007 『戦争』勃発
おれは〈スプラッター〉を召喚した。
ボルディが舌打ちする。
「おい、従業員同士の決闘はご法度だぜ」
「知るか。おれは自分の飼い犬を守るのみ」
飼い犬ではなく、正しくは奴隷だったか。まぁ、似たようなものだ。天音には小動物っぽいところがあるし。
「けっ。てめぇがそのつもりなら、容赦はしねぇぜ」
ボルディが、ブラスナックルを装着する。ボルディの魔道具〈ミンチ〉だ。
能力は、ボルディの脳味噌と同じく単純。
パンチの威力をパワーUPするだけ。
ただ気を付けたいのは、パンチ一発ごとに、パワーが倍増すること。
おれの〈スプラッター〉のほうが強いがね。
おれは〈スプラッター〉を構えた。こうなったら、速攻でボルディの首を切り落としてくれる。
ボルディも似た考えのようだ。
いざ決闘開始!
というとき、ジョアンナが間に割って入った。
「馬鹿ね。本当に殺し合いをしてどうするの? 利益的ではないわ」
ジョアンナの価値観は、利益か不利益か。
おれは〈スプラッター〉を下ろした。
「まったくだ。頭を冷やしたほうがいいな」
実のところ、ジョアンナが止めてくれたのは、渡りに船だった。ボルディは楽勝で殺せるが、そのあと懲罰として減俸もありえる。
ボルディは納得のいかぬ顔だが、〈ミンチ〉を外した。
夜勤組で表立って指揮するのは、ボルディ。
ただし、真の意味で決定権を有するのはジョアンナだ。
あれ。そういう点は、おれたち日勤組と似ているのか?
ボルディがジョアンナに言う。
「だがよ、宮森天音はオレたちの獲物だぜ」
すかさず、おれは言った。
「天音は、おれの奴隷だ。〈奴隷化シール〉も貼ってある。お前、人さまの所有物を殺す気か?」
ボルディが舌打ちした。
「アレク。てめぇ、ゴブリン殲滅パーティの生き残りと知っていて、奴隷にしたんだろうが」
「だったら、どうした?」
「んだと、てめぇ!」
ジョアンナが、ボルディを軽く押しやる。
「頭を冷やすという話でしょ、ボルディ。マーロウ君も、うちのリーダーを挑発しないでくれる?」
マーロウというのが、おれの家名だ。アレク・マーロウ。
「挑発したつもりはないが──癪だが、ボルディの憤りも分からんでもない。このままだと平行線だな」
「ここは簡単な勝負で決めましょう。人死には無しで」
ジョアンナがアイテム・ボックスから取り出したのは、ただのトランプの束だった。
ボルディが唸る。
「小難しいゲームは嫌いだぜ」
おれは内心で、お前の脳味噌ならそうだろうよ、と思った。
ジョアンナは、トランプをシャッフルしながら言う。
「すごく単純なゲームよ。その名も『戦争』」
おれは呟いた。
「戦争とは、名前が状況にピッタリだな」
ジョアンナがルールを説明。
ジョーカーを抜かした52枚のカードを二つに分ける。
片方の山札をおれが、もう一方をボルディが取る。
山札は裏返したままで、一番上から一枚ずつめくり、場に出していく。
このとき、数の大きいカードを出した側の、勝利。
相手が出したカードを、自分の取り分にすることができる。
最後に、取り分を多く所持していたほうが、ゲームの勝者となる。
数の大きさは、A、K、Q、J、10、9、8、7、6、5、4、3、2の順。
「山札がゼロになったとき、引き分けで終わるケースもあるよな」
おれがそう指摘すると、ジョアンナは答えた。
「そのときはボルディの勝ちということね」
「それは狡いだろ?」
「我々の獲物を横取りしたのは、あなたよ、マーロウ君。私達ではないわ」
「……まぁ、受け入れよう」
この『戦争』、ようは運ゲー。
イカサマを仕掛ける余地もない。
