表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
104/137

10章96話 命の重み

 グローの体調が良くなったところで、マリアが彼に語り掛ける。

 「グロー、少し話があるんだけど…。」

 マリアがグローの顔を覗きながらそう言うと、

 「何?」

と彼は聞き返す。

 すると、マリアが、

 「カーズィムとあの人狼の件よ。」

と本題を切り出す。

 グローはその二つの言葉を聞くと、途端に顔を下に向け、表情が一気に曇る。だが、マリアはそれでも話し続ける。

 「あの人狼に早く復讐したいと思うのは分かる。憎しみは簡単に消えることはない。だから、憎しみを忘れろなんて無責任なことは言わない。私もあの人狼が憎いもの。でも、私は、あいつに執着して苦しんでいるグローを見ていると、悲しい。あなたは今、あの人狼のことで頭がいっぱいになっている。そうすると、あなたはあの嫌いな奴のことをずっと考えて、生きていかなきゃいけなくなる。それは、何よりもあなたが辛いだけよ。」

 確かにマリアの言うことは正しい。

執着というものは、人を奴隷にする。金に執着するものは、常に金のことばかり考え、金に(とら)われる。それは、もはや金の奴隷ともいえる。

 憎しみも(しか)りだ。だが、憎しみはトラウマもあるゆえ、中々断ち切れず、とても苦しい。人によっては一生、奴隷のままでいることもある。

 でも、そんなことはグローも百も承知だ。彼は何も言わず、黙ったまま彼女の話を聞き続ける。

 「それに、今のように深い憎しみなどの気持ちを持ったまま死ぬと、あなたも魔物のようになってしまうのよ。」

 これも彼は分かっている。今までの魔物を見る限り、苦しみや憎しみが彼らを「魔物」へと変貌させた。

 だが、人間はそんなに簡単ではない。そんな簡単に理屈で割り切れるなら苦労はしない。

 グローは自身の気持ちに一旦、蓋をすると同時に、下唇をグッと噛む。彼は一応、「わかった…」と返事をするが、完全には納得できていないようだった。

 「そう…。」

 マリアがそう一言だけ呟くと、突然、この空気を切り替えるように、手のひらでパンパンと手を叩く。

 「じゃ、もう話はおしまい。次の街まで向かいましょう。」

と彼女は元気よく進行を進めた。彼女に続き、ヴォルティモとイトゲルも「そうだな」と賛同する。そして、グローも寄せていた眉間の皺を緩め、口角を少し上げ、

「そうだね。」

と賛同する。

 そうして、彼らはまた旅の歩みを進めるのであった。




 グローたちは今より東へと向かっている最中、スコーダヤ朝領内に入る。スコーダヤ朝領内は森林が生い茂っており、気候もジメジメとしている。

 グローたちは次の街チェンマイを目指し、森林の中を進んでいると、

 「うーん、どうしようか。」

とヴォルティモが呟く。

 ヴォルティモが何やら考え込んでいるため、

 「どうしたの?」

とマリアが尋ねると、ヴォルティモは一呼吸くらい間を置いた後、

 「…いやー、道に迷ったな。」

と答える。

 「え、そうなの。困ったわね。」

 彼らが困っている、そんな時、荷物を入れた鞄を背負っている通りがかりのリザードマンと出くわす。彼の風貌を見るなり、きっと地元の商人だ。彼らはそれを好機と思い、その商人に道を尋ねる。

 「…あのー、すみません。今、道に迷っていて、このチェンマイまでの道を教えてくれませんか。」

 ヴォルティモがそう尋ねると、

 「そうなのか。教えたいのは山々なんだが、チェンマイなどの街までの道は俺もそこまで詳しくないからなー。」

とそのリザードマンは答える。

 「え、じゃ、その大きい荷物は何ですか。」

 ヴォルティモが荷物の入った鞄を指さしながらそう言うと、

「あ、これか?これは、この森に住む“森の民”と物々交換する物だよ。」

とそのリザードマンは答える。

 どうやら彼は商人じゃなかったらしい。

 なんだ、とヴォルティモたちはガックシと肩を下すと、

 「それなら、この近くに龍飼いの村がある。そこへ行ってみたらどうだろうか。」

とリザードマンが彼らに提案する。

 「龍飼いの村?」

 ヴォルティモは知らない言葉があったので、聞き返す。

 「俺が住んでいるレッサードラゴンを飼育している村だ。このマジャ帝国ではレッサードラゴンが戦場で使われている。そのレッサードラゴンを飼育する村がいくつも点在しているんだ。ただ、その村は国にとって重要だから、簡単に入れるかはわからないがな。」

 そのリザードマンは簡単に入れないような村を紹介し、からかうようにケラケラと笑う。

 「そうなんですか。」

確かに、その男の言う通り、国にとって重要な資産のレッサードラゴンを保有している村だとすれば、簡単には入るのは難しいだろう。だが、この近くで他に村があるわけではないので、ヴォルティモたちはその村に行くしかなかった。

