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10章94話 己の正義

 奴にどんな過去、憎しみがあるのか調べるために、ヴォルティモは「天眼」を使う。

 「天眼」

 ヴォルティモがそう言うと、彼とサキュバス両方に激しい頭痛が起きる。

 「相変わらずこの痛みは慣れないな。」

 ヴォルティモは頭痛が起きるとわかっていてもなお、痛さで頭を押さえている。

 一方、サキュバスの方はというと、

 「ああぁぁぁぁぁ!!なんだこの痛みは!!」

と突如、理由の分からない激しい頭痛に混乱していた。

 奴が混乱している隙に、ヴォルティモがサキュバスの記憶を覗く。

 彼女の記憶を覗くと、そこには森にポツンと建っている小屋があり、その小屋には若い綺麗な女性が住んでいた。



 彼女が小屋を出ると、空からギラギラと光を降り注ぐ眩い太陽が昇っていた。彼女は、眩しい太陽を手を上にして塞ぐ。

 「今日は晴れているから、食べられそうな野草を探そうかしら。」

 彼女は森の中を歩きながら、野草を探す。

 そうして、小屋から少し離れたところで、野草を探していると、木々が生い茂っているところから、ガサガサと音がした。彼女は動物かなと思っていると、その木々から出てきたのは軽武装した男性たちだった。盗賊だ。

 「おい、女がいるぞ!」

 一人の盗賊が仲間に知らせるように、大きな声でそう言うと、奥からぞろぞろと仲間らしき盗賊がやってきた。

 彼女は危機を察知し、すぐ逃げようとするが、盗賊がすぐさま彼女の手を掴み、逃げれないようにする。そして、そのまま彼女を地面に押し倒す。

 「…や、いや!やめて!!」

 彼女は抵抗しようとするが、

 「おい、暴れんな。」

と盗賊は暴れないように、彼女の頬を殴る。

 「いたっ!」

 彼女の頬は赤く腫れ、見ていて痛々しい。

 「暴れなければすぐ終わるからよ。」

 盗賊は抵抗すれば暴力を振るうと脅し、非力な彼女は黙っているしかなかった。

 「い、痛い…。」

 彼女の抵抗は虚しく、盗賊のいいように使われた。

 そして、一方的な行為が済んだ後、盗賊たちは、

 「こいつ、どうする?」

と彼女の処遇を決めようとする。

「まあ、顔だけはいいし、娼館に売っちまうか。」

 一人の盗賊がそう提案すると、「確かに」と他の盗賊も賛同する。

 そうして、彼女は盗賊に襲われた後、娼館へ売り飛ばされた。

その後、彼女はいくつもの娼館でたらい回しにされ、最後は梅毒で体が朽ちていった。病に罹った娼婦など誰も相手にせず、ごみ同然のように死体置き場に捨てられた。

 ―私の人生はこれで終わりなのだろうか。私が生まれてきた意味はあったのだろうか。

 彼女は自分自身の人生を振り返ると、切なさと虚しさで胸が苦しくなる。

 ―なんでこうなった…。いや、答えははっきりしている。男だ。

 彼女の心は切なさと虚しさで一杯になっていたが、次第にそれらが怒りへと変わっていく。

―男が憎い。私をこんなにした男を滅ぼしたい。

 彼女は意識が途絶える最後まで、何度も何度も「男が憎い」と頭の中で反芻(はんすう)する。

 そうしているうちに、意識が途絶え、今度はサキュバスとして生まれ変わったのだった。



 ヴォルティモはサキュバスの生前の記憶を知ると、彼女がとても気の毒に思えて、自分たちが成仏させることを身勝手だと思ってしまう。もはや彼女の憎しみや復讐は正しいのだとさえ思ってしまう。

―彼女が人間、特に男を憎むのも仕方がない。だが、このまま彼女を憎しみの渦に留まらせるのも、彼女のためにもならない。それに、無関係の人々を巻き込むのも良くない。

 だが、果たして俺に彼女を止める資格があるのだろうか。

 ヴォルティモはサキュバスを成仏させるか躊躇ってしまう。それは、彼自身が男だからという立場で躊躇っていることもあった。

 「どうしたの、ヴォルティモ?天眼で見えたんでしょ?」

 彼女が躊躇っているヴォルティモの肩にポンと手を載せると、彼女の頭の中にヴォルティモが天眼で見た記憶が一気に流れ込んでくる。

 すると、マリアは突如、目をうるうるとさせていた。

 そして、彼女はサキュバスの方に振り向き、奴に徐々に近づいていく。

 「な、何よ。」

 サキュバスは近づいてくるマリアに警戒していると、次の瞬間、マリアがすかさずサキュバスの体を優しく抱きしめる。

 「辛かったわね。あなたは何も悪くない。」

 サキュバスは目を丸くして呆けるが、すぐに我に戻り、抱きしめるマリアを横目にキッと睨む。

 「お前に、恵まれて生きてきたお前に何が分かる?」

 サキュバスがきつい口調で言うと、

 「分からないわ。」

とマリアはあっさりと答える。

 その予想外の答えに、サキュバスは再び目を丸くする。

「だって、私はあなたではないもの。だから、あなたの辛さを完全には実感できない。ここで、分かっているなんて言うのは、ただの嘘だわ。でも、それでも、あなたが今までどれだけ辛い目にあったかだけは理解できる。あなたは悪くない。」

