやら事情があるようだ。
「では、マーナと一緒に同行し、ワニを討伐しようかと思います」
グローは戦争孤児と聞き、ほっとけなかったからか、マーナと同行することを村長に告げる。
だが、村長は、
「……そうですか」
と何やら不服そうな表情をしている。
グローたちはその村人の様子を見て不思議に思いつつも、一旦、ヴォルティモとイトゲルの馬を村に預けて、メコン川中流域へ舟で向かう。川は泥などで茶色く濁っており、水中の様子が分からない。だが、たまにボコボコと水音が聞こえ、一応魚がいるのだと確認させられる。
マーナは船尾に座り、船の後ろに取り付けられている櫓(翼型のオール)を使って舟を漕ぐ。やはりマジャ人は舟を使い慣れているからか、漕ぎ方が上手く、舟が安定している。マーナの巧みな操縦でスイスイとメコン川中流域まで向かっていると、
「そういえば、マーナはなんで今回の討伐を引き受けたの?」
とグローが尋ねる。すると、マーナはよくぞ聞いてくれましたというように、「ふっふっふ」と意味ありげに笑う。
「今回の討伐で俺の実力を見せつけてやるんだ。今回のワニの討伐は単なる通過点にすぎない。俺はチャオ=フン=ダオにも負けないくらい強くなって、皆を見返してやるんだ」
「誰だ?チャオ=フン=ダオって」
突然、知らない人の名前が出てきたため、彼らはマーナに聞き返すと、まるで常識知らずを見るかのような驚いた表情で見ている。
「お前ら、チャオ=フン=ダオを知らないのか!?」
「いや、まあ、ここの出身じゃないからなー」
それを聞くと、そういえばそうだったと、マーナも納得する。
「うーん、まあ、それもそうか。チャオ=フン=ダオとは、このマジャ帝国の英雄だ。華夏帝国の卑劣な攻撃にも臆せず、華夏帝国の進軍を追い返した過去の偉人だ。このマジャ帝国では、彼を知らない者はいない。もっと言えば、俺の村では彼に憧れない者はいない。かつて、彼によってあの村は華夏帝国との戦争から守られたから。だから、彼にあやかって験担ぎとして、子どもの名前をチャオにしたりしている。不思議だと思わなかったか?チャオという名前が多かったのが」
マーナがグローたちにそう尋ねると、彼らは確かにそうだな、と先ほどの村人を思い返す。
そして、その彼らの理解した様子を見て、マーナは改めて自身の思いを語る。
「でも、俺はチャオ=フン=ダオにも負けたくねえ。あいつは俺の越えるべき目標であって、憧れの対象じゃねえ。そして、チャオ=フン=ダオをも超える英雄になって、皆に俺を認めさせるんだ、ただの穀潰しじゃねえってことを」
マーナは拳をギュッと握り、決意を言葉に込める。
彼の言葉から、どうやら彼は穀潰しだと思われているようだ。両親を亡くした彼はきっと村で養われているのだろう。だが、それをよく思わない村人が彼を忌み嫌っているのかもしれない。そして、彼は皆に認めてもらうために、夢を追いかけているのだろう。
憧れや尊敬は大事だ。誰かを尊敬する、またはその人に憧れることで、その人みたくなりたいと思い、何かに向けて真似して努力する。だが、憧れているということは、もう自分では敵わない、自分とは違う存在なのだと認めてしまうことだった。それを、彼は分かった上で、差が大きいと知った上で、英雄に挑んでいる。
グローたちはその彼の挑戦力に感動する。だが、マーナの挑戦力に感動していた彼らだったが、それは数時間後に撤回されるのだった。
舟で中流域まで到着すると、先ほどまでとは違い、そこら辺一帯はシーンと静かになっていた。魚が泳いでいる様子もなさそうだと、濁っている川越しでもわかった。
いつでも戦えるように彼らは臨戦態勢を取る。そして、しばらくシーンと標的を待ち構えていると、急に水面からワニが飛び上がり、舟の側面をガリガリと齧ってきた。マリアがすぐさま槍でワニの鼻を突き刺す。すると、ワニは若干怯み、口を舟から離す。
推定からして、ワニの長さは20フィートもありそうだった。想定よりも大きかった。だが、グローたちにとって、倒せなさそうな相手ではなかった。だが、油断は禁物だ。舟が転覆したり、噛まれたりすれば、さすがのグローたちもひとたまりもない。
グローたちは舟が転覆しないように注意しつつ、ワニにも視線を移す。
肝心のマーナはというと、ワニに向かって木製の槍を突き付けるが、恐怖で手が震え、でたらめに攻撃する。
「うわああああ。来るなああああ」
マーナは槍で牽制するが、でたらめな振りであるため、ワニは恐れずに近づいてくる。そして、ワニは彼が持っていた槍をガブリと噛んでへし折る。それで余計に恐怖心を煽られたのか、マーナは折れたただの木の棒でワニに向かって振る。
「おいおい、大丈夫かよ。本当にこれでそのチャオ=フン=ダオを越えようと思ってい……」
イトゲルがそう言いかけた時、グローは彼の口を塞ぐ。