 ―ダメもとで頼んでみよう。

 ヴォルティモはそう思い、龍飼いの村を目指す。先ほどのリザードマンの言う道を進むと、木々が減っていき、徐々に開けた場所へと辿り着く。

 「おお、ようやく森林を抜けた。」

 そして、草原の道を進むと、

 「お、あれか?」

と、遠くに村が見えてきた。ただ、ただの村と違って、土塁と木柵で囲われていた。やはり、この国にとって重要な村だけあって、大事そうに守られていた。

 だが、グローたちはその龍飼いの村に着くと、何やらザワザワと騒がしい。

 この騒ぎは何だと見てみれば、村の入口に盗賊らしき者たちがたむろしており、村人と言い争いをしているようだった。

 「レッサードラゴンはお前らには渡さん。」

 村人が強気に出ると、

 「うるせえ。さっさとこの村で飼育しているレッサードラゴンを出せ。そうすれば、命は見逃してやらんでもない。」

と盗賊はイライラしながら、レッサードラゴンを要求する。

 そして、

 「帰れ!」

と村人が煽ると、盗賊の堪忍袋の緒が切れたのか、

 「てめえら、いい加減にしろよ!」

と盗賊の一人が剣で村人を斬りかかろうとする。

 その危機的状況に、村人の女性がキャーと悲鳴を上げる。

 盗賊の剣が村人の体を斬りかかるその寸前に、グローが剣で盗賊の攻撃を受け止める。

 「あ?誰だ、てめえら。ここのもんじゃねえだろ。さっさと失せな。」

 盗賊がそう命令するが、

 「目の前に危険があるのを黙って見過ごせない性質(たち)でね。」

とヴォルティモは言い返す。

 「へえ、命知らずがいたもんだ。」

 盗賊が武器を構えると、グローたちも武器を構えて対峙する。

 そして、数分後、盗賊が先に攻撃を仕掛ける。盗賊の一人が持っていた剣を横なぎに斬りかかると、それをグローが剣で受け止める。そして、隙ができた盗賊へイトゲルが矢を放つ。矢は盗賊の一人の肩に突き刺さり、奴は剣を持っていた腕の力が弱まる。