 やはり同じ女性だからこそ、サキュバスの生前の頃の苦しみを痛感したのだろう。

 「それと、あなたは私たちにあなたの苦しみを教えてくれた。私たちがあなたのような人々を救っていくわ。だから、あなたの人生は無駄なんかじゃない。」

 ―ああ…。そうだ、私はただ認めて欲しかっただけだったんだ。「辛かったね」と、「あなたの人生は無駄じゃない」と、ただその言葉が欲しかった。

 「じゃ、約束ね…。私みたいに苦しんでいる人たちを救ってあげて。」

 サキュバスがそう言うと、

 「ええ!」

とマリアは彼女に誓いを立てる。

 「良かった。」

 サキュバスの目からは一筋の涙が流れる。涙が頬を伝い、地面にポツリと落ちると、彼女の体が白い塵と化す。そして、その白い塵はフワフワと風に乗せられ、空高くへと飛んで行った。

 ヴォルティモたちは飛んで行ったサキュバスの遺灰に向け、合掌して弔う。

 弔いが終わると、

 「なあ、そういえば、どうしてサキュバスの生前の記憶が見れたんだ?」

とヴォルティモが気になっていたことをマリアに尋ねると、

 「分かんないけど、ヴォルティモに触れていたら、彼女の記憶が脳内に流れ込んできたわ。」

と彼女は答える。彼女の返答を聞くと、

 「なるほど…。」

と、ヴォルティモは何か分かったのか、手を顎に当てて、何やら考え事をする。

 すると、

 「ん…。」

 先ほどまで横になっていたグローが、むくりと起き上がる。

 「あ、目を覚ましたか。」

 イトゲルがグローが起きたことに気づく。

 「ああ、なんか頭が未だボーっとする。まだ夢の中にいるみたいだ。」

 グローは頭を押さえ、ぼやけた目を擦る。

「マリアに感謝しろよ。マリアが先にグローが遠くへ行くのに気づいたんだからな。」

 グローはサキュバスに誘われていたことをはっきりと覚えてはいないため、何のことだが分からない。だが、イトゲルがそう言うので、

「え、ああ。ありがとう。マリア。」

とグローはマリアにお礼を言う。

 「仕方ないわね。一つ貸しね。」

とマリアは冗談を言うと、横から朝日の日差しが彼らの顔を照らす。

 彼らは、いきなりの日差しが眩しく、手で朝日を覆い隠す。

 「うわ、もう朝か。まだ眠いけど、もう出発しよう。」



 そうして、彼らは寝不足のまま、再びピンサの街へと歩みを進めた。

 「…クラクラする。まだなの?ヴォルティモ。」

 彼らはジメジメと暑い中、山を登ったり、下ったりするため、汗がダラダラと流れている。その上、寝不足ときたもんだから、軽い眩暈(めまい)を起こすものもいた。

 「うーん、もうそろそろ見えてくるころだと思うんだけど。」

 ヴォルティモがそう言い、遠くをキョロキョロと見渡していると、

 「あ、見えた!」

と、街を見つける。

 ピンサは今、彼らがいる小高い山を下った平地にあった。そこには、遠くでもわかる目印のような三角形の黄金の寺院などが見える。

 「よし、早く行こう。」

 街を見つけるや否や、彼らは急いでピンサへと向かう。

 山を下り、目的地のピンサに着くと、先ほどの大きい寺院以外にもあちこちに仏塔が見受けられる。

 「すごい…、こんなに仏教が栄えているのか。」

 ヴォルティモは街全体を見渡し、仏教施設の多さに感激する。

 マジャ帝国は南北で信仰されている宗教が違う。北が仏教、南はブラフマン教が浸透している。ただし、仏教もブラフマン教も南方と全く同じものではない。土着信仰が根底にあるため、信仰対象や儀礼などが南方のものとは大分異なる。