「いいぞ、『戦争』で決着をつけようじゃないか」
というわけで、おれは自分の山札を受け取った。
52枚を分けるので、全部で26回も戦うわけか。
だるいな。
まずは1回戦。おれがダイヤのA、対してボルディはスペードの2。
おれの勝ちということで、幸先はいい。
こんな感じで、地味な『戦争』は続いた。
地味といっても、このゲームの勝敗で、一人の奴隷の命が左右されるわけだ。
そう考えると、真剣味も増すというものだ。
単にカードをめくって出すだけだが。
ようやくお互いの山札が、最後の1枚となった。
この時点で、おれの取り分が26枚。ボルディが24枚。
ラストでおれが勝てば問題ないが、ボルディが勝ってしまうと、取り分が同数で引き分け。
引き分けでは、おれの敗北となる。
「結局、ラストの対決で勝ったほうが、全体の勝利者か」
ボルディがニヤッと笑う。
「オレが勝ったら、宮森天音の頭を叩き潰してやるぜ」
コイツなら、有言実行するだろうな。そうはさせるか。
おれはカードをめくって、勝利を確信した。
ダイヤのKを突き出す。
「勝利の女神は、おれに微笑んだようだな」
ボルディが毒づく。
「決めつけんじゃねぇ」
ボルディが自分のカードをめくると、なんとクローバーのAだった。
おれの負けだ。
「──そんなバカな」
ボルディが〈ミンチ〉を装着する。
「んじゃ、ブッ殺させてもらうぜ」
天音が叫んだ。
「イカサマです!」
おれは驚愕する。
「なんだって?」
天音は、ボルディの取り分の束を指さした。
「14回戦で、ボルディはクローバーのAで勝利していました! すなわち、ボルディの山札には、2枚のクローバーのAがあったのです!」
おれは混乱した。
すでにクローバーのAは登場していたのか?
正直、惰性で戦っていたので、よく覚えていない。
ボルディが激怒する。
「この転移者の小娘、テキトー抜かすんじゃねぇ!」
とにかく、こうなったら天音の糾弾に乗っかるしかなさそうだ。
「ボルディ、お前の取り分の束を見せてみろ!」
「てめぇ、触るんじゃねぇ!」
おれとボルディが取り合ったため、奴の取り分の束が落ちて、ばらまかれてしまった。
天音が、ばらまかれたうちの1枚を拾い上げ、勝利を示した。
クローバーのAだったのだ。
おれは、ラストの対決でボルディが勝利した、もう1枚のクローバーのAを指さした。
「クローバーのAが2枚! イカサマ確定だな。お前の反則負けだ!」
ボルディは顔を真っ赤にして怒鳴る。
「畜生、こんなはずがあるか!」
今にも戦闘に入りかねない勢いだ。それを止めたのが、ジョアンナだ。
「ボルディ。ここは潔く負けを認めなさい。行くわよ」
ジョアンナとカルパトが去り、ボルディも毒づきながらも続いた。
夜勤組が去ってから、おれは胸を撫で下ろす。
「天音、イカサマをするとは」
「申し訳ございません、ご主人様。ですが、これも生きるためです」
実は、今のはボルディではなく、天音のイカサマだったのだ。
天音は《土壌操作》を使い、ばらまかれたカードの1枚を、擬装した。
ようは、カードの表面を土で覆ってから、別の絵柄に見えるようにしたのだ。
こうしてクローバーのAをもう1枚、作ってしまった。
そうすることで、ボルディがイカサマしたように見せかけたわけ。
なかなかの頭脳プレーだったが、ジョアンナは気づいている様子だったな。
ボルディにそれを教えなかったのは、ガチの戦闘に入るのを避けるためか。
天音が跪く。
「ご主人さま。今後とも、よろしくお願いいたします」
「……ああ」
こうして、おれは奴隷を得たのだった。