「そんなことは多分、彼自身が一番思っているよ。見てみろよ、あの顔を」
グローが顎でクイッとマーナの方を示すと、イトゲルは彼の言う通り、マーナの顔を見てみる。すると、マーナの顔は情けなさと悔しさでぐちゃぐちゃになっており、今にも泣きそうだった。
「そんな情けない醜態晒すんだったら、無謀な挑戦を止めればいいのに。人には人それぞれの限界がある。あいつも自分に見合った目標を立てればいいものを」
イトゲルがそう言うと、グローが自身の見解を語りだす。
「いや、しないんじゃなくて、できないんじゃないかな。きっと彼自身も内心では難しいとわかっている。でも、もしそこで諦めてしまえば、彼から夢と挑戦を奪えば、彼には何が残るだろう。周りも彼を認めていない、何も成し遂げていない彼を誰が認めるだろう。ああ、やっぱりな、と呆れられて終わってしまうだけだ。だから、彼は夢を自分に言い聞かせるしかないんだ。夢は追いかける理想のものでもあるけど、同時に現実を思い知らせる、迫ってくる恐怖でもある。彼にはもう理想の夢を見るしか残されていないんだ」
イトゲルはそのことを聞くと、何か感じたのか、
「……仕方ないな」
と呟き、でたらめな攻撃をしているマーナに話しかける。当のワニはマーナが攻撃をしているところにはもうおらず、水中に潜んでいる。
「マーナ、いいか。どんなに頑丈な生物でも目は守れない。そこを突くんだ。」
ワニは皮膚が厚く頑丈で、中々攻撃が通らない。だが、ワニにも唯一弱点がある。それは目だ。さすがのワニも目には守りを作れず、柔らかい。
「でも、目なんて小さすぎて、狙えねえよ!」
イトゲルの忠告を聞くも、彼は怯んでいて聞く耳を持たない。
「いや、よく目を凝らせば見えるはずだ。恐怖から目を背けるな。俺の弓矢を貸してやるから、それを使え」
マーナはその言葉を聞くと、途端に黙り、
「……わかった」
と呟く。どうやらイトゲルの言葉がマーナの琴線に触れたのか、彼のスイッチが入り、冷静さを取り戻す。そして、マーナは深呼吸をして、心を冷静にさせ、ワニに集中させる。
マーナはイトゲルの弓矢を構え、ワニの居場所を探す。正直、弓矢を扱い慣れていないマーナにとって、矢をワニに当てられる確率は小さいと言っても過言では無いだろう。それでも、グローたちはマーナを信じてみる。
そして、目を凝らしてみると、水面にワニの目がプカプカと浮かんでいた。
「いた!」
マーナは矢を放とうとするが、イトゲルが彼の腕を押さえ、矢を放つのを止めさせる。少しでも矢が当たる確率を大きくするためだ。
「まだだ。もっと引き寄せろ」
マーナは怯えながらも、彼の言葉にコクリと頷く。そして、ジッとワニから視線を外さず、こちらに引き寄せる。
ワニはジワジワと近づいており、見ているグローたちでも緊張感が走る。ジワジワ、ジワジワと近づいてくる。そして、舟を噛みつけるその距離まで近づいたときに、ワニが水面から目をより浮かばせる。
その時、
「今だ!」
とイトゲルの合図とともに、マーナが矢を放つ。放たれた矢はまっすぐに向かい、奇跡的にワニの左目にグサリと突き刺さる。
矢を撃たれたワニは痛みに悶え、水中でジタバタともがく。口を大きく開け、そこに間髪入れず、マリアが槍を突き刺す。槍は喉奥を突き刺し、ワニは痙攣した後、動かなくなった。
こうして、マーナたちは無事、悪魔のワニを討伐することに成功した。
人は平等。そんな薄っぺらい言葉が謳われ、一部の人はそれに縋りつく。
だが、現実はそんなことはない。人は不平等にできている。それも残酷に。能力や身分などが、もう生まれたときから確立している。
きっと皆、子どもの頃は何にでもなれる気がしていただろう。だが、大人になるにつれ、気づいてしまう。自分には限界があって、ちっぽけな存在なのだと。
そうして、人々は夢を諦めて、自分の身の丈に合った人生を歩むことを選択する。
いや、別に悪いことではない。やはり人には限界がある。それを理解して、自分なりに頑張るのはむしろ誇れることだろう。
だが、皆が限界を決めて、英雄には敵わないと決める中、マーナただ一人は諦めていなかった。
自分の身の丈に合った人生を歩むのが正しいなら、夢に向かって突き進むのは間違っているのか。いや、そんなことはない。だが、どちらも絶対的に正しいとも限らないし、間違っているとも言えない。
世界は黒か白ではない。その中間がほとんどで、何が正しいかも分からないまま、皆進んでいる。
そんな先行きも見えぬ中、マーナだけは夢を選択した。
能力や才能の差は変わらない。だが、多大な勇気と努力、そして少しの運が能力の差を埋めてしまうのかもしれない。
表現などでちょっと編集したいところがあったので、所々編集しました。内容は大きくは変わっていません。