 そこに、グローは剣で盗賊の胸辺りを斬りつけ、血飛沫が飛ぶ。

 「ぐあっ!」

 斬られた盗賊はそのまま地面にバタリと倒れこみ、息を引き取る。

 仲間の盗賊がやられたのを見て、他の残党は恐れおののく。

 「クソ!一旦、退くぞ!」

 盗賊のリーダーっぽい人物がそう言うと、彼らは向こうへと退却していった。

 盗賊が見えなくなると、

 「どうもありがとうございます。」

と村の衆から老人のリザードマンが前に出てくる。

 「私がこの村の村長です。何か御用ですか?」

 彼がそう尋ねるため、

 「今、道に迷っていて、チェンマイまでの道を教えてくれませんか。」

とヴォルティモは正直に村長に聞いてみる。

 「あー、そうなんですね。それだったら、ここから北を目指せば着きますよ。」

と村長は北の方角を指さしながら説明する。

 「そうなんですね。ありがとうございます。」

 ヴォルティモはお礼を言い、今から北を目指そうとすると、村長が彼らを引き留める。

 「今から向かうとしても、遅くなります。良かったら、この村で一晩ゆっくりされてはいかがでしょう。盗賊を退治してくださったお礼です。」

 「そんな、いいんですか?ありがとうございます。」

 グローたちがお礼を言うと、村長はニッコリとほほ笑む。だが、その後、手を顎に付け、何か考え込むような仕草をする。

 「だが、泊まるにしても、どこにしようか?4人ともなると、泊まる場所は限られるな。」

 村長がそう悩んでいると、

 「俺のとこなら泊まれるぞ。」

と後ろの若い男性の村人が声を上げる。

「おー、メーター(เมตตา)か。確かに、お前のとこなら、余裕があるな。では、頼む。」

 村長がそう言うと、「了解した」とメーターは返事をする。



 そうして、グローたちはメーターのところにお世話になることにした。

 「今日はお世話になります。ありがとうございます。」

 彼らが改めてお礼を言うと、

 「いや、全然気にしなくていいよ。」

とメーターは返す。

 グローたちはメーターに付いていき、彼の家に向かうと、向こうに大きめの二つの小屋が見えてきた。メーターはその小屋を指さす。

 「あれが俺の家だ。」

 「すごいですね。こんなに大きい家を持っているなんて。」

 グローがそう言うと、

 「いや、違う。」

とイトゲルが否定する。

 「よく見ろ。右の小屋は入口の扉がない、しかも大きく開かれている。これは大きい動物の小屋だ。」

 イトゲルがそう言うと、

 「ああ、そうだ。レッサードラゴンの小屋だ。」

とメーターが答える。

 そして、

 「少し見て行ってくれ。」

とメーターはグローたちを飼育小屋に案内する。

 飼育小屋に入ると、数匹のレッサードラゴンがいた。

 グローたちは初めてレッサードラゴンを見て、少し怖気づく。やはりレッサー(lesser)とはいえドラゴンであるため、その迫力に気圧されてしまう。

 だが、メーターはそのドラゴンの迫力に物ともせず、近づいて頭を撫で始める。

 「可愛いだろ。こいつの名前は、甘えん坊だから、キーオンっていうんだ。」

 メーターは余程動物が好きらしい。キーオンの頭を満面の笑みで撫でている。キーオンも嬉しいのか、安心したように目を瞑る。

 その様子を見て、グローたちの緊張も少しばかり(ほど)ける。

 メーターはキーオンをしばらく撫でていると、何か語り始める。

 「動物は道具じゃない。彼らも人と同様に生きている。だからこそ、俺たちは彼らと生きていくためには、彼らの生態などを理解して、コミュニケーションをする必要がある。例えば、彼らは寒さに弱いため、日光浴を度々する。だから、日当たりが悪いところや、気温が低いところでは育てられない。他にも、レッサードラゴンは肉食性だから、小動物の肉などを与えなきゃいけない。彼らは言葉を理解できないが、彼らの生き方を理解し、受け入れることで、彼らとコミュニケーションを取ることができる。」

 グローたちはメーターの言葉を聞くと、素直に彼のことを感心する。メーターは言葉も通じない別の生き物を彼なりに理解しようとし、歩み寄っている。これが、言葉で述べれば簡単に思えるかもしれないが、中々現実に起こせるのは難しい。

 そして、メーターは頬をポリポリと搔き、話を続ける。

 「まあ、そう偉そうに言う俺も以前は、レッサードラゴンのおかげで戦争に勝利することに喜んでいたんだ。だから、このレッサードラゴンを飼育し、調教する自分を誇っていたさ。でも、ある時、その考えがガラリと変わった。」

 メーターはそう言うと、視線を空に向け、その当時を回想し始める。

 「あれは、今日と同じ晴れの日だった。その日は華夏帝国との戦争があり、レッサードラゴンが駆り出され、俺も衛生兵として戦場に出向いた。勿論、俺が調教したレッサードラゴンも竜騎兵として戦場に駆り出されていた。



 そして、お互いの軍が整列し終えて数分が経った後、開戦の合図がされる。開戦すると、お互いの軍は前進していき、兵士たちがぶつかり合う。

 だが、華夏帝国は体術に特段長けており、兵数も多いため、どんどんマジャ帝国歩兵を倒していく。だが、マジャ帝国もただやられているわけじゃない。ここで、強みのレッサードラゴン竜騎兵の登場だ。

 竜騎兵部隊は上から槍などの長距離武器で攻撃していく。竜騎兵は飛びながら攻撃できるため、華夏帝国にとって竜騎兵部隊を倒すには苦戦を強いられる。

だが、絶対に倒せないわけではない。剣は届かずとも、弓矢や槍など距離が長いものであれば、攻撃は通る。

 華夏帝国の弓兵部隊が矢を放ち、レッサードラゴンに突き刺さる。

レッサードラゴンは弓矢で突き刺されると、口を大きく開けて痛みに悶える。レッサードラゴンは声帯を持たないため、鳴き声は無いはずなのだが、彼らから悲鳴が聞こえたようだった。

 絶命する寸前のレッサードラゴンなんかは見るに堪えなかった。地面に落下した後、痛みで体全体がピクピクと痙攣している。そして、数分後、大きく開けていた目がゆっくりと閉じていき、ガクッと脱力する。

 戦争が終わるころには、そんな苦しんでいったレッサードラゴンの死体が数百も地面に転がっていた。兵士の死体もゴロゴロと転がっている。

 地面には血の池ができており、地面が赤色に染まっていた。



そんな戦争の現場でレッサードラゴンの数多くの死体を目撃したとき、『ああ、俺はなんてことをしていたんだ』と罪悪感に苛まれた。それまで道具にしか思えなかったこの子らが、途端に生き物だと感じてしまった。」

 ヴォルティモはメーターの話を聞いていると、アンナのことを思い出す。彼女も動物たちが人間に道具として使われ、必要がなくなったら邪魔者扱いされていることに嘆いていた。

 アンナやメーターが言っていたように、人は動物たちを道具のように考えている。だから、その命の重さを実感してしまうと、途端に怖くなる。自分たちのしてきた所業の重さを実感する。


 「だが、この子らを戦争に行かせたくないと思っていても、それをしてしまえば、皇帝の命に反してしまう。だから、俺にはこの子らが大人になるまで、うんと可愛がってやることしかできない。それがエゴだとわかっていようがな。」

 その言葉にはメーターの決意のようなものを、グローたちは感じた。

 「俺は早く戦争が無くなればいいなと思っている。そしたら、この子たちがもう戦争に駆り出されることは無くなるから。」

 メーターは子どものレッサードラゴンの頭を撫でると、そのレッサードラゴンは嬉しそうに頭をメーターの手に擦りつけている。

 グローたちは本当の意味で動物と人が分かり合える、そんな時代が訪れることを渇望せずにはいられなかった。


ブックマークや評価等、本当にありがとうございます!とても励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