特に、このピュガーマ朝は仏教色がかなり強く、寺院や仏塔の建築、保護に力を入れている。

「しかも、こんなに多くのリザードマンを見るのは初めてだわ。」

マリアも複数のリザードマンを初めて見て、少しばかり興奮している。

「ね、すごいわね。グロー!」

彼女がグローにそう言うと、

「うん。」

と彼はただ一言しか返事をしなかった。こういう時は、彼が一番喜びそうなのに。

 マリアはそんなグローの様子を見て、何も言わず彼の手を引いて、街の中を歩いた。



 彼らは街を見回っていると、あることに気づく。豪華絢爛な寺院とは非対称に、市場にあまり活気が見られない。豆などの農作物は(しな)びており、品数も少ない。

 それに比例し、住民さえも少々痩せこけており、乞食も多い。

 ―こんなに仏教が栄えているのに、なぜ住民が困窮しているんだ。

 ヴォルティモがそう不思議に思っていると、突然後ろから肩にポンと手を置かれる。

 「うわっ!」

 彼は驚いて、後ろを振り返ると、そこにはオレンジ色の袈裟(けさ)を着た坊主頭のリザードマンがいた。

 「な、なんですか?」

 ヴォルティモがそう尋ねると、男は

 「その袈裟を見て、もしかしてと思ったんだけど。君、もしかして、仏教徒かい?しかも、その肌の色からして、南方から来たのかい?」

と尋ねてきた。

 「え、いや、うーん、まあ、そうでもあり、そうじゃなかったり?」

 ヴォルティモは南方に関係性があっても、出身は南方ではなかったので、曖昧な返事をしてしまう。

 「なんと!ぜひ、私たちの寺院にお越しください。」

 その仏僧に半ば強引に連れられ、ヴォルティモたちは寺院に訪れた。

 その寺院の中は、奥に黄金の仏像が置かれており、その手前は祈る用の広い空間があった。

 仏僧は、

「こちらにどうぞ。」

とヴォルティモたちを座らせる。

 仏教では、左右の足の甲をそれぞれ反対側の股ももの上に置いて、足の裏が上向きになるように座る結跏趺坐が、本来の座り方だ。

 だが、ヴォルティモ以外は体勢が厳しいので、皆、楽な姿勢で座らされた。

 そして、ヴォルティモたちを呼び寄せた仏僧は、

 「ちょっと待っていてください。」

と言って、どこかへと行ってしまう。

 そして、数分後に、彼は仏僧の中でも高尚な老人の仏僧を連れてきた。

 そして、その老人の仏僧はヴォルティモの前に座り、彼に話し始める。

 「いやぁ、ようこそおいでくださいました。私はこの寺院の管理をしているものです。どうぞ、お見知りおきを。」

 仏僧は両手の手のひらを合わせて合掌しながら、挨拶をする。

 ヴォルティモも失礼のないように、同じように合掌しながら挨拶をする。

 「ヴォルティモです。どうぞよろしくお願いします。」

 お互いに挨拶をし終えると、仏僧が話を切り出し始める。

 「ところで、ヴォルティモさんは仏教徒とのことですが、修行は何をされているんですか?」

 仏僧がヴォルティモにそう尋ねると、

 「えっと、修行ですか…?」

と困ってしまう。なにせ、ヴォルティモは、研究などはしているが、苦行といえるような修行はしていないからだ。

 「…そうですね。研究を少々。」

 それを聞くと、仏僧は眉を顰める。

 「いけませんなあ。辛い修行をした者のみが悟りに到達でき、救われるのです。」

 だが、その仏僧の言葉を聞くと、ヴォルティモも眉を顰め、ムッとした表情になる。

 「それは違うと思います。」

 彼がそう言うと、仏僧はおでこにあった(しわ)が余計に深まる。

 「何?」

 ヴォルティモが僧侶の意見を否定することで、空気がひりつく。

「あなた方のように、修行を通して、苦しみを体感するのは素晴らしいことです。ですが、普通に生きているだけでも、苦しみは存在するのです。周りを見てください。この街の住人は修行無くしても、労働や飢えなどで苦しみを感じている。これ以上、彼らに辛い修行を求めるつもりですか?」

 ヴォルティモがそう尋ねると、仏僧は当たり前だ、と言わんばかりにふんぞり返る。

 「ふん、知れたことよ。奴らはそうならざるを得なかったんだ。この世は自業自得。つまり、奴らはそのような出自で生まれるに値する理由があったんだ。」

 仏僧の口からは、高尚な仏僧とは思えないような言葉が出てくる。

「なるほど。まあ、この世は自業自得というのは、この際、置いておきましょう。あなた方は、仏教、いや宗教で何が一番大事だと思いますか?」

 ヴォルティモがそう尋ねると、仏僧が自身の見解を答える。

 「それは勿論、修行や祈りなど、どれだけ行いを積み重ねてきたか…。」

 だが、ヴォルティモは仏僧が言い終える前に、自分の言葉で遮る。

 「違います。心です。どれだけ寄付をしても、修行をしても、祈りをしても、想う心が無ければ、結局それは空虚なことでしかない。」

 それを聞くと、

 「お前は私たちが偽の信仰をしているとでもいうつもりか!?」

と、僧侶は声を荒げ、弟子たちもヴォルティモを睨む。

 「出ていけ!!お前みたいな不届きものは出ていけ!!」

 仏僧がそう言い、ヴォルティモたちは追い出された。

 寺院を追い出された後、

 「お前、同じ仏教徒なのに、よくもあそこまで反論できたな。」

とイトゲルが皮肉を言う。いや、彼はむしろ感心しているのかもしれない。ヴォルティモの胆力を認めていた。

 「いやぁ、まあね。」

とヴォルティモは、ハハハと乾いた笑いをする。

 「俺は同じ宗教でも、自分の信念を曲げたくはないんだ。それが正しいものであれば、尚更ね。」

と彼は言った。彼は言葉を荒げてこそいなかったが、彼の言葉には仏僧の言葉よりも、情熱と正義への思いを感じた。


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