004 夜勤組、動く
朝陽が昇る。
ポーロン町は、ほぼ完成していた。
町といっても形ばかりのものなので、ライフラインは無視して良い。
また建物も、屋内まで気を使わなくていい。
外から見た限りで、町らしくあれば良いのだ。
町造りには、アンジェリカさんの魔道具〈無機物だって生きている〉が役立った。
ようは無機物を自由に動かせる魔道具だ。形状はヘアピン。
周辺には自然石は事欠かず、それらを加工して建物の建材とした。
こんな手順だった。
アンジェリカさんが急ピッチで建物を造り出していく。その傍で、おれとミールは死のトラップを仕掛けていった。
同時進行で地図も作って、トラップの位置を書き込んでおく。
おれたち仕掛け人がトラップに引っかかっては、バカだからな。
最後に、おれ達は町内の潜伏場所を確認した。
ゴブリン殲滅パーティをトラップで追いつめつつ、チャンスがあれば、おれ達も潜伏場所から襲う作戦だ。
「おれはAポイントに潜む。アンジェリカさんはBポイント、ミールはCポイントだ。出勤時間までに終わらせ、朝礼に出るぞ」
朝礼は始業前だが、もちろん遅刻は許されない。これぞ社畜の強迫観念。
アンジェリカさんが疑問を口にする。
「それって、可能かしら? ゴブリン殲滅パーティは、昼頃にやって来るかもしれないわ」
「おれの予測では、殲滅パーティは早朝に襲撃してくるはずだ」
「そうなの?」
「ああ。早朝は良い。まず陽が昇ったので、視界は抜群。一方で、高確率で標的はまだ、寝床の中だ。それに夜襲に備えていた見張りが、いちばん気の緩む時間帯でもあるしな。よって、熟練した殲滅パーティならば、早朝にやって来るはず」
〔エンディミオン〕から10キロという距離も、馬に乗ればあっという間だし。
おれ達は、それぞれの潜伏場所へと散った。
さっそく配置につき、固唾を呑む。
さぁ、来るなら来い!
30分後、おれ達はポーロン町の広場に集まっていた。
ミールが非難の口調で言う。
「早朝に来ない。アレクの予測は外れた」
「おかしいな。来るはずなんだが──マキャンの奴、ちゃんとポーロン町の噂を流したんだろうか」
アンジェリカさんが提案する。
「いったん、〔エンディミオン〕に戻る? 今からなら、まだ朝礼に間に合うわ」
「このさい朝礼のことは忘れよう。殲滅パーティを狩ることができれば、ロリータも怒らんだろうし」
よその職場は知らないが、〔エンディミオン〕のナンバー2は、総務課長だ。
そして、吸血鬼のロリータが、総務課長を務めている。
朝礼を仕切るのも、このロリータだ。
遅刻には煩く、1秒遅れるだけでも、人格否定の叱責が始まる。
〔エンディミオン〕のブラック体質は、ベルリアさんとロリータが作り上げたものなのだ。
「ミール。お前が、このチームの中では、いちばん速い。ひとっ走り〔エンディミオン〕まで行き、殲滅パーティの様子を見て来てくれ」
「了解」
20分後、ミールが戻って来る。さすがの俊足。
さっそく報告するミール。
「全滅!」
おれは首を傾げた。
「何が全滅したんだ?」
「ゴブリン殲滅パーティが、全滅した!」
おれは溜息をついた。
「なんだ、ベルリアさんが片付けてしまったのか」
『殺戮の町』を作ったのも、骨折り損だったということか。
しかし、支配人兼オーナーであるベルリアさんの働きに、文句は言えない。
ところが、事情は違った。
「ベルリアさんではない。夜勤組が、皆殺しにした!」
おれが仰天したのも、無理ないと思うね。
「なんだって! あいつら、寝込みを襲いやがったのか!」
日勤組と夜勤組。
この2つは、長らくライバル関係にある。
転移者を何人殺せるか、で競いあっているわけだ。
双方ともに強みと弱みがある。
まず日勤組の強みとは、先んじて転移者を狩るチャンスが多いこと。
大半の転移者は、日中に宿泊手続きをするものだからだ。
一方、夜勤組にも強みはある。
それは断然、奇襲しやすいというもの。
昼夜逆転でもしていなければ、たとえ転移者でも夜は眠っている。睡眠中を襲うのが、最も効率の良い奇襲なのは言うまでもない。
だから今回も、懸念はあった。
夜勤組が夜のうちに、殲滅パーティへ奇襲を仕掛けるかもしれない、と。
たださすがの夜勤組も、すぐには行動に移さず、様子を見るだろうと踏んだのだ。
何といっても今回の獲物は、雑魚ではない。
ゴブリン殲滅パーティなのだから。
その予想が外れだったらしい。
「ということは、おれ達は一晩タダ働きしたのに、夜勤組に『クジラ』を取られてしまい、そのうえ朝礼にも遅刻し、ロリータの説教まで浴びるというのか」
ミールとアンジェリカさんも、さすがに堪えた様子だ。
ちなみに『クジラ』とは、大物の転移者の通称。
今回の場合、ゴブリン殲滅パーティそのものを『クジラ』とも言えるし、個別に小石猛と西堀沙也を『クジラ』とすることも可能。この2人は、【天災】ランクだからな。
おれ達3人は、肩を落として〔エンディミオン〕に戻る。
その途中で、おれは尿意を覚えた。
「2人とも先に戻っていてくれ」
1人になってから、岩陰で用を足す。
「あー、夜勤組に出し抜かれるとは。挽回しないと、日勤組の立つ瀬がない──」
スッキリしたところで岩陰から出ると、向こうから走って来た少女とぶつかった。
おれは何ともなかったが、少女は尻餅を付いてしまった。
おれは反射的に、手を差し伸べた。
「申し訳ない」
それから、待てよ、と思う。
この地味ではあるが可愛らしい、おさげの少女は──
宮森天音ではないか。
ゴブリン殲滅パーティの一人だ。
しかし、殲滅パーティは全滅したはず。
まてよ、宮森のランクは【兵士】。最下位のランクなので、インパクトが弱い。
さては、見た目の地味さも手伝って、夜勤組に忘れられていたな。
宮森は、パーティの仲間を夜勤組に殺されてしまったので、逃げ出してきた。
そこを、おれにぶつかった、と。
おれはノコギリ型魔道具〈スプラッター〉を召喚。
宮森が悲鳴を上げる。
「こ、殺さないでください!」
宮森に逃げようという様子はない。どうやら腰が抜けたらしい。
おれは〈スプラッター〉を下げた。
「殺さないよ」
「え?」
おれはアイテム・ボックスから、〈奴隷化シール〉を取り出した。シールにおれの名前を署名してから、宮森の額に貼る。シールは消えた。
「これでお前は、おれの奴隷となった」
「はぁ……えっ!」
この転移者をスパイとして育成すれば──この先、『クジラ』を釣り上げることに繋がるかもしれない。
「奴隷ゲットだぜ!」
「……あの?」